上杉山御剣は躊躇しない   作:阿弥陀乃トンマージ

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第14話(4) 鍛錬

「押し返したらどうなるんですか⁉」

 

「さあな、初めてやったから分からん」

 

「わ、分からんって! ……うん?」

 

「ぅぅぅぉぉぉおおおおおお!」

 

 唸り声のような叫び声を上げて、ツインテールの少女が転移鏡に再び姿を現す。

 

「お、戻ってこられるものなのだな、初めて知った」

 

「こ、此方も初めて知ったわ……知らなくて良かったことだがな!」

 

 ツインテールの少女はまさに怒り心頭といった感じである。

 

「まあ、落ち着け」

 

「これが落ち着けるか⁉ 其方は自分が何をやっているのか分かっているのか?」

 

「漠然とだな」

 

「漠然とそんなことをやってもらっては困るのだ!」

 

「何がだ?」

 

「転移中の者を無理やり押し戻すということじゃ!」

 

「大変だったか?」

 

「大変という言葉などでは到底語り尽くせん……戸惑い、焦り、そしてこれほどの恐怖に襲われたのは初めてのことじゃ!」

 

「そうか、それはすまなかった」

 

 御剣は素直に頭を下げた。ツインテールの少女はその謝罪にとりあえず納得した。

 

「……まあいい。水に流してやろう」

 

 御剣と同じ妖絶講の隊服に身を包んだツインテールの少女は意志の強そうな大きな眼と紅色の髪が印象的である。わりと小柄な体格であり、ロングスカートからのぞくブーツはかなりの厚底である。声色はまだ幼さが抜けていないようであるが、口調自体は慇懃無礼であり、なんとも言えぬミスマッチ感を醸し出している。少女は御剣の前に歩み寄り、張り合うように立つ。身長をはじめ、あらゆるサイズが御剣の方が一回り大きい。

 

「……忙しい中、わざわざ来てもらって申しわけない。北陸甲信越管区副管区長並びに武枝隊隊長、武枝御盾(たけえだみたて)殿、感謝する」

 

 御剣は極めて形式的ではあるが、一応礼を言う。

 

「ふん、いちいち肩書きまで言わんでいい……一体何用じゃ?」

 

「少し貴様の力を借りたい。正確に言えば、術の力か」

 

「術の力?」

 

 御盾は首を傾げる。

 

「ああ、貴様の妙な術、『ハブ』だったか?」

 

「『鼓武(こぶ)』じゃ!」

 

「そう、それだ、惜しかった」

 

「惜しくないわ! クイズにするでない!」

 

 御剣は勇次に向かって説明する。

 

「先の上越の戦いでも経験しているだろうが、あの時は詳しい説明は省いたからな……武枝は回復系統の術使いだが、単なる回復とは少し違っていてな……人の持っている力をより大きく引き出せる。その術を受ければ、格上の相手に対しても十分に戦える」

 

「格上の相手ですか?」

 

「ああ、今から貴様と私で実戦訓練を行う。遠慮は要らんぞ。本気で来い」

 

「え⁉」

 

「……隊舎の玄関前に出るとしよう」

 

 御剣らは隊舎の前に出る。狭世に存在する隊舎はその周囲もそれなりに広い空間が広がっており、訓練を行うのに適している。御剣と勇次は距離を取って向かい合う。

 

「荒療治ってそういうことか……」

 

「では武枝、頼む」

 

「ああ……半妖君、頭を下げよ」

 

「は、はい……」

 

「参るぞ……『鼓武』」

 

 勇次が頭を下げると、御盾はその頭上に軍配を大きく振るう。勇次が驚く。

 

「お、おお……! 力が漲ってくるようだ!」

 

「では、我が宿敵よ……」

 

 御盾が御剣の方に歩み寄る。御剣は首を振る。

 

「ああ、私はいい」

 

「⁉ し、しかし、今の半妖君相手では、其方でも手こずるぞ⁉」

 

「それが狙いだ。私自身の鍛錬にもなるからな」

 

「なっ……」

 

「仕上げといくか……勇次!」

 

「!」

 

「貴様の姉君に関してだが……よからぬことを企んでいる輩が妖絶講にもいるようだ」

 

「よからぬこと……?」

 

「ああ、どうやら人体実験まがいのことを行おうとしているらしい。なんと言っても貴重な半妖の血の持ち主だからな」

 

「なっ⁉」

 

「いざとなれば、東京管区に乗り込み、姉君の身柄を奪還せねばならない。しかし、先程も言ったが、実力ある妖絶士が揃っている。よって貴様は早急に強くなる必要がある!」

 

「そ、そんなことはさせねえ‼」

 

 勇次が叫ぶと、その体全体を包むように赤い気が充満し、頭部に二本の角が生える。

 

「おおっ、赤いぞ!」

 

「見たままのことを言うな……!」

 

 勇次があっという間に御剣の懐に入る。

 

「うおお! 『一閃』!」

 

「ぬおっ!」

 

 勇次が金棒を横に思い切り振るうと、その攻撃を右脇腹に喰らった御剣は派手に吹っ飛び、隊舎の壁に激突し、壁にめり込む。御盾が驚く。

 

(は、速い! 全く見えなかった……)

 

「ぐ……!」

 

 立ち上がった御剣の眼前に勇次が迫り、金棒を振り下ろす。御盾が再び驚く。

 

(マズい! 宿敵でもあれは躱せんぞ!)

 

「上杉山流奥義『凍風(とうふう)』……」

 

「⁉」

 

 刀をかざした御剣の周囲に冷気を帯びた強い風が吹き、勇次の金棒と両腕が凍りつく。

 

「はっ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 素早く勇次の後方に回り込んだ御剣は勇次の首筋に手刀を入れる。勇次はうなだれる。

 

「あばらを二、三本やられたか……頼もしいと見るべきか」

 

 御剣は脇腹を抑えながら、その場を離れる。

 

「……はっ⁉」

 

「目が覚めたか」

 

 御盾が勇次に声をかける。勇次が呆然と呟く。

 

「負けたんですね、俺……」

 

「最初の一撃は良かったがな……まだまだ差はあるな」

 

「隊長、鍛錬を積む必要があるのかな……?」

 

 苦笑交じりに話す勇次に御盾が答える。

 

「『干支妖(えとのあやかし)』を討滅する為にはこんなものでは足りんと言っていたぞ」

 

「干支妖……」

 

「そう、妖の中でも上位に位置する妖。何故かは知らんが、十二支を模した姿をしておる妖じゃ。我々妖絶講にとっては千年の長きに渡る敵……治癒は行った。此方は失礼する」

 

「あ……お疲れ様でした!」

 

(先に一体倒したというのに、まさか干支妖討滅が目標とはな……此方などは眼中に無いということか、宿敵よ……今にみておれ!)

 

 静かに闘志を燃やしながら、御盾はその場を後にした。


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