あなたの隣は譲らない   作:青い隕石

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沖スズ症候群に罹ってしまったので、病状改善のために執筆していきます。


感謝しています

 

 誰もいない先頭の景色、私が望んでいたもの。

 

 『サイレンススズカだ!サイレンススズカだ!あの日の沈黙を引き裂いて、サイレンススズカが復活を遂げたああああああああああ!!』

 

 大歓声が聞こえる。観客席から、おめでとう、おかえりなさいとたくさんの言葉が投げかけられる。

 

 ああ、戻ってこれたんだと。私の心には歓喜よりも安堵の感情が広がっていった。

 

 観客に向かって、ぺこりと一礼をする。そして顔を上げたとき、あの人の姿が見えた。 

 

 彼は目に涙をためて、ただただ泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか、本当に一着をとるとはな」

 

 ぶっきらぼうに口を開く彼・・・・・・私のトレーナーさん。いつも通り飴を咥え、ポケットに手を入れながら少しけだるそうに私と歩いている。涙は拭いた後なのだろう、目元は微かに赤みを帯びていた。

 

 特徴的な髪形に無精ひげ。やる気がなさそうに見えて、誰よりも担当のウマ娘のことを考えてくれる人。

 

 「走り切れればそれでいいっては思ってたが。やっぱすげえよ、スズカ」

 

 「ふふっ、トレーナーさんのおかげですよ」

 

 「バ鹿、俺は何もしてねえよ。お礼ならスぺとかに言え。毎日寮に帰ってからも世話になったって聞いてるぞ」

 

 「はい、スぺちゃんにも言いました。これから少しずつでも恩を返していければと思います」

 

 勿論、トレーナーさんにもですよ。と言うと彼は、なんで俺なんだよと不思議そうな表情をする。

 

 何の思惑もない、きょとんとした顔。それを見て、彼は今のセリフを本心から口にしたのだと分かった。

 

 ああもう、この人は何も分かっていない。私がどれだけ、あなたに助けてもらったのかを。

 

 「トレーナーさん」

 

 「ん?どうしたスズ、って!?」

 

 声をかけたことでトレーナーさんが私のほうを向く。その、こちら側を向いた身体に手を伸ばし、トレーナーに抱き着いた。

 

 「ちょ、おい!」

 

 トレーナーさんが声を上げ、自分を引き離そうとする。それに対抗するように私も両手に力を入れ、ぎゅううううううううと抱きしめた。

 

 必然的に私の体が、顔が、トレーナーさんに密着する。私と違う、筋肉質な身体。飴の甘さがかすかに混じった匂い。その全てが私を満たしてくれる。

 

 「おいスズカっ、一旦離・・・」

 

 「トレーナーさん。私、感謝しているんです。」

 

 彼の声にかぶせる様に、言葉を紡ぐ。一語一語を途切れることなく口に出しているのに、想いが大きすぎて洪水のように溢れ出る。

 

 「あなたがチームに誘ってくれなかったら、私は今、走ることをやめていたかもしれません」

 

 チームリギルでは東条トレーナーに最高の練習環境を作っていただけた。でも、私の望む走り方はさせてもらえなかった。

 

 ペース配分、駆け引き。十二分にその重要性は分かっている。それでも、私が見たかった景色を見ることは出来なかった。

 

あのままだったら気持ちが体についていかず、走る楽しみを失っていただろう。

 

 「あなたが優しい嘘をついてくれなければ、私は脚だけでなく心まで折れていたかもしれません」

 

 復帰は絶望的と言われていた私の左脚。それをトレーナーさんは隠し、私の背中を押してくれた。

 

精神が落ち込んでいたあの時、もし本当のことを言われていたら私は諦めていただろう。

 

 「あなたの檄がなければ、私は再び全力で走ることができなかったかもしれません」

 

 脚が完治した後でも、私は一時期全力で走ることが出来なかった。また折れるのではないか、折れたら今度こそ道が閉ざされてしまうのではないか。

 

 袋小路に陥った私を、トレーナーさんは合宿で叱咤激励してくれた。

 

 「あなたが担当でなければ、私は復帰できなかったかもしれません」

 

 トレーナーさんはチームの指揮を執りながら、私に尽力してくれた。退院後、評判の良い湯治場やマッサージ屋があると知ったら貴重な休日を削ってでも連れて行ってくれた。

 

 練習メニューに関しても、私の状態に合った内容にしてくれた。毎日のように考えてくれたのだろう。その目元にはクマが目立つようになった。

 

 練習復帰後も常に私のことを気にかけてくれた。少しバランスを崩して手をついてしまったとき、見たことのない表情で誰よりも飛んできて

 

 「大丈夫かスズカ!!」

 

 と本気で心配してくれた。私が問題ないと言わなかったら、そのまま抱きかかえて保健室まで連れていくつもりだったと後から聞いた。

 

 目を閉じるだけで、今までの思い出が鮮明に蘇ってくる。楽しいこと、辛いこと、たくさんあった。チームのみんなに、特にスぺちゃんには毎日のように助けられた。

 

 そして、トレーナーさんはずっと私を支えてくれた。走ることしか能のない私。人当たりは良くない、一緒にいても面白くない、そんな女。

 

 そんな私にここまで尽力してもらったら、勘違いしてしまうではないか。

 

 ずっとトレーナーさんの匂いを嗅いでいたせいで、頭がぼーっとしてきた。心がポカポカ暖かくなったまま治らない。多分、こちらの病はトレーナーさんでも治療ができないだろう。根本の要因が彼なのだから。

 

 そして、治したいとも思わない。ずっとこの病に罹っていたい。心が躍って、切なくなって、暖かくなって、締め付けられる・・・・・・初めて経験したこの感情を、絶対に手放したくない。

 

 両手に再び力を入れる。絶対に離れないように。離さないように。

 

 「トレーナーさん。本当に、ありがとうございます」

 

 埋めていた顔を上げ、トレーナーさんと正面から向き合う・・・・・・

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 「す、スズカ。あのだな・・・」

 

 トレーナーさんは焦ったような顔でそっぽを向いていた。

 

 「? どうしたのですか、トレーナーさん」

 

 「いや、スズカ。いったん落ち着いて周りをだな」

 

 「周り?」

 

 はて?と首を傾げ、横に目をやった。

 

 

 

 たくさんの人が真っ赤にした顔を覆いながらこちらを見ていた。

 

 「・・・・・・あ」

 

 選手用通路をとっくに通り過ぎており、往来の場にいたことに今更ながら気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の新聞ではサイレンスズカ奇跡の復活劇と同じくらいの紙面量で、彼女がトレーナーに対して伝えた想いと件の場面を撮った写真が載せられていた。

 

 そのことで競バ界隈は(色んな意味で)大盛り上がりを見せたのだが・・・・・・それはまた別の話。

 

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