「スズカさん。もう少しで着きますからね!寒かったらすぐに言ってくださいね」
「ありがとう。スペちゃん」
カラカラカラ、とアスファルトの上を滑る車輪の音。私は車椅子に腰掛け、スペちゃんに押してもらいながら歩道を進んでいた。
季節は冬。日が沈んだ時間帯ということもあって、厚着をしているにも関わらず冷たい風が顔を撫でる。多少着込みすぎたかな、と思っていたけど、案外丁度良かったみたいだ。
(久しぶりの外ね・・・・・・)
郊外の街を照らす電灯に目を細めながら、辺りを見渡す。木々からはすっかりと葉が落ちており、人々はマフラーやジャケットを身に纏っている。
天皇賞秋のレースから2ヶ月以上が経過した。運び込まれてからは1日の殆どを病院のベットで過ごす日々であり、内心では今日の外出を今か今かと楽しみにしていた。
そっと左脚に触れる。レース終盤で折れた脚は、未だにギプスで覆われている。とはいっても怪我自体はほぼ治っており、今月中には取れる予定である。
近い内に始まるリハビリ訓練。退院後、日常生活を送れるようになってから始まるトレーニング。レース復帰に向けて、これからは怒涛の毎日となっていくだろう。
(だから・・・・・・・今日くらいは楽しみたいです)
スペちゃんの道案内によって、目的の場所がもう視認できるほどに近づいてきた。
大きな赤い鳥居。敷地を出入りするたくさんの人やウマ娘。そこに見知った人影を見つけて、再び笑みが漏れた。
大きく手を振ると、『皆』が力強く振り返してくれた。
「こんばんは~!スズカさんを連れてきました!」
スペちゃんが元気いっぱいの声で宣言をする。
「お疲れさまです、スペ先輩!」
「お待ちしておりましたわ」
「おう。サンキューなスペ。・・・・・・よっ、スズカ」
それと同時に、皆からの・・・・・・チームメンバーやトレーナーさんからの返事が返ってきた。
まだ復帰したわけではない。それでも、今日一日はその気分に浸ってもバチは当たらないはずだ。
「・・・ただいま、みんな」
皆に負けないように、笑顔で返事をする。
チームスピカ。その全ピースが久しぶりにすべて揃った瞬間だった。
「スズカ。今日くらい甘いもんでも喰っていけ。・・・・・・りんご飴なんて売ってるのか。金持ってきてないだろ。一つ買ってくる」
「ありがとうございます。トレーナーさん」
「え、ほんと!?皆、トレーナーがりんご飴奢ってくれるって!」
「バ鹿!スズカだけだ!お前らは手持ち持ってきてるだろうが!!つーかこんなときだけ集まるの早ええな!!」
トレーナーさんに車椅子を押してもらいながらの境内散策。トレーナーさんから屋台の食べ物を一つ提案された瞬間、チームメンバーの皆が便乗してきた。
怒りながらも最終的には流され、全員分の数を買ってくるトレーナーさんを見て少し吹き出してしまった。何だかんだ言いつつ、自分のことよりもチームのことを優先する所は、同じままだ。
ありがとうございます!!と言ってりんご飴を頬張りながらまた散らばっていく皆。同時に頭を抱えたトレーナーさんが戻ってきた。
「ほらよ、スズカ。・・・・・・たっくあいつら。こういう時だけ調子いいな」
「ふふっ・・・・・・相変わらずですね」
「ほんとだよ。少しはスズカを見習ってほしいもんだ」
はぁ、とため息をつきながら再び車椅子を押してくれる。
元日の境内。神社の一番の書き入れ時だけあって、たくさんの人が行き交っている。友達同士で来たのであろう、少年少女のグループ。家族連れや老夫妻の姿もある。
人の流れを眺めていると、一組の家族が近づいてきた。
「あ、あの。サイレンススズカさんですか?」
「は、はい」
先頭にいた小さな男の子が尋ねてくる。目線を合わせて返事をすると、ぱっと顔を輝かせた。
「サイレンススズカさん!応援しています!復帰、待ってます!」
ぐっと拳を握って、キラキラした目での発言。何の混じりもない、純粋な応援の言葉だった。
その後、男の子の家族とも会話を交わした。男の子は宝塚記念での私の走りを見て、一気にファンになったとの事。現在、復帰を目指しているという私の意思を知って、毎日復帰のお祈りをしているとのことだった。
話していただきありがとうございます、と頭を下げて遠ざかっていく家族連れ。応援しています、と言われた時、心が暖かくなった。
「・・・・・・復帰する理由がまた一つ、増えたな」
「・・・・・・はい!」
トレーナーさんの言葉を聞き、力強く返事をする。先頭の景色を見たいから、という理由で走り続けてきた私。でも、そんな私の走りを好きになってくれた人がいる。応援してくれる人がいる。
まだ復帰のスタートラインにも立てていない。それでも、この気持ちを胸にリハビリに取り組んでいこうと強く誓った。
「おっ、おみくじやってんのか。どうだスズカ、1枚引いてみるか?」
トレーナーさんが足を止めた。神社といえば真っ先に思い浮かぶもの、おみくじ。定番だけあって人だかりができているが、受付口が多いからかスムーズに流れている。これなら、そう長く並ばなくても買えそうだ。仕方ないこととは言え、車椅子の私が長時間列にいると邪魔になってしまうのではと感じてしまうためだ。
トレーナーさんが車椅子を動かして、列に並ぶ。食べ終わったりんご飴の棒はトレーナーさんが回収してくれた。列に並んでいる人、ウマ娘を見渡すと、りんご飴の他に綿菓子を口にする子供もいれば、親子で同じお面を付けた方々もいた。
(綿菓子・・・・・・トレーナーさんに頼んでみようかな?)
彼の財布が心配なので、チームメンバーがいない所で・・・・・・いや、でもそれだけと皆に悪いし、いやでもそしたらやっぱりトレーナーさんが、と思っている内に順番が来た。
最前列に出る。そこには紅白の衣装に身を包んだ巫女さん達が受付を行っていた。
「すみませんおみくじ2つ・・・・・・へぇ」
料金を払おうとしたのだろう。声を出したトレーナーさん、その語尾が不自然に途切れた。
初めて聞いた声音だったので、思わず振り返ってしまう。
そこで見てしまった。トレーナーさんの表情を。
すぐに分かった。彼は、色目を使っていた。興味深そうに、目の前の人物・・・・・・巫女さんに視線を送っていた。
時間にして、1秒もないくらい。慌ただしかったのだろう、巫女さんはそんなトレーナーさんの視線に気付かずにお釣りと領収書を渡してきた。
巫女さんは、20代中盤くらいの方だろうか。化粧もしているのだろう。私にはない色気があった。・・・・・・私と違って、かなり女性らしい身体付きをしていた。
・・・・・・トレーナーさんも男性だ。女所帯のトレセン学園でいろいろと気を遣いながら過ごしているのだろう。ましてや今日は元日だ。学園の敷地外でなら羽目を外したくなるだろう、それは分かっている。
それでも、それでも今の彼の表情を見て、少し心に冷たい風が吹いた気がした。
「お、これか。スズカ。この六角のおみくじ箱を振って出てきた棒の番号を・・・・・・スズカ?」
受付口から離れ、引き方の説明に入ったトレーナーさんだったが、私を見て言葉が止まる。
・・・・・・うん。自分でも分かっている。今の私からは不機嫌なオーラが出ているのだろう。
「トレーナーさん。車椅子の横に立って下さい」
「はい?いや、まずはおみくじを」
「立って下さい」
「あ、ああ・・・・・・」
自然と口から出た、強めの口調。多分、トレーナーさんに対しては初めて使った。彼も困惑しているのだろう。戸惑いながらも私のすぐ右隣に立ってもらえた。
・・・・・・トレーナーさんに迷惑をかけてはいけない。頭では理解している。それでも、今だけは身体が、感情が止まらなかった。
私は、感情のままに身体を動かした。
『・・・・・・ギュッ』
「スっ、スズカ!?」
擬音で表したら、そんな音かもしれない。私はトレーナーさんの腕を抱え、身体で包み込むように身を寄せた。必然的に、彼の左腕が私の身体に密着する。
・・・・・・自分でも、絶対後で振り返って悶えてしまうだろう。それでも、この行いは止められなかった。
先程の女性と、年齢的には未だ高校生の自分。
トレーナーさんから見たら、私は小娘同然だろう。
それでも、それでもだ。
(少しくらいは、意識してほしいんです・・・・・・)
慌てるような声を出すトレーナーさん。聞こえないふりをして、彼の腕を抱きしめる手に力を込めた。
なお、説明したとおり現在は賑わっている元日の境内だ。
車椅子ということで、先程の親子連れ以外にも彼女の事をサイレンススズカだと気づいている人は多くいるわけで。
・・・・・・彼女の行為によってある噂が広まっていった事だけをここで伝えておく。
遠巻きに見ていたスピカ全員「「今のはトレーナーが悪い」」
アニメでは初詣のシーンで沖野Tが巫女さんに色目を使用していました。
「こんな美少女たちが近くにいるのに!?」という気持ちと
「でも実際に考えたら教師と教え子に近い関係だし、公私はしっかり分けているんだろうな」という気持ちの二つがせめぎ合いながら視聴していました。
沖野T、ほんと徳積みまくりなんですよね。