勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
『!』
カアン! と、甲高い音が響きます。
星街すいせいのフォークが宙を舞い、持ち主の手を離れたダーク・ヴァイスヴルストはその姿を消滅させます。
フォークは地面に落ちて乾いた音をたてました。
フォークを失ったすいせいの鼻先にはクリスタルサビロイのソーセージが突きつけられています。
『くっ!』
『……』
赤井はあとはクリスタルサビロイを下げ、軽く振るってそのソーセージを消してから、レッグバッグにフォークを仕舞いました。
それから無言ですいせいに背を向けて、行ってしまおうとします。
『待て!』
すいせいはその背中に怒鳴りました。
『なぜとどめを刺さない! 赤井はあと!』
『もう勝負はついたわ。あえてあなたにさらなる傷をつける必要なんてないでしょう』
『ふざけるな!』
すいせいはフォークを拾い上げてダーク・ヴァイスヴルストを出してから、赤井はあとに向かって駆けだしていきます。
そして彼女めがけてソーセージを振り下ろそうとしますが、はあとが全く相手にせず振り返ろうともしないので、苦々しい顔で舌打ちしてからダーク・ヴァイスヴルストを消しました。
『なぜだ!』
すいせいは叫びながら足元の地面を踏み躙ります。
『なぜ私はあんたに勝てない! 赤井はあと!』
『それは単純なことよ』
はあとは歩みを止めて、すいせいに向き直りました。
『あなたには戦った相手への思いやりが欠けている』
『相手への思いやり? くだらない! そんなもの、剣士にとって一番不要なものよ!』
『違うわ。それは剣士が勝利するための大きな要因となるものよ。あなたの根底にあるものが姉に対する思いやりであるように、その気持ちを敵味方問わず全てに押し広げることができたなら、才で勝るあなたが私に負ける理由なんてなくなるわ。チーム・星詠みはすぐにも私たちチーム・ハートンを追い抜いてトップランカーに躍り出るでしょうね』
『騙されない! 私はそんな戯言に騙されないわ赤井はあと! 私はどんな卑劣なことをしてもあんたに勝利する! それこそ最強の剣士のあるべき姿なのよ! あんたは愚かよ赤井はあと! 類稀な才能を持ちながら生温いごっこ遊びから抜け出せないのだから! かわいそうにあんたのトップランカーとして地位はその甘さのせいですぐに入れ替わることになるわ!』
『そうかもしれないわね』
はあとは一言そう答えてから、また踵を返します。
彼女は再び歩きだし、その後ろ姿がすいせいの視界から遠のいていきます。
『後悔するわ! いいえ、私が絶対後悔させてやるわ! 赤井はあと!』
そう大声を張り上げた直後、すいせいの視界がねり飴を混ぜ込んだようにぐにゃりと歪みました。
◇ ◇ ◇
「……」
意識を取り戻したすいせいは、自分が血の溜まりに体を横たえていることに気づきます。
出血は己の腹部からのようです。
その多量の血によって服の右半身だけ黒く色が染みていて、水色だった前髪右側も赤黒くなって頬に引っ付いてしまっています。
目鼻の先には黒ずんでいるフォークが転がっています。
「気が付いたようね」
声がかけられました。
「どうやら私の思った通りだったみたいよ」
赤井はあとの姿をした、はあちゃまです。
彼女は先にすいせいと戦ってできた傷も、自分で剣を突きさした腹部の傷も治っているようで、余裕を窺える表情ですいせいを見下ろしています。
「そこにあるフォークはあなたのダーク・ヴァイスヴルストよ。スキルを失ったレジェンドソーセージのフォークはそうやって汚く黒ずむの」
「……」
「つまり、ダーク・ヴァイスヴルストのスキル『悪意』は私のものになったというわけよ。ふふふふふ」
はあちゃまは愉快そうに笑いだします。
すいせいは黒ずんだダーク・ヴァイスヴルストのフォークに左手を伸ばし、そのフォークの柄を掴みます。
それからどうにかして上体を起こしました。
「いいことを教えてあげるわ星街すいせい」
すいせいを見下ろしたまま、はあちゃまが話しかけます。
「実は今手に入れたあなたのダーク・ヴァイスヴルストを合わせて、私の持つスキルは五つになったわけなんだけれど、スキル五つ分っていうのはものすごいエネルギーなのよ。具体的に言えば赤井はあとの身体を完治できるほどにね」
赤井はあとの完治、という言葉を聞いたハートンたちがざわめきだします。
よほど嬉しいのでしょう、手を取り合い泣き出す者さえいます。
「そう」
傷だらけのすいせいも、その言葉には満更でもなく頬を緩ませました。
「なんだ、あんたちゃんと赤井はあとを治すつもりでいたんだ。ごめんなさいね。そういうことだったら私も、もっと真剣にあんたの話を聞いておけばよかったわ」
「何言ってるの?」
はあちゃまは鼻で笑いました。
「それくらいスキルのエネルギーが手元にあるって言っただけじゃない」
「……。なに?」
「これだけの量があれば、時々鬱陶しく邪魔してくる赤井はあとの人格を完全に抑え込むことができる。ようやくあいつに妨害されることなく、私のやり方で心置きなくレジェンド所有者からスキルを奪い取っていくことができるというわけよ」
周囲から「ブー! ブー!」とハートンたちの非難が飛び交います。
はあちゃまは涼しい顔で聞き流します。
すいせいが、黒ずんだフォークを左手にふらつきながら立ち上がりました。
「もしかしてまだ戦うつもり? 星街すいせい」
はあちゃまは嘲るように聞きます。
「利き手を潰され、フォークも黒ずんでソーセージすら出せないガラクタになったっていうのに、まだ私に向かってくるの?」
すいせいは無言です。
「ふん。私は面倒くさいことが嫌いなの。だからもうダーク・ヴァイスヴルストのスキルは手に入ったし、あなたと戦うなんて御免だわと言いたいところなんだけどね、実は今ちょっと違う気持ちもあったりするのよ」
「……」
「あなたほどの人間であれば今負っている怪我なんてすぐに完治するでしょうね。それでそのあと、もし現役時代の実力を取り戻して私に復讐しに来たら、そう考えるとぞっとしてしまうのよこの私が。他の剣士ならともかく、あなたはまずいわ星街すいせい。おそらく私以上に私の剣筋を見切ってしまっているあなたが力をつけて再び私の前にやって来るというのなら、たとえ所持剣がレジェンドソーセージでなかったとしても危険な敵であることに変わりはない」
だから、と続けてはあちゃまはクリスタルサビロイを出します。
「殺すとまではいかなくても恐怖を刻みつけておかなきゃいけない、もう私に戦いを挑もうなんて考えられないくらいにね」
「ふざけないで」
やっとすいせいが口を開きます。
「残念だけどね、おふざけでこんなこと言わないわ。私は赤井はあとのように、相手のことを思いやってばかりで自分の身体を壊すようなバカじゃないの。未来の脅威となるようなら今のうちに叩いておく、そう、私はあいつみたいに甘くは――」
「黙って!」
すいせいははあちゃまの言葉を遮りました。
「もうたくさんよ。お願いだから喋らないで」
首を振りながらそんなことを言います。
はあちゃまはほくそ笑みました。
「安心しなさい星街すいせい。私だって鬼じゃないわ。もしあなたが今後一切私に刃向かって来ないとダーク・ヴァイスヴルストのフォークに誓うと言うのなら、私はその誓いを信じて――」
「だから喋るなと言っているだろ!」
すいせいは声を張り上げました。
「赤井はあとの下位互換人格! あんたが赤井はあとの何を知っていると言うのよ! 私たち星詠みがどんな卑劣な手段を用いても正々堂々真正面から受けて立ち、己の身体を犠牲にしてまでも他者への思いやりを怠らず、現役時代常にいただきのステージに立ち続けた最強の剣士! 夢見るあらゆる剣士たちを照らし続ける夜空に煌めく星の輝き! それが赤井はあとよ! なのにあんたはその姿で、赤井はあとの姿で腐り切ったゲスの言をいつまで吐き散らかすつもりよ! これ以上私の赤井はあとを汚してみなさい、ダーク・ヴァイスヴルストでその身体八つ裂きにしてやるわ!」
「ダーク・ヴァイスヴルストで?」
はあちゃまは鼻で笑いました。
「黙って聞いてればまあ一生懸命赤井はあとをワッショイして。八つ裂きにできるものならしてみるがいいわ、そのソーセージすら出せないダーク・ヴァイスヴルストのフォークで。つつきまわすのが精々でしょうけど」
ほらやってみなさいよ、とはあちゃまが急き立てます。
「ダーク・ヴァイスヴルスト」
すいせいはボソリと呟きました。
「ダーク・ヴァイスヴルスト、私たち赤井はあととクリスタルサビロイに何度挑んで負け続けたのかわからないくらい敗北したわよね。たった一度の勝利すら叶わなかったわよね。あんたそのままでいいの? 今ここで根性みせなきゃ、きっともうクリスタルサビロイにリベンジする機会は二度とやってこないわ。私は嫌よそんなの」
すいせいはぎゅっとダーク・ヴァイスヴルストのフォークを握りしめます。
「ダーク・ヴァイスヴルスト!」
そしてその黒ずんだフォークに怒鳴りつけました。
「あの因縁のソーセージに一矢報いたい気持ちが少しでも残っているなら、根性みせなさい! ちょっと黒ずんだからもうソーセージは出せませんなんてナマ言ってんじゃないわよ! 私だってギリギリで立ってんだからね! あんたが一瞬でも根性みせてソーセージを具現したら、私が責任もってそれをあのクリスタルサビロイの所有者にぶち込んでやるわ! だから今こそあんたの根性みせなさい! ダーク・ヴァイスヴルスト」
「ふん。とうとう頭がおかしくなったわね、根性根性ってソーセージのフォークに向かって何を――」
呆れたように喋り出すはあちゃまの言葉が不意に止まります。
「え?」
いつからでしょう、すいせいの持つフォークの先にソーセージが現れていました。
それはダーク・ヴァイスヴルストでした。
すいせいの左腕を覆うはずの黒い霞は全くありませんが、その形状は紛れもなくスキルを奪われて使用不可となっているはずのダーク・ヴァイスヴルストでした。
「そんな、バカな」
「ダーク・ヴァイスヴルストのスキル名は『悪意』、私たちの恨みを侮るんじゃないわ!」
すいせいがダーク・ヴァイスヴルストを片手に、足を引きずるような足取りではあちゃまに向かっていきます。
「ふん! 粋がってんじゃないわよ!」
はあちゃまが怒鳴り返します。
「所詮は黒い霞も出せないような搾りカスのソーセージに、体力ギリギリで利き腕も使えない所有者! 今のあなたなんか中級剣士だって簡単に倒せるでしょうよ!」
「やってみなさいよ!」
「ええやってやるわ! あなたなんかこのクリスタルサビロイの一撃で即死よ!」
言ってから、はあちゃまは剣を振りかざすなり一度素振りするなりとにかく何かしようとしたのでしょう、彼女の右肩がビクンと跳ねるように一度動きます。
しかしただそれだけで、はあちゃまはクリスタルサビロイを下げたまま立ち尽くす格好で止まっていました。
「な、なに? 腕が……、いいえ、身体が……」
唯一できる動作はまばたきと喋りだけであるようで、彼女は首すら満足に動かすこともできず全身が金縛りにあったように固まってしまったのです。
「まさか、赤井はあと!」
驚愕したように声を上げます。
「な、なんで! 私はレジェンドソーセージスキル五つ分の力で抑え付けてるっていうのに、なんでこんなことできるの! しかもよりによって今! こんな時に! 冗談じゃない! なぶり殺しにされるじゃない!」
はあちゃまは歯を食いしばって抗おうとします。
しかしそんな彼女の抵抗はむなしく、むしろフォークの先に出ていたクリスタルサビロイのソーセージが消滅してしまいます。
「ハートン!」
はあちゃまは側で控えているハートンたちに呼びかけました。
「あいつを袋たたきにしなさいハートン! レジェンドソーセージを持っているとは言え虫の息、あなたたちで十分倒せる相手よ!」
ハートンたちは動きません。
そのうちにもすいせいが徐々に距離を詰めていきます。
「どうしたのよ! 早く行きなさいハートン!」
「なぜハートンがあんたの言うことを聞かないのか、本当にわからないの?」
ハートンではなくすいせいが、はあちゃまに答えます。
「みんなあんたにうんざりしてるのよ。赤井はあと全快のために自分の身まで捧げてあんたに従ってきたっていうのに、集めたスキルをあろうことかその赤井はあとの人格を抑えつけるために使うなんて言い出すんだものね」
「くっ!」
はあちゃまはもう一度身体を動かそうと試みます。
しかしやはり動きません。せいぜいピクンと震える程度です。
「待って!」
はあちゃまは今度、すいせいに向けて訴えかけます。
「動けないの! 身体が全く動けないの! ソーセージ道に準ずる剣士がそんな無抵抗な相手に剣を振るうというの星街すいせい!」
「悪いけど、私も今はそんなこと気にしてる余裕ないのよ本気で」
それに、とすいせいは続けます。
「そういった情や理念で訴えかけるには相手が悪すぎたわね。剣士現役時代、私みんなからサイコパスすいせいって呼ばれてたんだ」
言ってからすいせいは無理矢理に笑顔を作ります。
そしてダーク・ヴァイスヴルストを振りかざし、はあちゃまめがけて振り下ろしました。