勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
すいせいがはあちゃまにダーク・ヴァイスヴルストを振り下ろします。
しかし剣がはあちゃまに接した瞬間、そのソーセージの剣身に大きなヒビが入ります。
かと思えばそのヒビは広がって瞬く間に剣全体にくまなく行きわたり、ソーセージは無数の粒子となって夜空に消えました。
すいせいとはあちゃまの周囲にそれらが舞って、星明りに照らされ煌めきます。
「きれいね」
はあちゃまが言いました。
「すぐにも消えてしまいそうな儚い輝き、まるで夜空に煌めく星の輝きのよう。ねえ、そう思わない?」
言い終わるや否や、はあちゃまはクリスタルサビロイを出現させます。
そしてソーセージを失った星街すいせいめがけて横なぎに振るい、真横へ飛ばしました。
クリスタルサビロイをまともに受けたすいせいはなすすべもなく二転三転と地面に叩きつけられ転がされ、はあちゃまから十数メートル離れた位置まで飛ばされた後、俯きの状態で停止してそのまま動かなくなりました。
「なにが『悪意』のスキル名を持つレジェンドソーセージよ。スキルの力を失ってソーセージの膜部分しか形成できてない、ただの張り子じゃない」
はあちゃまはすいせいに言い捨ててから、今度はハートンたちに向き直ります。
「ハートン」
呼びかけられたハートンたちがびくつきだします。
「あなたたち、よくもやってくれたわね。今までも度々命令無視はあったわ、でもそれらはどうでもいいことだったから大目に見てきてあげた。だけど今回はそうじゃなかったわ。赤井はあとに身体の自由を奪われて無防備状態だったのよ。星街すいせいのソーセージが本当に使用可能だったら私は間違いなく負けていたわ。あなたたちが言うことを聞かなかったせいでね!」
はあちゃまはハートンの一人を蹴り飛ばしてから、その隣の一人の首元を片手で掴み持ち上げて自分の目前に持っていきます。
そうして彼と無理矢理向き合うようにしながら、ドスを利かせた声を出しました。
「この際だから教えといてあげるわハートン。私はクリスタルサビロイの力を最大限まで引き出すことができる、だから負かしたレジェンド所有者のスキルを奪い取るなんていう禁忌紛いのことができるわけだけど、全くリスクがないわけでもないの。勝ってスキルを得る代わりに、もしも負けてしまったら私はそれまで奪ってきたスキルをすべて失ってしまうのよ。そのことを良く頭に入れておきなさい。私が万が一負けてしまうようなことがあるとすれば、当然その時、私の身体は瀕死状態になっているでしょうね。その場合、普通の剣士であれば身体を休め体力回復すればいいだけのことだけれども、赤井はあとでは話が違ってくると思わない? ただでさえ手の施しようがないほど壊れた彼女の身体よ、スキルの補助を失ってそんなダメージを負ったら十中八九力尽きて死に絶えるわ。私たちはどんなことをしてでも勝ち続けるしかない、それしか道がないのよ。今度またソーセージ道だとかくだらないことで命令無視してみなさい、私の意思でスキルの補助を断ち切って赤井はあとを殺してやるわ」
「ブブー! ブブブー! ブブ! ブー!」
はあちゃまに首を絞められているハートンが何かを言います。
「赤井はあとを治す気なんかないくせに、ですって?」
はあちゃまはその訴えに一笑しました。
「あのねハートン、今あなたたちの目の前でこんなにも自由に動いてる身体が誰の身体かわからない? ボロボロで立ち上がることさえできなかった、あなたたちの大好きな赤井はあとの身体よ。もう治ってるじゃない、こうしてスキルの力を借りながら」
「ブブー!」
「ブブブー!」
「ブブブーブブブ!」
ハートンたちが騒ぎ出します。
はあちゃまをぐるりと取り囲み、各々フォークを手に取りソーセージを出します。
「裏切り者、人殺し、赤井はあとを返せ、ですって? ふふふ、面白いこと言ってくれるじゃない」
はあちゃまはハートンの首元を掴んでいた手を放し、彼を地面に降ろします。
それからフォークをブン! と振るってクリスタルサビロイを出しました。
「別に私はここであなたたち全員を相手にしてあげてもいいのよ。正直言って五つもスキルが手元にある現段階まできて、今後あなたたちの力がそれほど必要になるとは思えないもの。ねえハートン、この際敵か味方か白黒はっきりつけましょう。今後一切命令無視しないことを誓って私についてくるか、ここで私とたもとを別って敵対するか」
でもね、とはあちゃまは続けます。
「裏切りだの人殺しだの勝手に言ってくれるけど、別に私は赤井はあとの人格を抑えつけてるだけで消滅させたわけじゃないし、そんなことはしようとも思ってないということだけは断っておくわ。今も赤井はあとは私の目、耳を通してあなたたちの言動を見聞きしているし、表に出て来れないだけで自我もちゃんと保っている。私のなかで赤井はあとは生き続けているのよ」
はあちゃまはさりげなくハートンたちを見回します。
彼らはソーセージを突きつけながらも、はあちゃまの話に耳を傾けています。
「長年赤井はあとと人生を共にしてきたあなたたちの方が、私以上にあいつがどんな性格かよく知ってるでしょ? 潔癖なくらい真っ直ぐにしか生きれないくせに心は繊細、だから他人のためにいつも自分を傷つける。そんなやつがこの身体の主導権を握ってみなさいよ、『私の身体のことはいいから、もうこんなことやめて』とか青臭いことを言ってスキル集めを中断するか、最悪の場合中断せざるを終えないように自決しかねないでしょうが。私はあの女がリストカットしないように止めてやってんのよ。もうこの際だし言っといてあげるけど、私はたとえ全てのレジェンドソーセージスキルを手に入れたとしても赤井はあとに身体の主導権を渡すつもりなんてないわ。何をしでかすかわからないような女に身体をあけ渡すなんて、不安でしかたないもの。その代わり赤井はあとの人格は何があろうと消さないし、彼女は私が絶対に守り続ける。そして彼女を守り続ける力を得るために、すべてのレジェンドソーセージは必ず手に入れる。赤井はあとを生かし続ける、それがあなたたちと交わした約束だからよ。まあでも確かにそのために彼女の人格を私の下位人格として降格せざるを得ないのは事実よ、だけどね、そうすることでしか彼女とあなたたちをずっと一緒にいさせる方法がないというのを理解してちょうだいハートン」
「……」
「さあ、私の腹の内はすべて晒したわ。納得できないなら去るなり敵に回るなり好きにするといいわ、スバルたちに加勢しても構わないわよ。でもね、それで本当に赤井はあとを救えるの? 仮に私という人格を消滅させることができたとして、あなたたちが心の底から願った赤井はあと全快という悲願が叶うのかしらね。たとえどんな形であれ赤井はあとに生き続けてほしい、赤井はあと本人の意思に背いてでも彼女に健康でいてもらいたい、そんな高潔な決意があったからこそあなたたちは彼女の身体に私を産み落としたんじゃないの? 私が裏切り者? はん! どっちがよ! 私は私の考え得る限りの最善を尽くそうとしてるのに、つまらないことで約束を反故しようとしてるのはあなたたちじゃない! それでも離反したいというのなら好きにすればいいわ裏切り者! 私もそろそろ敵味方はっきり区別したいから早く意思表示してちょうだいよ!」
怒鳴るはあちゃまにハートンたちはお互い顔を見合わせます。
それから彼らははあちゃまの方へ向き直り、しばらく黙って考えます。
少ししてからカランと、ハートンの一人がフォークを地面に放りました。
彼は無言で片膝を曲げ身を屈め、はあちゃまにかしずきます。
するとそれがきっかけとなったようで一人、また一人と己のフォークを足元に放ってはあちゃまに片膝つき首を垂れます。
結局、すべてのハートンがはあちゃまに頭を下げました。
「ふん。これではっきりしたわね。あなたたちのなかに敵なんて一人もいなかった」
はあちゃまは満足そうに頷きます。
「撤退するわよハートン」
はあちゃまとハートンたちはその場を去っていきました。
「……。……ッ」
はあちゃまたちがいなくなってからしばらくして、すいせいがふらつきながらも起き上がります。
彼女は危うげな足取りで星降り亭までたどり着きました。
二階にあがり、スバルたちの泊まっている部屋のドアをノックします。
「はあい」
るしあが眠たげな眼を擦りながらドアを開けました。
「え!」
傷だらけのすいせいを見て、彼女は眠気が吹き飛んだように目を見開きます。
「ど、どうしたんですか! すいせいさん!」
るしあの大声にスバルとキアラも目を覚ましました。
「私のことは、いいから」
すいせいは苦しそうに壁に寄りかかりながら言います。
「スバル、今すぐここから離れなさい。赤井はあとの別人格に、あなたたちがここにいることがバレてるわ」
「シュバルル、シュババ!」
(その傷、まさか!)
「まさか、はあちゃまと戦ったのデスか!」
「だから私のことはって言いたいけど、そうよね、あなたたちには教えとかなくちゃいけないわよね」
すいせいはずるずると壁に身体を任せて下に落ちていき、床に腰をつけます。
それからレッグバッグに手を伸ばし、黒ずんだダーク・ヴァイスヴルストのフォークを取り出してスバルたちに見せました。
「もう説明はいらないでしょ? 早く行きなさい。あいつらは私に勝った直後で油断してる、今出発すればあいつらに尾行されることなくあんたたちの目的地まで行けるかもしれないわ」
「シュババ! シュババシュバルバシュバルバシュバルルシュバルシュバルルシュバ!」
(だけど! そんな怪我したおまえを放って行けるわけねえだろ!)
スバルが食い下がります。
すいせいはシュバル語がわかりません。しかしスバルが何を言っているのか大体見当がついているのでしょう、そばに寄ってくるスバルを右足で蹴り飛ばしました。
「スバル、あんたアヒルの身体になったからって心までアヒルに成り下がってるの? ガキじゃないんだから甘ったれたこと考えてんじゃないわよ。せっかく私が戦って負けてあいつらを付け上がらせてやってんだから、このチャンスを逃すんじゃないわ。赤井はあとの身体を乗っ取っていい気になってるあのクソ女を出し抜いて、一泡吹かせてやろうって思いなさいよ」
「シュバシュバ……」
(すいせい……)
「行きなさいスバル。赤井はあとを侮辱するあの女にだけは、何があっても屈するんじゃないわ」
「シュバ、シュバルバ!」
(ああ、わかった!)
スバルはるしあとキアラに向き直ります。
「シュババシュバルルシュバ! シュバア、シュバア、シュバルバシュバルバ!」
(すぐに出発する! るしあ、キアラ、急いで準備だ!)
「はい!」
「わかりマシタ!」
るしあだけでなくキアラもスバルの伝えたいことを正確に察して、そそくさと出発支度をはじめます。
数分後には三人はすっかり準備を整えていました。
「シュババシュバシュバ、シュバルシュババ。シュバシュバルルババ」
(じゃあなすいせい、世話になった。飯うまかったぞ)
「お世話になった、ご飯もおいしくてよかったと仰っています」
「それは姉街に直接言ってほしかったけど事態が事態だしね、伝えておくわ」
「シュバ。シュバル」
(ああ。頼む)
「歌もとても上手デシタ。次ここに寄らせていただいた際にまた聴かせてください」
「ありがとう。その時はあんたのリクエストも歌ってあげるわ」
それでは、とるしあが言うのを最後に三人はすいせいに一礼してから一階に降りていきます。
そしてフェニックスに騎乗し走り去っていきました。
「……」
フェニックスの駆ける足音が聞こえなくなってから、すいせいはゆっくり立ち上がります。
彼女は手すりにつかまりながら一階に降り、酒場のフロアに入ります。
室内は消灯されており、窓から入ってくる星明りだけが唯一の光源です。
すいせいはその明かりを頼りに壁際に設置されたテーブルへ近づいて行きます。
そのテーブルには額縁が、表を取り外された状態で置かれています。
レジェンドソーセージ、ダーク・ヴァイスヴルストを持ち出すために彼女が外したものです。
すいせいはレッグバッグから黒ずんだダーク・ヴァイスヴルストのフォークを取り出し、それを額縁の中に嵌め込んでからガラス板の蓋をして、もともと飾り掛けられていた位置に掛け直しました。
さび付いたように黒ずんだ汚いフォークが、場違いに仰々しい額縁に嵌め込まれ、店内に晒されます。
すいせいは少し距離を取ってからそれを見上げ、そして黙って見つめます。
しばらくするとその目にじんわりと涙が滲んできました。
一度左腕の袖部分で拭い取るものの、涙はどんどんあふれ出てきます。
とうとうすいせいは左手で目元を覆って蹲ってしまいました。
「ごめんね、お姉ちゃん……」
星明りだけが照らす静寂のフロアで、すいせいはしばらく身体を震わせながら無言で泣きました。