勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
スバルたちを送り出してからどれくらい経ったでしょう、次の集団がわための元へやってきます。
それはトワが言っていたスバルたちの追手に違いありません。
わためは子羊の頭を撫でながら、疾走する馬たちのものでしょう砂埃と騎乗する人影を遠目に見つめます。
「……。え?」
それからしばらくして、彼女は困惑したような呟きをもらしました。
「そこのあなた」
そうしている間に、遠目に見えていたはずの人影はわためのすぐ近くまでやってきていました。
「ここにダチョウに乗った女たちがやって来たと思うんだけど」
スバルを追ってきたはあちゃまがわための前で馬を止め、馬上から話しかけます。
「左と右、どっちの道へ行ったの?」
「……も、もしかして、はあとちゃん?」
聞くべきかどうかと逡巡するような間をあけてから、わためが恐る恐る尋ねます。
一方はあちゃまは、自分の問いに答えず聞き返してきたわために顔を顰めました。
「もう一度聞くわ。大空スバルたちはどっちに行ったの?」
「あ、あのね、えっと、そのね」
わためは頭が混乱しているようで、もごもごと口ごもります。
「……」
はあちゃまはさも苛立ちげにため息をついてから、わための横にいる子羊を見ました。
「かわいい子羊ね」
「あ」
隣の子羊を聞かれて、わためは急に「そ、そうでしょ」と声を明るくします。
「覚えてる? わためが、はあとちゃんと最後に会った時につがいの子羊をあげたの。その雄の子の妹が子供を産んでね、その子供がまた子供を産んで、その子供が産んだ子供が」
まだ何か喋ろうとするわためを無視して、はあちゃまはレッグバッグからフォークを抜き取りクリスタルサビロイを出します。
そして子羊の鼻先にその剣先を突きつけました。
「これを最後にするわ。大空スバルはどっちに行ったの?」
「やめて! なんでそんな危ないことするの!」
わためが叫びます。
はあちゃまも「いい加減にしなさいよ!」と怒鳴り返しました。
「あなた本当にバカなのね! とろくさ過ぎてイライラするわ! 羊の出生なんてどうでもいいわよそんなもの! 私は大空スバルたちに距離を開けられる前にさっさと道を教えろって言ってんのよ! この毛むくじゃらの首を跳ね落とされたくなかったら、時間稼ぎするような真似しないでさっさと教えなさい!」
「じ、時間稼ぎ……」
わための目がじんわりと潤みます。
「それと」
そんなわためを馬上から見下ろしながらはあちゃまは続けます。
「あなたレッグバッグを付けてるってことは剣士なんでしょうけど、下級か良くて中級でしょ? オーラが薄すぎてほとんどあるかないかわからないのよ。そんなクズみたいな剣士が、レジェンド所有者であるこの私に馴れ馴れしくタメ口利いてんじゃないわよ。敬語を使って話しなさい」
わためは袖で目元を拭いました。
「わかった、じゃなくてわかりました」
「ふん」
はあちゃまはクリスタルサビロイを消します。
するとすかさず側にいたフェニックスがはあちゃまと子羊の間に割って入って、子羊を庇うようにしてはあちゃまを睨みつけました。
「でも、その前に皆さん馬から降りてください。ここから先はとても神聖な場所で、パーティメンバーでない動物は連れていくことができないんです。万が一連れて行ってしまうと、よほど強い精神力を持っていない限り道中で発狂して暴れ出してしまいます」
「そんなバカな話があるわけないでしょ、と言いたいところだけど」
はあちゃまはフェニックスを横見します。
「そのダチョウが置き去りにされてるってことは、大空スバルたちもあなたの言うことに従ったということ。無視するわけにはいかないわね」
はあちゃまは馬を降ります。
彼女に続いてハートンたちも下馬しました。
「さあ、大空スバルたちはどっちに行ったか教えてもらうかしら」
「……はい」
わためは頷いてから一方の道を指さしました。
それはスバルたちに教えた方とは別の道、右の道です。
「まさかとは思うけど、本当でしょうね?」
はあちゃまはわための目を覗き込むように見ながら聞きます。
わためもはあちゃまの目を見つめながら「はい」とまた頷きました。
「わかったわ」
はあちゃまは後ろのハートンたちに向き直ります。
「ハートン! 右へ行くわよ!」
彼女のかけ声に「「ブブー!」」とハートンたちが応えます。
「そこのハートン!」
するとはあちゃまは、そんなハートンたちの一人を指さしました。
「あなたは左へ行きなさい! 他は私に続きなさい! わかってると思うけど、口答えは許さないわ!」
「「ブブー!」」
はあちゃまとハートンたちが右の道へ駆けていきます。
その場には単独行動の指示を受けたハートン一人が残されます。
しばらくしてからそのハートンも左の道へ向かおうとします。
わためは彼をちらりと横見しました。
「……」
まつりにもトワにも「追手には手を出すな」と言われたわためですが、そして彼女もそのつもりでいたのですが、彼女ははあちゃまと会話するうちに胸が締め付けられたようなやるせない気持ちになり、気が付けば行き止まりの道を示してしまったのでした。
しかしここまでくると毒を食らわば皿までです。
左の道へ行くように指示されたハートンさえどうにかできればスバル一行を追う者はいなくなりますし、はあちゃまたちが道の先まで行ってからここへ戻って来るにはまだしばらく時間がかかります。わためがこの場から離れるには十分に思えました。
そして当然ですがわための目の前にいるハートンは全く油断しており、彼女を少しも警戒していません。
「やー」
わためはかけ声とともに身体を乗り出して後ろからハートンを捕まえました。
それから馬乗りになって押さえつけます。
「ブブー! ブブブブー!」
突然後ろから飛び掛かられて地面に俯せにさせられ、ハートンはレッグバッグに手を伸ばすこともできずにもがきます。
「ご、ごめんねえ」
わためは押さえながらハートンに謝ります。
「でも、あんまり大きな声は」
言いながら、わためはハートンの口あたりを手で押さえようとします。
その時です。
ハートンの首回りに巻かれている赤い紐が、不気味に発光しだしました。
その紐がひとりでにシュルシュルと衣擦れするような音をたててほどけていきます。
すべて解けると紐は地面に落ちて、まるで枯れ果てた木の葉のようにパラパラと細かなクズになって夜風に飛ばされていきました。
一方ハートンの方はと言えば、上下に切り離された上部分が空気の抜けた風船のように萎れて平たく地面に落ちます。
わためが馬乗りになっている下部分も急に中の人が存在しなくなったように萎んで質感がなくなって、人に馬乗りになっているというより布の上に座っているような恐ろしい違和感を彼女に覚えさせます。
しかし着ぐるみ下部分の切り離された切断面だけは、枠に針金か何か仕込まれているのではと思えるほど円い輪郭を残しており、その面は真っ黒な液体が満たされているようにさざ波打って揺れています。
そこから突如、白く細い腕が突き出ました。
はあちゃまの腕です。
「ひい!」
わためは思わず小さな悲鳴を上げました。
一方、ハートンの断面から徐々にはあちゃまが出てきます。
はあちゃまは三白眼に目を見開いて真っ直ぐわためを見つめながら、這い出るように現れました。
「嘘をついたのね」