勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「さあ、ここからが本当の勝負よ」
まつりがブラッディー・ブルートヴルストを構えます。
一方彼女の構えを見たはあちゃまは思わず目を顰めました。
隙だらけなのです。
それはよく中級に昇級したばかりの剣士がしがちな悪い癖の構え方で、剣を振るうことに意識を集中しすぎて急所をカバーできていない、言ってしまえば構えを取ることの利点をわかっていない未熟者の剣士が取る典型的な構えなのです。
将棋で例えるなら無敵囲いをし出すようなものでした。
「あなた正気?」
もちろん過去に戦った大神ミオのように相手を油断させるため、まず下手の構えを取っていざ斬りかかる時に本当の構えに移るという可能性は大いにあり得ます。
ですがだからと言ってよりによってその構え、はあちゃまは嫌でも警戒せずにはいられませんので油断を狙う作戦ならば逆効果です。
「正気よ」
まつりは平然と答えました。
「どうしたの? 怖気づいた?」
素人同然の構えをしながら挑発するまつりに、はあちゃまは思わずイラっとします。
「ぶっ殺すわよ」
はあちゃまが駆け出します。
もちろん彼女はまつりが何かしでかすに違いないと警戒していますから、そのつもりでまつりの動きに注意しています。
しかしもう一歩踏み込めばはあちゃまの攻撃範囲というところまで来ても、まつりは構えを変えようとはしません。
むしろその構えのままブラッディー・ブルートヴルストの攻撃範囲まで距離を縮めようと肉薄してきます。
はあちゃまはクリスタルサビロイを袈裟斬りに振り下ろしました。
まつりはやはり構えを変えようとしません。
そして案の定、守りがあってないような構えではあちゃまの攻撃を防げるはずもなく、まつりは右腕を付け根部分から斬り落とされる深手を負いました。
「……。あ」
ここまで来て、はあちゃまはあることに気づきます。
はあちゃまがまつりに与えたのは致命傷ではないものの、戦闘続行不可能な深手です。
そしてまつりの所有するレジェンドソーセージ、ブラッディー・ブルートヴルストのスキル『血の涙』の発動条件は致命傷、もしくは致命傷に近い攻撃を受けることなのです。
まさか、と嫌な予感を覚えながらはあちゃまはまつりの方へ目を向けます。
まつりの右腕はすでに引っ付いていました。
目を血色に染めた彼女は、斬られたにも関わらずまるで痛覚がないような怯みを見せない動きで、何事もなかったかのようにはあちゃまに斬りかかっていました。
「……ッ」
はあちゃまは慌てて跳び退きます。
しかしそれでも間に合わず、胸部を斬られて痛みに顔を顰めました。
「あなた、正気?」
「だから正気だって言ってんじゃん」
「ふざけてんじゃないわよ!」
あきらかに動揺を含ませて、はあちゃまが声を張り上げます。
「あなたがあの素人の構え方をする理由はよくわかったわよ。『血の涙』のスキルさえ発動させれば重傷も軽症で済むから、むしろ相手にわざと致命傷を狙ってくるように誘って今みたいに一撃を入れるためなんでしょう。結果的にあなたの方が相手よりダメージを与えられるものね」
「なんだ、わかってんじゃん」
「なにへらへら笑ってんのよ! だからって痛覚が遮断されてるわけでもなし、死ぬよりつらい痛みを確実に身に受ける拷問みたいなこんな戦法、よく実戦で使えるわね!」
「確実なんだよ」
まつりが答えます。
「まつりがちょっと痛いのを我慢さえすれば、確実に勝ってみんなを守ってあげられる」
「気持ち悪い! 気が狂ってるんじゃないかしら!」
はあちゃまが罵倒します。
まつりは「ふっ」と笑いました。
「まつりも、本当は嫌なんだよな痛いの」
「は?」
「痛いの嫌だし、三人のなかで一番の新参者なのに守り手のリーダー格としてトワやわために偉そうに仕切ったり、こうやって剣を振り回して戦ったりするのも大嫌い。本当は家で一日中ごろごろしていたいしバカなことしてみんなを笑わせたい、好きな男の人と出会って付き合って素敵な恋愛とかしてみたい。もしもこんなソーセージを振り回さなくちゃいけない世の中じゃなかったら、まつりが塔を守護する一族の娘として生まれなかったらどうなってたんだろうって、時々考えたりするんだ」
「いきなり何自分語りしだすの。痛々しいわね」
「そうだよね。まつりもそう思う」
はあちゃまとしては皮肉で言ったのでしょうが、まつりは素直に頷きます。
「これは夢物語だよ、そんな世界だったらよかったなっていうまつりのただの妄想。だから自由に夢を膨らませるの。現実のまつりには守らなければならないあのお方と大切な仲間たちがいる。そのために痛い思いもしなくちゃいけない。こんな世界もう嫌だって逃避したくなることもあるよ。でも、やっぱりみんなが大好きだからさ。よく考えて夢の世界とこの現実を比べてみて、まつりにとってはやっぱりこっちが大切だなって思うんだ。この世界には大切なみんながいる、みんなを守るためだったらどんな痛みだって喜んで受け入れられる、まつりはそれがすごく嬉しいって――」
「もういいわ。やめてちょうだい」
はあちゃまがうんざりしたように遮ります。
「要するに洗脳されて良いように使われてるってことでしょ? あなた、目も当てられないおバカよね」
ため息つきながらそう言うはあちゃまに、まつりは無言で笑みを返します。
とにかく、とはあちゃまが続けます。
「あなたがとんでもないマゾだってことはよくわかったわ。でも、他の剣士たちならともかくこの私にそんなままごとの戦法が二度も通用すると思わないことね」
「へえ。やってみてよ。まつりこの戦い方に慣れ過ぎて、もうこの構えしかできないからさ」
「私はレジェンド所有者よ? バカにするのも大概にしなさいよ!」
怒鳴ってからはあちゃまがまつりに飛びかかります。
一方まつりは本人が言うとおり、さっきと同じ素人のような構えで迎え打ちます。
はあちゃまはクリスタルサビロイを横なぎに振るいます。
とは言っても、本気で振るってクリティカルヒットしてしまうと先程の二の舞です。
致命傷には至らない適度なダメージを計算し、剣を振るいます。
するとその直後、凄まじい勢いで振り下ろされるブラッディー・ブルートヴルストによって、クリスタルサビロイが容易く弾かれました。
「!」
そもそもはあちゃまが考慮しておかなければならなかったことは、夏色まつりはレジェンド所有者つまり伝説級の実力者ということです。
つまり未熟ゆえに素人の構えしかできないわけではなく、あえてその構えを取っているのです。
なので普通に振るえば致命傷になるところへそうならないように加減した緩い剣など振えば、当然赤子の手をひねるように弾き返されます。
まつりは返し刀で剣を逆袈裟に振り上げ、はあちゃまを追撃します。
はあちゃまは左へ避けてどうにかこれを回避しました。
「……ッ」
その後もはあちゃまは何度かまつりに攻撃を仕掛けますが、そのことごとくが失敗しました。
先述のようにまつり本人が伝説級の腕前であるので、致命傷を避けるために手心を加えるような攻撃は一切通用しません。
加えて、彼女の構えなのですが、急所をさらけ出しているという意味では素人そのものであるものの、その代わり急所でないけれどそこそこ狙いどころの箇所などはむしろ常人の構え以上に綺麗にカバーされており、はあちゃまがクリスタルサビロイにしなりを利かせた不意打ちを仕掛けても難なく対処されてしまうのです。
さらに言うならば、伝説級の剣士として強敵に打ち勝つことに慣れ過ぎたはあちゃまにとって、致命傷を与えない一撃を振るうにはほんの一瞬の力調整の間が入ります。相手がただの剣士であれば瞬きに満たない時間ゆえに何の問題もありませんが、相手もまた伝説級の実力者だと話が別です。力加減しているとは言え、はあちゃまが何度急所を狙ってもまつりにことごとく防がれ一度も攻撃が通らず完封されてしまっているのは、その一瞬に満たない時間による影響が大きいのでした。
「どうしたの?」
肩で息をするはあちゃまにまつりが話しかけます。
「気のせいなのかな? まつりのままごとの戦法がずっと通用し続けてるようなんだけど。いつになったら本気を出してくれるのかしら」
「……ッ」
はあちゃまは悔しそうに歯ぎしりします。
「もう来ないの?」
まつりは再びブラッディー・ブルートヴルストを構えます。
「ならまつりから行くよ!」
まつりがはあちゃまに向かって疾駆します。
はあちゃまもクリスタルサビロイを構えます。
まつりがはあちゃまとの距離を詰めていきます。
一方リーチで勝るはずのはあちゃまですが、彼女はまつりがブラッディー・ブルートヴルストの攻撃範囲まで接近するのを何もせずに許します。
まつりはあっという間にはあちゃまの目前までやってきて、ブラッディー・ブルートヴルストを振りかざしました。
そしてはあちゃま目掛けてソーセージを振り下ろそうとします。
「ハートン!」
はあちゃまは声を張り上げました。
その直後、はあちゃまとまつりの間にハートンが飛び込んできます。
はあちゃまは割り込むハートンの陰に身を潜めます。
剣を止めるなり後退するなり、まつりがなにかしら隙を見せたらその瞬間に斬りつけてやろうとクリスタルサビロイのフォークを握りしめます。
しかし、はあちゃまの企みは全く外れました。
「!」
夏色まつりは剣を止めることも後退することもなく、一切躊躇わずに飛び込んできたハートンを斬りつけたのです。