勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
まつりは、自分とはあちゃまの間に割り込んできたハートンを容赦なく斬りつけました。
ハートンの身体が胸元近くまで袈裟斬りに裂かれ、彼の背後で隙を窺っていたはあちゃまにまでその剣身が襲い掛かってきます。
はあちゃまは急いでクリスタルサビロイを顔の前に構え、その一刀を受け止めます。
それから後方に跳ねてまつりから距離を取りました。
まつりはそんなはあちゃまを一瞥してから、ハートンの身体に食い込んでいるブラッディー・ブルートヴルストを引き抜きます。
剣を引き抜く勢いで傷口から血潮が吹き出し、まつりの顔を血色に染めました。
斬られたハートンは地面に倒れて身体をピクピク痙攣させています。
「あは、あはは! あはははは! やるじゃない!」
はあちゃまはなぜか嬉しそうに笑います。
「自分の仲間は大切だけど敵の仲間はどうでもいい、そういう割り切り嫌いじゃないわ!」
まつりは無言ではあちゃまの方を向いて、不愉快なものを見るように顔を歪めます。
彼女はそれから夜空を見上げるようにして顔を上げました。
「トワ!」
大声で呼びかけます。
「重傷を負わせた! すぐにわためのところへ連れて行って手当てをしてあげて!」
すると、どこからともなくコウモリの群れがやってきます。
コウモリたちは倒れているハートンを覆い隠すほどに集りだし、それら全員でもって彼の身体を持ち上げてしまいます。
コウモリたちはそのまま夜空を渡り、ハートンの身体をどこかへ運び出してしまいました。
「心配しないで」
はあちゃまに、というよりもハートンたちにまつりは言います。
「わための元へ運んだの。わための医術は確かなものよ、斬ったまつりが言うことじゃないけど彼はきっと大丈夫」
それからまつりははあちゃまに向き直りました。
「まつりはあんたとは違う」
「ふん」
はあちゃまは鼻で笑います。
「どうやらそうみたいね。あなたの精神はその剣の構えとまるで一緒、ままごとのごっこ遊びから全然抜け出せていないわ」
「別にいいよ。ままごとでも、ごっこ遊びでも」
まつりはゆっくりはあちゃまに近づいていきます。
「口で何と言おうがあんたはまつりに勝てない。その事実に変わりはないから」
「そうかしら」
はあちゃまは口の端を上げます。
「悪いわね夏色まつり。私にはあなたの必勝法が見えてしまったわ」
「……」
まつりが訝しむように顔を顰めます。
はあちゃまは声を張り上げて「ハートン!」と呼びかけました。
「包囲しなさい!」
「「ブブー!」」
はあちゃまの指示に従いハートンたちが彼女とまつりをぐるりと取り囲みます。
「あんたも懲りないね」
まつりが呆れたように言います。
「まつりにはハートンを盾にしても通用しない、そのことがまだわからないの? それとも彼らと一斉に飛びかかって攻撃する子供が考えるような戦略が、あなたの言う必勝法なのかしら」
「バカ言わないで」
はあちゃまは笑い返します。
「ハートンを盾にしても無駄なことはわかっているし、ハートンたちと一緒に飛びかかってもあなたが相手では勝率が変わらないくらい重々承知よ」
「じゃあ何でこんなことするの?」
「知れたこと。あなたをぶちのめして『血の涙』のスキルを手に入れるためじゃない」
答えてからはあちゃまはまつりに向かって真っすぐ駆け出します。
まつりは剣を構えました。
はあちゃまが何かを企んでいることは明らかです。
しかし今のところ、はあちゃまはただ自分に向かってきているようにしか見えませんし、自分と彼女を取り囲んでいるハートンたちも飛びかかって来る様子はありません。
とにかく迎え打たなければと、まつりはブラッディー・ブルートヴルストのフォークを握りしめます。
はあちゃまがクリスタルサビロイを振りかざしながらまつりの攻撃範囲に入ろうとしてきます。まつりは剣を振るうタイミングを見計らいます。
そして、はあちゃまがまつりのリーチに踏み込んだ瞬間、まつりはその身体めがけてブラッディー・ブルートヴルストを逆袈裟に斬り上げました。
「!」
しかし、まつりのその一振りは空を斬ります。
かわされたわけでも、受け流されたわけでもありません。
確かに目の前まで迫ってきていたはずのはあちゃまの姿が、まるで幻であったかのように突然消えたのです。
その直後、まつりの背後に熱い痛みが走ります。
致命傷には至らないけれど身体に深い傷を残す、明らかに加減を調整された一撃です。
「どうかしら? 私の必勝法は」
背後からはあちゃまの声がします。
まつりは振り返りました。
そこにははあちゃまが立っていました。
はあちゃまの足元には一人分のハートンの着ぐるみが平たくなっていました。
はあちゃまはハートン一人の命を対価にワープを発動し、まつりの不意を打って背後から攻撃したのでした。
「あんた……ッ」
まつりはわなわなと身体を振るわせます。
「あんた本当に悪魔なの!」
彼女は声を張り上げました。
「人の命を何だと思ってる! まつりに一太刀入れることが、自分のチームメンバー一人の命と同価値だとでも思っているの!」
「そんなわけないでしょ」
はあちゃまは平然と答えます。
「あなたに一太刀入れることなんかにハートン一人の価値があるはずない。当り前のことだわ」
「だったらやめなさいよこんなの!」
「でも」
はあちゃまは続けます。
「ブラッディー・ブルートヴルストのスキル『血の涙』を手に入れるためならば、ハートン数十人の価値がある。彼らは尊い犠牲なのよ」
「このクズ! 殺してやる!」
「できるものならやってみなさいよ」
まつりがはあちゃまに斬りかかります。
しかしブラッディー・ブルートヴルストがはあちゃまに当たる直前、また彼女は消えました。
そうかと思えばまつりの左脇下に痛みが走ります。
はあちゃまはまつりの死角に位置していたハートンにワープして、空振りした直後で無防備状態になっている彼女へ斬りつけたのです。
そんなことが何度も繰り返されていきます。
まつりの体力はみるみる削られて身体が傷だらけになっていきますが、それ以上に精神的な傷の方が深刻のようで彼女は今にも泣き出しそうに顔を歪めています。
そしてまた一人ハートンの命が消えて、背後から剣で斬られた時でした。
「……わかった」
まつりが呟くように言います。
それを聞き取ったはあちゃまが、次の攻撃に移る手を止めて言葉の続きを待ちました。
「まつりはもう『血の涙』のスキルを使わない。だから彼らを下がらせて」
「何を言うかと思えば」
はあちゃまが鼻で笑います。
「そんな言葉を私が鵜呑みにするとでも思っているのかしら夏色まつり。あなたは『血の涙』のスキルがあってこそ脅威なのよ。スキルを使わなかったら急所をがら空きにしているだけのザコ剣士。そのあなたがスキルを使わないなんて信じれるわけが――」
「このブラッディー・ブルートヴルストに誓う! まつりはあんたが今の戦い方をやめると約束するなら、『血の涙』のスキルを決して使用しない!」
「……、下がりなさいハートン」
はあちゃまの言葉を受けてハートンたちが包囲を解きます。
「夏色まつり」
はあちゃまがまつりに話しかけます。
「あなたの言うとおりハートンを下がらせたわ。私も正直言うとこんなことでハートンたちを失っていくのは嫌だったの」
「使える駒としてでしょうが」
「否定はしないわ。私たちは共通の目的を成し遂げるため、甘ったるい情を気にしてる余裕なんかないからね」
言ってから、はあちゃまはまつりの目を覗き込むように見ます。
「あなたは今、所有するソーセージに誓ってこの戦いにおける約束事を取り付けたわ。そして私はハートンたちを下がらせた。今さら反故は許されないわよ」
「わかってる」
答えてからまつりは剣を構えます。
その構えは、やはり急所を敵に曝け出した彼女独特のものです。
はあちゃまがまつりに飛びかかります。
はあちゃまはがら空きになっているまつりの胴体を袈裟斬りに斬りかかりました。
「……ッ」
先程までのまつりならば、その一撃をあえて受けながら相手に向かって斬りかかったでしょう。
しかし今の彼女ははあちゃまに「スキルを使わない」と約束しました。
まつりは致命傷を避けるため、振るわれるクリスタルサビロイにブラッディー・ブルートヴルストを合わせて受け止めます。
一方はあちゃまは、その行動を目にしてまつりが本当にスキルを使うつもりがないのだと確信したようでした。
そうとわかればという勢いで、彼女はさらに一歩大胆に踏み込んでまつりに連撃を仕掛けます。
他方まつりは本来のスタイルとは違う戦い方であるために、その連続攻撃を上手くいなすことができず防ぐだけ手一杯の状態となってしまいます。
そうして二人は二合三合、六合七合と打ち合いはじめ、
「もらったわ!」
かけ声とともに、はあちゃまがまつりの腹部にクリスタルサビロイを打ち込みました。
「ぐっ!」
まつりの腹部左側をクリスタルサビロイが抉り取ります。
「入った! 致命傷!」
手ごたえを感じたはあちゃまが、思わず歓喜の声を上げました。