勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
『わたしの可愛いラミィ。愛しのあなたにいいものをあげるわ』
あれはラミィが七歳になる誕生日、十一月半ばのことでした。
ラミィの生まれは大陸北方の豪雪地帯、冬には雪があまりに積りちょっとした散歩も容易にできなくなります。
その日も外は激しい雪風が吹雪いていました。
ラミィは母親に呼ばれ屋敷の地下へ降り、魔法陣が張り巡らされた薄暗い部屋で雪の妖精と契約を結ばされます。
そうして召喚されたのがだいふくでした。
『これはあなただけの妖精よ。名前を付けて、ちゃんと面倒を見てあげなさいね』
『うん! ありがとう!』
微笑みかける母親に、ラミィは元気よく頷きます。
生まれたばかりのだいふくはそんな二人をつぶらな目で見つめていました。
妖精をペットや家族の一員として可愛がり使役する、そのことについての賛否両論はさまざまですが反対論者は特に年配層に目立ちます。
というのも時が時、前時代であれば妖精は人々に畏敬の念によって尊ばれる存在であったからです。
しかし現代に生きるラミィはソーセージ世代、そんなものは迷信混じりの昔話でしかありませんし彼女の両親ですらそうでした。
『よろしくね。だいふく』
ラミィはにんまりとだいふくに微笑みかけました。
その日からラミィはだいふくを姉弟のように可愛がりました。
駆けっこや鬼ごっこ、雪玉合戦などして遊んでやったり、契約者と妖精間の魔法力供給についてや妖精のことについていろいろ聞いたり調べ物をしたりして勉強するようになりました。
そうした彼女の優しく思いやりある美談を上げれば切りがありません。
しかしここで注意しなければならないこととして、当時の彼女はまだ年端も行かない七歳の子供でした。
純粋だ穢れを知らない天使だと両親からちやほや可愛がられるのがちょうどこの年齢、しかし実際全くそうであるとは限りません。
子供には子供なりの考えと行動指針があるものです。
ラミィにも少なからず年相応のそれらがありました。
先に幼きラミィはだいふくのために魔法力供給について勉強したと述べましたが、魔法力供給における契約者と妖精との関係は、魔法力を与えるものと与えられるものです。
またいつでも契約者はその供給を断ち切ることができるという意味で、双方の関係は生かすものと生かされるものでもあります。
契約者と妖精の関係は主従であり後者は前者に使役されるものである、それが現代の社会通念となっていました。
とすれば、そのような知識を得た子供は一体自分と契約した妖精をどういう目で見るでしょう。
早い話が顎で使いだしたのです。
誤解なきよう付け加えておくと、だいふくの世話をネグレクトしはじめたというわけではありません。
以前と変わらずしっかり面倒は見るのですが、遊び終えた玩具の後片付けや食事を済ませた後の食器洗いなど、ラミィが両親から言いつけられた雑事を『これをすることがおまえの面倒を見てやっていることへの対価だろう』と言わんばかりに押し付けるようになったのです。
よくないことにそれをだいふくが快く引き受けてしまうので、ラミィがさらに増長するという連鎖が起こります。
そうした彼女と彼の主従関係はしばらく続くことになるのですが、ある時を境に見直されることになります。
『くしゅん!』
その日はいつにもまして雪風ふぶく悪天候でした。
気温の低さのせいでしょう、ラミィは高熱を出してしまい朝から起き上がれずにいました。
『ごめんねラミィ』
『いいの。ラミィのことは気にしないで』
間の悪いことに両親はその日どうしても外せない隣村の会合があり、ラミィが『大丈夫だから』と言って意地を張ったこともあり、彼女一人を残して外出することになりました。
留守番と言っても昼過ぎには戻るつもりだということで、ラミィは大人しく布団にくるまって待つことにしたのでした。
しかし昼過ぎどころか夕刻になっても両親は帰ってきません。
どうしたのだろうかという心配と不安それから恐怖に苛まれ、子供のラミィはそれでも待つしかなく、じっと黙って目を閉じます。
そうしているうちに眠気が起こり、彼女は眠りにつきました。
ラミィがふたたび目を覚ました時おそらく正子を回っていたのでしょう、部屋の中は真っ暗でした。
冷たく乾いた空気が彼女の鼻をツンとさせます。
すでに深夜の時間帯、しかし屋敷のなかには人の息づかいと言いますか気配らしきものが感じられません。
十分な睡眠を得たことによって冴えわたる神経が過敏に彼女を刺激させ、子供特有の孤独からくる不安が、暗闇から湧き上がる様々な恐怖を妄想させます。
大丈夫だと自分を励ましても喉の渇きと空腹に妨げられ、暗闇のなか弱った身体で一人いることの現実を突きつけられ、泣きたくなります。
そんな精神状態の折にドアの方からガチャリとノブを回す音がして、ひとりでにそれが開きだしました。
ラミィは思わず上体を起こして悲鳴を上げました。
しかしそれから少しして、彼女はほっと胸を撫で下ろします。
ドアを開けて部屋に入って来たのはだいふくでした。
だいふくは明かりの灯ったカンテラを咥えながら、木桶を頭に乗せてふわふわ前進してきます。
なかに熱湯でも入っているのか、桶の中から湯気が立っていました。
安心したラミィが再び身体を横にしていると、だいふくは彼女のそばまでやってきて枕元に桶とカンテラを置きます。
彼はラミィの額に張り付けられている濡れタオルを桶のなかの湯に浸し、バシャバシャと熱に馴染ませてから口と短い両手を器用に使って湯を絞り出し、またラミィの額にそれを戻します。
『だいふく?』
ラミィが声をかけますがだいふくは構わず部屋を出て行ってしまいます。
かと思えばまた頭の上に何かを乗せてすぐ戻ってきました。
持ってきたのは小型の土鍋です。
その容器の中からも湯気が立っています。
そして先の桶と同じように、だいふくは土鍋をラミィの枕元に置きました。
彼女が起き上がって覗いて見ると、鍋の中は半熟卵の月見うどんでした。
『あなたどうやって調理したのよ』
おかしそうに笑いながら、ラミィはだいふくから渡された割り箸を割ってうどんを啜ります。
その時のだいふくに対する彼女の気持ちは、今までとはだいぶ違ったものでした。
熱に犯されたことによる余裕のなさのせいもありましょう、しかしだいふくのことをすっかり忘れていた自分に対し、そんな自分を寝着いた後もずっと看病してくれていたに違いないだいふくに、ラミィは少なからず胸に来るものがありました。
またそれ以上に強く、自分からだいふくへ向けているものとだいふくから自分へ向けられているものの温度差を感じ取りました。
主従など何だのとつまらないことに囚われていた自分に対し、彼はなんて純粋に好意を示してくれるのだろうと思わされたのです。
『だいふく。おいで』
うどんを食べ終えるころには心地良い気分になっていて、ラミィはだいふくを抱えながら寝直すことにしました。
ちなみにラミィの両親が帰ってきたのは、ちょうど朝日が昇りはじめた頃でした。
帰りの道中に車が動かなくなってしまい、仕方なく雪風吹き荒れる自分たちの足で歩き通してきたというのです。
ラミィはそれを聞いて、怪我もなく無事帰って来てくれて本当に良かったと胸を撫で下ろしました。
このようなだいふくとの一件があってから、ラミィは自分と彼の関係を契約とか主従とかではない、全く違う何かであると思うようになりました。
◇ ◇ ◇
はあちゃまがだいふく目掛けてクリスタルサビロイを振り下ろします。
「……ッ」
その直前ラミィは目を見開きました。
彼女の目が金色から灰色に変わります。
スケルトンソーセージの骨についていた肉片がボロボロと床に崩れ落ち、剥き出しとなた剣身から凄まじい冷気が発生します。
冷気は使用者であるラミィの身体を包み込み、強固なる氷の鎧を纏わせました。
ラミィは氷に覆われた左腕を素早くだいふくの前に突き出します。
直後ガキン! と甲高い音がしました。
「なに!」
はあちゃまが思わず声を上げます。
はあちゃまがだいふくに振るったクリスタルサビロイ、それをラミィが生身の腕で受け止めていたのです。