勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「なに!」
腕でクリスタルサビロイを受け止めるラミィを目にしたはあちゃまが、思わず声を上げます。
氷の鎧を纏っている彼女は「執着」を発動させている状態であるわけで、防御力が60%向上し属性ダメージ加算効果も無効化しています。
しかしだからと言って窮地であるこの状況で、まさかあえて生身で受け止めるとは思いもしていなかったのでしょう。はあちゃまのなかで生まれた戸惑いが一瞬彼女の動きを鈍らせます。
一方ラミィはその一瞬を見逃しません。
クリスタルサビロイを受け止めた腕とは別のもう片方、スケルトンソーセージを持つ右腕を横なぎに振るいはあちゃまを牽制します。
「……ッ」
対応が遅れたはあちゃまは仕方なく後方に跳ねて距離を取りました。
すると、
「だいふく!」
ラミィはいきなりだいふくを蹴飛ばします。
だいふくは綺麗な弧を描いてスバルたちの方へ飛ばされていき、ねねの胸元にすっぽりと納まりました。
「ねねちゃん! だいふくをお願い!」
ラミィは大声でねねに言い置いてから、スケルトンソーセージを構えてはあちゃまに突っ込んでいきます。
それからはあちゃま目掛けてソーセージを振るいますが、一振り目と二振り目を避けられて、三振り目は軽くいなされてしまいます。
はあちゃまは隙ができたラミィの左腕に蹴りをいれました。
そこは先程クリスタルサビロイを受け止めたところです。
「ぐッ」
思わずラミィはその箇所をソーセージを持つ右腕で押さえ、じりじりと後ろへ下がります。
それを見たはあちゃまは「ふむ」と呟きました。
「平然と腕でソーセージを受け止めるアキ・ロゼンタールの例がある。頑丈だと自負するあなたは『執着』の防御バフスキルがかかった状態であれば生身でソーセージを受けても大したダメージにならない、もしかしたらそうじゃないかと思ったけど違うみたいね」
「なに言ってるのかしら。へっちゃらよこんなの」
「強がらなくてもいいのよ。見苦しいだけだから。でも雪花ラミィ、あなたは最も愚かな選択を取って私の与えた唯一の好機を無下にしてしまった。何なんでしょうね、今私はすごくがっかりしているわ。そんな感情の自分に困惑もしている。一瞬まんまと不意を打たれてドキリとさせられたというのに、その絶好のチャンスをあなたは自分の手で潰したのよ。あの瓢箪を戦場から離脱させる、そんなことのためにね。まあ私としては所詮他人事だしむしろこの戦いが勝ち確になったわけだから願ったり叶ったりのはずなんだけど、なんだか顔に泥を塗られたみたいで無性に気分が悪いわ」
覚悟しなさい、とはあちゃまは続けます。
「反吐が出るほど甘ったるいあなたにはレジェンドソーセージを所有する資格なんてない。今すぐ私がその剣からスキルを剥ぎ取って、レジェンドソーセージフォークをあなたにお似合いの汚い色に変えてあげる」
◇ ◇ ◇
はあちゃまとラミィの戦いは、はあちゃまによる一方的な展開となりました。
ラミィよりもはあちゃまの方がいくらか実力が勝っているのに加え、先にクリスタルサビロイを真っ向から受け止めた左腕のダメージがよほど重いのか、ラミィはしばしば左腕を庇うような体勢になって戦っているのです。
「執着」のスキルを発動しているとは言え、彼女の体力はみるみる削られていきます。
対するはあちゃまは、すでに発動可能である「鉄の意思」のスキルをあえて発動せずに戦っているようであり、そうした彼女の余裕からもラミィの劣勢が目に見えて明らかでした。
「ラミィ……」
ねねはそんなラミィを見守りながら、胸元のだいふくを抱く腕に力を加えます。
「でも仕方ないよ。だってラミィがだいふくを助けてなかったら、おまえは今頃確実に殺されてたからな。仮にそれで勝ったとしても、それじゃ何の意味もないもん」
だいふくにそう語りかけてから、「ね。ラミィは正しいよね」と、ねねは隣のフレアに同意を求めます。
「……」
フレアはしばらく黙っていましたが、「そうだな」と呟くような小声で返しました。
「なんだよなんだよー。元気ないなー」
あえて明るく振舞ってでしょう笑いかけるねねに、フレアは彼女の方をちらりと見てから何かを言おうとするように口を開きかけます。
しかし葛藤するように首を振って口を結びます。
それからまた口を開き口を閉じ、そんなことを何度も繰り返します。
「何してんの?」
ねねは首を傾げました。
「……なあ、ねね」
フレアは逡巡の末にようやく喋りだします。
「おまえはこれまでホロファイブとしてラミィと衣食住を共にする中で、一度でもだいふくが何か食しているところを見たことがあるか」
「なんだよ唐突に。え? もしかして何かヤバいもん食べてるのだいふくって」
ねねがだいふくの口元を嫌な顔をして見つめだします。
「いいから。見たことはあるか」
「ないよ」
ねねはフレアに向き直って答えました。
「だいふく、ご飯の時もラミィの横でふわふわ浮かんでるだけだもん。風船みたいに」
「そう。妖精は食事を必要としない。だいふくだけじゃない。あたしのきんつばもそうだ」
「ねえなんなの。ねねバカなわけじゃないけど人よりちょっとだけ理解力や思考力が低いからさ、もっとバカでもわかるようにハッキリ言ってほしいんだけど」
「大丈夫なんだよ」
ボソリとフレアが言います。
「だから何が」
ねねが焦れったそうに聞き返します。
「だいふくがだよ」
他方フレアも遠回しなアプローチが嫌になってきたようで、先程よりもややはっきりした口調になります。
「妖精だとか精霊だとか人々に言われている彼らはな、正確には生物じゃないんだ。自我も身体も持っているが、あたしたちが生存するために必須である食事という栄養摂取を必要としない。その代わり人と契約を結び契約者の魔法力を糧とするんだ。彼らは生きているんじゃない。契約者と契約することによって身体を得ているだけで、風や水、大地のようにただ存在しているだけなんだ。ねね、ここまでの話で私が何を言いたいのか大体わかってくれるか」
「わかってやれない!」
「だいふくは死なない。ソーセージで斬りつけられようが身体を八つ裂きにされようがな。自我があるから斬られたショックで気絶くらいはするだろうが、魔法力源である契約者のラミィが生きている限り普通に再生し普通に目を覚ます」
そう言ってからフレアは苦戦するラミィの方へ目を向けて、
「正直言うとな、あたしは千載一遇のチャンスが来たと思ったんだよ」
複雑そうな表情で口にします。
「なにが」
「はあちゃまがだいふくを殺してからラミィを攻撃すると言ったことさ。あいつは妖精というものをまるでわかってないんだなって。二十秒どころか何十時間斬り続けたところでだいふくが死ぬことはない。まさか何十時間も斬り続けることはないだろうが、さすがのはあちゃまもそのことを見破るまでにそれ相応の時間はかかるだろうし、それまでいくら斬っても死なないことにムキになるだろうから隙も生じるに違いない。死なないことにようやく気付いても、その驚嘆の瞬間こそまさに絶好の不意打ち機会となりそうなものだ」
「……。ラミィ、知らなかったのかも。ほら。たまにすごいド忘れするしさ」
「妖精との契約者っていうのはな、そのことを知識としてわかってなくても感覚としてわかってるもんなんだよ。現にきんつばと契約してるあたしがそうなんだ」
返すフレアにねねは黙り込んでしまいます。
それからしばらくして、
「なんだよ」
ぼそりとその小さい口を開けました。
「なんでそんなことねねに言うんだよ。フレアさんはラミィがバカなことしたって、だいふくを助けずそのまま放っとけば勝ったかもしれないのに余計なことしたなって、そう言いたいのかよ!」
「そうじゃない」
フレアはつらそうな顔で言います。
「あたしだって言いたくないよこんなこと。なんだかんだでおまえたちとも二年以上の付き合いだ。ラミィの優しい性格はよく知ってるし、そんなラミィだから我が身を顧みずだいふくを助けたことも仕方ないなって思ってる。だけどあいつは剣士だろ。しかも世界に十二振りしかない超レアソーセージを持つレジェンド所有者だ。いざ実際に絶好のチャンスを蹴ってまでだいふくを助けるラミィを見てたら、胸騒ぎを覚えてしまったんだよ」
「なんの胸騒ぎだよ」
「剣士としてのあいつの今後についてのだよ」
フレアは続けます。
「言っとくけどなねね、あたしは別に今戦でラミィが負けることを惜しい惜しいと拘ってこんなことグチグチ言ってるわけじゃないぞ。あたしが拘ってるのはそこじゃない。契約者と妖精、ラミィとだいふくは一心同体だ。だいふくは常にラミィの側にいる。今回無事に戻って来れたとしても、これと同じような状況は今後幾度となくやってくるかもしれないんだ。ラミィはレジェンド所有者、そのフォークを狙う悪党どもがラミィに勝てないからと言ってだいふくを人質に取るような事態が起こらないとも限らない。その時、あいつは死なないだいふくを助けるためにまた我が身を犠牲にするのか? チームメンバーの生死がかかっているというならそれもやむを得ないと言えるかもしれない。だが何度も言うがだいふくは死なないんだ。死なないだいふくを助けるために、あいつは自分の剣士生命すら危険にさらすことになるかもしれない」
「お、大袈裟だよ」
「事実さっきあいつはソーセージを持っていながら、だいふくを逃がす隙を作るためにあえて生身の腕でクリスタルサビロイを受け止めるなんて無茶をした。大袈裟ではないだろう」
「……」
それからしばらく二人は口を閉ざします。
「ラミィは優しすぎるんだ」
その沈黙を破ったのはフレアでした。
「断っておくがあたしはそのことを甘いなんて悪く言うつもりはない。むしろ人として誇るべき美徳だ。だけど剣士としては相手に足元を見られてしまう欠点なんだよ多分。あたしははあちゃまの言ってたことに全く同意するわけじゃないけどさ、だいふくの件に関しては心を鬼にするべきだったんじゃないかと思うよ」
「……」
真剣なフレアの言葉にねねは黙って俯きます。
だいふくをギュッと抱きしめて「ねねは」と口にしようとした時でした。
「うるせえなア」
フレアのいる方とは反対側のねねの隣から、やや不機嫌な響きをもって誰かが呟きます。
「ぐだぐだぐだぐだ外野がよオ。死ぬことねえとか大丈夫だとか、関係ねえだろそんなことは。傷ついてるてめえの仲間を目の前に見捨てんのか見捨てねえのか、そこだろうが大切なのは」
ねねが声の主に振り返ります。
それはココでした。
「エルフの姉さんよオ」
ココはフレアに呼びかけてから続けます。
「さっきの話、あんたが親切心から言ってんのは聞いててわかるが、はっきり言って余計なお世話だ。雪花ラミィの仲間への優しさが仇となって剣士生命の危機に繋がる? そうじゃねえ。むしろ逆なんだよ。あいつが何がなんでも仲間を守ろうとするから、あいつのチームメンバーである雪民も何がなんでもあいつを守ろうとする。あいつは仲間を守ることで仲間に守られてるんだ。実際そうやって幾度となく仲間たちから命を救われてるし、その絆でもって不可能に思えるようなことを何度も成し遂げてきてる。だからこそ雪花会は強い。ワタシら桐生会と張り合えるほどにな。この戦いだってそうだろ。雪花ラミィがあのクマを仲間として思いやってるからこそ、あのクマがとんでもねえ魔法でもって手助けしてたんだ。あのクマの契約者がおまえの言う優しすぎる雪花ラミィじゃなかったら、そもそも氷の槍を作り出して戦うなんていう無茶苦茶な戦闘法すら成り立っていないんだよ」
「桐生ココ」
ボソリと呟くねねの方へ、「ん?」とココが視線を向けます。
「おまえ確か、雪花ラミィが掛け持ちしてるチームのリーダーだったか」
「そ、そうだけど」
「そうか。だったらそんな難しい顔してんじゃねえよ。たとえ結果がどうであれ、あいつは、まあ、よくやった。戦い終えて戻って来た時によオ、変なこと気にしねえように笑顔で出迎えてやる準備しとけ」
「うん!」
元気良く頷くねねに「ふん」とココは鼻を鳴らします。
それからその目を余裕のはあちゃまと苦戦するラミィの方へ向け、苛立ち気にギリギリと歯を軋ませました。