勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~   作:はばたくアヒル

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「未開文明のサルが! 調子に乗ってんじゃないわ!」

 

 はあちゃまの目が灰色に変わります。

 彼女の身体周囲を凄まじい冷気が包み込み、氷の鎧が装着されます。

 スキル「執着」の発動です。

 防御バフスキルである「執着」は残り体力が25%以下であることを条件に発動可能となり、使用者の被ダメージを60%軽減させます。

 

「『執着』だと」

 

 ココが忌々しげに呟きます。

 

「どこまでも往生際の悪い下衆が。まさかこのワタシに二度もくだらない挑発が通用すると思っているのか」

 

「ふん。おめでたいわね」

 

 はあちゃまはそんなココを鼻で笑いました。

 

「くだらない挑発ですって? バカバカしい。今のあなたにそんな小細工なんか必要ないわ」

 

「なに」

 

「桐生ココ。どうやらあなたはこのスキルの恐ろしさを何もわかっていないようね。今から死ぬほど思い知ることになるわ」

 

「ほざけ!」

 

 ココは殴りかかろうと拳を振り上げます。

 

「……」

 

 一歩はあちゃまはそれを防ごうとも避けようともしません。

 ただココを余裕然とした表情でココを見据えています。

 

「おらア!」

 

 ココははあちゃまの顔面目掛けて拳を振り下ろしました。

 ガツン! と打撃音が轟きます。

 

「ふん」

 

 はあちゃまへの攻撃は60%軽減されます。なので当然彼女に与えるダメージは先程までより大分劣ることとなり、殴られた直後だというのにうっすら笑みなど浮かべています。

 ですがそんなことなどココとて承知の上です。

 だからどうしたと言わんばかりに、ココは再び殴りかかろうと拳を握り込みます。

 

「……ッ」

 

 しかし、その時ココは自分の拳に違和感を覚えました。

 強く握り込んでいるつもりなのに、上手く力が入らないのです。

 

「気づいた?」

 

 はあちゃまが、先に殴られて口の端から伝いだした血を手の甲で拭い取りながら嘲るように話しかけます。

 

「これが、あなたみたいな野蛮人に対して発揮する防御力バフスキルの効力ってわけよ」

 

 はあちゃまは殴り終えたココの拳を掴みました。

 

「攻撃力バフスキルや盤外スキルのレジェンドソーセージにはない防御力バフスキルのレジェンドソーセージ特性、それはスキル発動状態時に使用者の全身を属性化させること。相手がレジェンド所有者であればその剣を身体に受けた際に属性ダメージを無効化する防御効果であるこの性質だけれど、相手があなたみたいな素手で殴りかかる野蛮人だった場合、全身属性化は防御効果である以上に攻撃効果となる。当り前よねえ。属性化しているところに自分から身体接触しに来るんだから。攻撃しているつもりでも殴ってる本人の方が属性ダメージで深い傷を負うってわけよ。今のあなたみたいに体力が残りわずかであればなおのことね」

 

 はあちゃまが説明している間にも、彼女が掴んでいるココの手にじわじわと冷気が蝕んでいき属性ダメージを加算していきます。

 

「く……ッ」

 

 ココは振り払おうとしますがもちろん放れません。

 

「放せエ!」

 

 怒鳴りながらもう片方の手ではあちゃまを殴りつけます。

 しかし先に述べたように、はあちゃまは現在「執着」の防御力バフスキルを発動しており被ダメージを60%軽減する状態にあります。

 ココの拳、しかも利き手ではない方のそれが入ったところで大したダメージにはなりません。

 むしろ殴ったココの方が接触による属性追加ダメージを受けてふらついてしまうという具合です。

 それでもここは歯を食いしばり何度も拳を打ち込みます。

 ですがはあちゃまは決して放しません。

 

「ふふん」

 

「てめエ……ッ」

 

 ココは怒りで目を見開き、火炎のような吐息をゆっくり吐き出しました。

 

「こんなふざけた戦い方で! 桐生会会長のこのワタシを! 潰した気になるなよ!」

 

 叫ぶなり、ココは渾身の力で握り込んだ拳の一撃をはあちゃまの右側頭部にぶちかましました。

 

「……ッ」

 

 さすがにその一撃は効いたようで、はあちゃまは苦々しそうに顔を顰めます。

 しかしココの手は放しません。

 

「まだまだア!」

 

 ココはそんなはあちゃまに、続けざま左脚を振り上げて上段蹴りをかまします。

 狙う箇所は先と同じ右側頭部です。

 

「くッ」

 

 はあちゃまは思わずふらつき、たたらを踏むような前傾気味の体勢で一歩前に出ます。

 それでもなおココの手は掴んだままです。

 しかしココは姿勢が崩れたはあちゃまを、掴まれている右手を引いて引き寄せて、そうしながら自分も身体をぐるんと勢いよく反転させて、

 

「おらア!」

 

 その勢いで尻尾を思い切りに振り抜きました。

 狙うのはもちろん同一箇所の右側頭部です。

 

「!」

 

 これにはさすがのはあちゃまも堪え切れなかったようで、掴んでいたココの手を放しました。

 

「よし!」

 

 手が解放されたのを認めたココは急いで翼を羽ばたかせ、はあちゃまから一刻も早く距離を取ろうとします。

 しかし、

 

「待ちなさい!」

 

 その行動途中で、はあちゃまに尻尾を掴まれてしまいました。

 はあちゃまはもちろん「執着」の発動状態です。

 ココははあちゃまが掴む尻尾の箇所から徐々に感覚がなくなっていくのを感じました。

 

「放せ!」

 

 ココは怒鳴りながらはあちゃまを蹴りつけます。

 ですが尻尾を掴んでいる手は全く緩みません。

 それでもココは空中で殴り蹴りで藻掻きます。

 しかしはあちゃまは放しません。

 そうしているうちに感覚の麻痺が上半身まで回ってきます。

 

「……ッ」

 

 まず支障が表れたのは翼でした。

 羽ばたく動きがぎこちなくなり、ろくな機動もできないほど根元が固まってしまったのです。

 飛べなくなったココははあちゃまに尻尾を掴まれたまま真下に落ちて、床に叩きつけられます。

 翼が不能となった時点ですでに四肢の自由もなくなっていたのでしょう、地面に落ちた後のココは痙攣したように震えるだけで動こうとしません。

 

「ふん」

 

 彼女のそんな状態を認めてから、はあちゃまはようやく尻尾を放しました。

 はあちゃまは「執着」のスキルを解いて冷ややかにココを見下ろします。

 

「ったく。随分手こずらせてくれたわね」

 

 吐き捨てるように言ってから、はあちゃまは改めて自分の負傷具合を確かめるように手足や胴体を見ていきます。

 

「こんなにもしてくれて。本当、どうしてくれるのよ」

 

 はあちゃまはクリスタルサビロイの先をココに突きつけました。

 

「知っての通り、私は盤外スキル『不死の魂』を発動することによって戦闘勝利時に自分の体力を回復することができる。だからこそあなたたちレジェンド所有者を相手に一対多の勝ち抜き戦をしてあげようと思ったわけだけれど、私はすでにあなたに勝利しているし、その際に『不死の魂』を発動してしまっている。そしてクリスタルサビロイはその時点からずっと、あなたのことを敗北しているものとして判定している。この意味がわかるかしら」

 

「……」

 

「発動できないのよ『不死の魂』が。敗北しているものとみなされているあなたを苦労してボコボコに叩きのめしても、私はソーセージからすでに勝負が終えた敗北者をいたぶっているとしか判断されていないというの。ねえ。わかってもらえる? 今の私のこの気持ちを。私はあなたのせいで次の対戦相手とこの体力のまま戦わなくちゃいけないのよ」

 

「ふ、ふふ……、ざまあねえな……」

 

「ええ本当に。腹立たしくて仕方ないわ」

 

 はあちゃまはクリスタルサビロイを振りかざします。

 

「さあ桐生ココ、あなたの大好きなけじめを取るお時間よ。せめてもの気晴らしに、その首をギロチンで切断するみたいに盛大に斬り落として床を真っ赤な色に模様替えすることにするわ」

 

「シュバ!」

(おい!)

 

 無抵抗のココにとどめを刺そうとするはあちゃまを見て、スバルが大声で叫びます。

 

「シュバルバシュバルバシュバルルシュババシュババシュババ! 『シュバルシュバルル』バシュバシュバルシュバルシュババシュバルルシュバシュバシュババシュババ! シュバシュバシュバルシュバルバシュババシュバシュバルシュバル! シュバルバシュバシュババシュバルルバシュバルルシュババシュババ!」

(おまえの気持ちはわからんこともないがやめろ! 「不死の魂」が使えないだろうことは容易に想像できたはずだ! にもかかわらず勝負を受けたのはおまえ自身! おのれの誤った決断を責任転嫁するな!)

 

「止してくださいはあちゃま! あなたがしていることはただの逆恨みです!」

 

 スバルとるしあが必死にはあちゃまを制止します。

 しかしはあちゃまは彼女たちを振り向こうとしません。

 ココの首元めがけて、ただ無言にクリスタルサビロイを振り下ろしました。

 


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