勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
はあちゃまがココにクリスタルサビロイを振り下ろします。
しかしそれがココに到達する直前、真横からソーセージが突き出されました。
その剣速は凄まじく、はあちゃまのクリスタルサビロイを勢いよく弾きます。
「そこまでにしときなよ」
クリスタルサビロイを弾いた剣はバナナです。
いつの間にいたのでしょう、はあちゃまのすぐ側にかなたが立っていました。
「勝負はもうついてる。今のココはレジェンド所有者じゃないし、戦闘できる状態ですらない。にもかかわらずまだ戦おうっていうのなら、ココの代わりにボクが相手になるよ」
言い終えるなり、かなたはバナナの剣先をはあちゃまに向けます。
「あなた正気?」
はあちゃまはそんな彼女を訝しむように見ました。
「最初に私がしたルール説明を聞いていなかったのかしら。戦闘中の助太刀はルール違反よ。今すぐソーセージを消して下がりなさい。さもなければ兎田ぺこらの方の首が飛ぶわ」
「それは無理だね。キミがもうココに攻撃しないと約束してくれるまでは」
「ぺこおおお!」
ぺこらがこの世の終わりのような叫び声を上げます。
「あーあ。かわいそうなぺこら社長」
はあちゃまはさも気の毒そうに眉を顰めます。
それからぺこらの側で控えているハートンたちに視線を送り、何かの指示を与えます。
するとぺこらの後ろで立っていたハートンが頷いて、レッグバッグからフォークを抜き取りソーセージを出現させました。
「ぺこおおお! ぺこおおお!」
ぺこらはただただ泣き喚きます。
「ちょっと待ちなよ。びっくりするくらい短気だね。ボクは別にキミが提示したルールを破ったわけでもないのに、いきなりソーセージを出させたりしてさ」
一方かなたはマイペースな調子でそんなことを言いだします。
「キミがいう助太刀禁止っていうのは、あくまで戦闘の最中に限ってのことだろう。さっきも言ったけどココはもう戦闘不能状態、キミの勝ちということで勝負はとっくについている。にもかかわらずキミがココにとどめを刺そうとするからさ。ボクとしては止めに入らざるを得ないじゃないか」
「……」
「それにキミは勝ち抜き戦のルールを説明した際に『勝利の形なんてなんでもいい』とも『全員生きて返す』とも言っていたよね。なのにココを殺そうとするなんて、キミの方こそルールを反故にしてるんじゃないかな」
「うるさいわねぐだぐだと。へらへら笑いながら人の揚げ足を取って」
はあちゃまが苛立たしげに返します。
「いいからさっさと退けと言っているのよ。それとも何かしら。兎田ぺこらの首が飛ぼうが大陸が大変なことになろうが、あなたにとっては関係ないということかしら」
否定せざるを得ないだろうことを踏んで、はあちゃまがかなたに尋ねます。
しかし、
「まあ。そうだね」
かなたはあっさり肯定するような返答をしました。
これには敵味方問わずその場の全員がギョッとした顔になります。
「誤解しないでほしいんだけど。世界がどうなろうが知ったことじゃないとか、そういう意味じゃないからね」
そんな周囲の反応に気づいてでしょう、かなたは捕捉しだします。
「ただボクにとって、世界が壊滅状態になってももちろん悲しいけれど、それと同じくらいココがいない平穏な世界も悲しいと言っているんだ。いや、むしろココがいない世界で生きていかなければならないことを考えると、その方がずっと苦しいとさえ思えてしまうよ」
「悲しいとか苦しいとかそういうスケールの問題じゃないと思うんだけど、要するに桐生ココが殺されるくらいなら世界がどうなろうと関係ないってことでいいのよね?」
「そう」
「どっちにしろやべえやつじゃねえかペコ!」
ぺこらが叫びます。
「本当に。面倒臭いやつよね」
はあちゃまは鬱陶しそうに髪を掻きました。
「散々お気持ち語ってもらって悪いんだけどさ天音かなた、その想像力をフル活用して私の立場にもなってもらえないかしら。あなたのお友達のせいで私は次の相手と負傷状態で戦わなくちゃいけないのよ。派手にぶち殺しでもしなくちゃ治まらないでしょうが。このやり切れない気持ちは」
はあちゃまは憎々しげにココを見下ろしながら呟きます。
「うん。そうだよね。だからボクも考えてみたんだ。キミがどうしたら納得してくれるかなって。それで思い付いたことがあるんだ」
「思い付いたこと?」
「そうさ。ねえ。もしキミが負傷状態でなくなったとしたら、キミはそのことに満足してココを殺さずに帰してくれるって約束してくれるかな」
唐突なかなたの問いかけに「ええ。まあ」とはあちゃまは返します。
「決まりだね」
かなたは微笑んで、ブン! とバナナを素振りします。
するとフォークの先端に出現していたそのソーセージが消えてしまいました。
かなたがバナナを消したのです。
彼女はフォークだけの形状になったそれをはあちゃまの足元に放り、それからゆっくり両手を上げて、
「降参」
と言いました。
「……」
はあちゃまはそんな彼女を訝しむような目で見つめます。
しかし少ししてからあることに気づいたようで、
「ハートン!」
とハートンの一人に呼びかけました。
「フォークを回収しなさい」
指示を受けたハートンがかなたのフォークを拾い上げてレッグバッグに仕舞います。
それを確認したはあちゃまは「不死の魂」を発動させました。
盤外スキル「不死の魂」は勝利後に発動可能となり、使用者の体力を回復させます。
勝利した相手は天音かなたです。
かなたはすでにソーセージを出現させてはあちゃまの剣を弾いてもいるのですから、戦闘状態であるとみなされています。そのかなたがフォークを捨てて降参したのですから、はあちゃまが彼女に勝利したものと判定されたのです。
はあちゃまの負った傷がみるみる治癒していき、顔にも余裕が戻ってきます。
「これでキミの体力はココとの再戦前にほぼ戻ったはずだよね」
はあちゃまが「不死の魂」を発動し終えたのを確認して、かなたが話しかけます。
「じゃあボクもココを連れて皆のところに戻っても良いかな」
「……」
笑いかけながら聞くかなたに、はあちゃまは顎をしゃくって許可しました。
ココは未だに動けずに倒れたままの状態です。
かなたはそんなココに肩を貸して「よいしょ」と立たせます。
「さあ行くよココ。歩けるかい」
かなたが話しかけると、ココは薄っすら目を開けて彼女の方を見ます。
それから弱々しい声で「バカ野郎」と言いました。
「ひどいなあ。バカ野郎だなんて」
返すかなたに「うるせえ」とココは続けます。
「敵を目前にして戦わずにフォークを捨てる剣士があるかよ。ほとんど無敗の勝率を維持してるおまえであるからなおさらだ。ワタシを助けるためなんかで、その戦歴につまらねえ黒星つけてんじゃねえよ」
かなたに対してというより、結果的にかなたのキャリアに傷をつけた自分自身に対して苛立つように呟きます。
「そんなことないさ」
「ふん。勝率なんて興味ないってか」
「……」
「まあ。おまえらしいって言えばおまえらしいな。だがな、剣士にとって名誉の負傷が生涯の誇りとなる一方で、不名誉な敗北は生涯の汚点となり得る。いつか自分の剣士人生を振り返った時、こんな負け方で付けた黒星に後悔することになるぞ」
そう言ってから「……すまねえ」とココは小声でかなたに謝りました。
「違うよココ」
そんなココにかなたは首を横に振ります。
「確かに過去の僕は勝率なんてどうでもよかったし、むしろ敗北を重ねることを望んですらいた。でも一度気持ちいいくらいの敗北を味わってからはその執着も薄らいだ。今は剣士としての勝率の大切さも、キミの言う不名誉な敗北の意味もわかっているつもりだよ。それらは確かに重要なことさ。剣士としてのボクにとってね」
かなたは「でもさ」と続けます。
「ココ。ボクはボクのことを、剣士である以前にキミの親友だと思ってるんだ。だからキミを守るためならソーセージのフォークも剣士の誇りも迷わず捨てるよ。それが親友ってものだろ」
平然と言い切るかなたに、
「……バカ野郎」
ココはもう一度小さく呟いてから、俯きました。