勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「おまえはここで終わりなんだよ! はあちゃま!」
ポイズンチョリソーを構えたフブキが言い放ちます。
「ちょっと力を付けたからって調子に乗ってんじゃないわ!」
はあちゃまも叫び返して駆け出します。
彼女は二メートルの間合いまで近づいてから、フブキの顔面目掛けて鋭い突きを繰り出しました。
フブキは首を傾けて躱します。
はあちゃまはすかさずクリスタルサビロイをしならせて、フブキの後方から彼女の頭部を執拗に狙っていきます。フブキはまるで背中に目が付いているかのように、素早く屈んでそれも回避します。
するとはあちゃまは大きく一歩踏み込み距離を詰め、しなった状態のままのクリスタルサビロイを構わずフブキに振り下ろしました。
その避ける先を見越して逃げ道を塞いでいくかのような連続攻撃に、さすがのフブキも命中するかと思われたのですが、
「……ッ」
その瞬間、フブキの姿が消えました。
標的を失ったクリスタルサビロイが、ブン! と風切り音を立てて空振りします。
「消えた!」
るしあが思わず声に出します。
しかしもちろんフブキは消えたわけではありません。
そう思えてしまうほどの高速でもってクリスタルサビロイを回避したのです。
そしておそらく、はあちゃまにはその姿が捉えられているのでしょう、
「ちッ」
と舌打ちしながら、急ぎ後方へ振り返ろうとします。
ですがはあちゃまの動体視力がフブキの動きを捉えようと、肝心の彼女の身体はその速さに追いつけないようで、はあちゃまが振り返るよりも数瞬早くフブキが彼女の後方に現れます。
フブキはまだ剣を構える状態にないはあちゃまに無言でポイズンチョリソーを振るい、彼女を真横へ弾き飛ばしました。
「……ッ」
攻撃をまともに受けたはあちゃまは勢いよく飛ばされて、二転三転と転がされます。
そうして魔王城の壁にまで迫っていきます。
壁との衝突を避けるため、はあちゃまは勢いを強制的に止めさせようとクリスタルサビロイを地面に突き立てようとしました。
しかしカキン! と甲高い音を立てて、その剣先は弾かれます。
魔王城は床も含めて全面がソセレ合金でコーティングされています。クリスタルサビロイの硬度では突き立てることができないのです。
はあちゃまは仕方なしに剣先を地面に押し当て続け、かすかな摩擦で徐々に勢いを殺していき、そうした末に背中から壁に衝突しました。
一方で、そうしてはあちゃまが飛ばされると同時に、フブキは彼女に引っ付いていくようにして駆け出していました。
背中の痛みをこらえながら薄目を開けたはあちゃまのすぐ目の前にポイズンチョリソーを振りかざすフブキの姿が映るのですから、はあちゃまとしては堪ったものではありません。
彼女は急ぎクリスタルサビロイを頭上に構え、フブキの振り下ろすポイズンチョリソーを受け止めました。
二振りのソーセージが合わさり、鍔迫り合いの形になります。
「おのれえ。白上フブキ……ッ」
鍔迫り合いになる二振りのソーセージ越しに、はあちゃまがフブキを睨みつけます。
一見では力の均衡した鍔迫り合いですが、フブキには『毒牙』の攻撃力100%バフがかかっています。均衡状態になどなるはずがありません。
それどころか仮に『毒牙』が発動していなくとも、実力差によってはあちゃまがフブキに鍔迫り合いで競い勝てる望みは薄いのです。
つまりフブキはわざと鍔迫り合いが均衡するように力を調整しているのです。
それがわかっているからこそ、なおさらはあちゃまの苛立ちは増すのでした。
「これほどの実力がありながら、『毒牙』発動までずっと隠し続けてたですって? 本当にふざけてくれるわね」
彼女は自嘲するような笑みを見せます。
「『毒牙』の発動条件は残り体力が15%を下回ること。つまりちょっとしたクリティカルヒットを受けて『毒牙』を使うことなく退場する可能性だって十分にあった。にも関わらずずっとバカのフリして戦い続け、この私を掌で躍らせていたんですもの。さすがの私もあなたの図太さと底意地の悪さにはお手上げだわ。さぞかし良い気分だったことでしょうね」
「良い気分もクソもあるか」
フブキは吐き捨てるように言います。
「どんなことがあろうと『毒牙』を発動し、おまえを叩きのめすと決めていた。私にとってのこの二年間はそのためだけの期間だったのだから。能ある狐は爪を隠す。冥途の土産に覚えておけ」
「ほざけ!」
はあちゃまは鍔迫りの状態で右足を振るい、フブキの左脇に蹴りを入れようとします。
しかしフブキは左手でそれを払い落とし難なく防ぎます。
むしろフブキはお返しとばかりに、はあちゃまの鳩尾目掛けて右膝を叩き込みました。
「う……ッ」
ソーセージの打撃ではないものの、『毒牙』の攻撃バフがかかった獣人の膝打ちです。
しかもはあちゃまは頭に血が上っていたために攻撃を受ける心の準備もなく、全くの不意打ちとなります。
まともに鳩尾を入れられたはあちゃまは、苦悶の表情に目を見開いて「く」の字に腰を折り曲げてしまいました。
そんな彼女を見下げ果てたような目で見下ろすフブキは、静かにポイズンチョリソーを振りかざします。
前かがみになっているはあちゃまの背中めがけて、彼女は容赦なくソーセージを叩き込みました。
◇ ◇ ◇
『毒牙』のスキルを発動させてからしばらくは攻撃できる場面でもあえて剣を振るわなかったフブキですが、前かがみ状態のはあちゃまに一発当てて以後、それまでの消極的な姿勢は一体何だったのかと思えるほどにはあちゃまを打ちのめしていきます。
「彼我の実力差を十二分に見せつけたから、遠慮の必要がなくなったのだろう」
とはアキロゼの言です。
しかしその「遠慮の抜けた」戦い方が端的に言って暴力的で、まず手や足ではあちゃまがクリスタルサビロイを持つ利き手を弾き除けてから、ガラ空きになった胴体にポイズンチョリソーを振るってタコ殴りにするというものです。
はあちゃまと剣で打ち合う気などさらさらない、圧倒的な実力の開きがあればこそのワンサイドゲームでした。
「この!」
そんなことが何度も繰り返されて、はあちゃまがとうとう反撃に移ります。
彼女の目が赤く染まり、周囲の温度が一気に上昇します。
スキル「断末魔」の発動です。
残り体力が25%以下であることを条件に発動できる「断末魔」は、使用者の攻撃力を75%上昇させます。
はあちゃまはクリスタルサビロイを持つ自分の右手を払いのけようとするフブキの左手を逆に撥ね除けて、彼女の胴体めがけて横一文字に剣を振るいました。
しかし、その一振りはフブキの振るうポイズンチョリソーにあっさり弾き返されます。
「……ッ」
フブキはすでに100%攻撃力バフの「毒牙」を発動している上に、そもそも実力がはあちゃまよりも上の剣士です。
それらの理由から、たとえ「断末魔」の75%攻撃力バフをかけたところで不意打ちでもなければ一太刀入れるのは難しいです。
ですがもちろん、はあちゃまとしては一方的に優勢にあるフブキが油断していると踏み、不意打ちのつもりで勝負に出たのでした。
しかしフブキははあちゃまが考えている以上にずっと彼女を警戒していた、だからあっさり防がれるという結果になったのです。
クリスタルサビロイがポイズンチョリソーに弾かれた直後、はあちゃまの顔に絶望の相が浮かんだのは無理ないことでした。
◇ ◇ ◇
「……あれ?」
フブキとはあちゃまの戦いを観ていたるしあが、ふと何かに気づいたように呟きました。
「どうした」
アキロゼが彼女に聞きます。
「いや、ちょっと変だなって思いまして」
「変?」
「はい」
るしあは頷きます。
「フブキさんはすごい実力を持っていて、しかも『毒牙』で100%の攻撃力バフまでかかっているんですよね」
「そうだ」
「なのに、そのフブキさんがさっきからこれでもかって言うくらいポイズンチョリソーを叩き込んでいるのに、どうしてはあちゃまは倒れていないのですか? これまでのはあちゃまを見てきた感じ、そんなずば抜けて打たれ強いという印象はないのですが」
「なんだ。今更だな」
アキロゼは呆れたように言います。
「それは白上フブキが強打で勝負を決めにいかないからだ」
「え」
るしあは目を瞬かせます。
「それってつまり、あえてトドメを刺していないってことですか」
「まあ、そうだな。勝負を決めにいっても良さそうな機会でもそうしないと言う意味では」
「ダメじゃないですか!」
るしあが声を張り上げます。
それから自分の声の大きさに驚いたのでしょう、彼女はすぐに両手で口元を押さえて声量を落とし続けます。
「勝負は最後の最後まで何が起こるかわからないんですよ。しかも相手は曲者のはあちゃまです。ちょっとした油断すら危険なのに、あえて勝負を長引かせるなんてことしていたらいくらフブキさんでも足元を掬われてしまいますよ。今のはあちゃまは『断末魔』が発動可能の体力ですからなおさらです。一発逆転もあり得てしまうじゃないですか」
「そんなこと私に言われてもなあ」
「じゃあフブキさん本人に言います」
アキロゼにそう返してから、るしあは戦っているフブキに向かって声をかけようと大きく息を吸い込みます。
「よせ」
するとアキロゼがるしあの腕を掴んで制止しました。
「何するんですか」
「雑にあしらって悪かった。謝る。すまない。だから余計なことをしてくれるな」
「余計なこと?」
るしあがアキロゼの言葉を繰り返します。
彼女はそれに「ああ。そうだ」と頷きました。
「確かに白上フブキはあえてトドメを刺さずにいる。もしかしたら一気にけりを付けずにはあちゃまをいたぶり倒すという魂胆なのかもしれない。だがな、にも関わらず彼女は決して油断などしていないし、隙も見せていない」
「勝負を決めれる状況にもかかわらず勝負を決めにいかない、長引かせても大丈夫、そういう考え方自体が油断なんじゃないですか」
「違うな」
アキロゼはきっぱりと否定します。
「油断は己の力を過信した奢りから生じる場合のものを言うんだ。しかし彼女の場合はそうじゃない。『はあちゃまに地獄を見せるために戦っている』、そう私に教えてくれたのはおまえだろう」
「るしあじゃありません。スバル先輩です」
「まあ確かにおまえの心配もわからんでもない。白上フブキははあちゃまの利き手をわざわざ払い除けて胴体をガラ空きにし、そこに剣を叩き込むことを繰り返している。つまり相手を無防備状態にさせてから好き放題殴っているわけだが、そのための手間がかかりすぎている。普通の剣士がこんなイジメ紛いの戦い方をしだしたら即刻止めるべきだ。ソーセージ道に反するとかそういう道徳的な理由で言っているんじゃない。相手を無防備状態にしているところを逆に狙われたら一気に潰されかねないからだ」
「そうですよ」
「しかし白上フブキは例外だ。全く隙がない。なぜだかわかるか」
尋ねるアキロゼにるしあは無言で首を振ります。
「この展開を完全にイメージできているからだ」
アキロゼは続けます。
「はあちゃまがどんな反撃をしようと全て予想の範囲内だからスマートに処理できる。おそらく過去にはあちゃまと剣と交えたたった一度の戦闘データを参考に瞑想してイメージを積んできたんだろうが、先にはあちゃまが発動させた『断末魔』にすら眉一つ動かさないのだから相当の練度だ。毎晩夢に見るような頻度で瞑想してきたんだろうよ」
「フブキさん……」
「白上フブキははあちゃまの反撃としてあり得るだろう何百何千というパターンを頭に叩き込んだ上で戦っているんだ。その予想内であればどんなことをされようが最善手を打てる。彼女がワンサイドゲームを続けられているのはそのためだ。あとな、今の彼女に『油断している』なんてことを言うのは失礼だ。悪夢のような日々を積み重ねてきたからこそ、圧倒的優勢の状況下にも関わらず全く油断せず天狗にもならず、ただ淡々と確実に恨みを晴らしている。出来そうでなかなか出来ることじゃない」
「……」
「そんな彼女に不安要素があるとすれば、それこそ想定外のことが起きることだ。仲間サイドから『早くとどめをさせ』と急かすその一声が彼女のリズムを乱し、その一瞬の隙を突いてはあちゃまが反撃に移る。その事態が一番怖いんだよ。だから余計なことをしてくれるなと言ったんだ」
「……」
るしあは無言でアキロゼの説明に頷いてから、あらためてフブキとはあちゃまの方へ目を向けました。
◇ ◇ ◇
もう何度、はあちゃまはフブキに袋叩きされたでしょう。
さらにもう一度、彼女はポイズンチョリソーの直撃を喰い飛ばされて壁に激突します。
そうして地面に倒れ落ちたあと、クリスタルサビロイを杖代わりにようやくの調子で立ち上がり、
「ふ、ふふふ。ふふふふ」
はあちゃまは意味ありげな笑みを浮かべました。
その身体は悲惨なほどに傷だらけで、衣服はところどころ血で赤く染まっています。
「地獄を見せるだのなんだの大口叩いといて、所詮この程度なわけ?」
にもかかわらず、口の端を吊り上げてそんなことを言い出します。
「本気で来なさいよ。白上フブキ!」
クリスタルサビロイをブンと素振りして、猛々しく声を張り上げました。
「そうだな。わかった」
フブキはそんなはあちゃまに笑い返します。
「おまえの安い挑発に乗ってやる。一思いに終わらせてやるよ」
それからフブキはゆっくりとした歩調ではあちゃまに近づいて行きます。
しかし進むごとに速度は増していき、距離があと半分ほどまで迫ったころには駆け出していました。
一方はあちゃまも黙って立っているわけではありません。
フブキが向かってくるのを確認するや否や、クリスタルサビロイを握りしめ目を見開きます。
その目が灰色に染まります。
スキル「執着」の発動です。
防御スキルである「執着」は残り体力が25%以下であることを条件に発動可能となり、使用者の被ダメージを60%軽減させます。
「執着」によって纏われる氷の鎧で身を包みながら、はあちゃまがフブキを迎え打ちます。
「はあ!」
そして両者の距離がゼロとなり二振りのソーセージが交わると思われたその直前、
「……ッ」
はあちゃまが再び目を見開きました。
彼女の灰色だった目が、瞬時に別の色へと移り変わります。
燃え上がる炎のような赤色です。
直後、彼女周囲の温度が一気に上昇し、覆われた氷の鎧がドロリと溶けてなくなります。
スキル「断末魔」の発動でした。
攻撃力を75%上昇させる「断末魔」は残り体力が25%以下であることを条件に発動できる攻撃力バフスキルです。
はあちゃまは「執着」で迎え撃つとみせかけて「断末魔」へとスキルを入れ替えることによって、フブキの不意打ちを狙ったのでした。
突然クリスタルサビロイに75%の攻撃力バフがかかることにより、合わさるかに見えた二振りのソーセージのうち、一方のクリスタルサビロイが他方のポイズンチョリソーの下方をくぐり抜けフブキ本体へと向かっていきます。
「もらった!」
はあちゃまは思わずと言ったふうに歓喜の声を上げます。
しかし、
「あきれたな。本気でこんな子供だましが通用すると思っているのか」
フブキが、そのはあちゃまの剣よりもはるかに速い動きでもってポイズンチョリソーを引いてきて、胸元に迫るはあちゃまのクリスタルサビロイを掬い上げるように撥ね上げました。
「勝負を決めにいくのにあえて防御スキルを選ぶバカはいない。おまえが攻撃バフのスキルに切り替えてくるだろうことは想定内だ!」
「ぐッ!」
フブキの振るうポイズンチョリソーの鋭さに、クリスタルサビロイを持つはあちゃまの腕まで上方に撥ね上げられています。
そうして右腕を真っすぐ上げている格好になっているはあちゃまは、全くの無防備です。
「終わりだ! はあちゃま!」
声を張り上げて、フブキははあちゃまの胸元にポイズンチョリソーを深々と突き刺しました。
◇ ◇ ◇
フブキのポイズンチョリソーが、はあちゃまの胸元を貫きます。
直後はあちゃまは大きく目を見開き、口から血を吐き出しました。
「え? え?」
二人の戦いを観ていたるしあは、その展開にあたふたしだします。
「ど、どうなったのですか? 勝ったのですか? フブキさんは!」
周りを見回しながらそう尋ねますが、誰に対して聞いているのかおそらく本人もわかっていません。
「……。ええ」
そんなるしあに答えたのは、すいせいでした。
「本当に?」
るしあがしつこく確認してきます。
「……」
すいせいは静かに頷きます。
それから彼女は、剣で貫かれた赤井はあとの身体を見ていられないとばかりに目を逸らし、顔を俯かせ、
「オーバーキルよ」
悲しそうな低い声で呟くように言いました。