勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「……」
名前を呼ばれた気がして、マリンはゆっくり目を開けます。
「船長……ッ」
マリンの視界真正面に、あくあの顔が飛び込んできました。
あくあは目を潤ませながら、大粒の涙をぽろぽろと零しています。
どうやらマリンはそんなあくあの膝を枕に仰向けに倒れている状態のようでした。
「あくたん……?」
呟いてからマリンは視線を動かして周囲を確認し、それからハッとした顔になり上体を起こします。その拍子に全身に痛みが走りますが、構わず何かを探し始めます。
マシーンヨーテボリのフォークです。
マリンは、自分がはあちゃまとの戦闘中であることを思い出したのでした。
「あった!」
フォークは腰元にありました。
勝負の最中に意識をなくしてしまったという失態を犯したため、正直もう黒ずんでいてもおかしくないと半ば諦めていたマリンでしたが、フォークは変わらず虹色の輝きを持っています。
そのことを認めた彼女は胸を撫で下ろしました。
「さあ。もういいかしら」
マリンがフォークを拾い上げたタイミングで、やや離れたところで手持ち無沙汰な様子のはあちゃまが話しかけてきます。
「宝鐘マリンは目を覚ましたわ。中断された勝負の再会よ。部外者は早くステージから降りてちょうだい」
それはマリンではなくあくあに向けての言葉でした。
言われてみれば、まだ勝負がついていないにもかかわらず、あくあはステージに上がりマリンに駆け寄って膝枕までしていたのです。
それを許していることもさながら、そもそも気絶していたマリンにとどめを刺そうとしなかったことも驚きでした。
一度ならず二度も勝負を中断されてしまったはあちゃまにとって、もはや対戦相手の気絶中に第三者が駆け寄ってこようがどうでもよくなったのかもしれません。もしくは残っている剣士が大空スバル一人であるという心の余裕が、そうさせたのかもしれません。
「あくたん。ありがとう。でも危ないからもう下がってて」
マリンは側のあくあに言ってから、勢いよく立ち上がろうとしました。
しかし身体に蓄積されたダメージはマリンが考えている以上に重たかったようで、思わずふらついてしまいます。
あくあが急いで肩を貸そうとしますが、マリンはそれを振り払いました。
彼女は地面に倒れそうになりながらもブン! とフォークを振るい、マシーンヨーテボリを出現させます。
そのソーセージを地面に突き立てて、杖代わりに体勢を持ち直しました。
それを見たはあちゃまも、ブン! とフォークを振るって消していたクリスタルサビロイを出現させます。
そしてソーセージを支えにようやく立っているマリンに、悠然と歩いて近づいて行きます。
「あくたん! 早く!」
今度は叱責するように呼びかけてから、マリンははあちゃまに向き直ります。
マシーンヨーテボリのフォークを握り込んで、ソーセージを持ち上げようとしました。
しかしながらマシーンヨーテボリは最重量のソーセージです。いくらマリンでも瀕死状態ではなかなか持ち上がらず、それどころか膝が震えはじめます。
「……ッ」
マリンは歯を噛み締めました。
それから目を見開き、力んで一気にマシーンヨーテボリを担ぎ上げようして、
「船長!」
ギュッと、あくあに後ろから抱きつかれました。
「あ、あくたん」
突然のことに驚いて、マリンはあくあの方に振り返ります。
あくあは抱きついたまま顔を深く俯かせていて、マリンからは彼女のピンと跳ねたツインテールの二本の尻尾だけが見えました。
「もういいよ船長」
地面を向いたまま、あくあが口にします。
「船長言ってたじゃん、自分の役目は次のスバルに繋げることだって。『断末魔』のバフをかけたはあちゃまをスキルなしで十二分に圧倒して、体力を二割以下まで削った。十分すぎるほどのことしたよ。だから!」
「降参しろって」
言葉を引き継ぐマリンに、あくあは無言で頷きます。
「いやあ。無理でしょ」
マリンは苦笑いを返しました。
「船長までのみんなの戦い、あくたんも見てたでしょ。体力が瀕死状態なのに、最後の最後まで粘って戦ってたじゃん。白上フブキに至っては負け確にも関わらず頑なに降りようとしなかった。なのに、船長だけ降りるの? まだフォークが黒ずんでさえいないのに? そんな格好悪いことできるわけないじゃん。あくたんも見てくれてるのにさ」
「船長……」
「心配しないでよあくたん。船長はもう決して、あくたんや一味たちの前で無様な姿は晒さない。あくたんが造ってくれたアクアマリン号を出航させたあの日から、船長は誓ったんだ。ずっと船長の復帰を待っていてくれたメードのみんなや一味やあくたんの期待に応えるためにも、今度こそみんなの夢を全部背負って船旅に出れるような強い女になるって! だから見ててよあくたん! たとえ負けるにしても何にしても、決して船足は緩めない! 何度だって立ち上がり、荒波に海賊旗を靡かせる! 帆を上げて出航、我ら宝鐘海賊団!」
雄々しく声を張り上げるマリンに、
「……違うよ」
あくあがぼそりと呟きます。
「そうじゃないよ。船長」
それから彼女は、ぐりぐりとマリンの背中に額を押し付けました。
「あてぃしたちは船長に、すごく強くて格好良くなってほしいわけでも、エルドラドのお宝を探し当ててメードの経済を潤して欲しいわけでもない。もしそうなればいいなって思う程のものでさ、本気でその期待を全部船長に押し付けるつもりなんてないんだよ。別にいいじゃん格好悪くても。負けたって逃げたって、引き籠ったって良いよ何年でも。その後に立ち上がってくれるんだもの」
「……」
「船長は海賊団を解散してた二年間をずっと負い目に感じているけどさ、そうじゃないんだよ。今、あの二年間のことで怒っている人や不満に思っている人が一人だっている? いないでしょ。だってまた出航してくれたんだもん。『やっぱりあてぃしたちの船長だ!』ってみんな思って喜んでる。船長は海に出て、戻って来てくれるだけであてぃしたちの夢を背負ってくれてるのさ。船長が無事に帰ってくれて、航海であったいろいろな冒険譚を聞かせてくれる、驚かせてくれて、笑わしてくれて、あてぃしらの心を広げてくれる。あてぃしらは船長の話に耳を傾けて、そうやって夢を見せてもらってるのさ。ねえ船長。だからみんな船長のことが好きなんだよ」
喋り続けるあくあの言葉に、嗚咽が混じりはじめます。
しかし彼女は止めることなく「お願いだよ。船長」と続けました。
「無理しないで。身体壊さないで。本当に死んじゃったらどうしようって心配させないで。どんなに汚れたっていいからさ、あてぃしらみんなの海賊旗を折らないでよ」
「……」
そしてとうとう泣き出してしまうあくあに、マリンは静かにため息をつきます。
それから「あーあ」と腕を上方に伸ばし独り言を呟いて、
「……わかったよ。あくたん」
肩をだらりと脱力させて、苦笑いしながら答えました。
するとそんな彼女が握る虹色のフォークが、じんわりと黒く変色していきました。