勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「何も見えてねえのはおまえだよ! はあちゃま!」
叫んだスバルの目が金色に変わり、彼女の持つライトニングウィンナーも黄金に輝きだします。スキル「神の怒り」の発動です。
「神の怒り」は所有者の残り体力が30%以下になることを条件に発動可能となるバフスキルであり、使用者の攻撃力を50%向上させます。
「ふん。『神の怒り』ね」
はあちゃまはスキルを発動するスバルを認めるなり、鼻で笑いました。
「攻撃力が上がるにしてもたかだか50%、攻撃力バフスキルのなかでは最下位の上昇率。それを発動されたところで怖くもなんともないわ。むしろあなたの残り体力が、二発叩いただけでもう三割を切っているんだって知れて嬉しいくらいよ。この調子であと数発叩くだけで勝てるんだものね」
「……」
はあちゃまの軽口に、しかしスバルは言葉を返しません。
ただ静かに長い息を吐きます。
「格好つけてないでさっさと来なさいよ。さあ」
はあちゃまはスバルにクリスタルサビロイの剣先を向けながら挑発します。
その直後でした。
フッと、スバルの姿が消えました。
その消え方は先の二回とは全くの異質でした。
塵埃一つ浮かせず、また一瞬で視界からいなくなるような消え方でもなく、ただ静かにいつの間にかいなくなっていた彼女の残像がうっすらなくなっていくような、いつ消えたのかすらわからないような消え方なのです。
「え」
はあちゃまは思わず周囲を見回して、
「消えた?」
つい、そんな呟きをもらしました。
その瞬間です。
はあちゃまの背中に、線状の熱が走りました。
「!」
その不意の斬撃に、はあちゃまは大きくよろめきます。
危うく地面に倒れそうになるのをどうにか踏ん張って、彼女は顔を上げて振り返ります。
しかし斬りつけてきたはずのそこには、すでに誰もいません。
するとそんな彼女の左腕に、またバシン! と一太刀が入ります。
かと思えばバシン! 立て続けにバシン!
その太刀の入るペースも徐々に増していき、バシバシバシバシ! と身体のあちこちに見えない剣が振るわれます。
その一振り一振りがすべて、スバルの斬撃なのでした。
見えないのは、見えないほどに速くライトニングウィンナーが振るわれているからです。
「……ッ」
もちろん、はあちゃまも黙って突っ立っているわけではありません。
スバルの攻撃に合わせて、もしくはそれに先んじてをクリスタルサビロイを振るい迎撃を試みます。
スバルの残り体力は三割以下。あと二、三発も当てれば戦闘不能になるはずなのです。
しかし、それが当たりません。
はあちゃまの振るう剣はことごとく空を切り、スバルの剣をただただ受けます。
そんなことが延々と繰り返されて、
「おのれえ!」
はあちゃまの目が、赤く怒りに染まりました。
その怒りに呼応するように、彼女の持つクリスタルサビロイからも凄まじい熱気が放出されます。
スキル「断末魔」の発動でした。
「断末魔」は残り体力が25%以下であることを条件に発動可能となるバフスキルであり、使用者の攻撃力を75%上昇させます。
その「断末魔」が掛かったクリスタルサビロイでもって、はあちゃまは高速のスバルに反撃して剣を振るいます。ですがそれでも追いつきません。
ならば、というように歯噛みして、彼女は再び目を見開きます。
赤く染まったその両目のうちの左側、その片目が紫色に染め変わります。
スキル「毒牙」の発動です。
「毒牙」は15%以下の体力時に使用者の攻撃力を100%上昇させます。
「断末魔」と「毒牙」を同時発動しているはあちゃまは、合計で175%の攻撃力バフを得ていることになります。
「はあ!」
その驚異的な攻撃力を得たクリスタルサビロイを、振るいます。
しかしながら、なお空振るのです。
かすることすらできずに、凄まじい風切り音だけを残して誰もいない空間を斬るのです。
「なぜよ!」
はあちゃまは吼えました。
「『神の怒り』の攻撃力上昇率はたかが50%! 私の『断末魔』と『毒牙』を合わせた攻撃力上昇率は175%! その上昇率差は3・5倍! なんでその優位を持つはずのこの私が、こんな一方的に殴られる展開になるのよ!」
納得がいかないというように、クリスタルサビロイの剣を地面に叩きつけます。
すると、
「剣士としての特性の違いだよ」
そんなはあちゃまに答える声が観戦サイドから返ってきます。
「なんですって」
はあちゃまが声に振り向きます。
「きみは大空スバルっていう特化型の剣士を見くびり過ぎたのさ」
その声の主は天音かなたでした。
「はあちゃま。確かにきみは強いよ。剣士としてのパラメーターの総合値、つまり体力とか速さとか力とかそう言った基本要素をすべてひっくるめて総合数値化したら、君を超える値を叩き出せる剣士なんて白上フブキくらいしかいないと思う。しかもそれぞれの基本要素すべてがバランスよく高水準だから、多少自分より格上の相手と戦うにしても、相手の弱点をつくなり工夫するなりの戦術で如何でも勝利できるだけの潜在性がある」
そこまで持ち上げるような言い方をしてから「でもね」とかなたは続けます。
「大空スバルは逆のタイプの剣士なんだよ。体力があるわけでも、打たれ強いわけでも、力があるわけでもない。ハッキリ言ってそれらの諸要素はレジェンド所有者のレベルに達していない。でも速さだけは飛び抜けてるんだ。円グラフで見れば一点だけ尖って突き抜けてるほどにさ。きみのスキルの攻撃力上昇率が175%で、大空スバルの上昇率が50%なのにどうして手も足も出ないのかって? 当り前じゃないか。元値が違い過ぎるんだから。剣士としてハイレベルの速さを持つきみが175%強化したところで、そもそもから剣士の域を超えた速さを持つ大空スバルが、さらに50%強化なんかしたら相手になるはずがないだろ」
「……」
「本気で大空スバルを倒したいと思うなら、まだかろうじて速さに対応できるうちに、つまり『神の怒り』を発動させる前に倒すしかなかったんだよ。そんなこと、一度でも大空スバルと対戦した剣士ならみんなわかって当然のことなのにさ。きみって本当、何も見えていなかったんだね」
言ってかなたは肩をすくめてみせます。
「それだけではありませんよ」
かなたに続いて口を開いたのは、隣の白銀ノエルでした。
「仰られたように、スバル先輩は速さ特化タイプです。ですが特に力、つまり攻撃力の低値が目立ちます。鞭のようにしなやかでキレがある反面、一振りが与えるダメージ自体は上級剣士よりやや上と言った程度です。本来ならそれはスバル先輩の短所となるところでしょうが、はあちゃま、あなたに対してはその点がむしろネックになりましょう。なぜならあなたが持つスキル『血の涙』の発動条件は『致命傷を受けた時』、スバル先輩の攻撃力であれば『神の怒り』を発動してもなお致命傷には至りませんし、スバル先輩の圧倒的な速さに対応できない今のあなたに『スバル先輩の攻撃を致命傷に誘導する』なんて器用な真似ができるとは思えません」
その指摘は図星なのでしょう、はあちゃまは悔しそうに歯を軋ませました。
「しかも、今の大空スバルはアヒル化の呪いから解放されている」
今度はアキロゼが口を開きます。
「つまり3分経とうがこの悪夢から覚めることはないということだ。今度ばかりは覚悟しておいた方がいいんじゃないのか。はあちゃま」
先の二人に続き、腕を組みならそんな軽口を叩くアキロゼに対しても、はあちゃまは言い返しません。
正確には言い返す余裕もない、のでした。
その間じゅう、常に大空スバルの斬撃が展開されているのですから。
「はあああ!」
バシン! と放たれたスバルの一太刀の直後、その一瞬に突破口を見たはあちゃまがクリスタルサビロイを振るいます。
しかしその決死の一振りすら、ただの空振りに終わりました。
「……」
はあちゃまが剣を振り終わってから少しして、スタンと、離れた位置にスバルが姿を現します。
先程まで猛攻を仕掛けていたのが嘘であるかのように、息一つ乱していません。
対するはあちゃまは満身創痍の体で荒い息を吐いています。
「やっぱり、あまりいい気持ちじゃないシュバね。本人じゃないとわかっていても」
どうにか立っているという姿のはあちゃまを見て、スバルがぼそりと呟きます。
「見た目ははあと先輩そのもの。いくら違うって自分に言い聞かせても、やるせない気持ちが抑えられないシュバ」
「……」
スバルはライトニングウィンナーを構えながら「はあちゃま」と話しかけます。
「おまえだって一人の剣士、口ではああだこうだとソーセージ道を貶していても、最期の最期くらい誇り高く散りたいという剣士の矜持は持っているはずシュバ。スバルもこんないたぶるようなやり方ではあと先輩の姿をしたおまえを倒したくない。だから宣言するシュバ! スバルは次の一撃でおまえを仕留めにいく! はあちゃま! スバルの一撃を、おまえの全力でもって受け止めてみせろシュバ!」
声高々に叫び、スバルの姿が消えました。
もちろん、消えたというのはそのように見えるというだけであって、実際には目にも止まらない速さで移動しているのです。
スバルは真っ直ぐはあちゃまに向かって駆けだしていました。
はあちゃまとスバルとの間の距離がぐんぐん狭まっていきます。
そしてとうとうスバルがはあちゃまの目と鼻の先までやってきて、ライトニングウィンナーを振りかざします。
その時でした。
「ハートン!」
はあちゃまが声を張り上げます。
その呼びかけに応えてハートンの一人が駆け出し、はあちゃまのスバルの間に割り込んできました。
「ああ! ルール違反! 助太刀は禁止って! ねえ! それルール違反!」
ねねがハートンを指さしながら叫びます。
ですがはあちゃまは全く聞く耳持ちません。
「……ッ」
一方スバルは、いきなり飛び込んできたハートンに少なからず動揺したようでした。
このまま斬ってしまうべきか剣を止めるべきか、その表情に明らかな逡巡が浮かびます。
それから一瞬考えるような間を開けた後で、スバルは振り下ろし途中のライトニングウィンナーを止めようとしだしました。
「それは駄目だよ! 大空スバル!」
そんなスバルに気づいたのでしょう、かなたが大声を制止します。
「きみの今の距離ははあちゃまの攻撃範囲だ! その地点でスピードを緩めて姿を晒すような真似をしては、クリスタルサビロイの餌食になる! それがはあちゃまの狙いなんだ! 速度を緩めてはいけないよ!」
「で、でも!」
じゃあどうすればいいんだよ! と言いたげな顔をして、スバルはかなたの方へ振り返ろうとします。
すると、
「ハートンもろとも斬り伏せなさい!」
かなたから二人分離れた観戦サイドから、強い口調で誰かが言いました。
声の主の方へ、皆が振り向きます。
「ここで日和って万が一でもあなたが負けるようなことになれば、それこそ何千何万というホロ・デ・ソーセージ大陸の人々の平和が脅かされる! であるならば! 人々のためソーセージの未来のため、たとえそれが非情の選択であれ決断しなくてはならないわ!」
声の主は、星街すいせいでした。
「でも!」
「飛び込んできたハートンだって、まさかこの重要場面で寸止めしてもらえるなんて思っちゃいない! 斬られることは重々覚悟の上での行動よ! あんただってわかってるでしょ!」
「うう」
それでもなお躊躇いを拭いきれないスバルに、
「スバル様!」
今度はちょこが続きます。
「お斬りになってくださいスバル様! 飛び込んできたハートンがたとえどんな重傷を負ったとしても、わたくしが責任をもって治療してみせます! ですから! どうか!」
縋りつくようにそう頼むちょこに、
「……」
スバルもとうとう意を決したようで、静かに息を吐きました。
それからキッと、彼女は目の前のハートンを真っすぐ見つめます。
そして、
「ブ、ブブ!」
中断しようとしていたライトニングウィンナーの柄をギュッと強く握り込み、その剣を大きく振り下ろしました。