勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
それはずっと昔のことでした。
『剣士ランキング1位おめでとう』
冒険の準備をしていたはあととハートンたちの元に剣士協会員が訪れて、彼女らのチームがランキング1位になったことを知らせに来たのです。
『私たちが、トップランキング?』
協会員が帰った後で、はあとはまだ信じられないというように目を瞬かせながら、ぽつりと呟きます。
それから徐々にその実感が湧いてきたようで、その目がじんわり潤みだします。
いきなり泣き出すはあとを、近くのハートンが『ブブ?』と心配げに尋ねました。
『ううん。違うの。大丈夫。嬉しくって。つい』
はあとは涙を拭きとってから、ハートンに微笑みかけます。
『だってそうでしょう。何十何百とあるチームのなかのトップになるなんて、夢みたいじゃない。みんな本当にありがとう』
『ブブ。ブブブ』
『私の実力ですって? 違うわ。全然違う。全部みんなのおかげよ。私一人じゃ何もできなかった』
『ブブ』
『謙遜なんかじゃないわ。だってそうでしょ? 私一人でランキング競争してもそんな場所まで上り詰めれないわ。みんなが私の夢を聞いてくれて、信じてくれて、一緒に頑張ってくれた。その努力が実ったのよ。あなたたちが私をいただきに導いてくれたんだわ』
周囲のハートン一人一人を見回しながらそう口にするはあとに、ハートンたちは感激したように涙ぐみます。
『みんなありがとう』
はあとはそんなハートンたちに、満面で微笑みかけました。
『私と一緒に夢を追い続けてくれて、本当にありがとう』
◇ ◇ ◇
スバルのライトニングウィンナーが袈裟斬りに振り下ろされ、斬られた身体の背面から鮮血が飛び散ります。
直後その身体がくりと崩れ落ち、
「……大丈、夫?」
それでもどうにか持ちこたえて、抱きかかえるようにして庇ったハートンに微笑みかけました。
「ブ、ブブ?」
てっきり自分が斬られたものと覚悟して目を閉じていたハートンは、その聞き覚えある優しい声を耳にして、ゆっくりと目を開けます。
「よかった」
そして、スバルに斬られる寸前のタイミングで自分を庇い守ってくれたその人が、赤井はあとの姿をしたはあちゃまではなく、赤井はあと本人だと理解して『ブブ!』と声を上げます。
「私は大丈夫よこのくらい。かすり傷だわ」
強気に答えるはあとですが、それが強がりであることは考えるまでもありません。
「はあと先輩」
斬ったスバルも、その人物がいつの間にかはあちゃまから赤井はあとに入れ替わっていることを理解したようで、自分が恐ろしいことをしてしまったというような顔をして、持っていたライトニングウィンナーを取り落としてしまいます。
所有者の手を離れた直後、ライトニングウィンナーのフォークはソーセージを消失させ、それと同時に『神の怒り』のスキルが解除されたスバルの瞳が金色から元に戻りました。
「油断しては駄目よスバル」
はあとがそんなスバルを嗜めます。
「はあちゃまの心の隙を突いてどうにか表に出てこれたけど、こんなのただの一時しのぎよ。すぐにまた身体の主導権を持っていかれる。だからソーセージは手放さないで」
「あ、ああ」
言われてスバルは慌ててフォークを持ち直し、「神の怒り」を再発動させます。
はあとはそれを認めて安堵の顔をしました。
それから彼女は自分が庇ったハートンの方を見て、また周囲で「ブブ!」「ブブブ!」と喜び騒いでいるハートンたちをゆっくり見回します。
そしてキッと眉を怒らせたかと思うと、
「ハートン! あなたたちは一体、何をやっているの!」
大声を張り上げました。
その一喝に、ハートンたちはビクンと肩を震わせて静まり返ります。
「『私の時代はもう終わった。私は私の終焉に満足しているし後悔はない』。そのことはあなたたちともしっかり話し合って、納得してもらえたと思ったのに! どういうつもり! あなたたちは私と話し合った約束を反故しただけならず悪魔のささやきに耳を貸し、ホロ・デ・ソーセージ大陸の平和を脅かそうとしている! それはハートンの一チームメンバーである以前に、一人の剣士として決して犯してはならない大罪よ! わかっているの!」
怒鳴るはあとに、ハートンたちは合わせる顔がないとばかりに目を逸らします。
しかし少ししてから、はあとに抱きしめられているハートンが「ブブ、ブーブブ」と小声で答えました。
「『それでも、私を生き延びさせるためならばやむを得ない』ですって」
ハートンの意を口にするはあとに、彼はこくりと頷きます。
すると周囲のハートンたちも「ブブ!」「ブブブ!」と賛同するように答えだしました。
「そう。あなたたちみんな、同じ考えってことね」
ぐるりと見回して呟いてから、はあとは顔を伏せます。
「ハートン。あなたたちは本当に素晴らしい心の持ち主よ。一人の剣士であるよりことも、私のチームメンバーであることを優先して行動してしまうなんて。己の剣は自己のためならず他者のために振るうべしというソーセージ道を顕現しているわ」
「……」
「だけど、今の私の気持ちもわかってほしい。嬉しいという以上に、ずっとずっと悲しい気持ちなの。どうしてだと思う?」
はあとの問いかけに、ハートンたちはざわざわとざわつきます。
そうやって周囲で相談したりゴニョゴニョと独り言を呟いたりしますが、誰一人その問いかけに答えようとしません。
「あなたたちがそれだけ素晴らしい心をもって自己犠牲で献身し、生き長らえさせようとしているその相手が、まったく私じゃないということを理解してないからよ」
彼女の発言に、ハートンたちが「ブブ?」「ブ?」と困惑します。
そんなハートンたちに、
「あなたたちにとっての私は、一体どういう存在なの? ハートン」
はあとは言い聞かせるように、ゆっくりと口にします。
「尊ぶべきソーセージ道を踏み躙り、ホロ・デ・ソーセージ大陸を暗黒に染め変える悪魔のような女が、赤井はあとの身体をもっているからして私? それとも、その邪悪に一生押さえつけられながらも底に沈んでいる赤井はあとの人格があるならそれで良し、という理屈なのかしら」
なお問いかけるはあとに、ハートンたちはやはり無言です。
「思い出してちょうだいハートン。私たちの物語を」
はあとはそんなハートンたちに、訴えかけるように続けました。
「私たちは共に夢見て助け合い、幾度となく死線を潜り抜けてきた。そうして喜び苦しみを分かち合い、トップランキングに上り詰めた。ねえハートン! あの女が、そんな私たちの喜びと苦労の何を知っているというの! あなたたちはあの女のどこに私の面影を見ているの! 剣士の精神支柱であるソーセージ道を嘲笑い、平気であなたたちを肉の盾にするような外道を、姿かたちが同じというだけでどうして赤井はあとと認めるの! そんな外道に手も足も出せない拘束状態で生かさず殺さず意識の底に沈められた惨めな下位人格を、どうして赤井はあととみなしてくれるの! 思い出してちょうだい! 共に困難な夢を追い求め、ついにいただきのステージにたどり着いた赤井はあとという存在を! ランキングトップになった報を受けた時の、確かに感じたスポットライトの鮮やかな眩しさを!」
「……」
「たとえ赤井はあとの肉体と魂が滅んだとしても、赤井はあとは生き続けるわ! 共に夢を追い求めたハートンのメンバーである、あなたたちの心の中に! ゼロからいただきまで苦楽を共にしたあなたたちこそ、私の心そのものなのだから! あなたたちがまだ私のハートンメンバーであると言うならば、姿かたちだけのあの女ではなく、あなたであり私でもあるあなた自身の良心の声に従いなさい! ソーセージ道に背く剣士あらざる非道! 仲間を盾にすることを躊躇わない非情! それらの行いが本当に正義かどうか! そんなつまらない女に誑かされてしまっていることを恥じるべきかどうか! その女の言葉に騙され、私と一心同体である己の身を軽々と投げ出す愚行が罪深いと言えないかどうか! 自分自身に問いかけてみなさい!」
それだけ言って、はあとは口を閉じました。
ハートンたちは皆が皆、ただただ恥じ入るように肩を縮ませながら立ち尽くします。
そうして一区切りできたからでしょう、
「はあと」
ねねが、おずおずとした調子ではあとに呼びかけます。
「よかった。もう会えないかと思った」
そう言ってからぐすぐすと鼻を啜りだすねねに、はあとは振り返って微笑みました。
「ごめんね。心配かけて」
「そうだよ」
「でも、多分今度こそ最後の別れになると思うわ」
「……」
「はあちゃまの目を通して、ねねのことずっと見てたわ。はじめて会った時より、あなたはずっとずっと強くなった。私はそれがすごく嬉しい」
「はあと……」
「これからも真っ直ぐな心を忘れずに頑張りなさい。あなたはきっと、誰よりも強くなれる」
はあとの言葉にねねは「うん!」と力強く頷きます。
すると今度は、そんな二人の会話が終わったタイミングで、
「はあと先輩!」
もう堪えきれないというように、スバルが呼びかけました。
「スバルは! スバルは!」
言いたいことは山程あるけれどどう言えばいいかわからないというような、もどかしさと焦りとを混ぜ合わせたような顔をして、それでも何か訴えかけるように「スバルは!」と声を張り上げます。
そんなスバルに、
「なによ。らしくないわよスバル」
はあちゃまは苦笑混じりに言います。
「ごめんね、私もスバルと色々喋りたいんだけど、もう押さえつけるの限界みたいなの」
「あ、ああ。うん」
そう言われたスバルは、しょんぼりしながらも濁流のように込み上げて来る言いたいことを飲み込みます。
「だからね。スバル」
一方はあとはそんなスバルにしっかりと向き直ってから、
「あとは頼んだわよ」
最後に毅然な笑みを作ってそう言って、直後突然意識を失ったように頭をくらりとさせて、身体をよろめかしました。