勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
――もしも自分の産み落とされた先の身体の持ち主が、絵に描いたような悪者であったならどれほど良かったか。
瀕死の身体で壁伝いに薄暗い地下道を進みながら、はあちゃまはふとそんなことを思いました。それは今まで、幾度となく思い浮かべては消してきた「もしも」の世界でした。
もしも彼女が明らかな悪党の手によって産み落とされ、その悪党によって悪事を強要させられようとしていたならば、彼女はその悪事を何としてでも阻止しようと懸命努力したでしょうし、外部の良識ある人々と繋がろうと奔走したことでしょう。その結果、悪党どものなんらかの企みを阻止することができたなら、彼女は悪に立ち向かったパーティの一員として仲間たちとその後の幸せを享受したことでしょう。
しかし、現実はそうではありませんでした。
彼女がクリスタルサビロイのスキルによって産み落とされた先は、大陸全土の誰もが尊び慕う赤井はあとの身体であり、呼び出したハートンたちの願いは赤井はあとの快復でした。
彼らは自分たちの願いと行いが全くの善であり正義であると信じて疑わず、その目的のためだけに呼び出され自我まで持たされた彼女の存在に対しては、何一つ考慮されていませんでした。
ただの手段として生を与えられ、目的達成の後は当たり前のこととして死を受け入れなければならないという在り方は、自我を持たされた人間にとって恐怖でしかありません。
しかしながら、呼び出されたその目的自体は「赤井はあと快復」という誰もが賛成するだろうことがらです。
はあちゃまがハートンたちの元を飛び出し、外の誰かに「助けてほしい」「消えたくない」「自分に協力してほしい」と縋りついたところで、一体どれだけの人が聞く耳を持つでしょう。
彼女の訴えに同情はしてくれましょう。しかし立ち上がるだけの大義名分に至るとは思えません。もともとの身体は赤井はあとのものであり、彼女に課された目的達成がその赤井はあとの快復であるならば、そのために消えてしまうことは止むを得なしと言うか道理であるようにも思われますし、なにより赤井はあとの復活そのものが大陸に住む人々にとっても念願であるからです。
なのではあちゃまは、もしもその運命を拒んで生き永らえようとするならば、だれにも頼らず己の道を歩む他なかったのです。
「……」
それでも、はじめは生きれるならどんな形でもいいと思っていたのでした。
自分の存在が抹消されないのであれば、赤井はあとと一つの身体を二つの人格で共存する形でも十分に妥協できると思っていたのです。
なのに、いつからでしょう。
身体の主導権を完全に握りたいと思いはじめたのは。
強大な力を手にして大陸を支配したいと思いはじめたのは。
ハートンたちと対等以上に渡り合うために見せつけていた残酷非道の演技が、いつの間にか自身の身体にしみついて、思考さえ浸食してしまったのでしょうか。
「ぁ」
そんなことを延々と考えながら足元不注意に歩いていたからでしょう、はあちゃまは地面の何かに突っかかり、そのまま転んでしまいました。
倒れてから、しかし彼女は立ち上がろうとしません。
正確にはできないのでした。
今の彼女は歩行も困難な瀕死状態で、無理矢理足を動かして歩いていたのです。
一度倒れてしまってはもう立ち上がるだけの力を出せないのでした。
それでも這ってどうにか壁際までやってきてから、彼女は壁を背もたれに座り込みます。
大きく息を吐きました。
「……」
そうやって落ち着かせてしまうと、様々なことが脳裏をよぎります。
これまで強気強気で冷徹非情に振舞ってきた自分の姿、そうしなければハートンたちに「この人ならやってくれる」というリーダーシップを示せなかったし、「逆らえば容赦しない」という恐怖に基づく主導権も握ることはできませんでした。その結果使えない用無しとして捨てられるか、ハートンに指示されるままに赤井はあと復活の手伝いをさせられ、最後にはやはり用済みとして消える運命になっていたでしょう。だから彼女にとって背に腹は代えられない、そうせざるを得ない逼迫した状況であったのでしょう。
しかしながら、そうやって唯我独尊に振舞ってきてどれだけの人々を蔑ろにし、理不尽に踏み躙ってきたかわかりません。
いざ落ち着いて一息ついてしまうとそうした過去の業が、薄暗闇で冷たく彼女の身体を蝕みだします。
そのなぞの冷気で急に身体が冷え込んで、はあちゃまはぞくりと身を震わせました。
その時です。
彼女が座り込んでいるところよりやや奥の通路から、こつんと小石が転がったような物音がしました。
「誰!」
はあちゃまは思わず叫びます。
立ち上がろうとしますが、できません。
仕方なく座した姿勢のままクリスタルサビロイを出現させているフォークを握りしめ、暗闇の奥を睨みつけます。
すると彼女の視線の先にあるその奥の中央が、うっすら発光しだしました。
その仄かな光のなかに小柄な人影があり、その人影が音もなく近づいてきます。
はあちゃまはその人物が誰か確かめようと訝しむように目を細めました。
人影はそんな彼女を気にした風もなく、ゆっくりとした歩調を止めずに進めます。
そうして目と鼻の先までやってきました。
その人影をジッと見つめていたはあちゃまは、その距離まで来られてようやくその顔かたちを認めることができたのでしょう、
「あ」
思わずといったような、驚きの声をもらしました。
目の前に現れたのは、まさに自分自身の姿をした女性、
『あなたもとうとう、最期のようね』
赤井はあとだったのです。
はあとはそう話しかけて、はあちゃまに微笑みました。
「ッ」
はあちゃまは自分の胸元に手を当てて、身体を共有している赤井はあとの存在を確かめてみます。不思議なことに、そこにいるはずの赤井はあとの反応が全くないのでした。
「ああ。そう。そういうことね」
はあちゃまは引きつった笑みを作って、返します。
「最期の最期、私の死に際になって今までの恨みを晴らそうってわけ。随分と悪趣味じゃない。素敵だわ本体人格様」
『……』
「何か言いなさいよ!」
どうしようもなく込み上がる恐怖からでしょう、はあちゃまは黙っているはあとに大声で怒鳴りました。
そんなはあちゃまに、
『確かに』
はあとは呟くような小さな声で、答えます。
『あなたはたくさんのハートンの命を散らしたわ。私の大切なハートンの命を。私はそのことを許さない。絶対に許せない』
「ふん」
『でも』
はあとはそこで言葉を止めて、はあちゃまの前に屈み込んだかと思ったら、ゆっくりとした動作で彼女を抱きしめました。
「……。え」
そのはあとの行動に、はあちゃまは思わず目を瞬かせて驚きます。
『あなたは、わためを見逃してくれた』
困惑のはあちゃまに、はあとは続けます。
『スバルを追って時の塔に向かっていた時、わためはあなたを騙して塔に向かうことを妨害した。あなたの行動指針であれば、そんなわためは当然斬り捨てられていたはず。でもあなたはわためを、私の大切な友人を殺さずに見逃してくれた。あの時、私ははじめてあなたに感謝した』
「……」
『私はあなたを許せないし、たとえ許したいと思っても許すことができない。私の大切なハートンたちを手にかけたということは、そういうことよ。でも、私はあなたをまったくの容赦なく責め立てる気にもなれない。わための件がそうだし、すべてがすべてあなたのせいじゃないことは、あなたと身体を共有している私が一番知っている。だから』
はあとはギュッと、はあちゃまを抱く腕に力を込めます。
赤井はあとの姿をしていてもそこに実際の身体がないからでしょう、抱きしめられているというのに、はあちゃまに物質的な感触はありません。
しかしはあちゃまは、はあとの姿をした存在と接している箇所から、不思議と柔らかな温かみを感じました。
『あなたが消えてしまうこの最期、せめて少しでも死の恐怖が和らぐように、このまま一緒に消えてあげる』
「……」
瀕死のはあちゃまが力尽きて死に至るということはつまり、その身体を共有している赤井はあとも死に至るということです。
ならばせめて、今更になって己のしてきた罪を顧み死を怯えるはあちゃまに、ともに消える自分が最期の安らぎを与えるというのでした。
「……。ふん」
そんなはあとに、はあちゃまは鼻を鳴らしてから「バカバカしい」と吐き捨てます。
「死ぬことを怖がっているですって。この私が? 見くびらないでちょうだい」
『……』
「私は死ぬことなんて怖くないわ。少しもね。むしろソーセージ道だのなんだの青臭いことばかり言ってる連中の顔を今後一切見なくて済むんだもの、ありがたいくらいよ」
はあちゃまは座っている場所をややずらしてはあとの抱擁から抜け出しました。
「それでも、今ここに至りあえて気に入らないことがあるとすればあなたよ赤井はあと」
言って、はあとを睨みつけます。
「私がこの場で一人安らかに死ねるならともかくも、あなたなんかと一緒に死ななくちゃいけないなんて冗談じゃない。反吐が出るわ」
はあちゃまは震える手で、クリスタルサビロイをかかげました。
それから大きく目を見開きます。
その両目が虹色に染まりました。
『なにをする気?』
尋ねるはあとに、はあちゃまは「ふん」と鼻を鳴らします。
「わからないでしょうね、クリスタルサビロイのスキルを一度だって使ったことのないあなたには」
『……』
「クリスタルサビロイのスキル『生命』を発動させるわ。その効力によってあなたをずっと苦しめてきた不治とされる身体損傷を完治させ、あなただけは生き延びられるようにしてみてあげる。おめでとう赤井はあと。五体満足の身体を取り戻せれる千載一遇のチャンス到来ってわけよ」
はあちゃまのその言葉に、はあとは驚き目を瞬かせました。
その目の奥に一瞬希望の光が灯ります。
しかし彼女はすぐに目を伏せて『ありがとう。でも無理よ』と首を振りました。
『たとえ「生命」のスキルを使ったとしても、叶えられない願いというものがある。私の怪我がそう。それを治すことができなかったから、ハートンたちがあなたを産み出すなんて恐ろしいことをしてしまった。それにそもそもこの身体の不備は私自身の自業自得の結果であるし、現役時代そのことを承知の上で無理を重ねてきた。だから後悔はしていないわ。そして今この時、あなたと共に消えると言ったこともそう。私は後悔していない』
「うるさいわね。あなたの意見なんて聞いてないわ」
『……』
「何度も言わせないで。一度も『生命』を使ったこともない人間が、この私にわかったような口をきかないでちょうだい。確かにハートンたちはあなたの身体を完治させようと『生命』を発動させようとして、できなかった。でもその時と今とでは状況が違う」
はあちゃまは続けます。
「今はまだかろうじて大空スバル戦の勝敗はついていない状態、つまり私は『神の怒り』を除く十一振り分のスキルエネルギーを有しているのよ。さらに、あんたのバカなチームメンバーが私を産み出すために使ってくれた『生命』発動分のスキルエネルギーをキャンセルして、その分だけスキルエネルギーに加算させるわ。私の存在とレジェンドソーセージ十一振り、それらを合わせた膨大なスキルエネルギーでもって『生命』を発動してあげるって言ってるの。単純なエネルギー総数だけで見ればどんな奇跡でも起こせる量よ、試みとしてやる価値がある。逆に言えばそれでも完治しなかった場合、あなたの身体を治す手段はこの世に存在しないわ。その時こそ本当に諦めてちょうだい」
そう口にしながらも、はあちゃまはスキルを発動させる準備を整えていきます。
『いいの?』
はあとはそんな彼女に話しかけました。
『その理屈だと、「生命」を発動したあとあなたは消えるわよ。私が生きて、あなたは消える。それが理不尽で許せないからこそ、あなたは非情非道を犯し他者を踏み躙ってまで生きてきたんじゃないの?』
「……」
『私はそんなあなたを許せない。仮に私があなたの立場であったとしても、私怨と無関係な人々にまでソーセージを振るい傷つけようなんて、まして命を奪おうとなんて決してしないと誓える。でも、あなたの境遇が哀れだとも思う。悲惨で可哀想だとも思う。わためを見逃してくれた時も、本来のあなたはどんな人間なのだろうかと想像してなおさら悲しくなった。だからせめて一緒に消えてあげる、それくらいはしてあげたいと思ったの』
そこまで心の内を述べてから『なのに、どうして?』とはあとは素朴に尋ねます。
「同情するな」と、そんな強情な返答が来るだろうなと半ば想像して聞いたでしょうその問いかけに、しかしはあちゃまはやや沈黙を挟んでから、
「あなた、言ったじゃない」
と、呟くように返しました。
『え』
「あなた、ハートンたちに言ってたじゃない。『赤井はあとは、思い出を共有したあなたたちの心の中に存在するんだ』って。なら同じ理屈で問題ないでしょ。たとえ私の存在がなくなっても、私と身体を共有してきたあなたの心の中に私は存在し続ける。まあ、あなたにとって最悪の思い出だったでしょうけど」
『……』
「なによ。まさかあれ、ハートンたちを説得するためだけに言ったデマカセだったの? 赤井はあとともあろう人が? はん。とんだソーセージ界の英雄ね」
小バカにしたように鼻を鳴らしながらも、はあちゃまは『生命』発動を取り消そうとはしません。
そうしているうちに発動までの手筈が整っていき、
「……。ねえ」
はあちゃまははあとにちらりと横目を向けて、話しかけました。
「私、最期にこうしてあなたとちゃんと話せてよかったわ。実際のあなたは、私が今まで思っていたあなたとちょっと違ってた。私はどうしても生き延びたいと願い、そのためには手段を選ばないと決めた。そうなると、これまで数えきれないほどの悪を裁き正義を全うしてきたあなたは、ホロ・デ・ソーセージ大陸の平和のため人々の平穏のため、問答無用で心を悪に染めた私を斬り捨て、拍手喝采する人々を背景に私を冷たく見下ろすだろうと思ってた。だけどそうじゃなかった。話してみてよくわかった。あなたの正義は温かい」
『……』
「今更気づいちゃったわ。最初から、生きるため悪になるべきかどうか必死に葛藤したあの時に、あなたに相談していればよかったのね」
そう言って微笑みかけてから、はあちゃまは『生命』を発動させます。
直後、彼女はカクリと首を垂れて意識を失いました。