勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「ねね、手を出してごらん」
言ってから、はあとはねねにクリスタルサビロイのフォークを手渡しました。
「え!」
ねねはあまりに驚いて目を見開きます。
「え? え? いいの?」
喜びよりも戸惑いが勝ったような声を上げてねねが聞きます。
はあとは「ふふふ」と笑いました。
「私はもうこんな身体だもの、とてもレジェンドソーセージなんて扱えないわ。それにキアラやスバルの言うとおり盗人に入られて取られてしまうかもしれない。だったら、私はねねのような真っ直ぐな心の子にこのフォークを持っていてほしいの」
「は、はあと……」
「でも気を付けてねねね、さっきも言ったけれどレジェンドソーセージは本当に危険なものなの。実戦で使う前に何度も何度も振るって身体に馴染ませるのよ」
「うん!」
ねねは元気よく返事をします。
それからレッグバッグにクリスタルサビロイのフォークを仕舞おうとします。
その時でした。
「ブブー!」
突然、十数人のハートンが客の間になだれ込んできました。
そしてそのなかの一人がずいっとねねの前に進み出て、急な展開に付いていけず固まっているねねの手からクリスタルサビロイのフォークを奪い取りました。
「ハートン!」
それを見たはあとがハートンに怒鳴ります。
しかし大きな声を出したことが病身に響いたようで、直後ごほごほと苦しそうに咳き込みました。
すると何人かのハートンが慌てて動き出します。
はあとに駆け寄って背中をさすったり、キッチンから水と薬を持ってきたり、毛布を持ってきて背中に羽織らせたりします。
しばらくハートンたちに介抱してもらった後、はあとは「ありがとう、もういいわ」と言って彼らを下がらせました。
すると、離れていくハートンたちと入れ替わりに、先程ねねからクリスタルサビロイのフォークを奪ったハートンがはあとに近づいてきます。
彼ははあとの手にフォークを握らせてから、その手をぐいっと彼女の胸元に押しやりました。
「ブー! ブブーブブ! ブーブブ、ブーブブブー!」
そして何やら怒鳴りだします。
スバルたちには「ブーブー」としか聞こえませんが、はあとはハートンが何を言っているのかわかるようで大きくため息をつきました。
「あのねハートン、あなたも本当はわかっているでしょう? 私の時代はもう終わったの。レジェンドソーセージは世界に十二振りしかない伝説級の剣、夢と希望を持った次の世代の子たちに引き継がれていかなくちゃいけないのよ」
「ブブブー! ブーブブ! ブーブブブーブブブブ! ブブブ!」
「ちがうわ、弱気になってるわけじゃないの。現役時代に剣士として無理を重ねて今のような状態になったことも後悔してない。私はあなたたちと一緒に夢を追い求めることができたこと、頂のステージにたどり着けたこと、たくさんの思い出を作れたことに満足しているのよ。だからねハートン、残りわずかな私の時間はあなたたちが私に教えてくれたこの喜びを、私も一人でも多くの人たちに伝えていきたいの。わかってちょうだい」
はあとがそう言うと、はあとにフォークを返したハートンだけでなく、はあとたちを取り囲んでいる十数人のハートンたちが「ブー! ブーブー!」と声を張り上げて抗議します。
「わかった、わかったわ」
はあとは肩をがくりと落としてため息をつきます。
それから車椅子を進ませてねねの方にやってきます。
「ねね、ごめんなさい」
はあとは車椅子に座ったままねねに頭を下げました。
「このクリスタルサビロイは私だけじゃなく、私のチーム『ハートン』のみんなと力を合わせて手に入れたものだから、私の一存では譲ることができないの。期待させておいて本当に申し訳ないわ、許してちょうだい」
「い、いや! いいよ! いいよそんなの! だから顔を上げてはあと!」
ねねは慌てて首を振ります。
「でも、レジェンドソーセージを集めているんでしょう?」
「確かにそうだけど、ごめん、ねねが言葉足らずだったから! ねねが他のレジェンドソーセージを集め終えた時に、ちょっと貸してもらうだけでいいんだ! レジェンドソーセージを所有しなくちゃいけないとか、そういうのじゃないから!」
叫ぶねねに「本当にごめんなさい」と、はあとはもう一度謝ります。
それからずっと無言で事の成り行きを見守っているスバルたちを見回します。
「皆さんも嫌な空気を作ってしまってごめんなさい」
スバルたちにも頭を下げてから、はあとは周囲のハートンたちに「ハートン」と呼びかけます。
「わかったでしょ? クリスタルサビロイは私が持つことになったわ。あなたたちは今すぐに退室なさい」
はあとが毅然と指示すると、ハートンたちは素直に従って客の間から出ていきました。
「皆さん、どうか先の私たちの失態を無礼をお許しください。そして引き続きお茶をお楽しみください。お茶菓子が足りなければ遠慮なくハートンに言いつけてください」
はあとはそう言ってから一礼しました。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えていただこうかしら」
答えるラミィに続き「そうデスね」「わー、やっぱりおいしいね」と皆が喋りだします。
そして先程の緊迫した雰囲気の余韻を和らげようと、スバルたちは普段以上に口数を増やして談笑します。
はあとはそんなみんなの気遣いに胸をなでおろしました。
それから、彼女はスバルのほうをさりげなく見ます。
スバルは「シューバシュバシュバ」と声に出して笑っています。
「……」
はあとはカラカラと車椅子を進めて、そんなスバルのすぐ後ろにやってきました。
「スバル」
ボソッと呼びかけます。
「シュバ?」
(ん?)
「少し良いかしら?」
言ってから、はあとは客の間の出入り口のドアに目をやります。
「シュバ」
(ああ)
スバルは頷いてから静かに椅子を降りました。
そしてはあとと共にドアの方へ向かおうとします。
「あ、あの」
るしあがそんな二人に気づき、呼び止めました。
「スバル先輩と、どこへ行くのですか?」
「ちょっとね。すぐ戻るわ」
答えるはあとに、るしあは「で、ですが、その」と食い下がります。
「るしあも、ついていっていいでしょうか? だってるしあがいないと、スバル先輩のシュバル語がわからないので会話も何もできなくなってしまうと思いますし」
言いながら、るしあは頑なについていくと言わんばかりにスバルを抱きかかえます。
「そうね、じゃあお願いするわ」
そんなるしあに、はあとは快く頷きました。
そして三人は他の皆に気づかれないようそっと客の間を出ていきました。
◇ ◇ ◇
はあととスバル、るしあが向かった先は城内にあるはあとの私室でした。
客の間を出た廊下をしばらく歩いてから右手にあるドアを開けます、そこが彼女の部屋でした。
「ごめんなさい、椅子はもう使わないと思って処分してしまったの。ベッドにでも腰かけてくれないかしら」
「ありがとうございます」
るしあは部屋のドアを閉めてから、スバルを抱えながらベッドに腰を下ろしました。
「ごめんなさいねスバル、るしあ、急に呼び出したりして」
「いえ、るしあたちは別に。ねえスバル先輩」
るしあの呼びかけにスバルはこくりと頷きます。
「実はねスバル、私もちょうどあなたに頼みたいことがあったの。さっきの本の署名の代わりにとか図々しいことは言わないけれど、どうか私の頼みごとを聞いてくれないかしら」
「シュバルババ。シュバルバシュババシュバシュバ」
(もちろんだ。何でも言ってくれシュバ)
「何でも言ってほしいと」
「ありがとう」
はあとはスバルに微笑みました。
しかし「実は」と話を切り出しはじめると、その笑顔に陰りが差しだします。
「実は、最近妙な胸騒ぎがするの」
「胸騒ぎ?」
るしあがオウム返しに聞きます。
はあとは「ええ」と頷きました。
「剣士の現役を退いてからもう三年、そんな私の直感なんて気にかけるほどのものじゃないとは思うのだけれど」
そう言いながら少しも不安を拭いきれない顔をして、はあとは部屋の窓から空を見上げます。
「スバル、何かとてつもなく邪悪なものがこのホロ・デ・ソーセージ大陸に現れようとしているわ。そしてその邪悪なものは、私の大切なハートンに危害を加えようとしている」
はあとはスバルの方を向きます。
「さっき客の間で見た通り、ハートンは素直すぎる子ばかりなの。純粋無垢ゆえに善にも悪にも染まりやすい、だから悪人に騙されて利用されてしまいがち」
はあとはカラカラと車椅子を進ませてスバルの側までやってきます。
それからスバルの翼を両手でギュッと握りました。
「スバル、邪悪なものが現れてハートンになにがしらの悪だくみを働こうとするとき、きっと私の命は尽きているわ。私のいない世界で何かが動きだそうとしている、そんな予感がしてならないの」
「シュ、シュババシュバルバ……」
(は、はあと先輩……)
「お願いスバル、私の大切なハートンを守って。もし私のハートンに危害を加えるような輩が現れたら、たとえどんな敵であろうと、私に代わってあなたが罰してちょうだい」
「……」
赤井はあとが、かつて頂点を極めて皆が憧れた剣士が、縋りつくようにしてスバルに頼み込みます。
「シュバルバ」
(そんなの)
なぜか、スバルの目に涙がたまってきます。
スバルの中で複雑な感情がごちゃごちゃに混ざり合い、わけもわからず涙があふれてきます。
「シュバルバ、シュババシュバルルシュバルルシュババ。シュババシュババシュバシュババ、シュバルシュバルバシュバルバシュバルルバシュババ。『シュバル、シュバルルシュバ』シュバ」
(そんなの、いいに決まってるじゃないですか。だからもっと堂々と、昔みたいに毅然と言いつけてくれよ。「スバル、頼んだわよ」って)
「スバルは何て?」
不安そうにはあとがるしあを見上げてきます。
るしあは右手でギュッと胸元を押さえつけながら口を開きました。
「わかった、と言っています」
「本当?」
はあとの顔がぱああっと明るくなりました。
「ありがとう、ありがとうスバル」
はあとはスバルに何度も頭を下げました。
◇ ◇ ◇
「ごめんなさいね、本当はハートンたちも見送りしたかったでしょうに、呼んでも探してもどこにもいなくて」
午後三時過ぎ、城を発つスバルたちを見送るため、はあとが城門前のところまで車椅子でやってきてくれました。
「ううん、いいよ。多分みんな忙しいのに邪魔しちゃ悪いから。はあともここまで出てきてくれてありがとう」
「そう言ってもらえると助かるわねね」
「むしろ、うちのねねちゃんのせいで怒らせてしまってたら申し訳ないです」
そう言ってぼたんが頭を下げます。
するとポルカ、ラミィも続けだし、遅れてねねも頭を下げます。
「やめてちょうだい。ハートンはそんなこと根に持ったりしないわ。それに、あれは誰かが悪いとかいうことでもないし、しいて誰かを挙げるとしても、それはハートンの気持ちも考えず勝手にクリスタルサビロイをあげると言い出した私だと思うから」
そう言ってはあとまで謝りだしてしまいます。
「早く行きましょう」
どうにかその重たい雰囲気を切り替えようと、るしあが彼女たちに呼びかけました。
「うん」
ぼたん、ラミィ、ポルカ、ねねが順にフェニックスに乗ります。
「ねね」
はあとがねねに呼びかけました。
「あなたは心の強い子よ、きっといつかレジェンドソーセージの所有者になるわ。その時も素直で真っ直ぐな気持ちを忘れては駄目よ」
「うん!」
元気のいいねねの返事にはあとは微笑みました。
「スバル」
次にはあとはスバルに呼びかけます。
「どうかお願いね、スバル」
「シュバ、シュバルシュババ」
(ああ、任せとけよ)
「任せとけ、だそうです」
通訳されたるしあ伝いの言葉に、はあとはまた深く頭を下げました。
「よおし! 走れフェニックス!」
キアラの号令でフェニックスが駆け出します。
「皆さん! おつるーじゅ!」
はあとはスバルたちの背中に声を張り上げました。
「またお会いしましょう!」
ねねが「おお!」と、はあとに大声で答えます。
そしてフェニックスが走っていきます。
その足音で、はあとが苦しげに咳き込む音はスバルたちに聞こえませんでした。
スバルドダック(アヒルverスバル)のシュバル語は読み始めると疲れます。
あえて読もうという方以外は、基本的にシュバシュバ喋った次行の(~)だけをお読みください。