勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
暗い視界の中、パチン! と利き手の甲を叩かれる痛みであやめは顔を上げました。
『行儀の悪い。もっとしゃんとしなさい』
手を叩いたのは、色白ですらりとした細身の美人です。
前髪を搔き分けるようにして二本の細い角が生えています。
『母上……』
あやめは手をさすりながら女性を見上げます。
叩かれて赤くなっている手も、発する声もまだまだ幼い子供のものです。
『いらないなら片付けるわよ』
言うなり女性は、幼いあやめの膳を持ち上げようとします。
『ま、待って! 待って余! ちゃんとして食べるから持っていかないでおくれ余!』
あやめは彼女から膳を取り返して前に置くなり改めて手を合わせ、はむようして静かに食事を続けました。
あやめの両親は彼女に対して厳格でした。
母は『格のある鬼一族なのだから』と言ってとにかく礼儀にうるさく、父に至っては『おまえは特別なのだ』と口の身ならず手まで飛んできます。
それでいてあやめは寝食以外のあらゆる時間、もっぱらフォークを握らされソーセージを振るわされるのです。
あやめたちが住むオウイエイ山の隠れ里で、これほど厳しい躾をされているのは彼女だけでした。
あやめと同じ年くらいでしょう鬼の子供たちは皆、楽し気に両親と遊んでもらっているのです。
屋敷の庭でソーセージを素振りしている時に外から聞こえてくる親子のじゃれ合う声が、あやめは羨ましくてたまりませんでした。
『おまえは私や他の者とは違う、強き特別な鬼なのだ。甘えるな』
しかし父は一度たりとも、あやめを甘えさせませんでした。
その言葉を聞くたびに、あやめは自分が鬼であること、また父母を含むこの里の皆が鬼であることを忌まわしくも悲しくも思いました。
――鬼とはどういう種族でしょうか?
仮にそう問いかけてみれば、大陸の人々は口をそろえて同じ言葉を返すでしょう。
『ソーセージに見放された種族』
と。
大陸にソーセージが現れて、鬼ほどその立場が逆転した種族は他にありません。
まだホロ・デ・ソーセージ大陸にソーセージが存在しなかった遥か昔の前時代、鬼は竜と並び人々に恐れられる二大種族として知られていました。
しかしソーセージが現れて以降、彼らは一転して弱き種族の立場に転落します。
どういうわけか、鬼はフォークからソーセージを出すことができなかったのです。
棍棒片手に威張り散らしていたかつての面影は跡形もなくなり、鬼たちは人間から隠れて生きることを余儀なくされました。
ですが時代が経るに従って、鬼の中にもソーセージを扱えるものが現れ始めます。
何十何百分の一の確率で生まれてくる突然変異種、あやめはその中でもさらに稀な剣士の才を持って生まれた鬼でした。
ゆえにあやめの父は、自分はソーセージを出すことすらできないのに、とにかくあやめにソーセージを振るわせました。
違法手段でありとあらゆるソーセージを入手し、それらをあやめに振るうように言いつけて、その間自分は自室に引きこもります。
『あやめ。怠ることなく鍛錬に励めよ』
『はい父上』
一度だけ、あやめはいつも部屋に引きこもる父が室内で何をしているのだろうかと気になって、こっそり覗き見たことがありました。
猛暑の日です。
素振りのぶっ通しで汗だくなった休憩がてらに、彼女は父の部屋の中を襖の隙間から覗き見ました。
どうせ団扇を扇ぎ涼みながら読書などしているのだろうと思って見たら、彼女のそんな想像と正反対の光景を目の当たりにします。
父は、密閉された暑苦しい部屋の中であやめ以上に汗を滴らせながら、ただ黙々と百鬼家に伝わる妖刀二振り「大太刀・妖刀羅刹」と「太刀・鬼神刀阿修羅」を両手に持って振るっていたのです。
当時のあやめなどよりずっと鋭い剣筋でした。
――自分の方が腕が経つにもかかわらずこんな小娘を頼りにしなければならない父上のもどかしさは、どれほどだろう。
彼の剣を振るう姿にふとそんな考えが過ってしまい、あやめは胸が締め付けられる思いに襲われます。
『余は、父上母上に我が子としては愛されていないのかもしれない』
言葉にするとさらに重く響きます。
『されど鬼としては確かに期待されているはず余』
そう口にして、あやめは唇を噛み締めます。
『弱きを助くが強きのさだめ、それが力あるおまえの使命』
父母から言われ続けているその言葉をひたすら自分に言い聞かせ、あやめは鍛錬に励みました。
そして数年後、「使命」の時がやってきます。
隠れ里に山賊が攻め込んで来たのです。
『父上!』
屋敷の外から聞こえる人々の悲鳴に負けないくらい声を張り上げて、あやめは父母のいる部屋に飛び込みました。
父は時代遅れの鎧甲冑を身に纏い、母は父に妖刀二振りを差し出しているところでした。
『何をしている余父上!』
あやめは思わず叫びました。
『相手は俗に身を窶したとは言えソーセージを振るう元剣士、そんな重いだけのガラクタを着込んで何する気余!』
『黙れ』
『父上! 忘れておられるのか余のことを! 余が特別な鬼であることを!』
あやめは片膝をついて父を仰ぎ見ます。
『余が日々ソーセージを振るい鍛錬を積んできたのは、まさにこの時のためでありましょう余! 今の余がどれだけ人間たちに通用するかはわかりませんが、里の皆が逃げ延びるまでのしんがりくらいは果たしてみせます! ですから父上、そんなものはさっさと脱ぎ捨てて母上と共に逃げる支度をなさってください!』
もう一度口にするあやめを父はちらりと横見します。
『私は逃げん』
『は?』
予想外の言葉に思わずあやめは目を瞬かせました。
そんな彼女を無視して父は『おい』と母に呼びかけます。
母はこくりと頷いて足元の畳を持ち上げます。
畳の下は人一人が入れるほどの空洞になっていました。
『あやめ。騒ぎが収まるまでおまえはここに入っていなさい』
『な、なにを言っている余』
信じられない目であやめは父を見ます。
『余以外の誰が賊共と戦える余? 父上、目を覚まされよ!』
『自惚れるなあやめ』
父はあやめを睨みつけます。
『少しばかりソーセージを振るえたとておまえはまだまだ未熟な小娘に過ぎん。外に出たとて犬死するだけよ』
『それでも父上よりはましでしょう余』
言い返すあやめに今度の父は答えません。
その間に母がぐいぐいとあやめを床下へ押しやります。
子供のあやめはなすすべなくそこへ押し込まれました。
『正気に戻られ余! 父上! 母上!』
あやめが床下から顔を出して二人に呼びかけます。
その時でした。
唐突に、母があやめを抱きしめてきました。
『は、母上……?』
あやめが困惑しながら問いかけます。
すると母は何事もなかったかのようにスッと彼女から離れました。
一方父は、そんな母を横目で見てから妖刀二振りを帯刀して部屋を出て行こうとします。
しかしぴたりとその足を止めて、あやめの傍へやってきました。
そして何を思ったか彼は二振りの妖刀を外し、身を屈めて床下の穴に入っているあやめの腰元にそれらを取り付けました。
『あやめ』
父はあやめの頭を撫でてから、不器用に笑いかけます。
『私はおまえに弱者を助ける者となるようずっと言い続けてきたが、それは別に私たちを守れと言う意味ではないのだ』
『……』
『あやめ。弱気を助くが強きのさだめ、それこそこの世の正しきことわり。誇りある鬼のあるべき姿よ。父のこの言葉、くれぐれも忘れるでないぞ』
そう言い終えた父が立ち上がるや否や、母が畳で蓋をしてしまいます。
『父上! 母上!』
いくら叫んでも返事がありません。
押しても叩いてもびくともしません。
父母が上に乗っているのか、もしくは重し代わりに家具か何か置かれているようでした。
『父上……、母上……』
あやめは父に渡された二振りの妖刀を抱きしめながら、暗闇の中で蹲りました。
どれくらい時間が経ったでしょう。
あやめは身体を丸めながら眠ってしまっていました。
外は静かで物音ひとつしません。
その代わりにむせ返るほどの焼けた臭いが床下の空間に満ちていました。
『……』
あやめはそっと頭上の畳を押し上げてみます。
するとそれは簡単に持ち上がり、隙間から眩しい朝日が中に差し込んできました。
彼女は畳を横にのけて頭を出してみました。
そして驚きました。
あやめの屋敷は屋根も壁もなくなるほどに焼き払われていたのです。
あやめの屋敷のみならず、村全体がそのようなありさまでした。
『父上! 母上!』
あやめは血相を変えて瓦礫の中を掘り返しますが、いくら探しても見つかりません。
そのくせ道端には真っ黒に焼けたまま息絶えている人々が嫌というほど目について、あやめは発狂しそうになりました。
結局、陽が暮れる前頃まで探しても両親は見つかりませんでした。
もうここまで探してもいないとなれば屋敷以外の場所で命を絶ったか、もしくは逃げ落ちてくれているのだろうとあやめは頭を切り替えます。
そして今更ながら、道端や焼け落ちた家々で倒れている人々の中に生存者がいないかどうか確かめ始めました。
しかし、やはりと言いますか皆息をしていません。
自分が今まで羨ましいと思っていた人々が皆斬られ殺され焼かれ死んで、こうして生き残っているのが自分だけという現実が、あやめを妙な気分にさせました。
あやめは陰鬱な気分になって、誰のものだったかもわからない焼け落ちた家の瓦礫の上に腰を下ろし、ため息をつきました。
『いったい余は、何のために剣を振るってきたの余……』
ぼんやりと焼野原のような村落跡を見渡してから『父上……』と呟きます。
その時です。
彼女の背後からかすかに物音がしました。
ふと振り返ってみますと、焼け残った廃屋の柱の物影で何かが動きました。
あやめは立ち上がってそっと柱の裏側を覗いてみます。
そこには自分より幼い男女二人の小鬼が、怯えながら身を寄せ合っていました。
彼らはあやめを見上げてきます。
あやめと目が合います。
その瞬間、あやめのなかで息が詰まりそうなくらい大きな何かが込み上がってきて、気づけば彼女はその小鬼たちに手を差し伸べていました。
『怖がらなくてもいい。大丈夫余』
あやめは自分の辛い気持ちを押し込めて、彼らに笑顔を向けます。
『この非道の焼き討ちで身内を失い、さぞ心細かったであろう。しかしもう大事ない。余が来たから余。弱きを助くが強きのさだめ、今日から余がおまえたちの父となり母となりあらゆる敵から守ってやる余』
そう話しかけるあやめに小鬼の二人は顔を見合わせます。
それから、彼らは伸ばされたあやめの右手に恐る恐る自分たちの手を伸ばし、きゅっと掴みました。
◇ ◇ ◇
「あはは! あはははは! やったわ! とうとう手に入れたわ!」
女性の笑い声がして、あやめは意識を取り戻します。
「ゴーストベーコンの『不死の魂』! 私が一番欲しかったレジェンドスキル!」
自分の目の前で何やら歓喜の声を上げているのははあちゃまです。
「……?」
そしてちょうど彼女の足元に、斬り落とされた自分の右腕が転がっており、その手には黒ずんだゴーストベーコンのフォークが握られていました。
スバルドダック(アヒルverスバル)のシュバル語は読み始めると疲れます。
あえて読もうという方以外は、基本的にシュバシュバ喋った次行の(~)だけをお読みください。