勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
『なんだろう? これ』
天音学校に入学してから早三ヶ月、アキ・ロゼンタールは充実した学園生活を送っていました。
学友たちと日々ソーセージを振るい、どうすればより強くなれるのか、誰よりも早く中級剣士、上級剣士に昇格して学園の誉れとなれるかばかりを考えて過ごしていました。
彼女は野心家でした。
子供のころ、夜に寝着く時頃に母親が読み聞かせてくれたのは伝説のソーセージを手に魔王を倒す勇者譚でした。
いつか自分も一流を超えた超一流の剣士となってチームを率いるリーダーになり、レジェンドソーセージを所有し「大陸にこの人あり」と言われるひとかどの人物となって、ホロ・デ・ソーセージ大陸の歴史に名前を刻むのだといきり立っていました。
そんな彼女が『ソーセージの風』と題された本を手に取ったのは、担任教官から言いつけられた図書館の蔵書整理をしていた時でした。
処分対象という札が張られたその本をその場でぺらぺらとめくってみてから、彼女はそれを持ち帰って寮内で改めて目を通しました。
本の中身は、武器として扱われる以前のソーセージを説明したものでした。
ソーセージとはそもそも何だったのか、どうして生み出されたのか、どのような経緯で今に至るのか、それらを詳細に解説したものでした。
ソーセージについて夢物語のイメージしか持っていなかったアキロゼにとって、その内容は衝撃的でした。
本によれば、十二本のソーセージフォークとはもともと飢えに苦しみ死んでいく子供たちを見捨てておけず、彼らがいくら食べても減らない食べ物を生み出すために作られた魔法の道具なのだという。しかしそのようなフォークの力は強力な武器として応用しやすく利用された。のみならず、当時の支配者層は自分たちの勢力拡大のためにこぞってフォークを手に入れて大量生産を試みるようになった。ソーセージ出現当初、それらは間違いなく人殺しの道具だった。そのなかでソーセージを扱える剣士の腕が身分を超えて重要視されるようになり、下剋上あり、裏切り不意打ちなんでもありの混沌とした戦国時代が訪れた。平和となった現代でさえソーセージを用いたプロパガンダは数多く存在しており、特に教育書やちょっとした子供向けの読み物にそういったものが見られる傾向にある、と。
『……』
アキロゼはすべて読み終えてから、嫌な気分になりました。
自分の大切な夢を否定された気分になりました。
翌日になって、彼女は件の本を図書館で見つけたということを担当教官に伝えて、ここに書かれている内容は本当なのかと聞きました。
担当教官は『それは焚書だから元の場所へ戻しておきなさい』とだけ言いました。
そんなことを言われてはこれ以上踏み込んで聞くことができず、いったんは引き下がりました。しかし気になって仕方ありませんでした。
彼女は本の名前は出さず、内容の真偽だけを学内の教育者に聞いてまわりました。
誰も彼もはぐらかしたような返答しかしませんでした。
学生の言うことだからと、皆相手にしなかったのです。
むしろ入りたての学生、しかも当時秀才と認知されていた彼女だからこそ、焚書にされているような内容を聞いてまわるようなことをしてもそれで許されたのです。
彼女は寮の自室に戻ってからもう一度その本を開きました。
二度目になる本の中身は、同じ内容のはずなのに、驚くほど彼女の心を掴みました。
この内容は真実なのではないかという疑念が彼女の脳裏を過りました。
『ソーセージは、もともと飢え苦しむ人を救うための魔法の道具……。それが今や、剣士が敵を倒すための殺傷の武器……』
そう呟いてから彼女はふと、大陸にはソーセージを持てない人々がいるという話を思い出しました。ソーセージを持てたとしても剣を振るう才能に恵まれず、人から軟弱と罵られながら剣を捨てて生きている人々もいるでしょう。
今の今まで自分とは無関係だと思い見向きもしなかったそういった人々の顔が、なぜかいきなり彼女の脳裏を埋め尽くしていきました。
『……』
彼女は急に恐怖と後悔に襲われました。
無邪気にソーセージを振るっていた自分が、許せなくてたまらなくなりました。
寝る前に毎晩欠かさず磨いていたフォークを床に叩きつけました。
翌日になりました。
彼女は自分の気持ちを誰かにわかってほしくて、教師生徒に問わず自分の気持ちをぶつけていきました。それが問題となりました。
後日彼女は生徒指導室に呼び出され、退学処分を言い渡されました。
しかし、そこからが彼女の本当の人生でした。
むしろ吹っ切れた気持ちになって学園を後にし、彼女は自己流で修行するようになりました。
――ソーセージがそもそも救済のために作られたのならば、どうしてソーセージに恵まれた者がそうでない者を弱者と嘲るのか。それは理が通らないのではないか。
膨らむ違和感は彼女がソーセージを捨てながら強者となることで解消されていきます。
彼女は日々辛い鍛錬を孤独に積み重ねることに迷いませんでした。
だからこそ、自分を落第生だと侮り勝負を挑んでくる天音学校卒業生の申し出は、一も二もなく受けて立って返り討ちにしました。
『拳なんか卑怯だ』
彼らは負けても、アキロゼを認めませんでした。
『懐に潜られたら剣が振るえない』
『俺たちは剣士の誇りを持って戦っている。失うものが何もないおまえとは違う』
『学校中退者のくせに』
『いい気になるなよ。おまえが強いわけじゃない。俺がまだ変則的な戦い方の相手に慣れてないだけなんだからな。おまえなんて――』
皆が皆、最後に言うことは一緒で。
『『『『『おまえなんて、天音かなたと戦えば手も足も出ないんだ』』』』』
アキロゼは孤独な鍛錬を続けました。
結局のところ結果を出さなくては誰も理解してはくれないし、それまで賛同者など得られない道を歩んでいるのだという自覚があったのです。
その覚悟があればこそ、彼女はソーセージを捨てたのです。
そんなある日です。
『……?』
目を覚ましたアキロゼの枕元に一本のフォークが置かれていました。
それは虹色の、レジェンドソーセージのフォークです。
『鉄の意思』の名のスキルを持つ、メタルホットドッグのフォークでした。
◇ ◇ ◇
「これで終わりよ! アキ・ロゼンタール!」
無防備なアキロゼの頭部めがけて、はあちゃまがクリスタルサビロイを横なぎに振るいます。
「……、終わり?」
ぴくりと、アキロゼの指先が動きます。
「私が、ここで……?」
白目を剥いたままのアキロゼの身体が痙攣したように震えはじめ、ぎぎぎぎ、と彼女の黒目が元の位置に戻っていきます。
「冗談じゃない。私は、終わるわけにはいかない……」
その目が、ぎろりとはあちゃまに向けられます。
「おまえのようなやつが、ソーセージのあるべき形を歪める限り!」
叫んでから、アキロゼは迫りくるクリスタルサビロイを防御するため、左腕を頭の横に折り畳んで受け止める構えを取ります。
「なにを今更! 死に損ないが!」
はあちゃまは構わず振り切ろうと力を込めました。
ガツン! と凄まじい音が響き渡ります。
砂埃が二人の間から巻き起こり、煙幕のようにして周囲を包み込みます。
「どうなったのですかアキロゼさんは! はあちゃまは!」
るしあが身を乗り出す勢いで目を凝らします。
そうしてしばらくして、徐々に砂埃が晴れていきます。
「シュ、シュバ?」
(な、なに?)
いち早く何かを見たスバルが、驚きの声を上げます。
「シュババシュバルバ、シュババシュババ……」
(起こりうるのか、こんなことが……)
「やはりソーセージというものは、私たち剣士の想像を遥かに越えていくものなのデスね」
キアラが独り言のように呟きます。
「……」
唯一まだ何も見えてないるしあが、じれったい気持ちをこらえて見続けます。
そしてようやくすべての砂埃が取り除かれ、るしあの目にも全貌が映りました。
「ええ!」
るしあは大声を上げました。
「なんですか、あれ!」
アキロゼがはあちゃまのクリスタルサビロイを受け止めています。
ただそれだけであれば、スバルたちもさほど驚いたりしませんでした。
問題なのはソーセージを受け止めているアキロゼの腕の異変です。
彼女の両腕の指先から肘に至るまで、白銀の金属膜が覆っているのです。
「バ、バカな!」
攻撃を受け止められたことよりも、その腕を見てはあちゃまが声を上げます。
「あなた、どうしてソーセージを出してもいないのに『鉄の意思』を発動しているの!」
「現象としての説明を求めているとしたら、私にもわからん」
そう答えてから「しかし」とアキロゼは続けます。
「メタルホットドッグも、おまえなんぞに終わらされる私の結末を望んでいないのだろうよ!」
アキロゼがはあちゃまに向かって踏み込みます。
「くっ!」
はあちゃまは後ろへ跳ねて距離を開けながらクリスタルサビロイを振るってアキロゼを牽制しようとします。
しかしアキロゼは難なくそれを左腕で防ぎました。
今のアキロゼの両腕には「鉄の意思」のスキルがかかっています。
防御力が35%上昇に加え防御スキル共通の効果、相手の接触時の属性効果を無効化します。
それどころか、はあちゃまの方こそ金属状態になっているアキロゼの拳を生身で食らえば、その属性効果によって打撃以上のダメージが加算されるのです。
「甘い!」
とにかく今は仕切り直さねばとひたすら後退しようとするはあちゃまを、アキロゼは逃がしません。
はあちゃまの移動先を先読みして大きく踏み出し、その懐に潜りこみました。
握り込んだ右拳をはあちゃまの腹部に叩き込みます。
「あ……、ぁ……」
一発入れただけではあちゃまの足は止まり、身体が曲がります。
アキロゼはそんな彼女へ、さらに一発横殴りに入れます。
ガコン! と音が轟き、なすすべもなく真横へ殴り飛ばされます。
はあちゃまは勢いのまま二転三転と転がされ、俯きに倒れました。
「く、そ……ッ」
はあちゃまは身体を起こそうと四つん這いになります。
そのさなか、ふと喉の奥から血の奔流が込み上がり、口元に手を当てる暇もなく「かはっ、かは……っ」と咳き込んで地面を吐血で黒く染めました。
アキロゼはそんな彼女を見下ろしながら、ゆっくりと近づいてきます。
「おのれえ!」
はあちゃまはふらつきながらも立ち上がり、アキロゼを睨みつけました。
その目が怒りで燃え上がり、赤色へと染まります。
クリスタルサビロイの芯から凄まじい熱気があふれだし、周囲へと広がっていきます。
スキル「断末魔」の発動です。
残り体力が25%であることを条件に発動可能となり、所有者の力を75%上昇させます。
はあちゃまは燃え盛るソーセージを片手に、アキロゼに飛びかかりました。
アキロゼは先にはあちゃまの攻撃を防いだように、左腕を守りに構えます。
「そんなもの!」
はあちゃまは構わず振るいます。
彼女のソーセージと接したアキロゼの左腕が上方に弾かれました。
「!」
「『断末魔』の攻撃力上昇率を見くびるなよ! アキ・ロゼンタール!」
無防備となった彼女の脇下に、はあちゃまはクリスタルサビロイを叩き込みます。
アキロゼは歯を食いしばって受けました。
一撃受けたアキロゼの身体が、一メートルほど地面に摩擦の痕を引いて後方に押されます。
一息の間をおいてから、アキロゼは黙ってはあちゃまを睨みました。
「恨み言一つ言わないなんて随分しおらしいじゃない」
はあちゃまが話しかけます。
「それとも、もう無駄口叩く体力が惜しいほど今の一撃が大きかったかしら」
アキロゼは無言で拳を握り込んでいます。
「まあどっちでもいいけど」
はあちゃまは再びソーセージを構えます。
「今度こそ終わっておきなさい!」
剣を振りかざしながらはあちゃまが跳躍します。
そしてアキロゼの頭上まで跳び上がり、袈裟斬りにソーセージを大きく振るいました。
「……」
アキロゼは避けようとしません。
というよりも、実はさっきから脚が痙攣したように震えており、回避行動すらまともに取ることができないのです。
それを見越したうえで大振りに襲い掛かって来るのでしょう惨い敵を、アキロゼは見返します。
頭をかち割る勢いで迫りくるクリスタルサビロイの振り下ろされる先に、アキロゼは両の腕を十字に組んで構えました。
ソーセージと銀の両腕が接した瞬間、凄まじい轟音が辺り一面に響きます。
それと同時に剣と腕が交わった衝撃がアキロゼの足腰を襲ってふらつかせます。
しかし、止めました。
アキロゼの腕のところで、クリスタルサビロイは受け止められていました。
はあちゃまはすかさず剣を引き戻して再び斬りかかろうとします。
ですがそれと同時に、アキロゼも動きます。
十字に組んだ腕の右を解いて脇下に引き、はあちゃまの右肩あたりめがけてその右拳を放ちました。
早さで言えば小回りの利くアキロゼの方が当然上で、今にも振るおうとして右肩を怒らせるはあちゃまのその部位に拳が直進します。
ですが、
「!」
運が悪いことに、ちょうどそのタイミングで彼女の膝が悲鳴を上げます。
いきなり足が地面に膝ついて、アキロゼの視界ががくんと一段下がったのです。
その一瞬アキロゼ本人も何が起きたのかわかりませんでした。
アキロゼが放った拳も、はあちゃまの肩を狙っていたはずなのに放たれた先はその脇下あたりの中空で、鋭い風切り音を残して空を切りました。
はあちゃまはその好機を逃しません。
両手でクリスタルサビロイのフォークを持ち直して再び振り斬ろうとしてきます。
アキロゼは左腕一本でどうにか受け止めようと力を込めます。
しかしあろうことか、はあちゃまの剣もアキロゼの頭上で空振りました。
――しめた。
勝機と捉えたアキロゼは左拳を固く握り込み、空振りした格好のまま自分を覆いかぶさるようにして立っているはあちゃまめがけて振り上げようとしました。
「シュバルシュバルバ! シュババ!」
(違うアキロゼ! 罠だ!)
二人の戦いを観戦していたスバルが声を張り上げます。
しかしシュバル語です。るしあが「え?」とスバルに振り返ります。
そして、スバルの警告が現実になります。
アキロゼの左腕が守りを解いた直後、はあちゃまのクリスタルサビロイが生きた蛇のように身体をしならせます。
蛇はぐるりとアキロゼの背後に回り込み、彼女の左脇めがけて飛びかかりました。
「シュバルバ!」
(アキロゼ!)
アキロゼの左胴体が、円く嚙み千切られたようにして抉り取られます。
「ぐッ!」
アキロゼは思わずその箇所を右手で押さえました。
それからすぐあとに、もう片方の手で口元を押さえだし、込み上がる吐血を堪えようとしますが間に合わず、手の指と指の間から赤い血があふれ腕へと伝います。
アキロゼの意識が遠のきます。
「……ッ、……ッ」
彼女はそっと口元から手を離し、その震えている手を眺めるように見下ろしました。
白銀の手です。
金属化している手はその金属という性質上、染みさせることなく赤い雫を下へ下へと滴らせて、すぐ下の地面に水音をたてて小さな溜まりを作っています。
「『鉄の意思』メタルホットドッグ。おまえはこんな力を授けてまでして、私を認めてくれていたのだな……」
白銀の衰えない陽光受けた輝きに、アキロゼは眩しそうにうっすら目を細めました。
「ありがとう。今まで気づいてやれず、すまなかった……」
彼女の視界は徐々に暗くなり、やがて何も見えなくなりました。