勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「はああ」
苛立ちを抑えるように、すいせいが深いため息をつきながら眉間を指でほぐします。
しばらくそうして多少気分が落ち着けたのでしょう、
「それで」
と、彼女はるしあに話しかけました。
「なんでアヒルになってんのよ、こいつ」
尋ねられたるしあは、答えることをやや躊躇います。
事情を話していいかどうか迷ったのです。
星街すいせいは実力者の剣士であり、もしかしたらレジェンド所有者の情報を持っているかもしれません。しかしサイコパスという不穏な異名を持っています。
「シュバア。シュバルバシュバルバ」
(るしあ。話をしてくれ)
すると、迷っているるしあにスバルが言いました。
ただしスバルは先程からずっと正面のすいせいと目を合わせないようにしています。
「スバル先輩?」
「シュバルバシュバルシュババシュバシュバルルシュババ、シュバルバシュバシュババシュバルババシュバルシュババシュバシュバルバ」
(スバルが個人的に恐れているだけで、星街すいせいも星詠みも悪いやつらではないんだ)
「わかりました」
るしあはすいせいに、アヒルの呪いを解くためにレジェンド所有者を探している事情を話しました。
「なるほどね。それで残りのレジェンド所有者をもし私が知っていたら教えてほしいと」
「はい」
「そっか」
すいせいは腕を組みます。
「実はね、私もう剣士じゃないんだわ。引退してるのよ三年も前に。だから今の剣士界隈にはそんな詳しくないのよね」
「シュバ? シュババ?」
(え? なんで?)
スバルが思わず口にします。
「どうして引退を?」
るしあがスバルの問いを伝えました。
「わかるでしょう?」
すいせいはその質問がスバルのものだと察しているのでしょう、るしあではなくスバルに苦笑いを向けました。
「ライバルだと思ってたやつに急にいなくなられてさ、なんだか張り合いがなくなっちゃったんだわ」
「赤井はあとの引退、デスか」
聞くキアラに「ええ」とすいせいは答えます。
「急の赤井はあと引退宣言で剣士界隈がざわついたものよ。散々星詠みにいちゃもんつけてきた剣士協会も背に腹は代えられなかったんでしょうね、『星詠みが今後の剣士界隈を引っ張って行ってくれ』とか『ここで星詠みまでいなくなられたら困る』とか今までのこと棚上げして必死に頼んで来たけど、なんていうか、それまで頂点目指して頑張ってきたけど空席に座りたかったわけじゃないというか、赤井はあととハートンあって私たち星詠みがあったというか、赤井はあとなしの剣士界隈で一位に君臨してもなんかなーって感じになっちゃってさ」
「だからってやめることはなかったと思うのですが」
「私もともと生涯通して剣士をやっていく気はなかったのよ。こうして姉街と一緒に何かをして暮らしていくのが夢だったの。剣士はその資金集めのために始めたことだったから、やめるタイミングとしても適時だなと思ったわけ。まあ、解散してチームメンバーに資金分配したあとで手元の残金がわかった時に、ちょっとばかし後悔したけどね」
「すいちゃんは気前良かったですからねー」
他テーブルの酔っぱらいが口をはさみます。
「私の勝手でチームを解散させたんだもの、そりゃはずむわよ」
「そこに痺れる憧れるぅ!」
「はいはい」
すいせいがあしらうように手を振ります。
客は笑ってまた酒をあおりました。
「彼は?」
るしあが尋ねます。
「ただの酔っぱらいよ。元星詠みのチームメンバーだけどね」
「へえ。元メンバーがお店に来てくれるなんていいですね」
「ここにいるやつらのほとんどがそうよ。金づるなんだから来てくれなくちゃ困るわ」
「ひでえなー」
先と別の酔っぱらいが口を入れます。
周りの男たちが「そうだそうだ」とそれに乗っかりながら笑います。
「すいちゃんの歌が聞けるんだから良いでしょうが!」
すいせいが返すと「違いねえ」と言ってまた彼らは笑いました。
「まあでも、運が良いわねあんたたち」
すいせいがるしあたちに向き直ります。
「私、他のレジェンド所有者の情報は全然知らないから教えてあげることできないけど、ここでまた一つ所有者のサインが手に入るんだから」
「?」
「あれを見なさい」
すいせいが顎をしゃくります。
その先にあるのは壁にかけられている額縁です。
額縁の中に入っているのは賞状などの紙類ではありません。
店内の灯りを受けて、なかのそれがきらりと虹色に光を反射します。
「まさか!」
るしあが声を張り上げました。
驚いたのはるしあだけではありません。
キアラもスバルも、思わず立ち上がりそれを凝視します。
「「レジェンドソーセージのフォーク!」」
額縁に入っているのは、あろうことかレジェンドソーセージのフォークでした。
「レジェンドソーセージ、『悪意』ダーク・ヴァイスヴルストのフォークよ」
「え? なんで? だってさっき、剣士はとっくに引退したって」
「剣士を引退したからと言ってレジェンドソーセージを手放さなくてはいけないという法はない。これに関してはかの赤井はあとも未だにクリスタルサビロイを所有しているという噂だから文句をつけられる筋合いはないわ」
「いえ、もちろんその通りなのデスが、さきほど引退時に金銭面で困っていたというようなことをおっしゃっていマシタので、仮にレジェンド所有者であってもフォークはすでに換金していると思っていマシタ」
「シュバルバ、シュババシュバルシュバルバシュバルシュババシュババ! シュバルシュババ!」
(ていうか、あんな目立つところに飾ってんじゃねえよ! 盗まれるぞ!)
「スバルはなに騒いでるの?」
「あんなところにレジェンドソーセージのフォークを飾っていては、盗まれてしまうと」
「盗む?」
すいせいは腕を組むなり鼻で笑いました。
「どこのどいつが?」
そう口にするや否や、店内が男たちの笑い声で溢れ返ります。
「元ランキング二位チーム、星詠みのリーダーとチームメンバーの俺たちに怖気づかない盗人がいるなら、どうぞどうぞお越しくださいだよ」
「返り討ちに合う覚悟だけは持ってきてほしいもんだけどな」
「ぶっ倒れたやつを連れて帰る人手もだ。気絶したやつを店の外まで運ぶのは億劫だぜ」
彼らは口々に言ってからまた酒を飲み始めます。
風貌から察するにその大半はおそらく現役剣士、引退している者たちもかつてランキング二位の元星詠みメンバーです。
そしてハートン同様、星詠みのメンバーたちは全員が上級剣士というチームでした。
そんな連中がたむろする店へやってくる強盗など、よほどの命知らずか愚か者のどちらかでありましょう。
「まあ、とは言っても強盗が入るとしたらこいつらみんないなくなった閉店時だろうけどね。でも私も剣士引退して三年経つけどまだ剣士の気配を察知できないほど衰えてはいないし、引退してからソーセージを出してないとはいえ盗人にまで落ちぶれたようなやつに後れを取るつもりはないわ。いざとなればサイコパスすいせいと呼ばれた現役時代のあれやこれやを駆使してぶちのめしてやるわよ」
すいせいの言葉に「シュバルババ」(なるほどな)とスバルが頷きます。
「シュバルバシュバルルシュバルバシュババ」
(確かに心配無用だったな)
「で。どの本にサインすればいいって?」
すいせいがペンを持って尋ねます。
「あ、これにお願いします。この白紙のページに」
るしあがクソザコの書を開いてすいせいに渡しました。
「そうそう、サインをする前に断っておくんだけど」
すいせいはペンのキャップを外しながら言います。
「今からするのはすいちゃんの直筆サインよ。食事代、宿代とは別料金が発生するわ。構わないわよね?」
「シュバルルバ」
(がめついな)
「構いません。お願いします」
「よしきた」
すいせいはペンを走らせてからクソザコの書をるしあに返します。
るしあは本の新しいページに「星街すいせい」の名前が追加されていることを確認しました。
「ありがとうございます。すいせいさん」
「いいのよいいのよ」
すいせいは上機嫌に答えます。
その調子でスバルたちのテーブルを離れてどこかへ行こうとしています。
「スバル先輩」
るしあがスバルに耳打ちしました。
「すいせいさんがレジェンド所有者だったということは、はあちゃまに警戒すべきだということ、やっぱり教えてあげといた方がいいですよね」
「……シュバルバ」
(……そうだな)
るしあがわざわざスバルに確認を取るのは、星街すいせいにとって赤井はあとが特別な存在であることは見るからに明らかだったからです。
「シュバア。シュバシュシュバシュバルバシュバシュバルル」
(るしあ。そのことはスバルの口から言う)
「え?」
るしあは一瞬、スバルの言っていることがわからずポカンとします。
しかしすぐにスバルの意図を察して椅子から立ち上がり、そこにスバルを座らせました。
アヒルのスバルの身体が光り輝きます。
すいせいはすでに視線をよそへやりながら腰を上げようとしています。
「ちょっと待ってくれ、星街すいせい」
「!」
いきなりスバルの声がして、すいせいは思わず振り返りました。
「お、大空スバル!」
椅子に座っているスバルを見て、声を張り上げて驚きます。
「あんたアヒルじゃなかったの!」
「一日に三分だけ人間の姿でいられるんだ」
話し方こそ堂々としていますが、スバルは目を合わせないように視線をやや下げています。
「ウルト〇マンみたいね」
「いいから座るシュバ。大事な話がある」
「大事な話?」
すいせいは素直に座り直しました。
「星街すいせい、おまえがレジェンド所有者と分かった今、言っておかなくちゃいけないことがある。真面目な話をしていると思って聞いてほしい」
「……」
「赤井はあと先輩の別人格が、レジェンド所有者狩りを行っている」
スバルはすいせいに、クリスタルサビロイのおそるべきスキルやはあちゃまが生まれた経緯、これまで何人もの犠牲者が出ていることなどを詳しく話しました。
「なるほどね」
すべてを聞き終えたすいせいが頷きます。
ちょうどそのタイミングでスバルがアヒルに戻りました。
「俄かには信じがたい話だけれど、赤井はあとをあれだけ慕ってたあんたが言ってるんだから、本当なんでしょうね」
「シュバ」
(ああ)
「それにしても、皮肉な話よね。彼女の信条で現役時代に一度だって使わなかったスキルを、理由はともあれ本人の意思とは無関係にそんなふうに使用されて、レジェンド所有者たちの恐怖になっているんだから」
すいせいは、蔑むと言うより悲しむように呟きました。
「シュバルバ」
(そうだな)
「教えてくれてありがとう。用心するようにするわ。でもスバル、あんただってライトニングウィンナーを所有してるんだから気をつけなさいよ」
「シュバルルシュバ」
(もちろんシュバ)
すいせいは改めて立ち上がり、早足に歩きだして、注文を取ったり料理を運んだりと忙しなく動き出します。
スバルたちはそんな彼女を尻目に二階の宿へ上がり、ベッドに横になって旅の疲れを取ることにしました。