勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
深夜零時になりました。
二階の宿屋で休むスバルたちに気を遣って、酒場の客たちは早めに解散して帰路についています。
「すいちゃん」
調理場からひょこりと顔を出した姉街が、ホールでテーブル拭きをしているすいせいに呼びかけます。
「こっちの後片付け終わったから、先に休むね」
「うん」
「最後、窓とドアの戸締り施錠だけはしっかりね」
「わかってるー。おつかれー」
「おつかれー」
姉街はしばらく額縁の方を見てから、二階へ上がっていきました。
すいせいはテーブルの上を拭き終えてから窓、ドアの施錠をしていきます。
それらを終えたところで一息つき、一階を消灯してから二階へ上がろうとしました。
ちょうどその時です。
玄関のドアがノックされました。
「ごめんなさーい。もう閉店でーす」
大声でドア越しの誰かに呼びかけます。
しかし聞こえていないのか再度ドアが叩かれます。
すいせいは仕方なくドアの施錠を解いて開けてやりました。
「ごめんなさい。今日はもう宿屋も酒場もやってないんです」
「構わないわ。そんなつもりで来たんじゃないから」
聞き覚えのある声に、すいせいは目を見張ります。
弱い星明かりだけの薄暗い夜です。
すいせいはそのわずかな星明かりを頼りに目前の人物を目視しようとします。
「久しぶりね、星街すいせい」
女性はすいせいに微笑みかけました。
「……。本当ね、赤井はあと」
彼女は赤井はあとの別人格、はあちゃまでした。
「この宿に大空スバルが泊っているはずなんだけど、知らないかしら」
はあちゃまは二階を見上げながら尋ねます。
「知らないわよ」
すいせいはさも自然に答えました。
「サイコパスすいせいの異名を持つこのすいちゃんが、剣士現役時代に散々手こずらされたスバ友のリーダーなんか泊めてやるわけないでしょ」
「ふん、まあいいわ。用があるのはスバルの方じゃないから」
「……」
「あなたに用があるのよ星街すいせい」
はあちゃまは顎をしゃくって外へ出るよう指示します。
「大体の話は大空スバルから聞いてるでしょ? 私としてはこの場で暴れ回っても構わないんだけど、それだとあなたが困ると思ってね」
「わかったわ」
すいせいは頷いてから外に向かっていこうとします。
「なに手ぶらで行こうとしてるのよ」
はあちゃまが腕を伸ばしてすいせいの行く手を阻みました。
「フォークを持っていきなさい。あなたのレジェンドソーセージ、『悪意』ダーク・ヴァイスヴルストのフォークを」
◇ ◇ ◇
はあちゃまとすいせいは星降り亭を出てからしばらく歩き、林の中へ入ります。
それからさらに進むと開けた場所に出ます。
星明りを邪魔するほどの障害物はほとんどなく、薄暗いなりにお互い相手を視認できるような場所です。
「ここならいいでしょう」
はあちゃまは独りごとのように言って、すいせいから距離を取ります。
レッグバッグに手を伸ばしてフォークを引き抜き、それをブンと振るいます。
フォークの先にクリスタルサビロイを出現させました。
「さあ星街すいせい、あなたもソーセージを出しなさい」
「……」
「どうしたの? 現役を退いて久しいからって、ソーセージの出し方も忘れてしまったのかしら」
「まさか」
すいせいは肩をすくめます。
「久々に会うあんたがあんまりに小心者になってるもんだからさ、呆れすぎて思わず立ち尽くしちゃったのよ」
「なんですって?」
「三年も前に剣士を引退した女一人相手に多勢に無勢? みっともない真似するようになったわね赤井はあと」
すいせいははあちゃまの後ろの茂みを見ながら吐き捨てます。
「……」
はあちゃまが指を鳴らすと、そこからぞろぞろとハートンたちが出てきました。
「勘違いしないでちょうだい。彼らはあなたが逃げ出さないように潜ませていただけよ」
「はいはい」
すいせいは適当に頷きます。
そうしながら持ち出してきたフォークをブンと振るいます。
彼女のフォークの先に、異様なソーセージが現れました。
長さ一四〇センチメートル、幅やや太めのソーセージです。
ソーセージの膜の内側で液体状になっている石炭色の何かが滑り蠢いており、その動いた跡の膜が赤く点滅しています。そういった赤い発光がところどころで起きるたびにソーセージから黒い霞の煙のようなものが発生し、すいせいがソーセージを持つ右腕部分を覆い隠すほど立ち上っています。
「『悪意』ダーク・ヴァイスヴルスト、まさか再びこのソーセージを振るう日が来るなんてね」
肩慣らしのためでしょう、すいせいは一回二回と素振りします。
「それはあなたの自業自得よ星街すいせい」
すいせいは独りごとのつもりで言ったでしょうに、はあちゃまが言葉を返します。
「剣士ならば誰もが欲しがるレジェンドソーセージ、それを剣士引退後も所持しているというのだから。奪い取られても文句が言えないわ」
「おかしなことを言うのね。まるで私が負ける戦いをするみたいじゃない」
「私は無知を罪とは思わないわ。ただひたすらに哀れなだけよ」
それから二人は無言で睨み合います。
「ふっ」
鼻で笑うような声をもらし沈黙を破ったのは、すいせいでした。
「実はさ、私も剣士を引退してすぐの頃このフォークを売ろうと思ってたわ。襲われるからとかじゃなくてもっともっと低俗な理由、お金が欲しかったの。今はそうでもないけどさ、ちょっと前まで本当にお店の経営が苦しかったのよ。でも姉街に何度も止められて、結局説き伏せられちゃった。剣士だったころの私が誇らしいから、ずっと店内に飾っておいてほしいんだって」
「不幸な話よね。よりにもよってそのせいで、あなたはまた私に敗北しなくちゃいけない」
「……。さっきから、会話のすれ違いがひどいわね」
すいせいはため息をつきます。
「赤井はあと、かつてのあなたは確かに強かった。強く気高く、夜空に煌めく星のように輝かしかった。今だから正直に言うけど、勝てる気がしなかった」
でも、と彼女は続けます。
「今のあなたにその輝きはかけらもない。赤井はあと、いいえ、赤井はあとの下位互換人格、あなたに対してはまるで負ける気がしないわ」