勇者スバルの大冒険 ~剣(ソーセージ)に愛されしアヒルよ、伝説となれ~ 作:はばたくアヒル
「まさか本当に、たった数合剣を交えただけで私の剣筋を見切ったというの?」
「数合じゃないわ」
すいせいは答えます。
「あんたの身体は赤井はあとの身体、あんたの剣筋はあんた自身の手で習得したものではなく、赤井はあとが血を滲むような努力の末に究極まで洗練してたどり着いた境地よ。そんなものをたった数合で見切れるはずがないじゃない」
彼女は続けます。
「剣士現役時代、私がどれだけ躍起になってその剣筋を見極めようとしたかあんたにわかる? 赤井はあとを恨み、憎み、羨みながらも何千何万と剣を交わし目を凝らしてきたのよ。夢にまで出てきて度々うなされてきたその剣捌きを、たかが三年足らずの月日で忘れるはずがないでしょう」
「……ッ」
「でも、なんでしょうねこの複雑な気持ちは。この状況、私だけが相手の剣筋を掴んでいる圧倒的優勢のはずのこの状況なのに、あなたが私の剣筋をまるで見切っていないという事実がとても悲しいのよ。赤井はあとにとって私は所詮その程度の剣士だったのかと思うと泣きたくなってくるわ。それとも、あなたは赤井はあとが過去に見切った剣筋までは引き継げなかったということなの? ねえ、どっちなのかしら」
「知らないわよそんなこと!」
はあちゃまはクリスタルサビロイを振るいます。
しかしまたもやダーク・ヴァイスヴルストに弾かれます。
弾かれた直後にしなりを利かせて背後から突き刺そうとしますが、それすらも見向きもされずに弾かれます。
「もう終わりにしましょう。赤井はあともきっと、それを望んでいるわ」
すいせいがゆっくりとはあちゃまに歩み寄っていきます。
はあちゃまはじりじりと後退しながら牽制に剣を振るいますが、それが足止めすらままならずに弾かれるのは言わずもがなです。
すいせいの右腕はまるごと黒い霞で覆われているため、彼女がどのように剣を振るって防いでいるのか、はあちゃまにはまるでわかりません。
ただただ、はあちゃまのクリスタルサビロイが尽く弾かれていきます。
そしてとうとう、すいせいがはあちゃまの目前までやってきてその右腕を振りかざしました。
「ハートン!」
はあちゃまが叫びます。
直後、ハートンがはあちゃまとすいせいの間に割り込もうと駆け出します。
「下がっていなさい! ハートン!」
すいせいがそのハートンに一喝しました。
するとハートンは蛇に睨まれた蛙のように、びくんと肩を跳ねて固まってしまいます。
「ち、ちょっと!」
それは全くの予想外だったのでしょう、はあちゃまは戸惑いを隠せずに狼狽えます。
すいせいはその隙を見逃しません。
無防備のはあちゃまめがけて、ダーク・ヴァイスヴルストを振り下ろしました。
「!」
はあちゃまの左肩から縦一文字に赤い線が走ります。
彼女は思わず片膝をつきました。
「これで終わりよ」
すいせいははあちゃまを見下ろしながらまた剣を振りかざします。
「あなたの最大の敗因は、私と赤井はあとの因縁をあまりに軽く見たことよ。敗北の沼に沈みながらそのことを後悔するといいわ」
「……」
すいせいがはあちゃまにダーク・ヴァイスヴルストを振り下ろします。
しかしはあちゃまはピクリとも動きません。
先のようにハートンに指示を出す様子もありません。
それどころか両肩をだらんと下げて、出していたクリスタルサビロイも消してしまいます。
「星街すいせい……」
彼女はゆっくり顔を上げて剣を振り下ろすすいせいを見つめながら、別人のように弱々しい声音で呟くように言います。
「やはりあなたは容赦なく相手を斬り捨てようとするのね、星街すいせい」
「……ッ」
その言葉を耳にしたすいせいが、思わず息をのみます。
一瞬の間筋肉が硬直し、わずかに動きが鈍ります。
その刹那の隙を、はあちゃまは逃しません。
瞬時にクリスタルサビロイを出現させて、すいせいの懐に飛び込みながらその胸元に剣を突き立てました。
「ぐッ!」
すかさずすいせいは反撃にダーク・ヴァイスヴルストを振り下ろそうとしますが、それより早くはあちゃまがすいせいに蹴りを入れて飛ばし、クリスタルサビロイを強引に引き抜きます。傷口から血潮が吹きます。
蹴飛ばされたすいせいはどうにか倒れることだけは堪えるものの、喉の奥から血が込みあがり、身を屈めて口元を押さえながら声もなく咳き込みます。
「隙だらけよ!」
はあちゃまは飛び上がり、前傾姿勢になっているすいせいの背中めがけて容赦なくクリスタルサビロイを叩き込みます。
すいせいは地面に両手両膝をついて、それでもなお倒れることだけは堪えました。
「お、おのれえ!」
常人であれば恐怖に身を竦めてしまうような怒声を吐きながら、すいせいはダーク・ヴァイスヴルストのフォークを握り込む手を強くします。
しかし、
「!」
次の瞬間には、彼女は悲鳴に近い声を張り上げていました。
はあちゃまが、フォークを持つすいせいの右手を、クリスタルサビロイを上方から勢いよく突き立てて押し潰したのです。
「これでもうしばらくの間、あなたはフォークを握れないわ」
すいせいの手からクリスタルサビロイを放し、彼女はようやく一息つくように言いました。
「あぶなかったわ星街すいせい。認めてあげる、私はあなたを見くびっていた」
すいせいは潰された右手を左手で押さえながら苦々しく睨みつけています。
そんな彼女に「だけど」とはあちゃまは続けます。
「これで私の勝ちは確定よ。何と言っても、あなたはもうソーセージを持つことができないのだから」
「……」
「私の敗因があなたと赤井はあとの因縁を軽視したこと、だったかしら? 皮肉なものよねえ、むしろのその因縁こそ私の勝因となったのだから」
はあちゃまはすいせいの鼻先にクリスタルサビロイを突きつけます。
「大人しく負けを認めれば命まで取ろうとは思わないわ。降参しなさい、星街すいせい」
すいせいは無言で、ぎりぎりぎりと歯を噛み締めながらはあちゃまを睨み続けています。
「星街すいせい」
はあちゃまは再び呼びかけます。
「こんな決着のつけ方にあなたが納得できない気持ちは、まあ私もわからなくないわ。だけど私にはレジェンドソーセージのスキルが必要なのよ。そのためにはあなたたちレジェンド所有者に勝たなくちゃいけない。でもあなたはそうじゃないでしょう? もう三年も前に剣士を引退し、レジェンドソーセージのフォークなんか不要のはずじゃない。もうあなたに勝ち目のないこの状況でこうして降伏を勧めるのは、そんなあなたのセカンドライフを思ってこれ以上傷つけまいとする私の優しさだと気づいてちょうだい」
「どうだかね」
すいせいは低い声で返します。
「ソーセージを持つ者同士の戦いは最後の最後まで何が起こるかわからない、それにひょっとしたら今にもスバルたちが駆けつけてくるなんてこともありえなくはない、そんなことを考えて早く私に降参してほしいと必死になってるんじゃないの?」
「……。あなたがそんな穿った考え方しかできない人間だったなんて。悲しくなるわ」
はあちゃまはため息をつきました。
「でもこれだけ言っても降参する気がないのなら、本当に殺して手に入れるわよ。あなたがさっき言った可能性、起こりうるはずがないとは思うものの、万が一にでも実際に起きてしまえばこれ以上ないくらい面倒だもの」
はあちゃまはフォークを掴めないすいせいにクリスタルサビロイを構えます。
それでもすいせいは強く歯を噛み締めながらはあちゃまを睨んでいます。
かと思えば、すいせいは不意に「ふう」とため息をついてから両肩をだらんとさせ、脱力したような格好になりました。
「まあでも、あんたの言うことも一理あるわね」
「?」
「確かに剣士を引退した今の私にダーク・ヴァイスヴルストのフォークは必要ないわ。これがもうちょっと前、お店の経営難航時であれば『大金代わりのフォークを手放してたまるものか!』って死に物狂いで守ったでしょうけど、あいにく今は軌道に乗ってる。このまま本当に見逃してくれるのなら、あんたのことは腸が煮えくり返るほど憎らしいけれど、降参してレジェンドソーセージのフォークを失う代わりに五体満足とはいかないまでも無事に家まで帰してもらう、そういう賢い選択を取るべきなんでしょうね」
「そうよ、その通りよ星街すいせい!」
はあちゃまはクリスタルサビロイを下げてから大きく頷きます。
「剣士を引退して三年経つとは言え、あなたほどの人間であれば右手の傷も胸の穴もすぐに完治するわ。だから早く――」
「あー、でもやっぱり無理だわ」
はあちゃまの言葉を遮って、すいせいは独りごとのように続けます。
「うちさ、姉街と私の二人で宿屋と酒場を切り盛りしてるんだけどさ、毎晩店を閉めて後片付けしたあと、すべて一通り終えて一息つくその時に姉街が嬉しそうにこのフォークを眺めてるのよ。それ知っちゃってるからなあ。やっぱり死んでも渡すわけにはいかないわ」
それからすいせいは左手で髪をかき上げて「ごめんなさいね」と言いました。
「ふふ、ふふふふ」
すると、はあちゃまは急に笑いはじめます。
「私を、この私をからかったのね星街すいせい。この状況で、いい度胸してるじゃない」
はあちゃまはクリスタルサビロイを振りかざしました。
すいせいが身構えます。
しかしはあちゃまは、あろうことかその剣で自分の脇腹を突き刺しました。
すいせいが訝しむように彼女を見ます。
「気でも狂ったのかと言いたげな顔ね。心配しなくてもいいわ。正常だから」
言ってから、はあちゃまはクリスタルサビロイを引き抜きました。
彼女の足元にぼたぼたと重たい血の塊が落ちて地面を黒く染めます。
「あなたを次の一撃で確実に仕留めてやろうと思ってね、これはそのための下準備なのよ。なにせこのスキルは定められた体力まで減っていないと発動できないから」
そう口にするはあちゃまの目が不気味に赤く染まります。
冷たい夜の空気が一気に熱せられ、生暖かい暖流がすいせいの鼻先まで届きます。
その熱源ははあちゃまの持つクリスタルサビロイです。
「『断末魔』。残り体力が25%以下で発動できる、使用者の力を75%向上させる攻撃力バフスキル。このスキルが発動した状態のクリスタルサビロイを受けて、あなたは無事でいられるかしらね」
「……」
「良くて失神、悪ければ失命。そこらへんはあなたの強運と剣士を引退してからの衰え具合次第ってことになるわ」
「何をぐだぐだと言っているの? やるならさっさとやりなさいよ」
「ふん、気丈ね星街すいせい。せめて私にスキルを奪わせまいと、また最期は剣士としての誇りを持って散っていこうと、死してもなお敗北を認めないつもりでいるのかしら」
でもね、とはあちゃまは続けます。
「私が過去に戦ったゴーストベーコンの所有者、百鬼あやめも頑なに敗北を認めることなく失神した、にもかかわらずしばらくその状態が続いたあと私のクリスタルサビロイにゴーストベーコンのスキル『不死の魂』が宿ったわ。つまり究極的には個人の意思を超えたところで勝敗の判定がなされる、それがソーセージを持つ者同士の勝負なのよ」
「……」
「抗うつもりならどうぞ抗ってみなさい。あなたが敗北を認めることなく失神するか失命するかして、果たして今回も私はスキルを手に入れることができるかどうか。個人的になかなか興味深い検証だわ。ねえ、やってみてちょうだいよ」
はあちゃまは喋りながらゆっくりクリスタルサビロイを振りかざします。
「クソ野郎」
そして最後に一言罵るすいせいめがけて、その剣を思い切り打ち込みました。