自由都市レガニア
大陸随一の標高を誇るパック山脈の麓に位置する街。
パック山脈の豊富な湧き水は大陸中でも有名だ。
水資源と、麓に広がる樹海。
周辺には鉱山も多く、貴重な鉱石も採掘されることから多くの労働者がこの街に住み着いている。
もちろん人族だけではない。
水神族は水の利権で国家から利益を得て生活している。
ドワーフは鉱山での採れた石を卸し、余った分の資源での武器、兵器の生産などでも利益を得ているそうだ。
エルフは生薬の精製や病の治療も行う。
街でも見かけるが、レガニアに対して好意的な者は少ない。
森の木々を伐採する事に抵抗し、しばしば紛争が起こることも…
ここは王国内でも珍しく、小規模ながらも独立した都市なのだ。
私は、この街で父と二人で小さな仕立て屋を経営している。
決して豊かではない。でも穏やかな日々を過ごしている…はずだった。
「エマ、最近何か嫌な事でもあったのか…?」
朝食の最中に髭面の父が眉を下げ、まるで謝りだすかのように私の目を覗き込む。
「んーん!なんにもないよ!女の子にはそういう日もあるの!」
「そうか…それは、変な心配してごめんな!」
娘からの手痛い返答に狼狽しながらも、いつも通りの変わらない朝の風景だ。
「じゃあパパは、今日はジェフさんの所に用があるから店番宜しくな!」
「うん!気を付けてね!」
・・・・・・父は出先の仕事に行った。
さて、ここからが本番だ。
私は店の入り口を閉め切り、扉にはこう書いた。
--- 本日臨時休業 ---
私はお店に併設してある自分の居室前まで走って行き、ドアの前で一呼吸置く。
呼吸は整った。意を決してゆっくりと自分の部屋のドアを開ける。
私のベッドに腰をかけて、眼鏡をかけた大男が佇んでいる。
「エマ、ノックくらいしろよ。」
「いや…私の部屋ですから」
この不遜な大男こそ、2日前から私の頭を悩ませている元凶だ。
「起き上がれるくらいには元気になったんですね。
血も完全に止まっているし…包帯変えましょうか…?」
「いらねぇ。だが助かった。つーかナニ緊張してンの?」
「それは!貴方が高圧的だから!」
彼は静かに表情も語気も、目線すら変えずに続けた。
「ここが日本じゃねー事はわかった。スマホも使えねぇ。」
彼は光る不思議な《手鏡》のようなものを眺めて静かにポケットにしまう。
この人の考えている事が全く読めない。
「スマ…ホ?」
「お前が何言ってンのか理解できるのが気持ち悪ぃ」
時折彼は根も葉もない事を言うので、その場合は聞き流すようにしている。
「もう動けるからよ。行くわ。エマ、必ず礼は返す。」
「大丈夫なんですか?!その…貴方の傷…刺し傷ですよね?」
「あぁ、そうだ」
「誰かに狙われているんじゃありませんか…?」
「狙ってる人間は多いだろうな」
「だったら!あまり出歩かない方がいいんじゃ!それにお礼なんていらないです!」
「俺は借りを作るのは好きじゃねぇ」
そう言うと彼は立ち上がり服に袖を通しながら足早に部屋を出ようとした。
立ち上がった彼の体躯はまるで屈強な衛兵のようだ。
「あの!お名前まだ聞いてなかったです!」
「…ウシジマ」
「ウシジマ、さん?」
「金融屋のウシジマだ」
ウシジマと名乗る大男は部屋を出るまで一度も微笑む事なく去っていった。