とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
夏休み。
勉学を怠り、補習を受けなければならない一部の馬鹿たち(主に某ツンツンヘアー)を除けば殆どの学生が休みになる期間。当然霊夢の高校にもそれは存在し、今日がその初日である。
学生ならば誰しもが待ち侘びていた一大イベントの一つであり、霊夢もまた登校しなくていい長期休暇の到来は非常に好ましいものであった。
何せこの時期は暑い。夏なのだから当たり前のことであるが、ならば無闇に外出せず、冷房の効いた部屋の中で涼みたいと思うのは至極当然のことだろう。
故に、今年も基本的に何もすることなく、ダラダラとした生活を送る予定だった。
しかし、今の彼女は臨時とはいえ風紀委員。夏休みであろうと、問答無用で駆り出されてしまう。
「あぁ~極楽極楽~」
そんな訳で嫌々支部へ赴いた霊夢であったが、ソファーの上に寝そべりながら至福を感じていた。
何せ昨日の停電により灼熱地獄を味わっていたのだ。冷房の効いた部屋は正しく天国であり、初めて霊夢は風紀委員の仕事に感謝する。
「あの……聞いてました?」
「ちゃんと聞いてるわよ。昏睡状態になったんでしょ? グラビモス」
「グラビトンです。まあ、そこはどうでもいいのですが……」
部屋に固法や白井の姿は無く、代わりに少し前まで発熱でダウンしていた初春がノートPCを膝に載せながら座っていた。
彼女が言うには、あの
「詳しいことはまだ分かりません。それで確認する為に白井さんが病院に……」
「ふうん……」
幻想御手の入手経路が判明した以上、犯人の証言は必要無いが、このタイミングでの昏睡は何かしらの関連性を疑うには充分だった。
恐らく白井も同様の考え。彼女とはつい昨日幻想御手の使用への副作用について推察したばかりなのだから。
「レベルアッパーって奴のせい?」
「確証はありませんが、恐らくは……」
「もしそうなら、ばら蒔いてる奴を取っ捕まえる口実が出来るってことね」
「え? あー、確かにそうですね……」
霊夢の言葉に初春は一瞬首を傾げるもすぐにその意図に気付き、同意する。
副作用にしろそうでないにしろ、人体への危険性が僅かでも判明すれば幻想御手を取り締まったり所有者へ使用禁止を呼び掛けたり回収活動を行ったり出来るということ。
当然、そんな危険物を拡散させている者を逮捕・拘束する権利だって生まれる。
「それなら、とりあえずこのサイトを閉鎖するよう運営側に連絡しておきますね。これ以上広げる訳にもいきませんから」
「ええ。そこら辺は任せるわ。正直“いんたーねっと”ってのはよく分かんないから」
妙に外れた独特なイントネーション。今時の、それも最先端を地で行く学園都市で暮らす高校生とは思えないような発言をする霊夢に対して初春は思わず笑い掛けてしまう。
まるでお婆ちゃんみたいですねという失礼な感想が口から漏れ出ようとしたが、そんなことを言ってしまえば殺されかねないので必死で呑み込んだ。
「因みに現時点で入手してる奴ってのはどのくらい居るの?」
「えっと……このサイトでのダウンロード数は……うわぁ、五千件以上もありますよ」
「……そんなに?」
未だに噂レベルの代物にしては随分と多いが、当然と言えば当然だろう。
全体の六割が
言ってしまえば、ほぼ全ての学生に対して需要があるのだ。供給に関しても音楽ファイルということで実質無限で尚且つ無料で配られているのだから利用者は後を絶たぬのが現状だった。
「少なくて五千人……他の入手経路や使い回しも考慮すると、その倍は居そうね。不良共の中にはこれを売買してる奴も居るって話だし」
「うっ……そうですねぇ」
つらつらと述べられる事実に初春があからさまに嫌そうな声を出す。
「そして、そいつら全員が昏睡状態になったら……なんか結構話が大きくなってきたわね」
「結構どころか大事件ですよそれは……」
発生し得る最悪の事態。想像するだけで背筋が凍る話だ。しかもこうも出回っているともはや流通を防ぐのは難しく、迅速に対処すべきであるが、現状後手に回るばかりだ。
「それにしても、聴くだけでレベルアップなんて……一体どういう仕組みなんでしょうか?」
「さあ? 能力開発とやらみたいに脳味噌を弄くってんじゃないの? ほら、音波とかで」
「うーん……そんなことが可能なら、皆苦労してないと思うんですけどねぇ……」
「そうなの?」
「そりゃそうですよ。私だって万年
ふとした疑問。幻想御手の原理が気になる初春に対して別に原理なんてどうでも良かった霊夢は適当で投げやりな推察を述べるがあっさり否定される。
“原石”であり、能力開発を一切受けていない彼女は詳しく知らないが、学園都市において超能力を発現させるプロセスである“開発”とは
そんな大掛かりなことを何度も行って、それでも能力を得られなかった者がただ音を聴くだけで得られるなんて学園都市の常識からすれば俄には信じ難い事実だった。
「……ま、大元が特定出来たら教えてちょうだい。私がぶっ潰しに行くわ」
未だに手掛かりは無し。手っ取り早く実力行使を何よりも好む霊夢からしてみれば狙う標的さえいない状況は実に面倒極まりなかった。
かといって学園都市には山のように存在する研究施設を片っ端から調べ回るのは現実的ではない。一先ずは事態が進展するか、黒幕が動き出すのを待つしかないだろう。
プルルルルッ
その時、携帯の着信音が鳴り響く。誰のかと視線を向ければ、机の上に置いていた自分のものであった。
面倒臭そうに画面を開けば、知らない電話番号だった。
「……もしもし」
『博麗霊夢! 何をしているんですの!』
甲高い大声に思わず画面から耳を離す。聞き覚えのある声に、霊夢はあからさまに顔をしかめる。何でこいつが自分の番号を……と思うが、そういえば風紀委員に加入した際の書類に記入していたし、固法辺りから訊いたのだろう。
「ごめんあそばせ。間違い電話ですわよ」
『えっ!? いえ、そんなはずは……まさかあの人嘘の番号をっ!? も、申し訳ございません!』
「よろしくてよ。……で、何か用? 黒子」
『~~~~~!! ふざけないでくださいまし!』
からかってみれば激怒して電話の相手……白井は叫ぶが、事前に察していた霊夢は耳から遠ざけているため聴こえていない。
『通信機に何度呼び掛けても応答しないから電話したというのに……一体何をやっていらっしゃるんですのっ!?』
「あー、あれね。鬱陶しいから外してたわ」
『外してたって、この……! とにかく! 今すぐあなたがよくいらっしゃるファミレスに来てください!』
「えー? 何でまたぁ?」
『良いから早く! 仕事ですの!』
「はいはい。分かったわよ」
くれぐれも寄り道はしないように! という言葉と共に通話が切られる。
霊夢は気だるげに身体を起こし、溜め息を吐く。
「白井さんからですか?」
「ええ。ファミレスに来いって。まったく、そう言うならあいつが転移して連れてってくれれば良いのに」
そんなことを言えば、私はタクシーじゃありませんの! とキレるのが容易に想像出来た。
「あははは……仲良くしてくださると嬉しいのですが……」
再び猛暑に晒されることに対して億劫になりながらも部屋から出ていく霊夢を初春は苦笑いを浮かべながら見送った。
それからすぐ後、彼女の携帯にも着信が入る。
「佐天さん?」
確認すれば、それは親友からだった。
「もしもし。どうしました?」
『あっ初春? ちょっと見せたいものがあるんだけど──』
支部を出てすぐ、霊夢は飛んだ。
燦々と太陽が照らす中、高所へ行けば余計暑いように思えるが、風を感じることによって熱気を誤魔化せるので徒歩よりも断然涼しかった。
元より霊夢はこの心地好い風が好きだった。冬場は逆に寒いのではないかと思うが、そうなれば“遮断”すれば良いだけの話に過ぎない。
(……相も変わらず鬱陶しいわね)
しかし、この学園都市の空は嫌いだ。大気中を漂う、極小の機械群。恐らくは誰かが街を監視する為に散布したもの。塵に等しいサイズで電子顕微鏡を用いなければ視認すらできないようなサイズにも関わらず霊夢はその存在を確かに認識していた。
蟲のように飛び交うそれらを霊夢が好ましく思うはずもなく、彼女は近付くそれらを悉く触れもせずに粉々に砕く。いくら破壊しようとも学園都市一帯に埋め尽くす程存在するためキリがないが、だからといって許容するつもりはない。
そうして五分と掛からず、目的地であるファミレスに到着する。
「あ、いらっしゃいませ~」
入店してきた巫女装束を纏う少女の姿に特に動じることもなく空いている席へ案内しようとする顔馴染みのウエートレスに今日は人と待ち合わせていると告げ、霊夢は辺りを見回して白井の姿を探す。
見つけるのに、そう時間は掛からなかった。
「さて、先程の話の続きだが……何故、同程度の露出度にも関わらず水着は良くて下着は駄目なのか?」
「いや、そっちではなくて」
「……何やってんの?」
聴こえてきた妙な内容の会話に、霊夢は眉をひそめる。白井が居たテーブル席には彼女以外に御坂美琴と、見知らぬ長髪の女性が座っていた。
「あら、意外とお早かったですわね」
「げっ……」
二人が霊夢の存在に気付く。呼び出してから数分も掛からずに来たとこに白井は驚き、御坂は昨日の事を思い出してあからさまに顔をしかめた。
そんな反応を霊夢はさして気にすることもなく、空いている席へと座る。
「! ほう……君は……」
「……どちら様で?」
何やら意味深な反応をする女性。少なくとも霊夢の記憶の限りでは面識はないはずだ。
「“木山春生”先生ですの。今回の捜査にご協力いただいております」
「木山だ。大脳生理学を専門としている。よろしく頼む」
霊夢の疑問に白井が答える。すると女性──木山も改めて自己紹介する。
「ふうん……博麗霊夢です。こちらこそ、よろしくお願いします」
対する霊夢もまた名を名乗る。彼女が敬語を使ったことに白井は衝撃を受けるが、元より彼女は年上の他人に対しては意外にも礼儀正しい。
最低限の良識は持ち合わせているのだ。それ以外の非常識さがすべてを台無しにしてしまっているが……。
「さて、博麗れい……博麗さんも揃ったところで本題に入りましょうか」
「え? まさか黒子が呼んだの?」
「ええ、お姉様。一応今回の事件については彼女が一番の功労者ですし、聞いておくべきと判断しましたの」
(お姉様ぁ? へー、こいつら姉妹だったんだ。全然似てないわね)
意外な事実に興味無さげに鼻を鳴らしながら霊夢は木山へと視線を移す。
大脳生理学……つまりは脳の学者。ということは十中八九あの昏睡状態の件、延いては幻想御手についてだろう。
しかし、何故わざわざ自分を呼び出したのか。白井の意図が読めないが、問い質したところで話が面倒臭くなるので大人しく耳を貸すことにする。
「専門家として木山先生に聞きたいことがあるんです。──幻想御手というモノを、ご存知ですか?」
「幻想御手……それは、どういったシステムなんだ? 形状は? どうやって使う?」
木山が問うと、白井は鞄から取り出した物をテーブルの上に置く。
それは以前に霊夢がスキルアウトを介して手に入れた幻想御手の現物であった。
「これは……音楽ファイルか?」
「はい。恐らくこの中身の音声を聴くことで効果を得られるのかと」
「ふむ……君たちは、それが昏睡した学生達に関係しているのではないかと考えているのか?」
「その通りです。調査を進めていますが、こちらが独自にピックアップした“幻想御手を使用した”と思われる、
「それは……由々しき事態だな」
顎に手を当て、思考する木山。その姿を霊夢は頬杖を突いて見据える。
「それで、木山先生の見解が聞きたいのです。音楽を聴くだけで、能力の強度が向上するのかを」
「……現段階では、どうとも言えないな。確かに急激に、それも無理矢理レベルを上げるとなると脳には絶大な負担が掛かるはずだ。そうなれば意識不明に陥る可能性は充分にある」
木山は淡々と語る。
「要するに、脳味噌を強引に改造しているってこと? 元凶の思うがままに」
「かもしれないな。しかし、五感全てに働きかける
「へぇ……“難しい”ってことは、技能さえあれば可能ということでしょうか?」
「……そういうことになるな」
似合わぬ敬語を使い、霊夢が確認するように問えば木山は否定せずにそう言う。
「成程ねぇ……」
「それがどうかしたか?」
「いえ、別に。ただ気になっただけです」
そう言いながらもどこか納得した様子だった。この姿を白井は目を細め、見据える。
(クオリア……だったっけ? あれを拡大解釈すればもしかすると……)
そういう知識に疎い霊夢は如何なる仕組みで幻想御手が作用しているのかはさっぱり分からない。しかし、それでも彼女はやはり聡明だった。
知っている知識のみを用い、ある仮説を立てる。もしも“同じ形”の脳と脳が連動するとすれば。荒唐無稽ではあるものの、この仮説によって幻想御手をばら蒔いた元凶に何のメリットがあるのかという疑問はあっさりと氷解する。
「どちらにせよ、そのファイルを解析してみないことには何も分からんな」
「それなら、是非ともこちらを調べてもらいませんか? コピーは取ってありますので」
「勿論だとも。むしろ、こちらから頼みたかったところだ。一人の大脳生理学者として興味をそそられる」
白井が幻想御手を差し出すと木山は快くそれを受け取り、承諾する。
漸く事態が進展しそうであった。
「話は終わり? じゃ、私は帰るね」
すると霊夢が席を立つ。
「なっ またあなたは勝手に……!」
「私が居てもしょうがないでしょ? 知りたいことは知れたし、私は私で調べさせてもらうわ」
「…………! つまり、そういうことですの?」
「さあ、どうかしらね」
呼び止めようとする白井にそう告げ、霊夢は店を出る。そもそも己が居なくとも問題の無い話の内容だった。これ以上、時間を無駄に浪費する必要も無いだろう。
「ちょっと黒子……あいつを呼んだ意味あったの?」
「……だと、良いのですが」
「?」
寸前で追うのを止めた白井に、傍らで話を聞いていた御坂が尋ねれば彼女は神妙な面持ちになる。
霊夢を呼び出した理由は、彼女にも話を聞かせれば参考になる意見が出るかもしれないと思ったからだ。白井は過去の経験から霊夢の人並み外れた直感と慧眼に関しては人一倍認めているつもりである。
“知りたいことは知れた”という発言。加えて、木山との会話の中で見せた意味ありげな態度……何かに気付いたのは明白だったが、どうも彼女はそのことを白井には教えたくないようだ。
或いはこの場では教えたくなかったのか。ちらり、と木山を一瞥する。
「うん? どうかしたか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
言われ無き疑惑だと理解しながらも、白井は頭の片隅にその“もしも”の可能性を置いておく。
この後、霊夢は帰ったことを後悔する。
入れ違うように御坂たちを見つけ、入店してきた友人。一連の話を聞いてからの彼女の不審な態度をもしも目撃していれば、容易に気付けたはずだ。
手遅れになる前に──。
──犯人の目星は付いた。
霊夢すら思い付く幻想御手の仕組みの予想。それを、その分野においての専門家が気付かぬはずもなく、隠匿していたということは犯人かその関係者に他あるまい。
極端な結論だとは思う。灯台もと暗しという言葉がある通り本当に気が付かなかっただけなのかもしれないし、考えてはいたが、早々にその可能性を切り捨てたのかもしれない。
けれど、それでも霊夢は確信する。己の“勘”があの木山春生という研究者が元凶であると告げているが故に。
(……ま、どうでもいいか)
目的が何であれ、いつか尻尾を出すだろう。わざわざ事前に対処してやるほど霊夢はこの事件に対して情熱を持ち合わせてはいない。むしろ自分に害が無いのであれば放逐して構わないとすら思っていた。
(そういえば……涙子に警告しておかないとね)
超能力に憧れる少女。彼女が望むのなら別に幻想御手に手を出しても構わないと考えていた霊夢であるが、それが昏睡状態に陥る危険性があるような代物となれば話は別だ。
もし仮にリスクを理解した上で、それでも能力を渇望するというのなら……。
「──どうしよう」
思わず口に出す。止めるべきだろう。人生を棒に振る可能性だってあるのだ。そうまでして能力を得たところで一体何になるというのか。
然れど、きっと、霊夢は止めない。彼女が考え、悩み、それでも求めた結果ならば……。
否、そんな上等な考えではなかった。結局のところ、いつものようにただ無関心なだけに過ぎない。自分は彼女のことを、友達になりたいと言ったあの少女のことすらも、どうでもいいと思えてしまうような人間なのだと否が応にも自覚させられる。
「……らしくないわね」
そんな思考を振り払い、霊夢は佐天へ連絡しようと携帯を取り出し──その足を止めた。
「うん?」
いつからだろうか。まだ明るい時間帯にも関わらず、気が付けば周囲には人っ子一人見当たらなくなっていた。まるで消え去ったかのように。
「これは……まさか、人払い?」
試しに飛んで上空から見渡してみるが、それでも人の姿は一切確認できず、気配すらも感じられない。普通ならば有り得ぬ光景だった。
霊夢はその現象に心当たりがあった。しかし、それはこの科学の街では決して見ることはないと思っていた存在であったがため目を見開く。
その存在とは──。
「──“魔術師”」
霊夢の私服
佐天とのショッピングで買ったモノ。基本的にはいつもの巫女服だが、時たまに着用している。また部屋着や寝間着としてもよく着ているようだ。
みこっちゃんが完全に蚊帳の外じゃん……。