とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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ちょっと短め


魔術師

 

 

 光は単なる明かり。

 

 闇は単なる暗がり。

 

 文明の、科学の発展と共に、神秘は明かされ、信仰は廃れ、奇跡は失われ、忘れ去られた。

 

 ありとあらゆる事象が科学的根拠と紐付けられ、それまで怪奇だったものは解明可能となり、科学のみを人々は盲目的に信奉する。

 

 夢は単なる脳の記憶処理で、感情もまた脳のメカニズムによって発生するものに過ぎず、恋ですら電気信号と分泌物の次第であると言われる世の中、例外は悉く否定される。

 

 理解し切れぬモノは迷信や空想なのだと、視えぬモノは初めから存在しないのだと、これまで当たり前のように存在していたモノすらも忘却の彼方へと追いやる。

 

 そうして、“幻想”と成り果てるのだ。

 

 だからこそ、博麗霊夢は憂い、悲観する。ならば一体楽園は何処にあろうか。

 

 しかし、そのような夢無き世界にも非科学(オカルト)が存在するのも彼女は知っていた。

 

 それを知ったのは本当に偶然だった。あの閉鎖的な片田舎では、何も知らぬまま一生を終えていた可能性の方が高いのだから。

 

 ──“魔術”。

 

 大半がそう一括りにされた異能。古今東西ありとあらゆる宗教や神話・伝説に由来する超常的な力を扱う者のことを、この世界では“魔術師”と呼ぶ。

 

 そんな者たちが歴史の影に潜み、この科学ばかりが神がかる時代においても世界各地で暗躍していた。

 

 霊夢は彼らのことが嫌いだった。この学園都市と同じくらいには。

 

 彼女という存在が科学と魔術のどちら側に近しいかと言えば当然、魔術の方だろう。この世界においては巫術も陰陽術もすべて魔術という一つの学問に含められているのだから。

 

 そのため霊夢にとって彼らは漸く見つけた()()()()であり、彼女があの狭い集落から飛び出すキッカケであった。

 

 けれど、その胸に抱いた期待と希望は呆気無く裏切られる。 

 

 幻想は幻想。魔術は魔法に非ず。そんなもの所詮は夢幻(ゆめまぼろし)に過ぎず、在りはしないのだと。

 

 科学とは対極の位置に立つ彼らにとっても、それは何一つとして変わらなかったのだ。

 

 故に、とうの昔に興味は失せていた。

 

 それに加え、学園都市へやって来た時点で魔術師とはもう二度と会うことはないだろうと思っていたため、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。

 

 今この時までは。

 

「……これ、ね」

 

 ピキン、と見えない何かが触れた途端に硝子のように砕け散った。すると静まり返っていた街からがやがやと人の声が聴こえ始める。

 

 人払いの魔術。

 

 何となく、そこへは行きたくない。そう思わせることで、その場所に部外者を寄せ付けないよう誘導する術式。

 

 理屈としては風水の理論を応用しており、地脈や龍脈のエネルギーの流れを変えることで意図的に“居心地の悪い流れ”を形成することで人の寄り付かない空間を形成する……おおよその原理はこうであるが、様々な宗派・学派によってその仕組みや方法は違う。

 

 人目に触れることを避けたがる秘密主義な魔術師にとっては必須とも言えるポピュラーな術式であり、別に特段珍しいものでもない。

 

 しかし、ここは科学の総本山。大抵の魔術師はこの場所にはまず寄り付かない。そう聞いていたはずなのだが、一体どういうことなのだろうか。

 

(何を企んでるのやら……ま、どうせろくでもないことなんでしょうね)

 

 確か、魔術結社(マジック・キャバル)……と言ったか。魔術師が所属している組織の通称。基本的に魔術師は個人主義者であるが、役割分担や情報収集、資金獲得等々の目的で同じ志を持つ者たちが集まって組織を形作る。

 

 その形態や規模、目的や活動、宗派や使用術式などは千差万別。無償の人助けを行う善良な結社から殺人やテロも厭わぬ犯罪組織的な結社まで大小問わず世界各地に無数に存在する。

 

 それが無秩序に増殖しては無秩序に争い無秩序に数を減らしていく。こうして全体的なバランスを保ちつつ、日々人々の知らない水面下で、各々好き勝手に勢力を増減させているのが現状……らしい。そこまでの多様性があるのであれば、学園都市に関わろうとする連中が居ても不思議ではないだろう。

 

(正直関わりたくないんだけど……)

 

 自然と溜め息が零れてしまう。霊夢にとっては至極どうでもいい事象。影に潜む日陰者共が自分の知らない場所でいくらドンパチしようがしまいが、勝手にやっててくれと言う他ない。

 

 しばらくして、再び人払いの術式が張られる。そのタイミングで霊夢は薄暗い路地裏へと降り立つ。

 

「見過ごす訳にも、いかないのよねぇ……」

 

「──貴女ですか。人払いを解いたのは」

 

 凛とした声が響く。視線を向ければ路地の先に一人の女が立っていた。

 

 一本に束ねた、腰まである長い黒髪。白いTシャツを身に纏い、それを片方で縛って腹部を大きく露出させた格好。加えて、穿いているジーンズは片足を根元から切って白い太腿が見えていた。

 

 そして、一際目立つのが手に握られている身の丈にもなる長大な刀。あまりにも異質な風貌だが、霊夢はただ涼しそうだなと思うだけだった。

 

「ステイルの人払いを突破して侵入するどころか、術式そのものを破壊してしまうとは……“神道”の一派だと見受けますが、何者ですか?」

 

 神道……惟神道ともいう八百万の神々を信仰する自然崇拝、祖霊崇拝に基づく日本の宗教。霊夢の格好を見ればそう思うのも無理はない。

 

 実際、巫女なのだから間違いではないが、目の前の女が言う神道とは()()()()()()()()()()()という意味合いなのだろう。

 

「名を尋ねるのなら、そっちから名乗るのが礼儀ってモンでしょう?」

 

「……失礼しました。私は神裂火織、“必要悪の教会(ネセサリウス)”の魔術師です」

 

 ──神裂火織。

 

 そう馬鹿正直に自らの名を告げる女に、霊夢は僅かに顔をしかめた。

 

 佇まいからして、相当な実力者だ。一目見ただけで霊夢は理解した。少なくともこれまで出会った魔術師たちの中でも別格と言って差し支えないだろう。

 

 先程口にした“ステイル”というのは流派か術式の名称か、それとも人名だろうか。後者だった場合は他に仲間が居るということになるが……そこまで考え、目の前の女と同等かそれ以上の魔術師を相手取るかもしれない可能性に霊夢は内心舌打ちする。

 

 ともかく名乗られてしまったからには、こちらも名乗り返さねばなるまい。

 

「博麗霊夢。見ての通り、素敵な巫女よ」

 

「れいむ、霊夢ですか……それは随分と、()()()名前ですね」

 

「はぁ?」

 

 自らの名を告げた途端、神裂と名乗ったその女は小さく笑う。いきなり自身の名を批評された霊夢は眉をひそめる。

 

 霊夢とは、予知夢のようなものであり、神仏のお告げが現れる不思議な夢のことを意味する。そう考えれば、確かに巫女の名前としては相応しいものなのかもしれないが……。

 

「いえ、何でもありませんよ。ただ少しばかり思い出していただけです」

 

「あ、そう……で、えっと、ネ、ネセ……ネサセ?」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)です。……知らなかったのですか? てっきり我々のことは把握済みで接触しに来たのかと」

 

「生憎とね、有名なの?」

 

 意外そうな表情をする神裂。どうやら魔術世界では結構有名らしい。名前的に恐らくは西洋の組織だろうが、残念ながら霊夢の記憶の限りでは聞き覚えはなかった。

 

 元より魔術結社の名称なんて一つも覚える気は無く、そうでないのならば尚更であろう。

 

「では、“イギリス清教”と言えば、分かりますか?」

 

「あー、それなら聞いたことがあるわ。キリシタンの連中でしょ。カトリックだかプロテスタントだか言うのよね」

 

 ──“十字教”。

 

 唯一神、そして神の子である救世主を教祖とする世界で最も信仰されている最大の宗教。大規模であるが故に、多数の派閥で分かれており、その中でも特に代表的な勢力が“ローマ正教”、“ロシア成教”、そして“イギリス清教”の三つだ。

 

 その名は霊夢も知っている。尤も、歴史の教科書程度の知識に過ぎず、そういう連中の中にも魔術師が多く居るということくらいだった。

 

 理由は勿論、魔術師のことなんて全く興味が無いからだ。

 

「……ええまあ、そうですね」

 

 期待していた返答とは違ったことに、神裂は微妙な反応をする。霊夢のことを“神道の魔術師”だと勘違いしている彼女はそのモグリとしか言い様がない、あまりにも浅過ぎる知識に困惑してしまう。

 

 目の前の少女が只者ではないと確信しているのならば尚更だった。

 

「……で、そのイギリスのネセサリウスとやらの魔術師がこんなところで何やってんの?」

 

 話を戻し、霊夢は問う。

 

 イギリス清教とはその名の通り、英国(イギリス)全体で信仰されている宗派だ。ならばそこに属する神裂は顔立ちこそ日系であるが、英国の魔術師だということになる。

 

 わざわざそんな遠方から、それも学園都市へとやって来た。つまり、それ相応の理由があるということだ。

 

「……残念ですが、貴女の疑問を満たしてあげる理由が、こちらにはありません」

 

「でしょうね」

 

 やはり答えぬ神裂に霊夢は鼻を鳴らす。ぶっちゃけ魔術師の目的など興味は無いが、どうも今までの魔術師とは雰囲気が違うように感じられた。

 

 理由は分からない。そのことを怪訝に思っていると、神裂は予想に反した提案をする。

 

「しかし、そちらと争うつもりはありません。貴女に敵対の意思が無いのなら……どうです? お互い何も見なかったことにして、退くというのは?」

 

 口封じに記憶を消そうとも、命を奪おうともせず、ただ()()()()()()と。

 

 魔術師にしては随分とお優しいことだ。或いは、それだけ彼女は荒事を控えなければならない事情があるのだろうかと、霊夢はより一層訝しむ。

 

「……あなたたちが私に迷惑を掛けない保証は?」

 

 しかし、霊夢の側には()()()()()()メリットは無い。彼女を看過したところで学園都市で暗躍する以上、そこで起こした騒動に巻き込まれる可能性は大いにある。

 

 そもそもこの人払いが張られている区域は、霊夢の自宅近隣なのだから。

 

「なら、約束しましょう。決して貴女たちに危害を加えることはないと。私たちの目的はこの街で騒ぎを起こすことではなく、“ある人物”の保護なのですから」

 

「保護、ねぇ……」

 

「はい。それが成せれば、即刻この街から退散するつもりです。どうか、お願いできませんか?」

 

 そんな懸念を察したのか、神裂はそう語る。保護……それが必要だということはその人物はイギリス清教が手放せない程に有益な能力を持った人物か、或いは大多数の勢力から狙われる人物なのか、またはその両方かもしれない。

 

 となれば充分に面倒な厄ネタだ。もしも事実だとすれば、そいつが学園都市に留まって変なトラブルが起きる前に神裂に連れ去ってもらった方が良いだろうが……。

 

「にしては──“血の臭い”がするけど? しかもついさっき殺ってきましたって感じの」

 

「ッ…………!!」

 

 その言葉に目を見開く。

 

 霊夢の感覚は第六感だけでなく、視覚や聴覚、そして嗅覚と五感に至るまで常人よりもずっと研ぎ澄まされている。

 

 故に、気付くのは容易だった。既に振るい落とされているもののその鞘に納められた刃から発せられる“血の臭い”に。

 

 本当に殺人を犯したのかは分からない。傷を付けただけかもしれない。どちらにしろ、つい先程まで流血沙汰があったことは確定的であり、明らかに動揺している神裂のその姿からしても、彼女が黒であることは明白であろう。

 

「常識的に考えてさ。そんな奴が信用できると思う? 事情があるってんなら、説明してくれないとね」

 

 もしも洗いざらい全てを話し、本当にこちらに害の無い目的だと言うのならば一考してやるくらいの余地はあった。

 

 霊夢の目からは神裂は彼女の知る魔術師とは違い、そこまでの悪性ではないように見えたからだ。場慣れしているはずなのに指摘されただけでこうも動揺してしまうくらいには、彼女にとっても不本意な出来事だったのだろう。

 

「………………それは……」

 

「あっそ。じゃあ──無理矢理吐かせるまでよ」

 

 神裂は口ごもる。元より言う気が無いのは分かり切っていた霊夢は間髪無くそう言い放つと、彼女との距離を一気に詰めた。

 

「ッ!!」

 

 疾風のような速さ。流れるように霊夢は鳩尾を狙って鋭い足刀を繰り出す。

 

 先手必勝。そこに一切の躊躇も無かった。

 

 ──が、それは空を切る。

 

「良い一撃ですが、遅い」

 

 霊夢を遥かに上回るスピードで、あっさりと回避した神裂はそのまま彼女の背後へと回り込んで鞘にしまったままの刀を振り下ろす。

 

 音を置き去りにする程の速度。殺意の無い、手加減された一撃であったが、それでも少女の意識を刈り取るくらいは訳ないであろう。

 

「そっちが、ね」

 

 しかし、刀は霊夢の真横を通り抜ける。

 

「なっ──」

 

 振り向き様に避けられた。神裂は瞠目しながらも即座に次の動作をしようとするが、それよりも速く霊夢の掌底が露出した腹部へ叩き込まれる。

 

「かはっ……!?」

 

 ドスッ!! と鈍い音が響く。

 

 魔力が込められた、強烈な一撃が内臓を揺らす。まともに受けた神裂は衝撃で吹っ飛んだ。

 

「ッ……」

 

 しかし、壁に叩き付けられる寸前で何とか踏み止まり、態勢を立て直した。

 

「へぇ……頑丈な身体ね」

 

 平然と立つ女に、霊夢は顔をしかめる。並大抵の魔術師ならば今ので気絶していたはずだ。

 

 加えて、あの速さ。身体強化の魔術にしても度が過ぎる。人類を遥かに超越したその動きは、かつて戦った第七位(ナンバーセブン)を思い起こされた。

 

「……少し、甘く見ていました」

 

 対して神裂もまた、口元を拭いながら相手の実力を上方修正する。

 

「もう一度言います。どうか、ここは退いてくれませんか? 私と貴女が争ったところで、何の意味も無いはず。出来得ることならば無益な争いはしたくありません」

 

 そう言いながらも刀を持ち上げ、構える。それだけで彼女の雰囲気はがらりと変わり、空気が張り詰めていく。

 

 然れど、霊夢は眉一つ動かさず、ただ涼しい顔を浮かべ、これと対峙する。

 

「残念。意味ならあるのよ。今ここで潰しておけば、私は何の憂いも無く安心して眠れるでしょう?」

 

 再度持ち掛けてきたその言葉をそう切り捨て、霊夢はどこからともなく何かを取り出す。

 

(あれは……大幣(おおぬさ)……?)

 

 それは大幣という巫女が主に祈祷に用いる道具で、一般的に“お祓い棒”と呼ばれる物だった。

 

 野球のバットより少し短い程度の長さで外観も神裂の記憶している物と然して変わらない。おおよそ武器と言えるようなものには見えなかったが、何らかの“霊装”かもしれないと油断せずに見据える。

 

「……では、これ以上の語らいは不要ですね」

 

「ええ。さっさと始めましょう」

 

 緊迫した空気が漂う。

 

 互いの間合いを維持しつつ、睨み合う両者。どちらかが僅かにでも動けば闘いの火蓋が切られる。

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙が支配し、空間が静寂に包まれる。けれど、それもほんの一瞬の出来事。

 

 轟!! と空気が引き裂かれるような爆音と共に、暴風が巻き起こり、周囲一帯が揺れた。

 

 ──霊夢と神裂が、衝突する。




大幣
 お祓い棒のこと。作品を経るごとに伸びていくが、書籍で伸び縮み可能なのが判明した。
 作者的には“大麻”の字の方が馴染みがあるが、文章にすると薬物の方を連想してしまうのでこちらの方を採用。
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