とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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「……面倒だな」

 

 とある雑居ビルの屋上。そこから遥か遠方にあるアパートの一室を双眼鏡で覗き見ていた男は舌打ち交じりに吐き捨てる。

 

 男は異様な風貌をしていた。2mを超えた長身、それに似合わぬ幼い顔立ち、派手な赤髪、丈の長い神父服、耳にはピアスを付け、目の下にはバーコードのような刺青(タトゥー)……明らかに堅気の人間ではない。

 

 ──ステイル=マグヌス。

 

 イギリス清教・必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師であり、先の戦闘で上条当麻に敗北した人物だ。

 

「どうですか? あなたの見立てでは」

 

 その傍らに立つ女性、神裂火織が尋ねる。

 

「物理的に他者を通さないのではなく、結界に踏み込んだ者を迷わせ、魔術へ耐性の無い者は人払いと似た効力で立ち去らせる結界術。単純な侵入防止に加え、気配感知、認識阻害、使い魔による迎撃術式……神道では式神と言うんだったかな? 兎に角どれもこれもが厳重で緻密……まるで王室のセキュリティだ。突破するのは一筋縄では行かない」

 

 上条が禁書目録を匿い、潜伏していると思われる建物。調べたところ彼の通う学校の教員の住居のようだが、そこが突然堅牢な要塞と化した。

 

 恐ろしいまでに高度な結界が張り巡らされており、こうして外から様子を覗くことは可能だが、少しでも近付けばその場所を特定することすら困難になる。

 

 あれだけの結界が僅かな時間で形成された。もはや天才と呼ぶのも烏滸がましい神業。ルーン魔術を扱うステイルからすれば神道の術式は畑違いだが、それでも驚愕を隠せず、戦慄する。

 

「そして、仮に突破したとして、結界内に足を踏み入れた瞬間、即座に駆け付けてくるだろうね。君を撃退したっていう魔術師が」

 

「………………」

 

 チラリと神裂を一瞥しながらステイルは言う。これに神裂は無言であったが、どこか悔しそうに俯く。

 

 彼女の身体のあちこちに打撲痕があり、特に胸部から腹部にかけては見るに堪えぬ酷い痣がある。

 

 ──その理由は言うまでもなかろう。

 

 目を疑ったものだ。殴り飛ばされた頬を押さえながら学生寮から離脱して合流すれば魔術師としてトップクラスの実力を持つはずの同僚が満身創痍の状態で這いつくばっていたのだから。

 

「博麗霊夢……一体何者なんだい? 聖人(きみ)を退けるほどの魔術師がこの街に居るなんて聞いてないぞ」

 

「……分かりません。調べによると、彼女は学園都市に在籍している低位の能力者とのことですが」

 

「はぁ? 何だいそれは……魔女狩りの王(イノケンティウス)を破った奴は何の能力も持たないただの学生と言ったり、この街の情報網は全く当てにならないじゃないか」

 

 呆れた様子で額に手をやるステイル。そもそも能力者に魔術の使用は不可能だ。

 

 使うだけで血管が断裂し、最悪死に至る。況してやあれだけの魔術を行使すれば内側から木っ端微塵に破裂してもおかしくはない。

 

「大体君の話だと、彼女はこちらの事情を知らないはずだろう? どうして真っ先に禁書目録(インデックス)の場所へ向かった? まさか君を騙していたとでも?」

 

「いえ……どうやら貴方と戦った少年と彼女は学友なようで。恐らく少年の方が助けを求めたのかと」

 

「何? そんな偶然があるってのかい?」

 

 また舌打ちする。不幸だと嘆きたくなる気分だ。互いに遭遇したイレギュラー同士が、まさか知り合いだったなんて。

 

「くそっ……彼女があの子を悪用しないとは限らないというのに、様子見に徹するしかないなんてね……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情。霊夢のことを神道一派の魔術師だと認識している彼らからすればそんな人物の元に禁書目録が渡ったのはあまりにも致命的な失態だった。

 

 見たところ干渉したり危害を加えるような素振りを見せていないが、まだ禁書目録の有用性に気付いていないだけの可能性だってある。

 

 そして、魔術サイドにとって核兵器にも等しき戦力である聖人を真っ向から打倒する程の実力を持つ魔術師が10万3000冊の魔道書の知識をほんの一部でも手に入れてしまったら……。

 

「最悪、増援を呼ぶことも視野に入れないといけませんね……」

 

「ああ。“期限の日”も近い。もしもこのまま尻尾を出さなければ……英国と学園都市で戦争するしかないさ」

 

 嘆き、そして覚悟を決める。仮に二人掛かりで挑んだとしても勝てるか分からない。

 

 それでもやるしかないのだ。

 

 すべては、禁書目録(かのじょ)を守る為に──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 一方その頃。霊夢は布団の上で惰眠を貪っていた。

 

「だるい……」

 

 予想していた通り全身が筋肉痛。別に動けない程ではないが、元より朝に弱いこともあって動く気にはなれない。

 

(大丈夫かしら、あいつ)

 

 あの後、結局禁書目録なる少女が意識を取り戻す様子は無く、ただでさえ狭い小萌宅に四人で寝泊まりするのは無理があったため一旦帰ることにした。

 

 神裂たちが攻め込んでくることも考慮して防護結界も張ってある。“幻想殺し(イマジンブレイカー)”に関しても上条自身への影響を打ち消すのみで結界を往来することが可能なのは確認済みだ。恐らく基点に触れぬ限りは結界そのものが破壊されることはなく、そこも上条に基点の場所を教え、念押ししているので大丈夫だろう。

 

 気掛かりと言えば、上条が無防備になってしまうこと。“幻想殺し”は魔術師にとって天敵にも等しい力だが、相手とてプロ。一度敗れた以上対策はしてくるだろうし、神裂のような馬鹿げた身体能力を持つような存在には意味を成さない。

 

 一応無闇に外出しないよう注意しているもののそれが霊夢にとって唯一の不安要素だった。

 

(ハァ……考えても仕方ないわね。昼過ぎに様子を見に行ってみよう。流石にその頃にはあのインなんとかってのも起きてるだろうし……)

 

 上条とてそれなりの修羅場は潜っているし、彼は不幸ではあるが、悪運はやたらと強い。万が一のことがあってもどうにか乗り切れるだろう。

 

 そんな楽観的な判断と共に霊夢はとりあえず一切合切を頭の片隅に追いやり、再び夢の中へ──。

 

「……何をしておられるので?」

 

「あん?」

 

 最近よく聴く甲高い声。もぞもぞと寝返りを打って顔を向ければ怒髪天を衝くと言わんばかりの面貌をしたツインテールが立っていた。

 

 何故ここに? いくら空間移動能力者とはいえ家にまで上がり込むのはどうなのかと文句を言い────かけたところで霊夢はそういえばここが自宅ではなく、風紀委員第一七七支部であることを思い出す。

 

「……何って……見ての通り、寝てたのだけれど」

 

 ポリポリと頭を掻きながら霊夢はそう言い、ゆっくりと身体を起こす。幸いにも二度寝をかまそうとしていたことには気付かれていない様子だ。

 

 対する白井は声を荒らげないように耐えながらもこめかみに青筋を立てていた。

 

「少しは悪びれたらどうですの? 一体何をどうしたら風紀委員の支部の床に布団を敷いて寝るという思考に至るのか教えてくださいまし」

 

「だって暑いもん、私の家。冷蔵庫の中身もパーになっちゃうし」

 

 復旧にはまだ時間が掛かるらしい。灼熱地獄は御免被ると霊夢はそっぽを向きながら言う。

 

「はい? ……ああ、一昨日の停電……あなたのご自宅の近くで発生したと聞いてもしやと思いましたが……」

 

「そ。どこかの誰かさんのせいでね。ほんっと、勘弁してもらいたいわ」

 

 やれやれと言わんばかりに霊夢はぼやく。関わるのも面倒なので追及は避けるが、犯人は十中八九御坂美琴(ビリビリ)だろう。

 

 自分の能力を街中で思いっきり使用したらどうなるかとか考えなかったのだろうか。

 

「それに関しては同情しますが……だからといって不法侵入していい理由にはなりませんの」

 

「別に良いじゃない。IDは美緯から貰ってるし、辞める前と変わってないなら泊まり込みで仕事するのも認められてるはずだけど?」

 

「ぐっ……」

 

 確かにその通りではあるが、彼女の場合は仕事ではなく避暑地を求めて来ただけだろう。

 

 しかし、反論したところでどうせ減らず口を叩かれるだけだと白井は諦める。

 

(にしても……この人の寝間着、というか私服姿を初めて見たかもしれませんね)

 

 今の霊夢は御坂といざこざがあった時と同じパーカースタイル。数年の付き合いだが、巫女装束と学生服の姿しか見たことがなかったため白井としては新鮮だった。

 

(……結構似合ってますの。まあ、見てくれ“は”良いですものね)

 

 イメージの無かった格好。それだけあの紅白の印象が強かったということだろう。

 

「……何よ?」

 

「へ? い、いえっ何でもありませんわ」

 

 思わずジッとその姿を見つめてしまった。訝しげな視線を向けられ、白井は慌てながらもどうにかして誤魔化そうと別の話題を切り出す。

 

「そういえば……昨晩も原因不明の爆発が起きたとかで騒ぎになっていたみたいですわね。幸いにも死傷者はゼロらしいですが……どうかしました?」

 

「あー……何でもないわ」

 

 するとこれに霊夢の目が泳ぐ。白井の言う原因不明の爆発というのには心当たりがあった。間違いなくあの戦闘での被害のことだろうが、結構な騒ぎになっている模様である。

 

 人払いを消した後、特に後始末なんてしていないのだから当然と言えば当然だが。

 

「で? 今日もまたレベルアッパーの捜査?」

 

「勿論ですの。明確な悪影響があると判明した以上、早急に取り締まる必要がありますの」

 

 風紀委員が今すべき事は三つ。幻想御手拡大の阻止、昏睡した使用者の回復、そして幻想御手開発者の検挙だ。

 

 しかし、捜査は難航していた。

 

 業者に呼び掛けて例の裏サイトは封鎖したのは良いのだが、今度は希少となった幻想御手を金銭で売買する輩が増え始めている。

 

 ただでさえ使い回しが可能で音楽ファイルであるが故に量産も容易。副作用についても公表しているが、それでも利用者は後を絶たないのが現状だ。

 

「ふうん……」

 

 無駄だと思うけど。とは言わない。事実であろうとその代案を霊夢は持たないのだから。

 

 あの脳科学者、木山春生が動きを見せれば状況は大きく変わるだろうが、それは恐らくまだ先。自身に疑いの目が向いた時か、或いは目的達成寸前になる時だろう。

 

(ったく……トラブルを呼び込むにしても、せめて一個ずつにしてほしいわね)

 

 幻想御手と魔術師。脅威度で優先するならば後者だろうが、だからといって片方を放置する訳にはいかない。

 

 むしろ事を起こした場合、より面倒なのは前者だ。霊夢の予想では意識を失った使用者たちの脳を共有させ、連結させた結果がもたらすのは──。

 

「じゃ、手当たり次第に現場を押さえるとしましょう。いつか手掛かりを得られるでしょ」

 

「……なんか投げやりですわね」

 

 故に、霊夢は風紀委員の方針に従う。とは言っても地道な捜査というものは苦手であるが。

 

 しかし、やるしかあるまい。仕方なく霊夢は名残惜しさを感じながら布団から抜け出すと、おもむろにそのパーカーを脱いだ。

 

「んなッ!? い、いきなり何をしているんですのッ!?」

 

「え?」

 

 突然の行動に赤面する白井。そんな反応に霊夢は頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「何って、着替えないといけないでしょ」

 

「で、ですがこんな人前で……!」 

 

「はぁ? 見られて減るもんじゃないし、そもそも同性なのに何言ってんのよ」

 

「うぐっ……それは、そうですが──」

 

「?」

 

 何故こんなにも慌てているのだ己は。美琴お姉様ならともかく相手はあの博麗霊夢だぞと白井はブンブンと頭を揺らして、邪念を振り払う。

 

 その様子を見ても、よもや己に劣情を抱いているなどとは露程も思っていない霊夢は首を傾げるばかり。

 

「とにかく! さっさと着替えて捜査に行ってくださいまし! 私は先に向かいますので!」

 

 そう言って白井は姿を消す。

 

「……変な奴ねぇ」

 

 取り残された霊夢は意味が分からないといった様子でそう呟き、着替えを続行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「という訳でソレ、回収するから」

 

「ふ、ふざけんなこのアマ──ごはぁ!?」

 

 某所の路地裏。霊夢はネットの書き込みにあった幻想御手の取引現場へと向かい、回収作業にあたっていた。

 

 無論、素直に応じる者はおらず、抵抗するのならば腕尽くで黙らせるのみだ。

 

「これで八個目。多過ぎでしょ、マジで」

 

 地面に転がる音楽ファイルの入った記録媒体?を拾い上げ、げんなりした表情を浮かべる霊夢。活動を始めてから僅か一時間ばかりであるが、既に八件もの取引現場を押さえていた。

 

 空を自由に飛び回る彼女の機動力は下手な空間移動能力者をも凌駕する。場所さえ分かっていれば容易いことだった。

 

「く、糞がッ! 女一人に何やってんだ!」

 

「囲め囲め! 今の俺たちは大能力者(レベル4)だってボコれるんだ!」

 

 三人の男たちが霊夢を取り囲む。そして、各々が炎や氷、風といった様々な能力で攻撃を加える。

 

 口振りからして幻想御手を使っているのだろう。その規模からして低く見積もっても強能力者クラスはあった。

 

「はいはい」

 

 しかし、だから何だというのか。つい昨日聖人の相手をしたばかりの霊夢からすればあまりにもとろく、余所見をしていても避けられる程に生温い。

 

「ごふっ!?」

 

「ぐぎゃっ!?」

 

「がはっ!?」

 

 回避し、近付いて、殴り、或いは蹴る。そんな単調な動作を繰り返すだけで一人、また一人と倒れていく。

 

 あっという間に、男たちは全滅した。

 

「さて……」

 

「ヒィッ!?」

 

 チラリ、と視線を向けた先には、中学生くらいの少女が震えながら立っていた。

 

 彼らから幻想御手を買おうとしたところ値上げされ、恫喝を受けていた人物だ。

 

「……知らなかったのかもしれないけど、これは危険な物だし、こういう目に遭うかもしれないから今後は買わないようにね」

 

「は、はいいいい! すす、すみませぇん!」

 

 そう注意すれば少女は深々と頭を下げ、脱兎の如く逃げ出す。霊夢の容赦のない戦いぶりにすっかり怯えてしまっていたようだ。

 

「……えっと、次の現場はっと」

 

 助けてやったのにあんまりな反応であるが、霊夢は然して気にすることもなく、取引についての情報が記されたメモ帳を見ながらこの場を後にしようとする。

 

「──凄いわね、能力者三人相手を素手で伸しちゃうなんて」 

 

 その時、聞き覚えのある声に足を止める。顔を向ければ予想通りそこには御坂美琴が立っていた。

 

「………………」

 

 しかし、大した関心を示すこともなく、霊夢はその横を素通りする。

 

「ちょっ!?」

 

 思わぬ行動に一瞬硬直してしまうが、慌てて立ち去らんとする霊夢の前へと回り込んで通せんぼした。

 

「この私を無視するんじゃないわよっ!」

 

「……何よ?」

 

 面倒事であるのは明白なため無理矢理突破してやろうとも思ったが、その方が面倒臭くなると判断してとりあえず用件を問う。

 

 昨日の喫茶店では大人しくしていたからあの夜のことは単に気が立っていただけかと思ったが、この様子を見る限りではそうではなさそうだ。

 

「別に、用があった訳じゃないわ。たまたまこの辺を見て回ってたら、あんたの姿を見掛けたってだけ。幻想御手を回収しているんでしょ? 黒子から聞いたわ」

 

「……そう。要するに冷やかしってこと?」

 

「え? そ、そういう訳じゃ……」

 

「こう見えて忙しいのよ、あと何個かは回収しないといけないんだから」

 

「ッ──」

 

 暗にお前なんかに付き合っている暇など無いのだと、そう真っ向から告げられた御坂の顔が歪む。

 

「ほんとムカつくわね、あんた」

 

「あっそ。でも邪魔するってんなら、公務執行妨害でしょっぴくわよ? 臨時でもそんくらいの権利はあるから」

 

「なっ…………!?」

 

 やれるもんなら……と言い掛けたところで口を止める。彼女の物言いは確かに腹が立つが、その内容は至極真っ当であるのだから。

 

「ッ……調べたわよ、あんたのこと」

 

 しかし、そんな正論で引き下がれるほど御坂に堪え性は無かった。

 

「“無重制御(グラビティルーラー)”っていう原石の能力者だってことも、鬼巫女だなんて呼ばれていることも」

 

 あの因縁の夜以降、御坂は博麗霊夢についてネットにハッキングを行ってまで徹底的に調べ上げた。

 

 そして、彼女が自分が知らないだけで意外と有名な人物だったということを知る。都市伝説としても語られる鬼神が如き強さを誇る空飛ぶ巫女……その話の殆どが噂レベルの武勇伝だが、電撃を避ける姿や能力者を素手で瞬殺する姿を見れば納得出来るような内容もちらほらあった。

 

「それと、無能力者狩り事件の時に風紀委員をクビになったこともね……黒子がああも目の敵にする理由が分かったわ」

 

「……で?」

 

 そんな言葉に対して霊夢はだからどうしたと言わんばかりの淡泊な反応。揺さぶりをかけるつもりだったが、どうやら効果は無さそうだった。

 

 人とはああも無関心でいられるものかと驚きながらもならば己の疑問を解決するまでだと問い詰める。

 

「あんたを調べようと思った理由は、その強さの秘密を知る為だった。でも調べれば調べる程、分からなくなった……わざとレベルを低く見せているのは確定として、さっきだって能力を使う素振りすら見せなかったし」

 

 “無重制御”は自身を一定の高さまで浮遊することしかできないという点から異能力者(レベル2)に分類されているが、使用者の少ない重力操作系の能力の一つ。

 

 もしもそのレベルが超能力者クラスであるのならば自在に重力を操ることが可能というとんでもない規模の能力者となるが、それだと爆発を防いだ見えない壁や電撃を避ける程の超反応の説明が付かない。

 

「でさ、あんたに関する噂の中で一つ、面白い話を見つけたの」

 

 御坂は笑みを浮かべる。それを知った時、彼女はより単純な結論に至った。

 

「それによると何と……巷で噂の空飛ぶ巫女さんは、実は“多重能力者(デュアルスキル)”でしたー、って言うのよ」

 

 多重能力者。その呼び名の通り二つ以上の超能力を持つ能力者のことであり、学園都市では特力研を始めとして数多くの実験がなされたが、脳への負担が大きすぎるため実現不可能とされている存在──。

 

 それが実在し、そして霊夢だという。はっきり言って眉唾物であるが、そうであるのならば納得が行く。空中浮遊も、見えない壁も、超反応も、それぞれ別個の能力だと考えれば辻褄が合うのだ。

 

「デュアル……何それ?」

 

「えっ」

 

 しかし、霊夢は意味が分からなさそうに首を傾げる。これには御坂も予想外の反応であり、呆気に取られてしまう。

 

「は? あんた、知らないの?」

 

「普通に知らないけど……名前からして能力が二つってこと? そんな奴がいんの?」

 

「理論上の話よ。過去に色々と実験されてたけど結局脳の処理が間に合わなくて実現不可能だったんだけど……」

 

「ふうん……」

 

 あながち間違いではない。実際霊夢は原理の違う二種類の力を使っているのだから。超能力以外の異能を知らないであればそういった結論に至るのは至極当然のことだろう。

 

 尚、超反応に関しては能力でもなんでもない天性の才であるが。

 

「ねぇ、本当に実現不可能なの? この街なら他人同士の脳味噌くっ付けたり機械に繋げて幾つもの脳を共有させたりしてそうなもんだけど」

 

「え?」

 

 ふと、霊夢は問いかける。御坂の望んだ答えではなかったが、結果として彼女は多重能力者の話題を出すことで霊夢の興味を引くことができた。

 

 昔から気になっていたのだ。彼女の常識では能力は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いや、どこのマッドサイエンティストよ。流石の学園都市でもそんなヤバイことしないでしょ……そもそも脳波のパターンとかが違うから意味ないし」

 

 若干引き気味に御坂が言う。学園都市の裏を知る者が聴けば失笑するような反応だ。

 

「……()()、ねぇ」

 

 つまり、その問題さえ解決すれば多重能力者とやらは実現可能……とまで行くかは知らないが、少なくとも確率は上がりそうだ。

 

 幻想御手使用者が意識を失う理由。それが自身の脳を無理矢理改造された結果、それこそ()()()()に変えられたのだとしたら──。

 

「──いけそうね」

 

「? 何を……」

 

「別に。けどまあ、有意義な会話だったわよ」

 

 黒幕を炙り出す手段。もし御坂と会話しなければ思い付きもしなかっただろう。故に、霊夢は形ばかりではあるが感謝の意を示し、背を向ける。

 

「あ、待ちなさ「公務執行妨害」ぐっ……」

 

 その一言で手を出せなくなる御坂。そんな彼女の姿を一瞥すると霊夢は身体を宙に浮かせ、一気に飛び上がる。

 

 発生した風圧に御坂は怯む。再び視線を向けた時には霊夢は空の彼方だった。

 

「くっ……何なのよ……!」

 

 明らかに異能力者の出せるものではない速度でどんどん小さくなっていく彼女の姿を御坂はただ悔しげに見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 時刻は正午。あの後、一通り仕事を終えた霊夢は小萌宅を訪問していた。

 

(結界は異常無し……侵入を試みた痕跡も無いわね。ま、それくらいの知能はあるか流石に)

 

 破られたとなれば即座に感知できるようにはしてあるが、一応確認しておく。うっかり上条の不幸が発動して基点に触れてしまう可能性だってゼロではない。

 

 とりあえず昨晩から何事も無かったようだ。霊夢は一息吐き、部屋の前へと向かう。

 

 ぴんぽーん。

 

「はいはい今出ますよー。……って博麗か」

 

 チャイムを鳴らせば上条がドアを開けて顔を出す。どうやら小萌は留守のようだ。

 

「遅くなって悪いわね、仕事が忙しかった」

 

「仕事? ああ、風紀委員のことか。昨日からその腕章気になってたけど何だ、復帰したのかお前?」

 

「ただの臨時よ。前に起きた爆弾魔をちょっとボコり過ぎちゃった罰でやらされてるの。非常に不本意だけど」

 

「そ、そうか……」

 

 一年前に霊夢が風紀委員をクビになっていたことを知っていた上条はやっと復職する気になったのかと思ったが、どうやら違うようで少しばかり残念がる。

 

(でも、よくよく考えれば確かに柄ではないよな。博麗が風紀委員って……粗暴だし、血の気が多過ぎるし)

 

「何か妙なこと考えてる?」

 

「えっ!? いえいえっ滅相もございません!」

 

「……分かりやすいわね。ま、どうでもいいけど」

 

 散々な評価と共に認識を改める上条。しかし、そんな思考を表情と持ち前の直感で読み取った霊夢が顔をしかめれば慌てふためきながら首をブンブン振って否定する。

 

「で? インなんとかは?」

 

「インデックスな。もう起きてるぞ、こっちだ」

 

 上条と共に居間へと向かえば、そこには安全ピンで止められた継ぎ接ぎの修道服を着た少女──禁書目録が居た。

 

 彼女は霊夢を視認するとこてん、と首を傾げる。

 

「とうま? この人は?」

 

「ああ、こいつは俺のクラスメイトの……」

 

「博麗霊夢よ。よろしくね」

 

 ただそう名乗り、彼女の前へ立つ。対する禁書目録はこちらを警戒している様子だった。

 

 当然の反応だろう。上条が連れて来ているとはいえ見知らぬ、それも紅白な巫女装束を纏った姿の人物だなんて怪しさ満点だ。況してや彼女は追われている身なのだから。

 

「……もしかして。とうまが言ってたワキ巫女?」

 

「あ?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉。思わず霊夢は半目になり、上条へと視線を送る。

 

「ブフゥ!? あ、いやこれは物の例えでしたね博麗さん。ぶっちゃけお前を表すにはその表現が手っ取り早くて……痛っ!?」

 

 しどろもどろになる上条の鳩尾を軽く小突いて黙らせる。

 

「あんまり調子に乗ってるとしばくわよ?」

 

「も、もうしばいてるじゃねえか……いえ、申し訳ございません」

 

「とうま大丈夫? でも今のは確かに失礼かも。デリカシーが無さ過ぎるんだよ」

 

 呻き声をあげながら踞る上条に禁書目録は心配しながらもそう指摘する。女性に対して腋巫女呼ばわりして謝らずに言い訳すれば怒られて当然だ。

 

 これに上条は何も言えない。馬鹿正直にものを言ってしまい、不幸に見舞われることは少なくなかった。

 

「ねぇ……外の結界は、あなたが張ったってとうまから聞いたけど」

 

 禁書目録が霊夢に問いかける。寝込んでいた彼女だが、目が覚めてすぐにアパートの周りに堅牢な結界が張られていることに気付いた。

 

 すぐに上条に尋ねれば協力してくれている人間がやってくれたと言い、その過程で名前が出たのがワキ巫女なる呼称である。

 

「ええ、そうよ」

 

「じゃあ……あなたは魔術師なんだね」

 

 確信を以て禁書目録は言う。霊夢としては魔術師と同じ括りにされるのは御免被りたかったが、では何なのかと問われればこれまた返答に困り、面倒なことになるので否定はしなかった。

 

「陰陽術と巫術、神道の呪いを織り混ぜた結界術……あんな大掛かりな術式を単独で形成するには相当な造詣の深さが無いと無理かも」

 

「……へぇ、やっぱり分かるんだ」

 

「うん。伊達に頭の中に10万3000冊の魔道書を叩き込まれてないんだよ」

 

 結界を正確に分析してみせた禁書目録に霊夢は感心する。西洋の魔術とはまた仕組みは大きく違うはずだが、記憶している魔道書の分野はかなり幅広いようだ。

 

「でも、そんな凄い魔術師が何でこの街に? とうまはクラスメイトだって言ってたけど……もしかして狙いは私?」

 

「ちょっ!? インデックスッ!?」

 

 疑いの眼差し。明らかに霊夢のことを信用せず、警戒の色を強くしている禁書目録に上条が慌てて割って入る。

 

「博麗は決して悪い奴じゃない。そもそも呼んだのは俺の方なんだ」

 

「でも……」

 

「大丈夫だ。俺を信じろって言っただろ? こいつは俺が知る限りじゃ誰よりも強く、頼りになる奴だ」

 

 上条は確固たる自信を以て言う。彼は霊夢に対して全幅の信頼を置いていた。だからこそ、今回の一件が自分の手に余るものだと理解してから真っ先に彼女へ助けを求めたのだ。

 

 対する霊夢は微妙な表情。だからといって厄介事を持ち込んでくるのは勘弁してもらいたかった。

 

「安心しなさい。カビ臭い本の知識なんかに興味は無いわよ。推理小説読み漁ってる方がよっぽどタメになるわ」

 

「……本当に?」

 

「ええ。この街に居る理由はまあ……色々と込み入った事情があんのよ。今は魔術なんて関わり合いたくもない、ごく普通の女子高生だと思ってちょうだい」

 

「いや、ごく普通の女子高生はそんな巫女服で徘徊したりしないと思うんですが」

 

「あ?」

 

「何でもございませんよ! えぇはい!」

 

「……分かったんだよ。確かに悪い人には見えないし、とうまがそこまで言うんだったら信じるよ」

 

 その説得を受け、禁書目録は顔をしかめながらもあっさりと引き下がる。

 

 それは一重に上条の言葉だからだろう。どうやら自分が居ない間に二人の間にここまでの信頼関係を築くような出来事があったようだと、霊夢は察する。

 

(……相変わらずね。人誑しって言うんだっけ? こういうの)

 

 上条当麻とはそういう人間だ。底抜けの善性故か、不思議と他者を惹き付けて止まない。

 

 彼に感化され、絆された者は多く、中には恋愛感情を抱く者まで居た。そんな()()()を幾つも建設するため土御門や青髪から嫉妬されている面もあったが、霊夢はむしろ同情していた。

 

 だから、いつも損をする。不幸だと嘆きながら他者の為なら己が傷付くことすら厭わないその在り方は愚かと言う他無く、ただ呆れるしかない。

 

「難儀なものねぇ……」

 

「ん? どうした?」

 

「何でもないわ。──ところで、インデックス。あなたは魔術は使えるの?」

 

 一先ずは味方だと認識してもらえたタイミングで霊夢は改めて禁書目録へ質問する。

 

 これに上条は首を傾げた。昨日から事情聴取をするとは言っていたが、真っ先に尋ねるのがそれなのかと。

 

「ううん。私には魔術を使うのに必要な魔力を練ることが出来ないんだよ」

 

「……そ。やっぱりね」

 

「え?」

 

 合点が行ったと言わんばかりに霊夢は頷く。その視線は禁書目録を見ているようで、もっと()()()を見据えていた。

 

 彼女はあっさりと、正解を導き出す。

 

「結論から言うと、あなたが魔力を練れない理由は体質とか才能の問題じゃないわ」

 

「!? ど、どういうこと?」

 

「昨日から違和感は感じていたけれど、今確信したわ。あなたは“呪い”を掛けられている。……恐らく体内にね」

 

 ──そして、衝撃的な事実を告げた。




風紀委員の仕事をしつつビリビリに絡まれ、魔術師の対処もしないといけないハードスケジュール……どれもこれも原作の時系列がギチギチなのがいけない。
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