とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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マルチスキルって色んな能力の使い方とか合体技とか思い付いちゃうよね



多才能力

 

 

 ──とある高層ビルの屋上。

 

 誰かが柵の上に座りながら、喧騒に包まれる学園都市の街並みを見下ろしていた。

 

「~♪」

 

 足をプラプラとさせ、鼻唄交じりでその者は耳に嵌めたイヤホンから流れる音楽に耳を澄ます。

 

 “Level Upper”

 

 繋がれた音楽プレイヤーの画面にはそう表示されている。自身の脳波が他人のものへ書き換えられる感覚を確かに感じながら、しかし()()は愉しげな笑みを浮かべ──。

 

「────ー」

 

 その意識を、手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 一方その頃。白井と御坂は病院に居た。

 

「お姉様! 警備員が木山春生と初春を捕捉しました!」 

 

 つい先程。幻想御手の被害者が脳波を弄られている事が判明し、更にその脳波と一致した人物が木山春生だった。

 

 直ぐ様初春へと連絡したが、音信不通。警備員へ通報し、現在に至る。

 

「本当ッ!? どこなのッ!?」

 

 鬼気迫る表情で御坂は問う。被害者たちをずっと診察していたカエル顔の医者が語るには、幻想御手の本来の目的は使用者の能力を引き上げるものでは無い。同じ脳波のネットワークに取り込まれる事で、能力の幅と演算能力を一時的に上げてはいるが、それはあくまで副次的な産物たという。

 

 その本来の目的は未だ見えないが、これだけの被害を出しているのだ。兎に角止める必要がある。

 

 一方、白井は御坂に木山の場所を伝えながらも携帯を耳に当て、誰かに電話を掛けていた。

 

(~~~~~! あなたはこんな時に一体何をやっているんですのっ!?)

 

 何度電話しても一向に応答しない相手──博麗霊夢に思わず下唇を噛む。

 

 真っ先に木山春生へ疑いの目を向けていたのは彼女だ。否、恐らくあの時点で既に一連の事件の黒幕であると確信していたに違いない。

 

 だからこそ、白井も木山の動向を警戒し、共感覚性の仕組みに気付いた時、脳波パターンを確認する前から彼女の犯行であると理解するのは容易かった。

 

 大脳生理学というその手の分野のプロが学生二人が行き着いた推理に気付かぬはずがないのだから。

 

「黒子! あれ!」

 

「はい? 何です──なぁっ!?」

 

 すると御坂に肩を揺さぶられる。何事かと指差された方向へ視線を送るとそこにはテレビが設置されており、その画面に流れる映像に目を剥く。

 

 何と、()()()使()()()()警備員の部隊を壊滅させる木山と、空を舞う紅白の巫女の姿が映されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 轟音が鳴り響く。

 

 風が巻き起こり、無数の瓦礫が飛び交い、豪雨のように降り注いで止まない。

 

「────」

 

 その中に、霊夢は居た。傷一つ無く、“面”による制圧攻撃を、まるで“点”による攻撃に過ぎないと言わんばかりに潜り抜けていた。

 

「そこ」

 

 ヒュン! と針が瓦礫と瓦礫の隙間を正確無比に通り抜けて木山の脳天へと向かう。

 

「!」

 

 しかし、木山は弾くように腕を振るい、その軌道を在らぬ方向へと逸らす。

 

 ──念動力(テレキネシス)だ。

 

「ふむ、恐ろしいな。私を殺すつもりだったろう、今のは」

 

「どうかしらね──」

 

 想定内。霊夢は既に瓦礫の渦から脱け出し、間合いへと入っていた。

 

 ぐんっと柄が伸びた大幣が胴へ向けて振るわれる。

 

(…………! 先程の針は防がれるのを見越していた、単なる陽動だったか。だが──)

 

 すると木山の身体から電流が迸る。青白い閃光が空気中へと放たれ、大幣とぶつかり、バチィという弾ける音が響く。

 

 電撃使い(エレクトロマスター)。大幣は木山に届くことなく、放電を打ち消すのみに留まった。

 

 これに霊夢は舌打ちしながらも動きを止めることなく、くるりと空中で一回転し、今度は後ろ蹴りを頭目掛けて放つ。

 

「くっ──」

 

 木山は上腕で受け止め、しかし想像よりも重い一撃に僅かに後退してしまう。その隙を突いて、霊夢は更にもう一発蹴りを繰り出すが──ー。

 

「!」

 

 その前に木山の姿が搔き消える。代わりに、濁流が如き水の塊が襲う。

 

 今度は空間転移(テレポート)水流操作(ハイドロハンド)。即座に後退して水滴一つすら当たらずに避ける霊夢だったが、木山の姿を見失ってしまう。

 

 そして、背後から無数の火炎弾が飛んでくる。

 

「!」

 

 完全なる不意打ち。しかし、霊夢は前を向いたまま難なくこれを避け、振り向き様に針を投げつける。

 

 そこには転移した木山が居た。

 

「おっと、後ろにでも目が付いてるのかね? 君は」

 

 ガガガガガッと工具で釘が打ち付けられるような音と共に針は間に挟み込まれた瓦礫の壁へと突き刺さった。

 

「離れた所からチマチマと……」

 

 僅かに顔をしかめ、心底面倒臭そうに吐き捨てる霊夢。その眼光は冷たく、刃のように鋭かった。

 

「生憎と運動は得意ではなくてね」

 

 対する木山はそんな凍てついた視線に臆することなくそう言う。

 

(ふむ、大能力者(レベル4)相当の肉体強化を使用していたのだが……彼女の脚力はそれ以上ということか? 肉弾戦は避けた方が良いな)

 

 先程蹴りを受け止めた上腕に軋むような痛みが走る。普通に受けていたら骨折は免れなかった。

 

 あの大幣といい、一撃でも浴びれば戦闘不能になると考えた方が良いだろう。

 

 故に、方針は決まる。幸いにも投擲されるあの札と針は能力で充分に防御可能であるし、数には限りがあるはずだ。

 

「馬鹿な……学生じゃないのに、能力者だと……!?」

 

「しかも複数の能力なんて、有り得ないぞ! どうなってやがるんだ!?」

 

 一方、壊滅状態に追い込まれながらもどうにか生き残っていた警備員たちはその光景に目を疑う。

 

 能力開発を受けていないはずの大人が、それも複数の能力を使う。学園都市の常識を覆す事態とその圧倒的な力に多くの者がパニックに陥る。

 

「あれは博麗じゃん? 一体何がどうなって……」

 

 その中の一人、黄泉川愛穂は他の者と比べて幾分か落ち着いていたが、それでも困惑の色を隠せなかった。

 

 何せ自分たちにとって理外の化け物を相手に渡り合っているのは、自分が勤務する高校に通う問題児だったのだから。

 

「……デュアルなんとかね」

 

「違うな。私のこれは実現不可能とされるそれとは方式が違う。尤も、多重能力者(デュアルスキル)自体は既に()()が発見されたようだがね」

 

 霊夢の呟きに木山は淡々とそう言い放ち、手を向ける。するとそこから竜巻が発生し、同時に火炎に包まれた。

 

「言うならば、多才能力(マルチスキル)だ」

 

「──どっちも似たような意味でしょ」

 

 空力使い(エアロハンド)発火能力(パイロキネシス)の合わせ技。視界を覆い尽くす巨大な炎の奔流に対し、霊夢は避ける素振りすら見せずに──それを叩き割った。

 

 轟!! と二つに断たれた炎が吹き荒れ、やがて自然消滅する。無造作に振り下ろされた大幣によって引き起こされた科学的には到底有り得ぬ現象。

 

 然れど、木山の表情は変わらない。“原石”というのはかくあるべきものなのだから。

 

「出鱈目だな、もはや己の強さを隠すつもりはないか。──ならばこれはどうだ?」

 

 パチンと指を鳴らす。決して攻撃の手を緩めることはない。少しでも間隔を空ければ即座に距離を詰めてくることを理解しているが故に。

 

 次の瞬間、霊夢を取り囲むように四方八方に無数の()()()が出現する。

 

「──チィッ!!」

 

 それを見て何が起きるか察した霊夢は即座に回避行動を取る。

 

 ボコッと空き缶は一斉に凹んでいき──爆発した。

 

 虚空爆破(グラビトン)事件の再現。それだけでは止まらず、木山は間髪入れずに更に空き缶を幾つも出現させ、連鎖的に爆発を起こしていく。

 

 その規模は木山自身すら巻き込む程であったが、彼女は念動力で近くの瓦礫を操作して自身の目の前に壁を作り、防御しながら高速道路の下へと避難した。

 

「ふぅ……やり過ぎたか? 跡形も無く消し飛んでないと良いのだが」

 

 崩落する道路。爆発が止み、砂塵が煙幕のように周囲を覆い隠す。木山は透視能力(クレアボイアンス)を使用し、隈無く確認するが、霊夢の姿は見えない。

 

(どこに…… ──ッ!?)

 

 針と札が降り注ぐ。転移することでそれをギリギリ回避した木山はバッと空を見上げる。

 

「──やってくれたわね」

 

 霊夢が飛んでいた。どうやら爆風に乗って遥か上空へ逃れていたようだ。

 

 相変わらず無傷のまま、汗一つ搔いていない彼女に木山は目を見張る。

 

「あれすら凌ぐとは……流石は岡崎夢美のお気に入り、という訳か」

 

 常識から逸脱した存在。木山は博麗霊夢という人物のことを知った時からそう認識していた。そして、今の戦いぶりを見たことでその見解が何ら間違っていなかったことを確認する。

 

(さて、どうしたものか。いっそのこと隙間無く絨毯爆撃を繰り返すしか──ッ!?)

 

 その時、頭上に雷が落ちる。

 

 咄嗟に木山はアスファルトの地面を隆起させて壁を作り、防御を行う。

 

「ちっ 防がれたッ……」

 

「……やれやれ。君まで来てしまったか」

 

 視線を向けると、学園都市超能力者第三位──御坂美琴がそこに立っていた。

 

 しかし、木山に動揺は見えない。幻想御手事件に関わっていると知った時点で彼女も仮想敵の一人として考慮していた。

 

「……何の用?」

 

 一方、霊夢は思わぬ乱入者に対して怪訝な視線を向ける。

 

「は? 決まってるでしょ。あいつを取っ捕まえに来たのよ。というかあんた、初春さん見なかった?」

 

「あー? あの子なら……」

 

「彼女なら向こうの車の中で眠ってもらっている。戦いに巻き込まれてしまうかもしれないからね」

 

 御坂の疑問に木山がそう答える。

 

「……本当でしょうね?」

 

「ああ、勿論だとも。私の目的は彼女らを傷付けることではないからな」

 

「どの口が……!」

 

 じろりと御坂は木山を睨む。片目を赤く充血させたその風貌は以前会った時とは雰囲気が全く異なっていた。

 

 未だに信じられない。一介の科学者に過ぎないはずの彼女が能力を使い、これだけの惨状を作り上げるなんて……。

 

「本当に、複数の能力を使ってるのね。正真正銘の多重能力者(デュアルスキル)──あれが幻想御手の力だっていうの?」

 

 幻想御手で作った約一万人もの巨大なネットワーク。それを操り、“一つの巨大な脳”とすることで、理論上不可能とされた多重能力者を実現させた……と、数少ない情報を読み取り、御坂はその考えに至った。

 

「博麗さん。──あんた、このことに気付いてたわね? 何で教えてくれなかったの?」

 

「別に。特に理由は無いわ」

 

「はぁ? ふざけないでくれる?」

 

「私は至って真面目よ。というか、教えたところでどうなるってのよ」

 

「ッ! あんたねぇ……!」

 

 恐らくはあの時。御坂が多重能力者の話題を出した際に霊夢は妙に納得した様子だった。その時点で幻想御手がもたらす副産物(マルチスキル)、そして脳波を無理矢理弄くられていることにも気づいたのだろう。

 

 その推理力には脱帽するが、報連相がなってなさ過ぎる。自分でなくとも固法や白井辺りにそれを伝えていればもっと早く真相に辿り着くことが出来たはずだ。

 

「──けどまあ、少し楽観的過ぎたかもね」

 

「え?」

 

 ぼそりと呟かれた言葉は、御坂の耳には届かなかった。

 

「ふむ……君たちの仲が何やら険悪なのは幸運と言えようか。流石に博麗霊夢に加え、超能力者(レベル5)まで相手にするのは──些か骨が折れる」

 

 木山はそう呟くと共に無造作に腕を振るう。それだけでアスファルトの路面が翻り、砕けた破片が散弾のように降り注ぐ。

 

「「!」」

 

 霊夢は空中へと逃れ、御坂は電撃を放ち、それらを相殺する。

 

「そりゃ随分と見積もりが甘いわね……!」

 

 バチバチと青白い火花が散る。御坂の前髪辺りから迸る高圧電流が槍の如く放たれた。

 

 先程よりも電流も電圧も遥かに上。そう易々と防げるような攻撃ではないが──。

 

「──無駄だ」

 

 しかし、雷撃の槍は木山に届くことはなく、彼女が展開したバリヤーのような障壁に阻まれ、そのまま離散してしまう。

 

「なっ」

 

「複数の能力を駆使して作り出した誘電力場……君の能力については充分に調べ上げ、対策済みだ。一万の頭脳を統べる私に君は勝てないよ」

 

「……ッ! 電撃を無効化したくらいで良い気にならないでくれるっ!?」

 

 得意気に微笑する木山に御坂はこめかみに青筋を立てて、次なる攻撃を仕掛ける。

 

 どうやらあの障壁は電気を分散させる、避雷針のような性質を持つようだ。ならばと御坂は磁力を操ることで周囲の砂鉄を一点に集め、巨大な鉄の塊を形成する。

 

 その一粒一粒がチェーンソーのように小刻みに振動しており、触れたものをズタズタに切り裂く。

 

「これでもくらいなさい!」

 

「流石に超能力者の電撃使いともなれば手数は豊富だな。尤も──」

 

 サッと木山は手を翳す。

 

「手数の多さで今の私に優る者など居ないがね」

 

 炎、竜巻、水流、電撃──様々な属性の攻撃が一斉に放たれ、砂鉄と激突し、そのまま押し返した。

 

「くっ……嘘でしょ……!?」

 

 驚愕する。能力は同時に一種類しか使えない、などとは流石に思っていなかったが、精々二つか三つが限度だと予想していた。

 

 まさかこうも多種多様な能力を一緒に使用出来るとは。しかもそのどれもが大能力者相当の威力があった。

 

「──惚けている暇はないぞ」

 

 そして、砂鉄が消し飛んだ衝撃に怯んだ御坂の隙を突くように木山の横から巨大な物体が砲弾の如く射出される。

 

「ッ!?」

 

 それは警備員が保有する護送車だった。恐らくは道路の崩落に巻き込まれたもの。電磁バリア程度では防げないし、砂鉄で防御するのは間に合わない。直ぐ様電撃で破壊しようとするが、高速で向かってくるそれを対処するには、あまりにも反応が遅過ぎた。

 

「しまっ──」

 

 轢かれる。そう思い、身構えた次の瞬間。ぐしゃり、と護送車の側面部が凹み、横へ吹っ飛んだ。

 

「へ……?」

 

「──何やってんのよ」

 

 何が起きたのか、思わず間抜けな声を出してしまい、ぽかんとする御坂。視線を送ると足を突き出した霊夢がそこに立っていた。

 

(……ハッ!? まさか蹴ったの!? 車を!?)

 

 唖然とする御坂。対する霊夢はそんな彼女を気だるげに首を回しながら一瞥する。

 

「大丈夫?」

 

「っ、余計なお世話よ! あんたに助けられなくなってあんな攻撃くらい……」 

 

「あっそ。ま、一緒に戦うってんなら、精々足を引っ張らないことね」

 

「なっ……それはこっちの台詞よ!」

 

 上から目線な物言いに御坂は声を荒らげて言い返すも霊夢はどこ吹く風。既に視線を外し、木山を見据えていた。

 

(あからさまにこっちが近付くことを警戒しているわね……教授(あいつ)の名前を口にしていたけれど、“夢想封印”とかは知らないようね)

 

 そもそも木山は科学サイドの人間。ならば非科学(オカルト)について知らないか、そこまで詳しくないのは当然か。

 

 遠距離に徹すれば勝てると思っているようだが、それはむしろ霊夢の得意分野。“弾幕”を張れば制圧することは容易い。

 

 しかし、怒り心頭とはいえこんな公の場でそんなことをすればどうなるか考えられるくらいにはまだ冷静だった。

 

 それでもそれ以外に手がなければ迷いなく実行するつもりではあった。

 

「ちょっと! 無視すんな!」

 

「──美琴」

 

「え? な、何よ?」

 

「援護してちょうだい。私が突っ込んであいつをぶん殴るから、露払いよろしく」

 

 故に、御坂の乱入してきたことはこれ以上なく都合が良かった。

 

 簡潔にそう告げると、霊夢は返答を待たずして飛び出す。同時に木山がそれを撃墜せんと再度攻撃を仕掛ける。

 

「ちょ、何勝手に……ああもう……!」

 

 悪態を吐きながら御坂は電撃を放ち、木山の攻撃が霊夢へ届く前に相殺される。非常に癪ではあるが、電撃も砂鉄も通用しない以上、それが最適解なのは彼女も理解していた。

 

「────」

 

 瞠目する木山。次なる手を打とうとするも、既に霊夢は目と鼻の先の位置まで迫っていた。

 

(空間転移で……いや駄目だ、間に合わん!)

 

 あまりにも速い。辛うじてそう判断するや否や木山は回避から防御へと切り換え、瓦礫を操作して盾にしようとするが──。

 

「何ッ!?」

 

 防御自体は間に合った。分厚い瓦礫は槍のように突き出された大幣とぶつかる。

 

 しかし、予想外だったのはその勢いが止まることなく、瓦礫を貫通したこと。

 

 大幣はそのまま木山の肩口へ突き刺さった。

 

「がっ……ぁ……ッ」

 

 肩口に激痛が走る。出血はしていないが、骨に皹が入ったのは確実だろう。

 

「ちっ……」

 

 手応えから狙っていた胴体から軌道が逸れたと悟った霊夢は小さく舌打ちし、大幣から手を離すと瓦礫を飛び越えて木山の懐へと入り込む。

 

「ッ……させるか……!」

 

「!」

 

 しかし、追撃を加えるよりも先に木山を中心に衝撃波が発生し、周囲一帯を吹っ飛ばす。

 

 当然霊夢も吹き飛ばされたが、即座に体勢を整える。

 

「ちょ、大丈夫なのッ!?」

 

「……平気よ」

 

 それを見て心配する御坂の言葉に淡々とそう返しながら霊夢は木山をその凍てつくような視線で見据え続ける。

 

 苦痛に顔を歪め、ゼェゼェと息を切らすその姿にはもう、先程の余裕は存在していなかった。

 

 仕留め損なったが、かなり追い詰めた。先程のように御坂が攻撃を相殺してくれればたとえ空間転移で逃げ続けようと、いずれ捕捉することが出来る。

 

「流石に……君たち二人を同時に相手にするのは、無謀が過ぎたようだ。過剰な力を得てしまって、つい全能感を感じてしまった」

 

「そう。降参するなら今の内よ? このままじゃ勢い余って殺しかねないし」

 

 霊夢が徐に手を伸ばす。すると瓦礫に刺さっていた大幣が抜け、まるで引っ張られるかのように彼女の手元へ戻っていく。

 

 一方、御坂は原理不明なその現象よりも彼女の発言に眉をひそめる。

 

「ちょっと、今殺すって……」

 

「あん? 単なる冗談よ。ま、一生寝たきりにはしちゃうかもしれないけど」

 

 何てことのないかのように、素面でそんなことを言ってのけてしまう霊夢に対し、御坂は言い知れぬ恐怖を感じた。

 

「恐ろしいな。だが、私がこんなところで立ち止まる訳にはいかないんだ。──たとえ誰が相手であろうと」

 

 どこまでも淡々と、しかしながら決意と覚悟に満ちた声で木山はそう誓言し、手を翳す。

 

 次の瞬間。空中に無数の()()()が出現し、粉雪のように舞う。

 

「なっ、あれって!?」

 

「またそれ? ワンパターンね」

 

「私は初見なんだけど、爆弾って認識で良いわよね……!?」

 

 量子加速(シンクロトン)による重力量子爆弾。これだけの量が一斉に爆発すればとんでもない規模になるだろう。

 

 先程それを直に体験した霊夢は厄介だと思いながらも冷静にそれを見据え、御坂は驚きながらもあの事件を思い出すと即座に対応する。

 

 広範囲に電撃を放ち、こちらに被害が及ぶ前に爆発させていく。

 

「はっ どんなもんよ……!」

 

(やはり超能力者は厄介。あちらから潰すとしようか)

 

 霊夢は既に迫って来ている。しかし、木山はそれの対処よりも片割れを排除することを優先した。

 

 この距離からならば、転移も爆発もより精密な操作が可能なのだから。

 

「! ──美琴! 後ろ!」

 

 これにいち早く気付いた霊夢が足を止め、バッと振り返って叫ぶ。

 

「え──ー?」

 

 本来なら電磁波で探知出来たはず。しかし、彼女は多少喧嘩慣れしている程度で能力を除けばごく普通の中学生の少女に過ぎない。

 

 故に、油断してしまった。()()()()()()()()()()()()()に気付くと同時に、それは爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……上手く行ったみたいだな」

 

 砂塵が舞う中、地に伏せる御坂を見下ろしながら木山はふぅと一息つく。

 

「君が()()()()()()()()()()で助かったよ。元より殺意があれば……単独でも敵わなかったかもしれない。ところで──」

 

 轟!! と空を薙ぐ音と共に、背後へと回り込んでいた霊夢が大幣を振るう。

 

 しかし、その一撃は木山の身体をすり抜けるように空振りした。

 

「!」

 

「君は光と闇、どちら側の人間なのだろうね?」

 

「……幻術の類いか」

 

 同時に霞のように姿が掻き消える。空間転移ではないその現象に霊夢は怪訝そうに顔をしかめた。

 

 いつの間にか木山は背後に立っていたが、それが本物ではないことは分かっていた。

 

「ご名答。偏光能力(トリックアート)に蜃気楼や認識阻害も組み合わせている……君の並々外れた直感の鋭さについてはとても有名だが、見破れるものなら見破ってみたまえ」

 

 別々の場所から声が屋外にもかかわらず反響して聴こえてくる。これも何らかの能力だろうか。

 

 辺りを見回しながら霊夢は様子を伺う。仮に木山の居場所を特定したところで空間転移や他の能力にも対応しなければならない。

 

 ここまで来るといよいよもって“弾幕”による範囲攻撃で辺り一帯を吹き飛ばすしかないが……。

 

「次はコソコソと隠れるつもり? 見た目通り陰気な奴ね」

 

「酷い言い草だな。より適した戦法を講じているまでさ。しかし……私もあまり時間は無駄にしたくない。どうだ、もう止めにしないか?」

 

「あん?」

 

 眉をひそめる霊夢。今更退けと? この女は一体何を言っているのだろうか。

 

「このまま逃亡すれば君は地獄の果てまで追ってくるだろう。私の目的はこの力をひけらかすことではなく、ある研究がしたいだけだ。事が終われば使用者たちは後遺症一つ残さず無事に解放するつもり……いや、君相手に憶測で物を言ってはいけないな。解放するとも、必ず」

 

「……“研究”、ねぇ」

 

「無論、その後なら出頭する。君の怒りや裁きも甘んじて受け入れよう。だから頼む……ほんの少しだけ猶予を与えてくれないか」

 

 こいつもだ。魔術師らしくなかった神裂火織と同じくこの木山という女も霊夢の知る学園都市の科学者(ろくでなし)共とは何かが違う。

 

 そこにあるのは覚悟か、切実さか、それとも善性か。どちらにせよ、この手段は彼女の望むところではないのであろう。

 

 しかし──。

 

「くだらない。何でそこまで必死なのか知らないけど、ぶっちゃけどうでもいいわ。私はただムカつくからぶっ飛ばす。それだけよ」

 

 弱者たちの夢を軽んじ、踏みにじった。霊夢は彼らの気持ちを理解出来ないし、今後も知ることは出来ないだろう。

 

 だからこそ、これはせめてものケジメだった。

 

「……後でならいくらでもぶっ飛ばしてくれて構わないのだが、仕方あるまい。──私も全力で応戦するまでだ」

 

 睨み合う両者。舞台は一対一に戻り、仕切り直し。再び熾烈な戦闘が始まろうとし──。

 

「──そこよ、美琴」

 

「!?」

 

 ぴしり、と指差す。瞬間、木山は目を見開いて後ろを振り返るが、反応するよりも早く気絶していたはずの御坂に抱き付かれる。

 

「やっと、捕まえた……!」

 

「っ、何……」

 

「この距離なら防ぐことは出来ないでしょう!? 直接電撃を味わわせてやるわ!」

 

「馬鹿な、何故私の位置が──」

 

「残念。私は常に電磁波を張っているから居場所はすぐに分かるのよ!」

 

 してやったりと笑みを浮かべ、得意気にそう言い放つ御坂。この距離ではあのバリアで防ぐことは叶わず、能力を使用して吹き飛ばそうにも木山の持ち得るあらゆる攻撃手段よりも早く電流が彼女の身体を直接伝って放たれるだろう。

 

 これに木山は動揺を隠し切れない。如何にして自らの位置が解ったのか。御坂ではない、己をこの位置まで誘導していたであろう霊夢に対してだ。

 

 幻覚などとうに見破っており、あまつさえ御坂が気絶したフリをしていたことにも気付いていたというのか。

 

 一体、どうやって──? 

 

「勘よ。とても有名らしい、ね」

 

 そんな困惑の表情に対し、霊夢はさも当たり前のように身も蓋もない一言を告げる。

 

 ──絶句したまま、木山は青白い閃光に包まれた。

 

「がっ……!?」

 

(獲った……ッ! ──えっ?)

 

 感電し、呻き声をあげる木山を見て御坂が勝利を確信した次の瞬間である。

 

『せんせー』

 

『木山せんせー!』

 

 子供の声と姿が、頭の中に流れ込んできた。

 

(なに、これ……?)

 

『私が……教師に? 何かの冗談ですか?』

 

『……厄介なことになった。だが、実験を成功させるまでの辛抱だ』

 

『よろしくおねがいしまーす!』

 

『やーい、ひっかかった、ひっかかったー』

 

『せんせー、モテないだろ。おれが付き合ってやろうかー』

 

『私でも、頑張れば大能力者とか超能力者になれるのかなぁ』

 

『私たちは学園都市に育ててもらってるから、この街の役に立てるようになりたいなー』

 

『センセーのこと、信じてるもん。怖くないよ』

 

 それは、木山の記憶、思い出。彼女が一万人以上もの学生を巻き込んで今回の事件を引き起こした、動機だった。

 

『被験体5番、7番、12番、意識レベル低下! ダメです、これ以上……!』

 

『とっとと非常用の薬液を投与しろ! このままじゃ、被験者たちが……』

 

『あー、いい、いい。浮足立ってないで、記録を取りなさい。……よくやってくれた、木山君。君にはこれからも期待してるよ』

 

『実験はつつがなく終了した。君たちは何も見なかった。いいね♪』

 

 老人が悪辣な笑みを浮かべる。己の研究欲を、好奇心を満たす為ならば手段を選ばず、如何なる犠牲を厭わない、人命を何とも思わない狂った科学者(マッドサイエンティスト)が居た。

 

 御坂は知らない、この学園都市では、ありふれた悲劇の一つ。

 

 ──スクリーンに映し出されるように流れていた映像が突然暗転する。

 

『へぇ……記憶を覗いちゃうなんて。偶然の産物とはいえ超能力ってのも面白いじゃない』

 

 声がした。妖艶で、然れど溌剌とした少女の澄んだ声。先程のような記憶の再生ではなく、確かにこちらへ語り掛けてくる。

 

『胸糞悪い話でしょう? 貪欲であるべき研究者にしては些か真っ当過ぎたわね、モルモットに情を抱くなんて。おまけに足掻いたところですべては掌の上……あまりにも滑稽で可哀想で同情しちゃうわ』

 

 くすり、と笑う。妙に芝居がかった、小馬鹿にするような物言いに御坂は眉をひそめ、また得体の知れなさを感じた。

 

『──だからこそ、利用させてもらった。興味深い計画だったし、大勢を巻き込むなら、どんな形であれあいつの気を引ける』

 

 ある意味で御坂は幸運であった。意図せぬ形で彼女は気付くことが出来たのだ。

 

 今回の事件の切っ掛けになった街の影に潜む闇、底知れぬ悪意の数々。

 

『このままもう少しだけお話したいところだけど、生憎とまだ仕事中なの。だから、また会いましょう?』

 

 そして──。

 

『──霊夢によろしくね』

 

 まだ見ぬ脅威の干渉を。

 




黒子「お姉様の露払いは私の役目ですのに!」

霊夢「いや、あいつが“私の”露払いなんだけど」

黒子「は?」

霊夢「あ?」


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