とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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ファンタスティック・ビースト


幻想猛獣

 

 

「い、今のは……?」

 

 遠い追憶、しかしまるで一瞬のことのように現実へ引き戻された御坂は困惑する。

 

 今流れ込んできたのは間違いなく木山の記憶。しかし、だとしたら最後に語り掛けてきた少女の声は何だったのか。

 

「見られて、しまったか……」

 

 すると木山がこめかみを押さえながらふらふらと身体を起こす。どうやら御坂が己の記憶を垣間見たことに気付いているようだ。

 

「あの実験の正体は“暴走能力の法則解析用誘爆実験”。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものだった。……あの子たちを、使い捨てのモルモットにしてね」

 

「!! 人体、実験……だ、だったら、それこそ警備員に……」

 

「23回、私があの子達の快復手段を探るため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行う為に樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用を申請して却下された回数だ」

 

 忌々しげに、木山は語る。

 

「統括理事会が主導していた実験なんだ。上が動く訳がない。その犬である警備員もまた同様に」

 

「そんな……」

 

「……何の話をしてんの?」

 

 唐突に進む会話。これに傍らで見ていただけの霊夢は首を傾げる。

 

 しかし、攻撃は加えない。木山は既に満身創痍であり、能力を使用する気力はなく、立つことさえ覚束ないまでに疲弊していた。

 

「だから、幻想御手を開発して演算装置として代用しようと……」

 

「ああ、そうだ! あの子たちを救うまで……負ける訳にはいかないんだ! たとえこの街の全てを敵に回しても!」

 

「ふうん……それが“ある研究”って奴ね」

 

 大体分かった。口振りから察するに木山の目的は誰かを助けることであり、それを何らかの方法で知った御坂は動揺しているのだろう。

 

 違和感の正体はこれか。至極当然の理由であり、実に簡単な結論であった。木山春生という人間は霊夢の知る学園都市の多くの科学者共と違って善人であり、このような犠牲を強いる手段を取ったのもそうまで追い詰められたが故だったということなのだろう。

 

 で、あるとするならば──。

 

「関係無いわ。後で話は聞いてあげるから、大人しくぶっ飛ばされなさい」

 

「は?」

 

「ッ……だろうな、君はそういう人間だ」

 

「なっ……! 待ちなさ──」

 

 霊夢は大幣を振り上げ、有無を言わさずに木山へと殴り掛かる。慌てて御坂が止めようとするが、間に合わない。

 

 対してもはや抵抗する力すらない木山は、その迫りくる断罪の一撃に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 もっと、もっと力があれば──。

 

「ぐ、…………!?」

 

 その時だった。突如として木山の後頭部から何かが突き破るように生え、大幣を防いだ。

 

「…………!」

 

 それは半透明の、触手のような物体だった。

 

 あれだけのダメージを受けてまだ能力が使えるのかと霊夢が舌打ちするも、とうの木山本人も予想外だったらしく驚愕に目を見開いていた。

 

「これは……!? まさか、ネットワークが暴走して……虚数学、……いや、ちがっ、なんだ、ナニカが、幻想御手のネットワークに侵入して処理を書き換え────ギッ、があああああああああ!?」

 

 脳がパンクするような激痛。木山は頭を抱えて唸り声をあげてそのまま倒れ伏してしまう。

 

「……あん?」

 

「ちょっ、大丈夫……っ!?」

 

 そして、孵化するように、開花するように、ソレが()()()()

 

『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!』

 

 咆哮、或いは慟哭の如き産声が響き渡る。

 

 幾本もの触手を生やした、未熟な胎児のような姿をした異形が、木山と同じ真っ赤に染まった双眸でギョロリとこちらを睨む。

 

「なに、これ……?」

 

 突然現れた、理解し難い存在を眼前に御坂は言葉を失う。

 

「喧しい」

 

 バシュッ!! ──と、次の瞬間、ソレの頭部が消し飛んだ。

 

「何なのこいつ? 妖怪?」

 

 たたりもっけみたいね、などと言いながら霊夢は突然現れた化け物に対して怪訝な表情を浮かべる。宛ら某エイリアンかの如く木山の脳内から突き破ってきたように見えたが、どうやら彼女自体は負傷した様子も無く生きているようだ。

 

 ならばこれも能力か? 出現方法からして物理的な肉体を持たぬ精神的な存在だと思われるが……これはまるで──。

 

「は──?」

 

 御坂は呆気に取られる。それを行ったのは十中八九霊夢だろうが、その動きは全く見えず、何の予備動作も確認出来なかった。

 

「ちょっ、あんた、今何して……」

 

「話は後にしなさい。まだ終わってないみたいだから」

 

「え?」

 

 先程の攻撃に関して御坂が問い詰めようとするが、霊夢にそう言われ、異形へと視線を向ける。

 

 すると消し飛んだはずの頭部が逆再生されていくように修復されていっているではないか。

 

「なっ──!?」

 

「面倒ね。──来るわよ」

 

 完全に修復した異形が口を開く。赤子のような見た目に反し、それは獣のような牙が生え揃った凶悪な大顎だった。

 

 そして、光が収束する。

 

『ギェッェァァッァアシャァァァアァァァァァァァギャアアァァァ……』

 

「「────」」

 

 二人が飛び退いたのはほぼ同時だった。霊夢はいつもの直感で、御坂は本能的な恐怖による反射行動によって。

 

 それからコンマ1秒も経たぬ内に極大の閃光が走り、遅れて轟音が鳴り響く。

 

『ギャアアァァァ!! ギャアアァァァ!!』

 

「…………ッ」

 

 霊夢は目を見開く。放たれたのは、太く、長大なレーザー光線。それは高熱の余波だけで地面を溶かし、触れるものを焼き尽くしながら地平の彼方へと飛んでいった。

 

(何、今のは……?)

 

 その光景を霊夢は茫然とした様子で眺める。それはレーザーへの威力に対するものではなく、異様な既視感からだった。

 

 色、音、そして匂い。どれもに覚えがあり、どうしようもなく()()()()を感じた。

 

 一体どういうことか。否、分かってはいる。己がそんな感情を抱くのは、いつもあの()()に関することなのだから。

 

 ──それを自覚した途端、腸が煮え繰り返る。

 

「…………ッ!!」

 

 違う、違うだろう。私が、私の知るアレは、私の知らないアレは、あんな紛い物などではない。

 

「何よ今のレーザー!? 威力が桁違い過ぎる……明らかに大能力者とかそういうレベルではないわよっ!?」

 

 一方、御坂も自身の超電磁砲(レールガン)を遥かに上回る規模と威力に驚愕の色を隠せない。

 

 彼女は知らないが、その単純な火力だけならば似た能力者である“第四位”すらも凌駕していた。

 

 そして、咄嗟に回避することが出来たのは単に運が良かっただけ。もし避けていなければ一瞬にして消し炭になっていただろうと考えると背筋がゾッとする。

 

「──美琴。木山を回収して離れて」

 

「えっ」

 

「早くして。このままじゃ巻き添えで死ぬわよ?」

 

 また勝手に命令して……と文句言いたくなるが、間髪入れずに死の可能性を告げられ、不服ながらも気絶して倒れている木山の方へと向かう。

 

 しかし、その前に訊くことがある。

 

「ッ……あんたはどうすんのよ!」

 

「決まってるでしょう。──妖怪退治よ」

 

 そう言うと共に、霊夢は空を舞う。

 

 あんな理外の怪物を前にしても未だに余裕の態度に、御坂は顔をしかめるも一先ず木山を肩で担ぎ上げ、電気で増強した筋力で跳躍してこの場を後にした。

 

 それを確認し、霊夢はこの場に目撃者が居なくなったと認識する。

 

 ──今なら、思う存分に戦える。

 

「……さて、あいつらを狙わなかったってことは、闇雲に暴れているだけか、それとも──狙いは私?」

 

『ギャアアッッ……』

 

 異形は自身に近付いた御坂を狙いも追いもせず、吐き散らかしていたレーザーを止めると、ただこちらをジッと睨み続けていた。

 

 そこで霊夢は理解する。目の前のアレは理性無き獣ではなく、確かに自我を宿しているのだと。

 

「どこの誰の思惑か知らないけど、それなら丁度良いわ。人外相手には容赦しないわよ」

 

 スッと札を取り出す。それを攻撃反応と見たのか異形は再生する際に幾本にも増えた触手を振り下ろした。

 

──夢想封印──

 

 しかし、それよりも先に異形の視界は、極彩色の光に埋め尽くされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「とりあえず、ここなら……」

 

 一方その頃。御坂は柱の側に木山を寝かせていた。

 

 離れた所から爆発音が響いてくる。恐らくはあの異形と霊夢が戦っているのだろう。

 

「う……ん……」

 

「っ! 目が覚めたみたいね」

 

「…………!」

 

「あっ、まだ起きない方が──」

 

 すぐに意識を取り戻した木山は御坂の制止の声を無視し、或いはそもそも聴こえていないのか虚ろな目で見晴らしの良い場所へと向かう。

 

 そして、高く昇る土煙の中から、あの胎児のような異形の姿を確かに捉える。

 

「ククッ、アハハハ……凄い……凄いな……学会で発表すれば表彰ものだぞ……」

 

 泣くような乾いた笑い声をあげ、木山はその病的に細い手で目を覆い、柱に力無く身を預ける。

 

「もはやネットワークは私の手を離れた……いや、奪われたと見るべき、か」

 

「ッ……あれは何なの?」

 

 そんな木山の両肩を掴み、御坂は問い質す。一刻も早くあの異形の正体を知りたかった。

 

「……虚数学区を知ってるか? アレがそうだ」

 

 木山が口に出した単語に、御坂は目を見開く。

 

「虚数学区? それって都市伝説じゃなかったの?」

 

 虚数学区・五行機関。学園都市最初の研究機関と言われ、現在の技術でも再現できない数多くの架空技術を有しており、学園都市の運営を陰から掌握しているとも噂されるものであり、それがあの異形の正体なのだと言われても全く結び付かない。

 

「実在したんだ。まあ、噂のようなものではなかったがね」 

 

 ぽつりぽつりと、木山は説明を続ける。

 

「虚数学区とは、AIM拡散力場の集合体だ。アレも恐らく原理は同じ。AIM拡散力場で形成された怪物──“幻想猛獣(AIMバースト)”とでも呼んでおこうか。幻想御手のネットワークによって束ねられた一万人のAIM拡散力場が触媒になって生み出され、そしてそれらを取り込んで成長しようとしているのだろう」

 

 いやはや、あんなものが私の脳内から出てきたとは思えないな、と自嘲気味に笑う木山に御坂は文句を言いたくなるが、その絶望に染まった表情を見ると何も言えなくなってしまう。

 

 ネットワークが手から離れた。それつまり、もう子供たちを救う為にアレを使うことが出来ないということ。

 

 その絶望は、計り知れない。

 

「そんなの……どうやって止めれば良いのよ?」

 

「さて、ね……ネットワークの大元を叩けばもしかしたら……あの花飾りの少女に幻想御手のアンインストールプログラムを託してある。それを使ってみたまえ」

 

「初春さんに? 分かったわ。──けど、やけに協力的ね?」

 

「信用できないか? ま、当然だろうな。正直あの子たちを助けられないのなら、このまま幻想猛獣が学園都市を破壊し尽くしてしまっても構わないとすら思っている。……が、君たち(こども)がまだ戦っているんだ。なら、誠意を見せておかないと、あの世でも顔向け出来ない」

 

 尤も、己が往くのは地獄だろうが。木山はもはや完全に諦めてしまっていた。

 

「……そう」

 

「さあ、行きたまえよ。こんな魂の抜けた哀れな女に構ってないで」

 

「………………」

 

 正直、このまま木山を野放しにしておくのはどうかと思ったが、言葉通りこの様子じゃあ逃げる気力すらも失せているだろう。

 

 故に、御坂は彼女に背を向け、ちらりと一瞥するとすぐに高速道路の上に居る初春の元へと向かう。

 

「ハァ……ツイてないな、本当に」

 

 一人残された木山は天を仰ぎながら溜め息を吐く。脳裏に過るのは、幻想猛獣が出現する寸前、ネットワークを乱し、奪い取った()

 

「アレに入り込んできたのは、私の常識では計れない存在だ。既に幻想猛獣は単なるAIM拡散力場の集合体では無くなっているかもしれない。──それこそ、正しく()()()()のように」

 

 故にこそ、木山は案じる。

 

 自分よりもずっと、過酷な運命に縛られた、あの少女のことを──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!』

 

「……しぶといわね」

 

 特大の質量が押し潰し、細胞一つ一つを残さず破壊し尽くす。それ程の攻撃をくらいながら、異形──幻想猛獣(AIMバースト)は活動を続けていた。

 

 縦横無尽に襲い来る触手を空中で避けながら霊夢はどうしたものかと思考を巡らせる。

 

 このままではジリ貧だ。跡形も無く消し飛ばしても再生速度が遅くなるだけで疲弊した様子は無く、それどころか、再生する度に肥大化し、もはやあの胎児のような面影など残っていない、醜悪な肉塊と化していた。

 

「こんなキモい妖怪、確か中国辺りに居たわよね? 何て名前だったかしら?」

 

『ギャアアッッ……』

 

──封魔陣──

 

 展開された無数の針と札が迫り来る触手を消し飛ばしながらその肉体を瞬く間に穴だらけにする。

 

 しかし、幻想猛獣は動きを止めることは無い。

 

「これも駄目か。夢想封印を耐えてる時点で当然っちゃ当然だけど……ああ、面倒臭い」

 

 手元に戻った針を再度投擲しながら霊夢は悪態を吐く。彼女の使う針は一定の距離まで飛ぶと自動的に戻ってくる仕掛けが施されているが、破壊されれば意味無いし、使う度に傷み、劣化もする。

 

 つまりは有限。装備が尽きるのも、時間の問題だった。

 

 しかし、そこに焦りは無い。それが敗北を意味するとは微塵も考えていないが故に。

 

『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!』

 

 そうこうしている内に幻想猛獣も痺れを切らした。雄叫びをあげると周囲の瓦礫や岩石が竜巻が起こったように渦を描いて浮き上がり、勢いよく射出される。

 

「ッ! やっぱり使えるのね、それ……!」

 

 多才能力(マルチスキル)はそのまま保持しているようだ。逃げ場無く四方八方を囲むように放たれる岩石群を、しかし霊夢は僅かな隙間を潜り抜けて凌ぐ。

 

 掠るだけでも致命傷は免れない。そんな状況の中でも霊夢は冷静に攻撃を避ける。範囲も速度も木山の時よりも上で殺意に満ちているが、これくらい何ら問題無かった。

 

『ギェッェァァッァ!!』

 

 ならばと幻想猛獣は攻撃方法を追加する。

 

「寒っ!? 何? 今度は氷──?」

 

 放たれたのは極低温の冷気。空気中の水分を瞬間的に凍らせながら迫るそれを霊夢はギリギリで避けるも、ほんのりと肌に伝わる寒さにぶるりと身体を震わせる。

 

 幻想猛獣の猛攻は止まらない。直ぐ様大顎を開き、その中で光が収束する。

 

「させないわよ」

 

 先程と同じく長大なレーザー光線。しかし、それが発射される前に幻想猛獣は地に伏せる。

 

『ギィャェッ!?』

 

 幾重もの札が荒縄のように肉体に纏わり付き、縛り上げる。幻想猛獣は必死に抵抗するが、その度に札の強制力は増し、身動きが取れない。

 

「それといい、あの氷といい私への当て付け? だとしたら……気に食わないわね」

 

 同時に、それはまた希望でもある。この妖怪擬きを差し向けてきた何者かは、自身の記憶に関して何か知っているのかもしれないのだから。

 

 しかし、期待はしない。その方が裏切られた時のダメージが少ない。

 

「いくら再生しようと、動けないんならどうしようもないでしょ? それともどこぞの蓬莱人みたいに死んでやり直し(リスポーン)したりするのかしら?」

 

 そう言って悠然と見下ろす霊夢の姿を、幻想猛獣は恨めしげに見上げ、睨む。

 

(このまま封印しちゃう? いや、でも──)

 

 嫌な予感がする。彼女がその気になれば幻想猛獣の再生力を無視し、問答無用で“封印”してしまうことが出来た。

 

 その方法が最適解であると理解した瞬間、霊夢は即座に実行しようとした。だが、その寸前で彼女の第六感が待ったをかけたのだ。

 

 取り返しの付かないことになってしまう。そう何度も警告してくるため霊夢は攻めあぐね、次なる策を一考する。

 

「──博麗さん!」

 

 その時、自身を呼ぶ叫び声が聴こえる。声がした方角へ視線を向けると御坂の姿があった。

 

「あー? 戻ってきたの?」

 

「あの札……については後で聞くわ。それよりもアイツを止める方法が分かったの!」

 

 縛り上げられている幻想猛獣を傍目に御坂は霊夢へ状況を説明する。

 

 先程の木山とのやり取り。そして、初春が彼女に託された幻想御手をアンインストールするソフトを流しに向かっているということを。

 

「信用できるの? それ」

 

「それは……多分、信じても大丈夫。あの人はやり方を間違えただけで悪人じゃないと思うから……」

 

「ふうん……随分と曖昧ねぇ」

 

 はっきり言って疑わしい。しかし、どのみち他にやり様がある訳ではないし、試してみる価値はあるだろう。

 

「要するに、そのあんいんすとーる? なんたらってのを使うまで時間稼ぎすれば良いのね?」

 

「ええ、そう──」

 

『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!』

 

 その時だった。

 

 幻想猛獣が更に肥大化しながら暴れ狂い、拘束を無理矢理打ち破る。

 

「なっ!?」

 

「あ、やば……」

 

 しまった、と思った次の瞬間には幻想猛獣は発射寸前だったレーザーを吐き散らかすように四方八方へと放つ。

 

「チィッ……!」

 

 少しばかり甘く見ていた。霊夢は即座に上空へ逃れるも、御坂は反応が遅れ、気付いた時にはレーザーが間近に迫っていた。

 

「ッッ──舐めん、なぁっ!!」

 

 バチィ! と電流が迸る。身体から放出された極大の稲妻が衝突すると共に、レーザーは軌道を湾曲させ、あらぬ方向へ飛んで行く。

 

「ハァ……ハァ……どんなもんよ……!」

 

「へぇ……やるじゃない」

 

 どうにかして五体満足で凌いだ。御坂は息を切らしながらも胸を張って笑う。

 

 霊夢も見事レーザーを防ぎ切ってみせた彼女には感心した様子だった。

 

「お返しよ!」

 

 そして、超音速で射出されたゲームセンターのコインが幻想猛獣の眉間を穿つ。

 

『ギィィィィィッ……』

 

「ッ……あんまり効いてるようには見えないわね……」

 

 やはりと言うべきか、超電磁砲(レールガン)も効果が薄い。みるみる内に再生していく幻想猛獣を見据えながら御坂は顔をしかめる。

 

 しかし、あと少しの辛抱だ。自分たちはここで時間稼ぎをすればいい。

 

『……キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!』

 

「──え?」

 

 すると突如として、幻想猛獣がずっとこちらを睨み続けていた真っ赤な双眸を別方向へと向ける。

 

 何事かと思ったのも束の間、幻想猛獣は霊夢と御坂を無視し、その巨体を引き摺るようにして動き出す。

 

「あん? 急にどうしたのよ……?」

 

「! まずいわ! あっちには原子力実験炉があるって警備員の人が言ってた!」

 

「……は?」

 

 ハッと思い出したように叫ぶ御坂。一瞬、霊夢は呆気に取られるもすぐに事の重大さに気付く。

 

 そこまで詳しくはないが、原子力とは便利ではあるが非常にデリケートで危険性の高い代物だと聞いている。

 

 それが、もしも幻想猛獣の攻撃に巻き込まれてしまえば寛大な被害を及ぼすだろう。

 

 まさか己を強化する為に原子力のエネルギーを取り込むのだろうか。或いは……分が悪いと判断し、発電所を人質ないし道連れにしようとしている──? 

 

 御坂はあの怪物にそんな知能があるとは思えなかったが、一連の行動からあれが確かな理性と()()を孕んでいることを知っている霊夢は何の疑いも無く、後者であると確信した。

 

「あんの妖怪擬き……!」

 

 即座に霊夢は後を追う。肥大化したこともあってか幻想猛獣の移動速度は自動車よりも少し遅い程度であり、追い付くのは容易かった。

 

 そのまま追い抜いて正面へと回り込み、天へと掲げた大幣を振り下ろす。

 

『ギェッェァァッァ!!』

 

 構わず幻想猛獣は突撃しようとするが、自身を取り囲むように出現した()()()()()に激突し、その動きを止める。

 

「いい加減、観念したら?」

 

 無駄だと思いながらも霊夢は問う。対する幻想猛獣は尚も抵抗し、氷や炎といった様々な能力による攻撃で自身を阻む()()を打ち破ろうとするもびくともしない。

 

 ならば最大火力のレーザーで焼き払うまで。口を開けた瞬間──強烈な電撃のシャワーを浴びせられた。

 

「もう、それは撃たせないわよ!」

 

 御坂も追い付き、一瞬にして真っ黒焦げに焼け上がった幻想猛獣の前に立つ。

 

「その調子であいつに攻撃させないでちょうだい! 即席の結界じゃそう長くは持たないから!」

 

「了解……!」

 

 落雷の実に五倍の電圧。10億ボルトにも達する電撃が、再生する暇を与えず絶え間無く降り注ぐ。

 

 幻想猛獣はバリアでそれを防ごうとするも、電気抵抗の副産物である熱までは防げず、体表を焼かれ続ける。木山の時も、やろうと思えばやれた力押し。最高峰の電撃使い(エレクトロマスター)だからこそ、可能な業だ。

 

『ギェッェァァッァアシャァァァアァァァァァァァギャアアァァァォォォォォォ!!』

 

 けれども幻想猛獣は動きを停止させない。ひたすらに踠き、暴れ狂う。

 

 そして、更なる段階(ステージ)へと至る。

 

「! 美琴、危ない……!」

 

「──えっ?」

 

 それはあまりにも突然だった。幻想猛獣の周囲に幾つもの()()()が展開され、そこから無数のカラフルなレーザーが放たれる。

 

「嘘っ──!?」

 

 攻撃を受けながら、それも口以外からもレーザーを撃てると思っていなかった御坂は目を見開く。

 

 ドゴォォン!! 

 

 レーザーはすべて着弾し、爆発が起きる。しかし、そこに御坂は居なかった。

 

「──大丈夫?」

 

「へ? ……なっ」

 

 ぶわりと強風を感じる。一体何が起きたのかと視線を向ければ目と鼻の先に霊夢が居た。

 

 というか、彼女に抱えられていた。所謂お姫様抱っこという形で。

 

「~~~! ちょっ、早く下ろしなさい……!」

 

「そんな暇無いわよ」

 

 大量に放たれるレーザー。そのすべてを避けながら霊夢は眉をひそめる。

 

 力を隠しているようには見えなかった。まさか戦闘途中で順応、または成長したとでも言うのか。

 

(本っ当に、面倒臭いわね……)

 

 このまままた強くなられては堪ったものではない。原子力実験炉もあるし、これ以上の時間稼ぎは厳しいだろう。

 

 本格的に霊夢が()()を視野に入れた次の瞬間──突如として幻想猛獣が苦しみ始めた。

 

「あ?」

 

「これって……!」

 

 試しに霊夢が針を投げて身体に穴を空ける。すると先程まで瞬時に治っていたその回復速度が、明らかに低下していた。

 

「──どうやら間に合った、みたいね」

 

 初春が幻想御手のアンインストールプログラムとやらを無事に打ち込めた、ということだろう。

 

 もはや幻想猛獣は脅威ではない。霊夢は安堵した様子で溜め息を吐き、針の雨を降り注がせる。

 

『ギェッェァァッァ!?』

 

「年貢の納め時みたいね。このまま……あん?」

 

 すると先程まで獣のような雄叫びをあげていた幻想猛獣から、呻きのようなものが聴こえてくる。

 

『ntsk欲gdt』

 

『d羨kn苦jpj』

 

『wd遭dnhだけbp』

 

 ノイズのようなそれは、徐々に言葉として、しっかりとした形を成して霊夢の耳へと届く。

 

『努力は積み重ねてきた……けど、幾千幾万の努力が、たった一つの能力に打ち砕かれる! ……これがこの街の現実だッ……!!』

 

『どれだけ慕ってくれてても……自分が相手の能力を超えたら、もう用無し。もう格下』

 

『……この街では、人の優劣がはっきりと数値化して現れる。上に上がったら、下には用無し。もう、おしまい』

 

『本物の超能力。それは馬鹿馬鹿しいまでに無茶苦茶で、悪い冗談としか思えない出鱈目な力。そこに行くには突破の足掛かりすら掴めない高くて厚い壁がある』

 

『それを目撃した、あの瞬間。それを実感した、あの日から。上を見上げず、前を見据えず、下を見続けた。……それしか、出来なかったッ』

 

 それは、ネットワークから漏れ出た思念。被害者たちの嘆き、慟哭、この学園都市の現実に打ちのめされ、虐げられ、幻想御手に手を出した者たちの怨嗟の声──。

 

「………………」

 

 能力への羨望、僻み。そんなモノはこの学園都市(まち)に来てから飽きる程聞いてきた。

 

 しかし、何故だろうか。今まで何も感じず、くだらないと、どうでもいいと、断じていたその言葉が、まるで初めて聞くように心に響く。

 

 脳裏に過るのは、佐天涙子の顔だった。

 

()()()()()()()()()

 

 同じ、結局のところ同じなのだ。動機も思想も過程すらも違えど、彼らが求めるモノは全く以て変わらない。

 

「……辛いでしょうね」

 

 どこか寂しげに笑う。欲しいものが手に入らないという意味では霊夢もまたそうであり、彼女は初めて弱者に共感した。

 

「けれど、私は私。その想いを他人に委ねるなんてしてはいけない。だから……あなたたちも帰りなさい、元の場所へ」

 

──夢想封印 瞬──

 

 弾幕が炸裂する。幻想猛獣は、今度こそ跡形も無く消し飛んだ。

 

 同時に、一人の少女が病室で目を覚ます。





もしも霊夢が幻想猛獣を問答無用で“封印”しちゃった場合、幻想御手の使用者たちはその想いを失うか、最悪二度と目覚めることの出来ない植物人間になっちゃいます。初春が間に合ってないと大惨事でした、はい。

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