とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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前回の更新が2ヶ月前ってマジ?

仕事等で忙しくて放置してました。すみません。あと長くなったのも二話に分割しているので話が短くなっちゃってます。すみません


涙子

 

 

「……疲れた」

 

 病室のベッドの上で窓から見える街並みを眺めながら少女──佐天涙子は溜め息を吐く。

 

 意識を取り戻した彼女は、すぐに他の幻想御手使用者たちと共に、軽い事情聴取を受けることになる。

 

 その後、異常の有無を確認する為に目覚めて間もない頭がボーッとした状態で流れるように色々な検査をして、つい先程晴れて自由の身となった。

 

 結果は特に後遺症も無く、健康体。しかし、経過観察も兼ねてしばらくは入院しておかないといけないらしい。

 

「………………」

 

 ちらり、と佐天は自身の両手を見る。

 

 力を込めてみるが、ウンともスンともいわない。小さなつむじ風すら巻き起こらない。木の葉一つ、躍らせることも叶わない。

 

 ただの無能力者(レベル0)の手が、そこにはあった。

 

(戻っちゃった、なぁ……)

 

 あの時、あの瞬間、本当に小さな風を起こせた。白井や御坂には遠く及ばない代物であったが、それでも佐天にとっては望んで止まなかった、念願だった。

 

 たとえ一時的で、後悔に塗れようと、その喜びは今もまだ残っている。

 

「……やっぱり名残り惜しい?」

 

「え?」

 

 その時、声をかけられる。てっきり病室には誰も居ないと思っていた佐天はビクッと身体を震わせ、声がした方角へ顔を向けた。

 

 ゆっくりと開かれた扉の先には、紅白の巫女が立っている。

 

「──霊夢さん」

 

「久しぶりね、涙子」

 

 驚く佐天に対し、彼女──博麗霊夢はいつもと変わらぬ調子で、そう言う。

 

「久しぶり……なんですかね。ついさっき目覚めたばっかりなのでちょっと時間感覚が可笑しくて……はは」

 

 佐天からすれば意識を失う直前まで電話でやり取りしていた相手。まさか目覚めたその日に彼女がやって来るとは思っておらず、まだ心の準備が出来ていなかった。

 

 一体どういう顔をすれば良いが分からず、ぎこちのない笑顔を浮かべてしまう。

 

「……調子はどう? もう大丈夫なの?」

 

 そんな佐天の傍へ寄り、霊夢は問いかける。

 

「えっと……特に異常は無いみたいです。退院するのはまだ先になりそうですけど……」

 

「そう。……良かったわ」

 

 医者に告げられた診断結果を伝えると、霊夢はその身を屈め、そっと手に触れる。

 

「霊夢さん?」

 

「本当に、良かった……二度と起きないんじゃないかって、思ってたから……」

 

 心の底から吐き出された安堵の言葉。それは佐天にとってはあまりにも意外で、普段の霊夢からは想像もつかない姿を前に、茫然とする。

 

 そして、自分が思っていたよりもずっと、心配をかけさせてしまっていたのだと悟った。

 

「ッ……その、ごめんなさい、私……」

 

 声が震える。目頭が熱くなり、自然と零れる涙で視界がぼやけてはっきりとその顔を見ることが出来ない。

 

 改めて自分のやってしまったことへの申し訳無さで胸が一杯になる。

 

「大丈夫。言ったでしょう、あなたは悪くないって……悪いのは、あなたにそうさせた全てよ」

 

 はっきりと霊夢は告げる。

 

 悪くない、はずがない。自分は幻想御手の危険性を察していながら、欲望に負けて使用し、あまつさえ友人にも使わせてしまったのだから。

 

「だから、泣かないで。今は戻って来れたことを喜びなさい」

 

「ぁ……」

 

 けれど、それを否定し、受け入れてくれる霊夢の言葉は、ただひたすらに心地好かった。

 

「──はい。私も良かったです。もう一度霊夢さんに会えて」

 

 ぎゅっと手を握り返す。一方通行な友情だと思っていた。けれど、どうやら違ったらしい。

 

 互いに気付けた。故に、彼女らが本当の意味で友達になるのは、これからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「それじゃあ……事件は解決したんですね」

 

 霊夢から事の全容を聞いた。

 

 幻想御手をばら撒いた犯人はあのファミレスで会った脱ぎ女──木山春生だったのだという。

 

 その木山が複数の能力を使い、警備員の部隊を壊滅させたり、霊夢と御坂が共闘したり、能力の暴走で巨大な化け物が生まれたり、最後には何と初春が活躍したりと、自身が眠っている間に随分と壮大なことが起きていたのだと佐天は驚きを隠せない。

 

(やっぱり凄いなぁ……霊夢さんは……)

 

 あの時、佐天は藁にも縋る思いで電話をかけ、助けを求めた。

 

 そして、本当に救ってくれた。改めて彼女は“ヒーロー”なのだと感嘆する。

 

「ところで初春たちはどうしたんです? 一緒には来てないみたいですけど……」

 

 ふと尋ねる。実のところ最初に見舞いに来てくれるのは初春かと思っていた。

 

「ああ、なんか事後処理とかで忙しいみたいよ。落ち着いたら見舞いに来るでしょうから安心なさい」

 

「あー、そうなんですね。……あれ? じゃあ、霊夢さんは?」

 

 もしかして今回の騒動で愛想を尽かされたのでは? と危惧するも霊夢の返答で杞憂であったとホッと胸を撫で下ろす。

 

 しかし、同時に同じ風紀委員である霊夢は何故見舞いに来れているのかと疑問に思う。

 

「面倒だからバックレたわ」

 

「えぇ……」

 

 あっけらかんとした返答に苦笑いを浮かべる佐天を他所に、霊夢は事件が解決し、親友の意識が回復したのを知り、泣いて喜ぶ初春の姿を思い出す。

 

 真っ先に会いに行きたかったのは彼女だろうに。そう考えると少しだけ罪悪感が湧く。

 

「……さっき、()()()()()()って訊いてきましたよね」

 

「? ……ええ、そうだけど」

 

 先程の光景を見て、何となしに思ったことを問うた。やはりまだ彼女には能力に対する未練が残っているのではないかと。

 

 たとえそうであっても、霊夢は否定せず、むしろ至極当たり前のことであると肯定するだろう。

 

「正直言うと、その通りです。あんな目に遭ってもやっぱり能力が使えた時の感動が忘れられなくて……ワンチャン少しだけ残ってるかなー、って期待しちゃってました」

 

 そう言って寂しげに佐天は笑う。

 

「でも……良いんです。霊夢さんが言ってたように、人生を棒に振ってまで手に入れたいものじゃありませんし……」

 

「………………」

 

 だからこそ、その言葉に、心底意外そうな顔をする霊夢。力無き者の渇望や羨望は見慣れていた。この街に来てからも、恐らくそのずっと前からも。

 

 こうも簡単に諦めが付くものではない、そう思っていたというのに、何故──。

 

「ほんの一時だけでも能力が使えただけラッキーだった、って思うことにします。……まあ、憧れはそう簡単には消せそうにないですけど」

 

 結局のところ能力は消え、自分はスプーン曲げ一つ出来やしない無能力者のままだが、それでもあの経験の中で何かが、変われたような気がした。

 

 たとえそれが現実から目を叛けているに過ぎないとしても、今の佐天は晴れやかな気分だった。

 

「……そうね。いつまでも悲観し続けるばかりじゃあ、仕方ないものね」

 

 黙って耳を傾けていた霊夢は、呟くように発する。その言葉は、果たして誰に向けた言葉だろうか。

 

「ねぇ、涙子」

 

「……何ですか?」

 

「私にはレベル0の気持ちも、超能力への憧れってのも分からない。だけど、望んだモノに手が届かない気持ちは……私にも分かると思う」

 

 ぽつりと溢すように、そう語る霊夢。その眼は、窓の外の景色ではなくどこか遠くを視ているように、佐天には見えた。

 

 懐かしむような、焦がれるような表情。そこに、いつもの超然とした雰囲気は無く、儚げで、ふとした拍子に消え去ってしまいそうな程に──。

 

「それは諦め切れないし、捨てられない。だって……挫折したら呪いになっちゃうもの。手に入らなければ一生、呪われたまま」

 

 ──呪い。

 

 そう形容した霊夢の言葉は、佐天にとって思わぬものだった。

 

 何故なら博麗霊夢という人間のことを誰よりも完璧であり、無欠で、そういう挫折とは無縁の超人的なイメージを抱いていたのだから。

 

 しかし、彼女にもあるというのだ。どうしようもなく、堪らなく、欲しくして、手に入れようとして、それでも得られなかったモノが──。

 

「だからね、涙子……月並みの言葉になっちゃうけど、前を向いて生きなさい。あなたには能力以外にも大切なものが沢山あると思うから」

 

「前を、向いて……」

 

 霊夢の精一杯の励ましの言葉を受け、脳裏に過ったのは両親と弟、そして初春やアケミたちの姿。

 

 そうだ。彼女の言う通り、ずっと大切な、かけがえのないものだった。

 

 やっと、気付くことが出来た。

 

「能力が無くても、みんなが居る」

 

 なら、うじうじするのはもうやめよう。

 

 憧れを捨て去ることは出来ない。しかし、だからといって能力だのレベルだの固執して、振り回されることなんてないのだ。

 

 前を向く。真っ直ぐ前だけを見て、後ろ向きな気持ちなんて吹っ飛ばしてやる。

 

 ──少しだけ、肩の荷が下りた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

(前を向いて生きなさい、か……)

 

 一体どの口が言うのか。幾つかの語らいをした後、佐天の病室から出て、廊下を歩いていた霊夢は自嘲気味に笑う。

 

(私はずっと昔から呪われたまま。前を向いたことなんて、一度もなかった)

 

 とうの昔に諦めた。何もかもが色褪せて見える、この夢も希望も無き世界に生まれ落ちた運命を呪い、ただ憂い、縋るものもなく、惰性のまま生きていた。

 

 だからこそ、佐天の姿は眩しかった。望んだモノに手が届かずとも、彼女が他にかけがえのないものがいくらでもあり、それに気付けば身を引くことが出来る彼女のことを心底羨む。

 

 霊夢は違う。前を向けず、後ろすら向けていない。こんなにも諦観し切ってしまっているというのに、あの光景が、あの思い出が忘れられず、渇望して止まない。

 

 その心は、幻想に囚われている。

 

「……度し難いわね、本当に」

 

「そうですわね」

 

「あん?」

 

 横から甲高い声がする。振り向くとそこには……怒髪天を衝く勢いの般若(ツインテール)が居た。

 

「確かに度し難き存在ですの。私たちが事後処理やら警備員の事情聴取やらで右へ左へと駆けずり回ってる中、よりにもよって渦中の人間が職務を放棄し、あまつさえ抜け駆けして佐天さんのお見舞いをしている輩なんて……」

 

「あー……えっと、お疲れさん?」

 

「しばき倒しますわよッ!?」

 

 こめかみに青筋を立て、怒鳴り付ける白井。これに対し、霊夢は存外来るのが早かったと溜め息を吐く。

 

「ごめんごめん。でも別に私が居なくても問題無いでしょ? 木山の身柄も引き渡したし」

 

「ただ面倒臭かっただけでしょう。それに、あなたには幻想猛獣(AIMバースト)を倒した方法とか、色々と訊きたいことは山程あるのですが……」

 

「ああ、その件に関しては黙秘するわよ。美琴にも口止めしてあるし」

 

 結局、夢想封印で幻想猛獣を消し飛ばす所を御坂に見られてしまったが、内緒にしてくれと頼むと意外にも素直に同意してくれた。

 

 白井の様子からしても本当に喋ってはいないようで内心安堵する。もしまた学園都市の人間、それも超能力者にバレてしまったとなれば教授に何て言われるか分かったものではない。

 

 一方、白井は聴取を拒否し、黙秘権を行使する霊夢に顔をしかめながらもそれよりも聞き捨てならない発言に注意が向く。

 

「み、みこっ……!? あなた、お姉様といつからそんな親密な仲になったんですのッ!?」

 

「はぁ? 別にそこまで親しくはないけど……というか病院では静かにしなさいよ」 

 

 霊夢は首を傾げる。何故そのような思考回路に至ったのか。

 

「で、あなたが来たってことは、仕事は大体終わったって認識でいい?」

 

「え? コ、コホン……ええ。とりあえず一段落しました。残りはあなたへの聴取だけですが、本当に黙秘するおつもりで? 監視カメラの映像などを調べれば一発で解ると思うのですが」

 

「生憎とこっちにも事情があんのよ。調べたければ、勝手に調べてくれて構わないけど」

 

「ぐぅ……」

 

 元より霊夢が只者ではないことは明らかであり、その背景には色々な事情があるであろうことは白井も予想していたが、それでも納得が行くかと言われれば違う。

 

 こうも頑なに隠したがるということは何か都合の悪い理由があるということ。白井としては彼女にそのような黒い経歴があってほしくなく、あるべきではない。

 

「あなたはいつもそうやって勝手に……木山の件もあの時点では証拠が無かったとはいえ相談くらいは出来たはず。報連相という言葉を存じておられないのですか」

 

「失礼ね、それくらい知っているわよ。バター焼きにすると美味しいわよね」

 

「あ゛ぁ゛!? ──スゥ……、ふざけるのも大概にしやがれ、ですの。野菜の方ではなく、報告、連絡、相談。一般常識でしてよ」

 

 一瞬淑女らしからぬ声で怒鳴りかけるが、何とか踏み止まる。ここが病院ではなく屋外や支部ならば音波兵器と化していたことだろう。

 

 その後もクドクドと続く説教を右から左へ聞き流しながらどうしたものかと霊夢は肩を竦める。

 

 何せ怒っている内容は至極真っ当なため反論も出来ない。あの時は必要性を感じなかったが、木山への疑いを誰にも伝えずに敢えて泳がせたことで被害を拡大させ、佐天を危険な目に遭わせたという自覚はあるのだから。

 

 要するに、霊夢は割かし反省しているのだ。

 

「まったく、少しは私たちを──」

 

「ああ、そういえば、木山のことなんだけど」

 

「……はい?」

 

「目を光らせておいた方が良いわよ。あいつ自身にも、その周りにも」

 

 思い出したように、霊夢は言う。その脳裏には、警備員に連行される間際に木山が残した言葉が過っていた。

 

『この場は収めよう。だが、私は諦めるつもりはない。もう一度……何度でも、やり直す。刑務所の中だろうと、世界の果てだろうと、私の頭脳は常に、私だけのものだ』

 

 霊夢と御坂の姿を真っ直ぐ見据えながら言い放ったそれは、少なくとも負け惜しみなどではなく、己の決意と覚悟を表明しているようだった。

 

「どういうことですの? まさか、事件はまだ終わっていないとでも──」

 

「そうねぇ……終わってるっちゃ終わってるけど……まあ、終わってないとも言えるわね」

 

 ハァ? と訝しげな視線を向ける白井を他所に街の景観を見下ろしながら霊夢は思考を巡らせる。

 

 内容は勿論、木山春生が一連の事件を起こしてまで救おうとしている子供たちについてだ。

 

(暗闇の四月……いや八月だっけ? そんな名前のが昔あったわね。あれみたいなものだとして、胸糞悪い話だわ)

 

 詳細は御坂から聞いた。置き去り(チャイルドエラー)を使った人体実験の被害者……おぞましいことに、この学園都市の裏では日常のように行われている。能力開発自体が、そうであるのだから。

 

 霊夢からすれば関わりたくもない案件。けれど、知ってしまったからには見過ごす訳にも行かない。

 

 加えて、気掛かりなこともある。あの時、幻想猛獣は明確な自我を持ち、こちらを狙ってきた。レーザーや冷気といった攻撃の数々は、その背後で操る存在が霊夢の事情を知っているとしか思えず、興味を示すのは自然なことだった。

 

 過度な期待はしないが、それでも調べてみる価値はありそうだ。

 

「……また、私たちに教えられないような、良からぬ事件に首を突っ込んでいるんですの?」

 

 一方、白井は眉をひそめて問う。要領を得ない、はぐらかすような物言いをする霊夢の態度は過去に何度か見たことがあるものだった。

 

 こんな時の彼女は、いくら問い詰めようと自分が何に関わっているのか教えようとはしない。

 

「……さて、ね。直に分かるんじゃない、多分」

 

「開き直らないでください。あなたは秘密が多いくせに隠し事が下手過ぎますの」

 

「そう言われてもねぇ……」

 

 ほら、この通り。指摘すればばつが悪そうに視線を逸らして頬を掻くその姿に白井は呆れる。

 

 霊夢は嘘を吐くのが致命的に苦手だった。かといって正直者という訳ではないが、感情がすぐ顔に出てしまうし、演じようにもそれを隠すことへの面倒臭さが優ってしまうのだ。

 

 そんな霊夢の性質を白井も理解していた。伊達にかつて共に風紀委員として活動していた訳ではない。

 

(ふうん……美琴から聞いていないのね)

 

 一方、霊夢はその様子を見て意外に思う。木山の本当の動機について御坂は彼女へ喋っていないようだ。

 

 当然と言えば当然である。学園都市上層部が関わっているかもしれない人体実験……御坂も流石に無闇やたらと話すべきではないと判断したのだろう。

 

 況してや木山は警備員を学園都市の犬と罵り、信用していなかった。ならば風紀委員も同じ穴の狢と言え、最悪揉み消されてしまう可能性だってある。

 

 それに仮に真実を知ったところで風紀委員が手に負えるような領分ではなく、不用意に巻き込むべきではないだろう。

 

 何せこの街の悪意は底知れない。そう考えると懸命な判断であり、御坂が想像よりもずっと慎重であったことに霊夢は内心安堵する。

 

「悪いけど……今の時点じゃあ私から言えることは何も無いのよ」

 

 実のところ白井にならば木山の目的くらいなら教えても良いと思っていたが、姉妹(勘違い)である御坂が彼女の身の安全の為に口を噤むのであればその判断に委ねよう。

 

 無知とは罪と言うが、同時にとても幸福なことでもあるのだから。

 

「くっ……分かり、ました」

 

 その言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような顔で拳を握り締める。

 

 暗に関わるなと、そう告げられた。到底納得出来なかったが、このままいくら食い下がったところで望んだ回答が返ってくるはずもない。

 

「で・す・が! 今までサボってた分の仕事はしてもらいますからね!」

 

「うへぇ、どうせ始末書とかでしょ? めんどいからパスで」

 

「お黙り! フッフッフ! あなたもあの始末書地獄を味わうべきですの!」

 

「おたくも書いてんの……」

 

 溜め息を吐くも、一先ず話題が変わったので良しとする。

 

 文句を垂れつつ霊夢としても今回の事件はさっさと畳んでしまいたかった。残った子供たちを救う云々はやるべきことではあるが、現時点では後回しだった。

 

 理由は至極単純──何事においても優先事項というものがあるのだ。ただでさえ過密スケジュールだというのに、これ以上厄介事を増やしたくはない。

 

(インデックスの所へ行かないとね)

 

 あの修道女に掛けられた呪いを解く。霊夢は今最も優先すべき案件へと狙いを定める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──某所。幻想猛獣が討伐され、木山春生が連行されたしばらく経った頃。

 

「あらら、終わっちゃった」

 

 パチリと目を開け、先程まで()()()()()()()()少女は身体を起こし、残念そうに呟く。

 

「あのまま行けばもっと色んなのを再現出来たんだが……流石に野放しにはしてくれないわよね」

 

 幻想御手を使用し、そのネットワークへ侵入して乗っ取っていた人物。どこからか木山の計画の情報を仕入れ、それを利用し、データを抜き取ったのは意外にも全くの部外者だった。

 

「ま、良いわ。然して面白い結果にもならなかったと思うし、あいつが予想よりもずっと強かったと分かっただけでも成果はあった。文句は言われないでしょう」

 

 それに……、と少女は目的の人物──博麗霊夢と共に戦っていた電撃使いの少女を思い出し、愉しげに笑う。

 

 彼女の何が気に入ったのか。それは少女にしか分からないが、少なくとも今まで接触してきた科学側の人間の中では最も興味を引いたのは間違いない。

 

「うふふ。なぁんだ、霊夢以外にも面白そうな奴がいっぱい居るじゃない、この街は」

 

 しかし、今はまだ僅かに干渉することしか出来ない。一暴れするのは、まだまだ先。それまで待たされるのは非常に退屈だと思っていたが──。

 

「──精々楽しませてもらうぜ」

 

 その笑みは、先程と打って変わって獰猛なものであった。

 

「おっと──、うふふ、私ったらはしたない」

 

 科学と魔術は既に交錯した。

 

 ──そこに“幻想”が入り込むのは、まだ先。しかし、“その日”は必ず来るだろう。

 


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