とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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狩猟生活に身を投じてました。早く怨嗟マガトくん解放してラージャンのとうもろこし大剣から更新したい……


強襲

 

 

「あ゛ぁ゛ー、しんど……」

 

「えっと、その、まあ……お疲れさん?」

 

 小萌宅にて。ぐったりした様子で卓袱台に突っ伏す霊夢を前に、キンキンに冷えた麦茶を淹れながら上条が苦笑いを浮かべる。

 

 あの後、白井と固法、ついでに先に佐天の見舞いに行かれてしまったことを嫉妬した初春らに小言で刺されながら山のような始末書の処理を命じられ、数時間もデスクに拘束された。

 

 粗方片付いた頃にはすっかり日は落ちてしまっており、改めて風紀委員という仕事、というか労働そのものがゴミであると胸に刻んだ。

 

「しかし、レベルアッパーってのがあるって噂は青ピとかから聞いてはいたが、まさかそんな大規模な事件になってたなんてな……てっきり根も葉もない都市伝説かと」

 

「知らなかったの? 結構ニュースにもなってたと思うけど。ここにもテレビはあったでしょ」

 

「元々テレビなんてあんまり観ないし、生憎とインデックスに占領されてしまって子供向けアニメしか映ってなくてな……」

 

 話を聞いてからすぐにニュースを確認し、酷く驚いた。まさか二日前別れた後にそのような大事件の解決にあたっていたとは。

 

 あれから連絡が付かず、もしや魔術師に襲われたのではと心配していたが、それに関しては完全に杞憂だったようで内心ホッと胸を撫で下ろす。

 

「うーんっと、つまりれいむはこの街で警察みたいな組織に所属してて昨日は物凄い犯罪者を捕まえてたってこと?」

 

「ええ、そういうこと。風紀委員(ジャッジメント)っていう自警団よ。この街に居る以上、あなたもお世話になるかもしれないから覚えておきなさい」

 

「じゃっじめんと? 変な名前。審判の日にはまだ早いかも」

 

「……確かに変よね。私も最初は裁判所か必殺技かなって思ったもの」

 

 対能力(アンチスキル)はまだ分かるが。どうもこの街は横文字を好む傾向がある。霊夢としては長ったらしく、言い辛いためやめてほしい。

 

「ってな訳だから、来るのが遅くなっちゃったわ。悪いわね」

 

「いやいや、しょうがないって。むしろしばらく休んだ方が良いんじゃないか? 昨日テロリストを捕まえたばかりなんだろ?」

 

「私もその方が良いと思うんだよ。私はまだまだ元気だし問題無いかも」

 

 労う上条と禁書目録。風紀委員としての活動をこなしながら更に自分たちの問題まで解決しようとしてくれている霊夢には本当に頭が上がらず、申し訳無くなってしまう。

 

「別に平気よ。大したことなかったし」

 

「……警備員を一人で壊滅させるような奴は充分に大した奴だと思うのでせうが」

 

「あんたならワンパンできるわよ」

 

「うーん過大評価。右手しか範囲がないのに無敵か何かだと思ってらっしゃる?」

 

 無茶を言うなと溜め息を吐く上条に対し、相変わらず己を過小評価すると霊夢は内心呆れる。

 

 実際、木山はともかくAIM拡散力場の塊である幻想猛獣ならば幻想殺しで触れるだけで消滅させることが可能だろう。木山に関しても事前に能力を把握され、対策されていたらどうしようもないが、初見であればどうとでもなると霊夢は認識していた。

 

 尤も、霊夢が上条当麻という少年の実力をこうも評価しているのは、幻想殺しのみではなく、自身の勘と負けず劣らない()()()()()ともいえる超反応と、その()()。そして、もう一つの能力である“竜”の存在からだ。

 

 とうの本人は自分の能力の秘密など全くと言って良いほど知らないため過大評価だと思っても仕方があるまい。

 

「こっちは準備万端よ。最悪の事態にも見据えてマジック・アイテム──こちら風に言えば()()だっけ? そういう系のも色々と持ってきたから」

 

「おお、れいむ程の魔術師が持つ霊装ってことはもしかしなくても貴重な物なのかも」

 

 霊夢がそう言うと、禁書目録が目を輝かせる。対して上条は知らない単語に頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「インデックスさん、インデックスさん、その霊装とは何ですかな?」

 

「簡単に言うと魔術を使う為の道具なんだよ。通常、自分の血管や神経に魔力を通し、身振り手振りで記号を示すだけでも魔術は発動するけどより精密な手順が求められる場合、専用の道具を用いることもある。この専用の道具のことを霊装って言うんだよ」

 

 例えば“剣にまつわる伝説や神話”を参考に魔術を使用する場合、実際に剣を使った方が効率が良いだろう。

 

 それをより強力に振るうのであれば、更に専用の物にする必要があり、それが霊装というアイテムなのだ。

 

 普通に魔術を使う場合をフリーハンドで直線を引くものだとすれば、霊装を用いる場合は定規という道具を使って直線を引くようなものだと言えば分かりやすいだろうか。

 

「というか、とうまが前に壊した“歩く教会”も霊装だし、何なら前に説明したかも」

 

「あー、そういやそんなこと言ってたような……」

 

 今一ピンと来ていない上条に対し、霊夢はその聞き捨てならない発言に眉をひそめる。

 

「はぁ? あんたの右手(それ)、触れたら霊装も破壊しちゃうの?」

 

「みたいだな」

 

「……ここで聞いといて良かったわ、マジで」

 

「?」

 

 本気で安堵する霊夢。知らなければ迂闊に触らせてしまうかもしれなかった。

 

「大事な霊装が壊されたら困るもんね」

 

「ああ、そういう……」

 

「ええ。()()()()()()()()よ。破壊なんてされたら普通にキレてぶち殺しかねないわ」

 

「ヒェッ」

 

 ドスの利いた声に本気で怯える上条。基本的に霊夢は有言実行であり、本当に殺さずともそれに近い、半殺し以上な目に遭わされると思ったからだ。

 

 無論、故意でなければ霊夢はそこまでのことはしないが、それでも頭に血が上ればどうなるか分かったものではないが故の発言だった。

 

「出来れば……そうね、明日には決着を付けたいわ。いつ術式が作動するか分かったもんじゃないし、インデックスが健康な内に行いたいしね。状況によっては、手が付けられなくなるかもしれない」

 

 解呪も決してノーリスクではない。今はすっかり元気そうではあるが、もしも体調の悪化で処置が不可能という事態になれば、いよいよを以って上条の右手に頼るしかなく、それはつまり、最悪の想定に臨むということである。

 

「ッ……分かった。確かに心配事はさっさと解決したいしな。インデックスもそれで良いか?」

 

「……うん」

 

 二人とも霊夢の言葉に応じる。上条は今までの付き合いから、禁書目録はその優れた魔術の手腕から、彼女に一定の信頼を寄せていた。

 

「決まりね。準備が良ければいつでも言ってちょうだい」

 

「ああ。……それで博麗。提案があるんだが」

 

「ん?」

 

「お前が来る前に話してたんだがインデックスが今日……」

 

「お風呂に行きたいんだよ!」

 

「……風呂ぉ?」

 

 突然の提案に首を捻る霊夢。訊けば、禁書目録も無事回復し、普段通り動けるようにもなったためずっと身体を拭くだけなのもどうかと思い、銭湯に行きたいという話をしていたのだという。

 

「そんなのここで……そういやシャワーすら無かったわね、このオンボロアパート」

 

 本当に学園都市の建物なのだろうか。ここだけ時代が昭和へ逆走している。

 

「やっぱり駄目か?」

 

「そりゃ……いえ、やっぱり構わないわ」

 

「へ?」

 

 怪訝な表情を浮かべられ、流石に無理かと思った上条だが、あっさりと承諾され、目を見開く。

 

 霊夢には、妙案が浮かんでいた。

 

「てっきり危険だって止められるものかと……あの追手の魔術師共もずっとここを見張ってるんだろ?」

 

「ええ。当然襲ってくるでしょうね」

 

 四六時中ここを見張っている二人の魔術師たちにとっては絶好の機会(チャンス)。動かぬはずはなく、彼らは霊夢と上条という危険因子を排除し、禁書目録を奪還しようとするだろう。

 

「なら……」

 

「だからこそ、よ。憂いは早めに潰しておいた方が良いでしょう? そろそろ打って出ようかと思っていたわ」

 

「打って出るって……まさか、あの魔術師共と戦う気か?」

 

「そのまさかよ」

 

 あっけからんと言い放つ霊夢に、上条は驚きながらも納得する。結界は突破されていないとはいえいつまでも籠城している訳には行かず、いずれは対処しなければならない案件なのだ。

 

 一方で不安に思う。現段階では敵がどの程度の戦力が分からず、ステイル=マグヌスや神裂火織以外にも仲間が大勢居るという可能性も考慮していたからだ。

 

「それに関しては大丈夫。あれ以降も見張りの数は変わってない……応援を呼ぶならとっくに呼んでいるでしょうし、少なくともこの街に潜伏しているのは神裂とあんたが戦ったステなんとかって奴の二人だけよ。仮に他にも仲間が居たとしても裏方、非戦闘員だと思うわ」

 

 そんな心配を上条が進言すれば、霊夢は全く違う見解だったようで冷静にそう語る。

 

「ほ、本当か?」

 

「恐らくこの街に魔術師を送り込むのはそう気軽に出来るようなことではないんでしょう。既に上司へ増援を要請しているとしても、それなりに時間が掛かるんじゃないかしら」

 

「なる、ほど……つまりむしろ増援が来る前に今居る魔術師は倒した方が良いってことか……」

 

「そういうこと。ま、私も同行するし、心配しなくて良いわ。それに……」

 

「それに?」

 

「風呂は大事よ、それはもう。ぶっちゃけ私も汗かいたからシャワーくらいは浴びたいと思ってたし、丁度良かったわ」

 

 やはり霊夢もまた日本人。風呂に入りたいという気持ちはよく分かる。

 

 尤も、銭湯へ辿り着く前に仕掛けてくる可能性が高いが……。

 

「とうま? れいむ? 二人とも一体何の話をしているのかな?」

 

「大したことじゃないわ。一緒にひとっぷろ浴びに行きましょう、って話してだけよ」

 

「えっ!?」

 

 こちらから聴こえないボリュームで話す二人に首を傾げる禁書目録だったが、霊夢がそう言うとその顔を歓喜に染め上げる。

 

「やったー! おっふろー! おっふろー!」

 

「喜び過ぎでしょ……ハァ、神社裏の間欠温泉が恋しいわねぇ。怨霊が湧いてたけど」

 

 はしゃぐ禁書目録を見て、呆れながらも霊夢は過去を懐かしみ、くすりと笑う。

 

「へぇー、博麗んとこの神社には温泉があるんだな。結構観光地だったりすんのか?」

 

 その発言(怨霊云々は聞かなかったことにする)に反応した上条が尋ねる。以前に彼女が外部で本当に巫女をやっていたという話は聞いていたが、そこそこ有名な神社だったりするのだろうか。

 

 尤も、神社なんて出雲大社とか伊勢神宮くらいしか知らないが……。

 

「……別に。参拝客なんて、滅多に来ない寂れた神社よ」

 

 そう言う彼女の表情からは、笑みが消えていた。

 

「──博麗?」

 

「ん? 何よ?」

 

「あ、いや……何でもねぇよ……」

 

 しかし、それも僅かな間。すぐにいつも通りの表情に戻り、そう言った。

 

 時折彼女はこんな顔になる。いつも上条は疑問に思いながら、しかし触れてはならぬことではないかと問いかけることは出来なかった。

 

(博麗……お前は一体、何者なんだろうな)

 

 上条は彼女について何も知らない。その過去も、何故あんなにも強いのかも。魔術師だったことも少し前に知ったことだった。

 

 けれど、確かなこともある。

 

 彼女は嫌そうにしながらも自分を助けてくれる、“ヒーロー”のような同級生なのだと。

 

 ──そんな幻想を、当時の彼は抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 しばらくして、一行は小萌宅から出て、近くの銭湯へ向かっていた。

 

 パジャマから修道服へと着替えた禁書目録は軽く弾んだ足取りで機嫌良さそうに歩いている。上条はそんな彼女の方を気に掛けながら、きょろきょろと辺りを見渡す。

 

 敵が来る、事前に霊夢からそう告げられているが故に、落ち着けなかった。

 

「……今の所、何も起きないな」

 

「………………」

 

「博麗?」

 

「──来たわね」

 

「!?」

 

 そして、時刻は午後八時ジャスト。誰よりも早く違和感に気付いた霊夢が足を止め、そう呟く。

 

 同時に、上条と禁書目録も今が異常な状況であることに気付いた。まだまだ学生が寝入るような時間ではないはずであり、大通りに車一台も、人っ子一人も居ないのはあまりにも不自然だった。 

 

 戦慄する。人が居ない、ただそれだけだというのに、こんなにも日常は顔を変えるものなのかと。

 

「やっぱり、のんびり湯船に浸からせてはくれないわよねぇ……当麻、インデックス、離れないで」

 

 即座に大幣を取り出す。もう臨戦態勢である霊夢に上条は身構え、禁書目録は言われた通りに傍へ寄った。

 

「──炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)

 

 同時に、街灯のみが照らす闇夜の漆黒から、真っ赤に燃え上がる炎が生じる。

 

「!!」

 

 それはまるで生き物の如くうねり、アスファルトを焼き焦がしながら迫ってくる。霊夢は片手で禁書目録を庇うように抱え込み、飛び退く。

 

「とうま!」

 

「あん? ……ちっ それが目的か」

 

 禁書目録の叫びに反応して視線を送れば上条の居た場所に折れた街灯が倒れ、行く手を阻むように炎の壁が発生していた。

 

 見事に分断された。上条には魔術は効かないから大丈夫だと判断し、禁書目録を守る方を優先したが、どうやらそれは敵もお見通しだったらしい。

 

「当麻! 生きてるなら返事しなさい!」

 

「ああっ! 何とか! けど結構やばい! そっちへは行けそうにねぇ!」

 

 炎の先に居るであろう上条へ呼び掛ければすぐに声が返ってくる。しかし、その様子からして向こうの方で攻撃を受けているようだ。

 

 また以前彼が戦ったという炎を操る魔術師か? 否、相手に考える頭があれば上条にぶつけられたのが誰かは明白だった。

 

「インデックスは無事よ! こっちを片付けたらすぐに向かうからどうにかして生き延びなさい!」

 

「分かったッ! そっちも死ぬなよッ!」

 

 僅かなやり取り。相手は十中八九神裂火織──高い身体能力による肉弾戦を得意とする彼女と上条の相性はすこぶる悪いが、それでも簡単に負けるようなことはないはずだと霊夢は確信していた。

 

 未だに心配で気が気でない禁書目録をゆっくりと下ろし、霊夢は視線を敵方へ移す。

 

「不意打ちは失敗、か……まあ、分断に成功しただけでも上等ってところかな」

 

 そして、術者が姿を現す。暗闇に溶け込むような黒いコートと神父服を身に纏った赤髪の大男。目元のバーコードの刺青といい、その特徴的な容姿は上条が語っていたものと合致している。

 

「あんたはええと……ま、いいや。来るとは思っていたけれど、人払いを張っているとはいえ随分と大胆じゃない」

 

「ふん……やっと尻尾を出してくれたんだ、この機を逃がす理由などありはしないさ」

 

 煙草を咥えた魔術師、ステイル=マグヌスはそう言いながらも、やはり強襲を仕掛けることは読まれていたかと顔をしかめる。

 

「あっそ。にしても、てっきり二人掛かりで来るもんだと思っていたのに」

 

 霊夢としては心底意外だった。こうもあっさり分断される事態を許してしまったのは、相手にとっての最適解が一番の脅威──自分の排除であるとし、二人同時に挑んでくるとばかり思っていたからだ。

 

 まさか上条の方を危険視したのか? 禁書目録に施された魔術を解除されるかと思ったのであれば合点が行くが……。

 

「──よもや、あんた一人で私をどうにかできるとでも思ってないでしょうね?」

 

 ぶわり、と目に見えぬ無色の魔力が放出され、炎が激しく揺らめく。

 

 舐められるのは心外とばかりに鋭い眼を向けられながらステイルは内心冷や汗をかくも、その平静を装った態度は崩さず、逆に睨み返す。

 

「さあ? どうだろうね──」

 

 その問いにステイルは答えず、ボゥ! と掌からバーナーのように炎を出現させ、それを剣のように形作る。

 

 それと程無くして背にしていた赤い炎の中から這い出るように巨大な何かが顔を見せた。

 

「ッ! あれは“魔女狩りの王(イノケンティウス)”……!」

 

 禁書目録がその名を呼ぶ。重油のような黒くドロドロとした人型の芯を軸に、真紅の炎が燃え盛っている巨人──その圧倒的な存在感を目の当たりしても、霊夢は表情一つ変えない。

 

「気をつけて、あれは本体じゃない。どこかに刻んであるルーンを破壊しないと──」

 

「……そりゃ面倒ね」

 

 上条が言っていた、幻想殺しでも破壊出来なかった魔術というのはこれのことか。禁書目録の反応から見ても間違いない。

 

 遠隔操作、或いは自動術式。これだけの規模ならばそれなりの下準備が必要だと思われるが、どうやら彼は事前に発動していたようだ。

 

(ルーンってのは……確か文字とか記号とかの類いだったっけ? なら、範囲外から弾幕をぶっ放せば終わる話だけど……)

 

 一番手っ取り早い方法を思い付き、即座に却下する。禁書目録が傍らに居る状況では、そのような戦法は取れないし、魔女狩りの王の行動範囲が人払いの術式よりも広ければ民間人を巻き込みかねない。

 

 ならば、正面突破するまで。

 

「インデックス。結界を張っておいたから、そこからあまり動くんじゃないわよ」

 

「え? う、うん。分かったんだよ」

 

 その頷きとほぼ同時に、霊夢は地面を蹴って浮き上がり、ステイルへと向かう。

 

「ッ──ー!!」

 

 魔女狩りの王が灼熱の拳を振り下ろす。摂氏3000℃を越える高温の炎は接触するまでもなくアスファルトを融かし、蒸発させる。

 

 しかし、その巨体に見合うように動きは鈍く、斯様な攻撃が霊夢に当たるはずもなく、彼女は魔女狩りの王の脇を潜り抜け、ステイルの目の前に立つ。

 

灰は灰に(AshToAsh)──!」

 

 直ぐ様詠唱するが、間に合わない。反射的に振るった炎剣も掠りもせず、カウンター気味に放たれた足刀が腹部に叩き込まれる。

 

「ぐあっ!?」

 

 吐き出された涎と共に煙草も落ちる。メキィと、何かが軋む音と共にステイルは吹っ飛んで地面に転がった。

 

 神裂に比べてあまりにも遅く、脆い。如何にステイルが天才的な魔術師といえどそれはあくまで人間の範疇であり、魔女狩りの王に多大な魔力を割いていることもあって接近戦は苦手な部類だった。

 

 つまり霊夢との相性は最悪なのである。

 

「ッ──潰せ……イノケン、ティウス……!」

 

 しかし、彼の闘志はまだ決して消えておらず、辛うじて意識を保ちながら叫ぶ。

 

 相手がまだダウンしていないと分かった時点で霊夢は追撃に向かっていたが、背後から飛び掛かる魔女狩りの王に反応し、距離を取った。

 

「……何か仕込んでたわね、あいつ」

 

 足に伝わった違和感。恐らくは防弾チョッキか鋼鉄以上の硬度のプレートか何かを装備しているのだろう。

 

 顔を狙えば良かったと霊夢は舌打ちする。

 

(土御門には、感謝しないとね。チタン合金のセラミックス板、だったか……? 神裂と渡り合うような化け物が相手だから用心に越したことはないと思って重装備にしたけど……チョッキも着込めば良かったかな)

 

 衝撃までは完全に殺せないとはいえこれだけの装備をしながら意識が飛びそうになる程の痛み。まともに受けてしまっていたら、死んでいたかもしれないとゾッとする。

 

 この装備を提供してくれた協力者は個人的にいけ好かない男だったが、今回ばかりはステイルは彼に深く感謝した。

 

(何にせよ、僕の目的は()()()()だ。神裂があの男を始末して合流するまでの……あわよくば禁書目録を回収しておきたかったんだけどね……)

 

 そんな甘い相手ではない。それは先程の一撃と、今目の前で魔女狩りの王すらも圧倒している光景を前に、再認識する。

 

 勝てるとは思っていなかった。けれど、まさかここまでの()があるとは。

 

「確かに、何度やっても再生するみたいね」

 

 投擲された赤く光る御札を受け、上半身を消し飛ばされながら瞬時に元通りの姿に戻っていく魔女狩りの王を見据え、霊夢は呟く。

 

 耐久力は“妖怪バスター”数発で倒せる程度。しかし、再生速度はかなりのもの。あの幻想猛獣と同等かそれ以上であろう。

 

 ──面倒なことこの上ない。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

「!」

 

 荒れ狂う炎が襲う。魔女狩りの王だけでは役者不足だと判断したステイルによるせめてもの掩護射撃だった。

 

「へぇ……この街の連中よりは、マシな炎じゃない」

 

 炎を魔力のこもった大幣で払い除けつつ、霊夢は小さく笑う。学園都市の能力者基準ならばまず間違いなく大能力者(レベル4)……下手すれば超能力者(レベル5)クラスですら有り得る火力と熱量。流石にあの蓬莱人には遠く及ばないが、尸解仙が使っていた大火くらいはあるのではないか。

 

 魔術師としても一級クラス。神裂火織の仲間なだけあって、それに相応しい実力を有している。

 

「けどまあ──」

 

 次の瞬間、魔女狩りの王が地に伏せる。

 

「なっ!?」

 

「運が悪かったわね、こういう系はついこの間相手にしたばっかなの」

 

 ステイルは目を見開く。降り注いだ無数の御札が、炎に焼かれることなく、魔女狩りの王に纏わり付き、その動きを拘束していた。

 

「無限に再生するんなら、動けなくさせてしまえばいい……単純でしょ?」

 

「馬鹿なっ……魔女狩りの王の本体はルーンによる術式。実態無き虚像であるそれの動きを封じられるはずが──」

 

「いいえ、実体なんて無くても魔力がそう形作っているのなら、それは存在しているってことよ。後はそれに触れる手段を用意するだけ」

 

 刻んだルーンを消されなければ無敵。そう思い込んでいた自身の切り札を打ち破られたことに激しく動揺するステイルに霊夢はさも当然のように言い放つ。

 

「そんな、ことが……」

 

「ま、良い線行ってたけど、私を相手にするんなら後3体くらいは召喚しておくことね」

 

 そして、絶句する彼へ一気に詰め寄り、その右頬を拳で殴り付けた。

 

「ごはっ!?」

 

 抵抗する暇も無く、一瞬にして意識を刈り取られる。寸前にステイルが思ったのは()()()()()()()()()という悔恨の念だった。

 

「はい、おしまい」

 

「……す、凄い」

 

 術者が気絶したことでゆっくりと小さく、消え行く魔女狩りの王を傍目に一連の戦闘をずっと見ていた禁書目録は予想を遥かに上回る実力差を目の当たりにして驚きを隠せなかった。

 

 魔術は元々才能の無い者が才能ある者に追い付く為に編み出した異能であるが、結局のところその中でも才能が物を言う世界だ。

 

 努力と研鑽を積み重ね、やがて天才を追い越し、更なる高みへと至る学問。しかし、それらをすべて無下にして容赦無く叩き潰すのもまた天才と呼ばれる人種──。

 

 あのステイル=マグヌスという少年は間違いなく天才と称されるに相応しい部類だ。彼が扱う炎の術式は本来、10年間月明かりを溜めた銀狼の牙で……などというレベルの代物であるのだから。

 

「? 何よ、インデックス」

 

 ──ならばそれらをまるで児戯のように蹴散らしてみせた目の前の少女は、天才と呼ぶことすら烏滸がましい、理不尽なナニカではないか。

 

 少なくとも禁書目録には、そう見えた。

 

「ううん……何でもないんだよ……」

 

「そ。怪我は無さそうね、さっさと当麻の所へ行きましょう」

 

 いつの間にかステイルを簀巻きにし、額に御札を貼り付けた霊夢はそう言うと禁書目録を抱き抱えたかと思えば、そのまま肩に担ぐ。

 

「ふぇっ!? なな、何を……」

 

「飛んでった方が早いでしょ? 多分死んでないとは思うけど流石に相手が悪過ぎるし、急ぐわよ」

 

「待って、せめてこの格好だけでも──!?」

 

 あんまりな体勢に恥ずかしがる禁書目録を無視し、霊夢は飛び立つ。

 

 今宵は、まだまだ長く、終わらない。





次回、いよいよ霊夢が禁書目録の真実を知る……!

「……馬鹿じゃないの?」
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