とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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茶番劇

 

 

 ──次元が違う。

 

 対峙する女剣士に対し、上条当麻は本能的にそう理解してしまった。

 

(オイオイオイオイオイッ!? 博麗の奴はこんな化け物を相手に勝ったのかよ……ッ!?)

 

 道路を粉砕しながら迫り来る衝撃。持ち前の反射神経で何とか回避しつつも悪態をつくしかない。事前に情報がもたらされていなければ、今頃地べたを這いつくばっていたことだろう。

 

「ほう……七閃を見切りますか。やはり彼女から私の技については聞かされているのですね」

 

 淡々と呟く神裂。その言葉通り、上条は霊夢から神裂火織という敵について聞かされている。

 

 桁外れの身体能力を持ち、“異能の力”を用いずに鋼鉄製のワイヤーを操る肉弾戦が得意な魔術師。

 

 ──つまり己では、逆立ちしても勝つことの出来ない相手だということだ。

 

「出来れば、もう一つの魔法名()を名乗る前に、禁書目録を保護したいのですが」

 

「また保護か。勝手なこと言ってんじゃねーよ!」

 

 然れど、上条は一歩も退かない。少しでも触れれば切り刻まれるであろうワイヤーの斬撃を紙一重でかわしながら神裂へと向かっていく。

 

「ただの学生にしては良い身のこなしです。場慣れもしている。しかし──」

 

 漸く届いた上条の拳を神裂は容易く避け、その腹部に膝蹴りを浴びせた。

 

「うぐっ!?」

 

「彼女──博麗霊夢には遠く及びませんね」

 

 今までにない威力の衝撃。上条はまるで自動車にはねられたように吹っ飛び、壁に叩き付けられる。

 

「残念ですが、遊んでいる暇はありません。ステイルがどこまで持つか分かりませんからね……」

 

 そう言い、神裂は背を向ける。手加減はしたものの、ただの人間相手にはあまりにも過剰な力をこめた。右手以外に能力を持たぬただの高校生である上条はその一撃を前に意識を手放す。

 

「待て、……よ……」

 

 はず、なのだが。

 

「……もう十分でしょう。あなたが禁書目録の為にそこまでする理由は──「黙れよ」

 

 上条は立ち上がった。激痛と吐き気に顔を歪め、今にも意識が飛びそうになりながらも、執念を以って神裂を睨み付けていた。

 

「んだよ……ロボットみてーな野郎だと思ってたのに、つまらなそうな顔しやがって……」

 

「!!」

 

「アンタ……イギリス清教なんだろ? 博麗から聞いた。あいつは裏切り者なのかもしれねぇって言ってたが……どうも俺にはそうは見えねぇ」

 

 その気になれば自分など簡単に殺せる。なのにそうせず、説得するような口振り。ステイルならいざ知らずも、上条は目の前の女が悪人には到底見えなかった。

 

 だからこそ、ふと思い浮かんだ。自分たちは致命的な勘違いをしているのでは、と。

 

「……それで?」

 

「本当は分かってんだろ? こんなこと間違ってるって」

 

「ッ…………」

 

「そんなスゲェ力があんのに記憶の無い、たった一人の女の子を切り刻んで……どうしてそんな事しかできねぇんだ!?」

 

「私だって! ……私だって、本当は彼女を傷付けるつもりはなかった。あれは“歩く教会”の結界がまだ生きていると思ったから──」

 

 ここで初めて神裂が声を荒げた。

 

「他に手立てなどないのです。こうでもしないと、彼女はこの世界で生きて行くことが出来ないのですよ」

 

「!? 何を言って……」

 

「私の所属する組織名は、あの子と同じ“必要悪の教会”。インデックスは私たちの同僚にして──」

 

 ──親友なのですよ。

 

 告げられた衝撃的な真実に、上条が目を見開く。

 

 それと、ほぼ同時だった。

 

「ッ!? 人払いが……まさか、もう……!?」

 

 突如として術式が崩壊する。起点を壊さずに問答無用で結界を砕くその不可解な現象を見るのはこれで二度目であり、神裂の脳裏に最悪の事態が過った。

 

「──そいつから離れなさい」

 

 そして、その予感は的中する。

 

 七閃によって切り落とされた外灯の上。月夜を背に、彼女は悠然と佇んでいた。

 

「博麗、霊夢……ッ!!」

 

 あまりにも早過ぎる。彼女が現れたということは時間稼ぎをしていたステイルは敗北したとみて間違いない。

 

 拘束されているか、始末されているか、出来れば前者であってほしいが、相手が魔術師である以上、そのような期待も出来なかった。

 

(もう少し……もう少しだったというのに、こんなタイミングで……!)

 

 顔を歪め、割れてもおかしくないほどの強い力で奥歯を食い縛った。あっさりとやられたステイルを責めるようなことはしない。相手の実力は把握していたし、己が上条に対して禁書目録の()()であるという点からその殺害を躊躇していなければ、もっと早く加勢に行けたのだから。

 

「聞こえなかったの? 離れろって」

 

 そんな後悔に塗れる彼女に対し、虹色の光弾と御札の大群が容赦なく襲い来る。

 

(ッ──!? あの魔力弾と同じもの──いきなり仕掛けてきますか……!)

 

 即座に飛び退く神裂であったが、光弾は着弾せず弧を描き、ホーミングするかのように軌道を変えてその後を追っていく。

 

「──七閃──」

 

 七つの不可視の斬撃が幾度も高速で繰り出され、ぶつかる。それにより光弾の幾つかを相殺し、残りも誘発させることで消失させるも、代償に半分近くのワイヤーか焼き切れてしまう。

 

──夢想妙珠──

 

 そして、間髪入れず第二陣が放たれる。

 

「なっ!?」

 

 馬鹿な、と驚愕する神裂。その規模はあの時のものよりは幾分か劣るもののそれでも魔力量は規格外の一言であり、まさか連発可能だとは思ってもみなかった。

 

「……ギリギリセーフ、なのかしら」

 

 残ったワイヤーで必死に対処する神裂。いつの間にか、霊夢は上条の前へと移動していた。

 

「博麗……!」

 

「生きていて何よりだわ。後は任せて」

 

 タイミングが良いのか悪いのか。駆け付けてきたことへの喜びと先程の神裂の発言が気になる思いが入り雑じり、複雑な表情を浮かべる上条。しかし、神裂から視界を一片足りとも外さないようにしている霊夢はこれに気が付かず、肩に担いでいた禁書目録を下ろす。

 

「とうまっ!?」

 

 傷だらけの上条を見るなり彼女は青ざめた顔でその傍へ駆け寄る。

 

「酷い怪我……れいむ! はやく治療しないと!」

 

「待ってなさい。先にあいつを潰すわ」

 

 恐らく治療魔術が使えるであろう霊夢へ禁書目録は懇願するが、相手が相手であるためそのような余裕など無い彼女はそう言うと、疾風の如き速さで神裂の方へと向かっていく。

 

「おい……! 少し待って──」

 

「動いちゃ駄目! 傷が開いちゃうんだよ!」

 

 慌てて後を追おうとするも彼の容態を心配する禁書目録に止められてしまう。

 

「けどインデックス……あいつは……」

 

 本当はお前の親友なのかもしれない。そう言おうとしてすんでのところで飲み込む。今にも泣きそうな表情を浮かべた彼女にそんなことを言ってしまえば、どうなるか分かったものではなかった。

 

 そして、既に戦闘は、彼が割って入れるような余地は無い程までに激化している。

 

「くっ──」

 

「ツレが随分と世話になったわね? 聖人さん」

 

 一方、霊夢は降り注ぐ弾幕の嵐から逃れんと縦横無尽に駆け回る神裂の姿を追う。

 

 そのスピードは音を超え、踏み込む度に大地は砕け、凄まじい衝撃波が発生する。しかし、霊夢はその姿をはっきりと視界に捉えており、的確に御札を投擲していく。

 

(こちらに近付く素振りすら見せず、常に一定の距離を保っている……接近戦は不利と判断しましたか。それとも元々この戦術が彼女の得意分野なのでしょうか)

 

 恐らく後者だろう。絨毯爆撃の如き弾幕を神裂は躱し、或いは刀で切り伏せて捌き続ける。

 

 光弾のホーミングが厄介だが、速度自体はわりと遅く、こちらも遠距離魔術を放つことで相殺可能。その場合は隙潰しの御札や針への対応が疎かになってしまう。

 

 故に、彼女は一向に攻勢に出ることは出来なかった。

 

(しかし、このままでは消耗するだけ……どうにか埒を明けねばなりませんね──)

 

 幸いにも禁書目録との距離は離れている。向こうも彼らを巻き込まないようにしているのだろう。

 

 ならば大技(唯閃)で一気に決める。その思考に至ると即座に神裂は刀を構え、大地を蹴った。

 

Salvere000(救われぬ者に救いの手を)──!」

 

 魔法名を名乗り、出し得る限りの全速力で空に浮かぶ霊夢へと疾走する。

 

 その過程で数発の弾幕が掠めるが、彼女は怯まず走り続け、一気に跳躍した。

 

「──唯閃(ゆいせん)──」

 

 渾身の力をこめられて放たれた神速の抜刀術。前回霊夢に死を覚悟させたその一刀は万物を、空間すらも切り裂く。

 

「悪いけど、それは()()()()()

 

 しかし、神裂が斬ったのは、何も存在しない虚空だった。

 

「───!?」

 

「馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくれてありがとう。お礼に叩き落としてあげるわ」

 

 避けられた、神裂がそう認識した瞬間にはいつの間にか霊夢は頭上へと移動していた。

 

──亜空穴──

 

「がぁっ!?」

 

 重力に従った自由落下と共に繰り出された踵落とし。全身全霊の奥義を放った後、それも空中で身動きの取れない状態でその一撃を無防備で後頭部に受けた神裂は真っ逆さまに墜落する。

 

(何がっ……全く反応出来なかった。おかしい、彼女の身体スペック自体は、聖人には劣るはずでは……?)

 

 前回は手加減していた? 否、あの時手を抜く必要性など無かったし、そもそも仮に聖人を凌駕するスピードであれ、全く()()()()なんてことがあるのか。たとえ光の速さに匹敵しようとも、神裂の研ぎ澄まされた反射神経はその軌跡を僅かにでも追えていただろう。

 

 しかし、霊夢のあれはそう、その場から消えた、まるで瞬間移動したかのような──。

 

「ぐっ……まだ……、私は……──ッ!?」

 

 高所から落下し、一瞬脳を揺さぶられたことで意識がぐらつくも鍛え上げられた聖人の肉体。どうにか意識を保ち、立ち上がった神裂は周囲を見て言葉を失う。

 

 半透明な()()()結界が正四角形を作り、自身を取り囲んでいた。

 

「──終わりよ」

 

 無慈悲な宣告。結界から射出されるように、四方八方から無数の弾幕が飛んでくる。

 

──二重弾幕結界──

 

 法王級を遥かに超える桁外れな大魔術に驚愕しながらも即座に神裂は回避の為に動き、再び唯閃を放とうと構え──

 

 ──背中に衝撃と激痛が伝わった。

 

「─────」

 

 声にならない悲鳴をあげ、バランスを崩す。そこに容赦なく残りの弾幕も雪崩れ込み、神裂を呑み込む。

 

 何が起きたのか。外側の結界から放たれた弾幕が内側の結界を介した瞬間に位置と軌道を変える。それは不規則なように見えて、事細かく規則的で原理さえ分かれば避けるのは容易いものであったが、完全に初見であり、予想外の被弾によってパニックに陥った神裂に気付けるようなモノではなかった。

 

(ぐぁ……っ……まずい、このまま、では──)

 

 絶え間無く降り注ぐ弾幕。いくら聖人の頑丈な肉体であろうとも耐え切ることはまず不可能であり、逃れられない。

 

 曰く、人間は目の情報に頼り過ぎる。これをただ弾がワープするだけの弾幕だと思ってはいけない。その背景が裏返っている事の方が重要である。そこに気が付かないと、いつまで経っても霊夢には遠く及ばないだろう。

 

 ある者の言葉通り、時間経過で弾幕が止まり、結界が解かれた頃には、神裂は地に伏していた。

 

「嘘だろ……」

 

 更地になった大地。あまりにも一方的な戦いを前に、上条は圧倒される。隣で禁書目録も愕然としていた。

 

(は、博麗って……こんなに強かったのかよ……)

 

 今までも霊夢が戦っている所は何度か見たことがあり、その鬼神の如き強さはよく理解していた。

 

 しかし、それは基本的に高い身体能力と人間離れした体術によるもの。針や御札を投擲することはあったものの、このような規模の魔術を駆使して戦う光景は初めて見た。

 

 御坂や食蜂を相手にも強気になれるはずだ。超能力など正しくレベルが違い過ぎる。

 

 あの神裂火織という規格外の怪物を、より規格外な力で真っ向から叩き伏せた。それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の力で。

 

 思えば、自然なことだ。これだけの力があるからこそ、イギリス清教──即ち、英国そのものを敵に回すことすら厭わないのだろう。

 

「さて、と──」

 

 一方、霊夢は倒れている神裂の前へ降り立つ。ステイルと同じように簀巻きにして拘束するつもりだった。

 

「門番の方がまだ上手よ? 狸寝入り」

 

 次の瞬間。思い切り腹部を踏みつけた。

 

「かはっ──!?」

 

「ほんと頑丈ねぇ……あの不良天人と良い勝負するんじゃない。どうでもいいけど」

 

 不意を突くつもりだったのだろう。胃を押し潰され、圧し殺していた息を一気に吐き出して呻き声をあげる神裂を冷徹に見下ろし、霊夢は呆れた様子で吐き捨てる。

 

 霊夢の弾幕には殺意は存在しない。しかし、それでも当たり所が悪ければ死んでしまうかもしれない、くらいの威力はあり、そんな代物をあれだけくらって尚も意識を保っていられる神裂、ないし聖人という存在に軽くドン引きしていた。

 

「っ……ゅ……ぐぁ……こん、な……ところで……おわ……」

 

「いいえ、終わりよ」

 

 唯一残された勝ち筋すら潰された。ひゅーひゅーと掠れた呼吸をしながら神裂は悔しげに顔を歪め、見上げるように霊夢を睨む。

 

 対する霊夢はこれを冷徹な眼差しのまま見下ろし、その意識を奪い去らんと大幣を振り上げた。

 

「待ってくれ! 博麗!」

 

「──あん?」

 

 しかし、上条がこれに待ったをかけた。

 

「……何?」

 

 ぴたりと寸前で大幣を止め、霊夢は怪訝そうに問いかける。背後で禁書目録もその行動に困惑しているようだった。

 

「その……コイツらにも何か事情があるみたいなんだ。少し話を聞いてもいいか? 頼む」

 

「はぁ? ……ま、別に良いわよ。ただ拘束してからね」

 

 真剣な顔でそう言われ、仕方ないといった様子で霊夢は承諾し、パチンと指を鳴らす。

 

 すると無数の札が神裂へと纏わり付き、鎖のように縛り上げた。

 

「ぐっ……!」

 

「じゃ、さっさとしてちょうだい」

 

「ああ、すまん」

 

 霊夢の位置と入れ替わるように、上条は神裂へと近付く。

 

「……何ですか」

 

「アンタ……さっき、インデックスと()()()()()って言ってただろ。あれは一体どういうことなんだ?」

 

「──え?」

 

 その問いかけに、霊夢は眉をひそめ、禁書目録はぽかんとする。

 

「それ、は……」

 

 一方、問いかけられた本人は口籠る。ちらりと禁書目録の方を一瞥していたことから、彼女に聞かれたくないのだろう。

 

「ふうん……インデックス。少し寝てなさい」

 

「ふぇ?」

 

 それを察した霊夢はソッと撫でるように禁書目録の頭に手を翳す。

 

 次の瞬間、彼女は意識を失い、霊夢の方へと倒れ込む。

 

「なっ おい……」

 

「ちょっとした(まじな)いよ。害は無いし、眠ってるだけだから安心しなさい。──これで、話せるでしょ?」

 

 抱き寄せた禁書目録を優しく地面に寝かせると霊夢は神裂へと視線を送る。

 

「……分かりました」

 

 彼らに禁書目録への悪意が無いことは分かっている。故に、真実を伝えても大丈夫だろうと、神裂は静かに語り出す。

 

「言葉通りです。私とステイルは彼女……インデックスの親友でした」

 

「じゃあ、何で……」

 

「あの子の頭の中には、10万3000冊の魔道書が記憶されている。それは知っていますね? ……彼女の脳の85%は、それで容量を食い潰されてしまっているんですよ」

 

「──は?」

 

 告げられた予想外の事実に、上条は目を見開く。

 

「つまり、彼女の脳の残り容量は15%しかない。その15%で、彼女は私達と同じスペックを発揮しているのですから、本物の天才と言って良いかもしれませんが」

 

「でも、だからって何でこんな風に追い掛け回してるんだよ!?」

 

「追い掛け回す、というのも事実とはまた異なりますね。私たちの目的は──彼女の記憶を消すこと、にあります」

 

 そこで上条は思い出す。禁書目録の記憶が一年前から全て残っていないということを。

 

 しかし、それは霊夢の考察だと禁書目録に施された魔術によるものだったはずだ。

 

「テメェ……!」

 

「ですが、そうしないと彼女は死んでしまう」

 

 怒りに顔を染め上げる上条を、制するように神裂は告げる。

 

 自分たちの行為の、正当性を。 

 

あ゛?

 

 一方、霊夢は立ち尽くす。目の前のこの女は、一体何を言っているんだと。

 

「彼女の脳は、ただでさえ15%しか容量が残されていない。にも拘らず、完全記憶能力のせいで木の葉の枚数や道端の空き缶のようなゴミ記憶まで完全に保存してしまうのです。……そして、そのせいで一年周期で記憶を消さないと、インデックスは死んでしまう」

 

「っ……そんな……」

 

 あまりにも最悪で、残酷な事実に、上条は言葉を失う。神裂の語るそれには確かな説得力があり、それ故に気が付けなかったのだ。

 

 その致命的な間違いに。

 

「私たちは、何度も彼女の傍に居続けました。彼女が記憶を失うとしても、それでも幸せな一年が送れるようにと努力もしました」

 

 俯く神裂。思い返すのは禁書目録の親友として過ごした日々。自分たちに向けられる笑顔と、記憶を消す寸前の泣きじゃくる姿──。

 

「……ですが、結局最後にあるのは地獄のような別れだけ。悟ったんです。私たちが彼女を幸せにしようとする努力が、別離の苦痛をより深いものにしているんだと」

 

 つまりわざと敵として見られることで、記憶が消される瞬間に辛い思いをさせないようにしていると。そのどうしようもなく哀れで、しかしあまりにも自分勝手な言い分に上条は怒りを覚える。

 

「……馬鹿じゃないの?」

 

 すると霊夢が冷たい声質で吐き捨てた。

 

「ッ、何を……」

 

「茶番も良いところね。そんなことの為に、インデックスを()()()っての?」

 

「は?」

 

 言っている意味が分からず、神裂は茫然とするも、しばらくしてそれが記憶の消去のことを意味しているのだと理解し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「ッ……酷なことを、言いますね。確かに、私たちは彼女を殺している、ということになるかもしれません。ですが、そうしなければ彼女は記憶の圧迫で──」

 

「まずその前提が間違っているわ。記憶の圧迫で死ぬなんてある訳無いでしょ」

 

 次の瞬間、神裂の呼吸が死んだ。

 

「そもそも15%で一年なら、どう計算しても六、七年しか生きられないじゃない。簡単な算数も出来ないの?」

 

 あ、という呟きを漏らしたのは、果たしてどちらだったか。

 

 完全記憶能力者は禁書目録以外にも居る。そんな特徴があるのであれば、それは不治の病としてもっと注目されて良いはずだ。

 

 つまり──。

 

「私の知り合いにも完全記憶能力者は居るわ。そいつは短命だけれど、それでも30年くらいは生きられるし、短命の理由は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を繰り返した副作用によるもの。ただ10万冊程度の魔道書を記憶しただけで死ぬなら、そいつはとっくにくたばってるわ」

 

 そして、科学的な観点から見てもそれは証明される。そもそも人間の脳は思い出を司るエピソード記憶、知識を司る意味記憶、技能を司る手続き記憶の三種類に分けられており、意味記憶である魔道書の知識が、エピソード記憶を圧迫するなど、絶対に有り得ないのだ。

 

 神裂は、告げられた事実を咀嚼する。咀嚼しなければ、到底呑み込めるような情報ではなかった。

 

「そんな、……いや、でも! 実際に彼女は、インデックスは今まで何度も苦しんで来ました! いくら理屈の上ではそうだとしても、実際に苦しんでいるということは──」

 

「そんなの細工されたからに決まってるでしょ。あんたらの上司様とかがさ」

 

 神裂の言葉が、完全に停止する。

 

「あの術式の正体が分かった。ありゃインデックスに掛けられた“首輪”ってことね」

 

「何、を……」

 

「考えてもみなさい。一年も期間があればあなたみたいに親友と呼べるような間柄ができる。それはインデックスを管理する側からすれば都合の悪い話よ。裏切られるかもしれないし、魔道書の知識を使うかもしれない……なら、どうするか」

 

「……………………ぁ」

 

「あの子に、あんな小さな子に魔道書の知識なんて毒を押し付けて、それを良しとするような連中が、まともである訳がないでしょうが」

 

 責め立てるように、無慈悲に言い放つ。お前たちがやっていたことはすべて無駄だったと。ただ無為に、彼女の大切な思い出を葬り去ってきたのだと。

 

「そんな……そんなの……それじゃ、私は、私たちは、今まで、何の為に……っ」

 

 ぽろぽろと、絶望に打ちのめされた神裂の目から、涙が零れ落ちていく。

 

 自分たちがしてきたことは、インデックスを救うことなんかではなかった。仕組まれたレールの上に乗せられて、勝手に努力して、勝手に絶望して、勝手に親友を傷付けて──。

 

 とんだ道化(ピエロ)ではないか。

 

「……これから、私たちはインデックスに施された呪いを解くわ」

 

 その姿を見下ろしながら霊夢は言うと共に、神裂を縛っていた御札が剥がれ落ちていく。

 

「…………!」

 

「騙されていた、ってのは言い訳にはならない。それに気付けず彼女を()()()()()あんたたちは間違いなく同罪だし、最低な屑野郎よ」

 

「ッ……」

 

「だけど……」

 

 スッと霊夢は手を差し出す。

 

「少しでも償う気があんのなら、ついて来なさい」

 

 月明かりに照らされたその姿が──神裂には、まるで救世主のように見えた。

 




人間の記憶容量は約140年らしい……阿⑨は30×9で270年……もはや妖怪なのでは? 
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