とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
そう掲げるのは自らを
そんな連中にかつて、食蜂操祈は襲われた。
彼らが身に纏う真っ赤なヘルメット付きのライダースーツのような武装はただ食蜂一人を殺す為だけに組み上げられた兵装システムであり、圧倒的な速度で操られる前に突撃し、食蜂の能力で装着者の脳波に異常が起これば、AIが反応して自動的にプログラム動作に切り替わる。
つまりは自滅も覚悟で彼女を仕留めるコンセプト……そんな代物に囲まれ、超能力者といえど所詮は成人にも満たぬ少女には為す術が無かった。
たまたま居合わせた最近よく話をするようになった高校生、上条当麻と必死に逃げた。しかし、食蜂の致命的な運動神経の悪さが及ぼす影響は大きく、遂には全周を囲まれてしまう。
正に絶体絶命。デッドロックのリーダーと思わしき男は無関係な上条を見逃そうとするも彼は一歩も退かず、多勢に無勢でありながら食蜂を守る為にライダースーツの集団と対峙する。
その背に守られながら、食蜂は困惑する。何故この少年は自分を助けてくれるのか。別に血縁関係がある訳ではないし、恋人だったりもしない所詮行きずりの相手だというのに……。
「今にも泣き出しそうな女の子の側に立てりゃあ、こっちはそれで本望なんだよ」
そして、その言葉を聞いて食蜂は自分の中で一つの感情が芽生え、身体が熱くなる。それは今まで何度となく他人の頭を覗いてきた彼女をして、初めて知る感情だった。
「そうか。ならばしょうがない。君とも戦わなければならないようだ」
「元よりその気だよ」
上条が動く。デッドロックたちも一斉に構え、戦いの火蓋が──。
「喧しい。近所迷惑よ」
切って
ぐしゃりと天から振り下ろされた踵が上条を迎え撃とうとした男のヘルメットを陥没させる。
「……え?」
この場に居た全員が口を開け、固まる。地に伏した男の背中の先には紅白の巫女が立っていた。
「ったく……呆れた。あんた、また面倒事に巻き込まれてんの?」
デッドロックたちに一瞥もくれてやること無く、巫女は気だるげに首を回しながら、まるで緊張感の無い様子で上条に視線を送り、そう言った。
「博麗ッ!? 何で……」
「あんだけ派手に爆音鳴らしながら追い駆けっこしてたら否が応でも気付くわよ」
「そうか! けどナイスタイミング! おかげで助かった!」
いち早く冷静さを取り戻した上条がその人物の登場に安堵と共に笑みを浮かべる。
彼女が駆け付けたからにはもう大丈夫だと、確信している笑みだった。
(博麗って……あの……?)
食蜂もその姿には見覚えがあった。彼女にとって因縁深い能力開発施設、“
「何者だ、貴様!?」
「おのれ……! 邪魔立てするか……!」
「……で、何こいつら? 最近の暴走族ってのはバイクに乗らずに自分に車輪を付けてんの?」
敵意を剥き出しにするデッドロックたち。対して巫女は特に表情を変えずに相変わらず緊張感が一片足りとも感じられない声で問う。
嘗められているのは明らかであり、リーダーを撃破されたこともあって彼らは苛立ちを募らせる。
「我々の邪魔をするなら、死ね……!」
しびれを切らしたデッドロックの一人が背中に装備された超小型ジェットエンジン2基で時速200km以上に加速しながら突撃する。腕に携行している鉄の杭のようなもの……炸薬作動式パイルバンカーで交差すれば即死は免れない。
「その言葉、そのままお返しするわ」
「がはっ……!?」
──が、すれ違った瞬間、膝から崩れ落ちたのはデッドロックの方だった。
「は?」
まさかの瞬殺。リーダーの時のように不意打ちでもなく超能力者第五位を抹殺する為だけに作り上げられた武装が、超能力者でもないたった一人の巫女によって真正面から呆気なく粉砕された。
ここで彼らは漸く気付いた。自分たちが何を敵に回したのかを。もはや自分たちは狩人ではなく、狩られる獣の方なのだということを──。
「生憎だけど今は機嫌が悪いの。これ以上、私の手を煩わせるというのなら……」
一方、巫女は何食わぬ顔でいつの間にか手に持っていたお祓い棒を肩に担ぎ、ただ冷たく何の感情の色も無い瞳で彼らを見据える。
「死にたい奴だけ、かかってきなさい」
こうして、超能力者への憎悪と怨嗟から食蜂操祈抹殺という凶行に走った集団、デッドロックは何を成すことも無く叩き潰された。
これが食蜂操祈と巫女──博麗霊夢との邂逅。もしも彼女が来なければ上条にとんでもない大怪我を負わせていたかもしれず、そうなっていたら食蜂はそのことを一生後悔していただろう。
故に、心から感謝している。上条が能力を使わなくても助けてくれる素敵な王子様であるように、霊夢もまた食蜂にとっては命の恩人にして“ヒーロー”だった。
そう、思っていたのだ。
「嘘で……しょ……?」
声が震える。そんな人物から告げられた言葉に食蜂は耳を疑い、顔を青白くさせていた。
「何も……? 本当に何も……覚えていないの…………?」
「……ええ。そうよ」
嫌な予感はしていた。目の前で普段の彼女を知る身からすれば考えられないような覇気が無く、暗い表情で俯く少女が自分に対して僅かばかりではあるものの苦手意識を持っていたことは知っていたのだから。
本人曰く、似たような能力を持つ奴を思い出すからと。その際、そいつに比べればずっとマシな性格をしているから安心しなさいと良く分からないフォローをされたが、食蜂からすれば単にそれだけの理由で能力を知ろうとも物動じせず、対等に扱ってくれる彼女のことは気兼ねなく接することの出来る数少ない良き友人のように認識していた。
そのため、わざわざ常盤台にまで出向いて会いに来るということは相応の用件があるのだと察することは容易である。
そして、その予感は的中した。だが、それは想定していた何よりも最悪な、信じられない、否、信じたくないようなもの。
上条当麻が記憶を喪っている。淡々と告げられた残酷な事実に頭を思い切りハンマーで殴られたような衝撃を受け、打ちのめされる。
「た、確かなの? 勘違いだって可能性は──」
「冥土返し、だっけ? あんたらがそんな大層な異名で呼んでいる医者が診断した結果よ。私から見ても間違いなく何もかも忘れていると思うわ」
そこに嘘が存在しないのは能力を使わなくても分かる。彼女ほど嘘が下手で分かりやすい人物は食蜂の知る限りでは存在しない。
霊夢は正直に話した。魔術師関連はある程度はぼかしつつも、上条当麻の身に起きたことが真実であると証明する為に洗いざらい説明した。
「じゃ、じゃあっ! 他の記憶を刺激するとか、それでも駄目なら私の
「あいつに能力通じるの? それに、恐らくあいつの記憶喪失は
「なっ…………」
今度こそ食蜂の顔が絶望に染まる。霊夢の記憶については知っている。かつて、霊夢は心理掌握で自身の記憶を呼び起こせないかと頼り、食蜂も助けられた恩を返す為に二つ返事で引き受けた。
しかし、結果は失敗。いくら最高峰の精神系能力と言えど、脳細胞ごと破壊されていると言う他無い致命的な記憶の損傷を修復することなど不可能。無いものを甦らせることなど出来やしないのだ。
つまり霊夢の発言が真実ならば、今の食蜂に出来ることなど存在しない。
「う、嘘よっ……! そんなこと有り得ない……ッ!」
「……操祈」
「だってっ! だってぇ、そんな……そんなの……あんまりじゃない……ッ!!」
絶望に打ちひしがれる。自らの知らぬ所で、最愛の人間が死んでいた──。
受け入れられるはずがない。
「あっ、貴方は!!」
そして、彼女は冷静さを失う。ガシッ! と霊夢に掴みかかり、強く睨み付ける。
「貴方はっ、何をしていたの!? 貴方が傍に付いていながら、何でこんなことに……ッ!?」
「………………」
涙が止まらない。感情を爆発させ責める。それが全くお門違いなただの八つ当たりであり、おぞましい行為である事には気付いていた。
しかし、それでも止められなかった。それ程までに信じられなかった。あの博麗霊夢が上条を救えなかったことが──。
「貴方はいつも、相手が誰であろうと何てことないかのように倒してきたじゃない! 上条さんだって、貴方の事は誰よりも信頼して、頼ってた! 彼にとって貴方は、唯一のヒーローだったのよ! なのに何でっ!」
幻想が崩れ去る。考えてみれば当然だ、今まで勝手に思い込んでいただけに過ぎなかったのだ。
博麗霊夢はやることなすこと全てが滅茶苦茶で出鱈目でその場に駆け付ければ何もかもを救っていく無敵の存在なのだと。
しかし、現実は違った。所詮は彼女もただ強い力を持っただけの人間。無敵でもなければ完璧でもなく、手に負えないことも取り零すこともあり、それがたまたま上条当麻だった。
そういうことなのだろう。だからと言って、脳で理解しても感情はそれを拒絶する。
「何でなのよ……何でぇっ……!!」
「………………」
その慟哭に霊夢は何を言わない。こんなことしか言えない食蜂に失望したのだろうか。現に食蜂自身も自己嫌悪に陥っていた。
「──ごめんなさい」
「え?」
しかし、暫しの沈黙の後に口から零れたのは謝罪の言葉。食蜂が茫然としていると、彼女はそのまま床に膝を突き──。
「待っ、やめてっ!」
彼女が何をしようとしているのか察した食蜂は慌ててその体を押さえ込んで止める。
「確かに私のせいよ。あいつがああなったのは、私の油断が招いたこと」
「ち、ちがっ……」
「目の前で人間を、簡単に死なせるもんかと思っていながら私は守れなかった。くだらない油断と気安さが、あなたの大切な人を死なせてしまった」
「違う! 違うでしょうっ!?」
真摯に受け止め、沈痛な面持ちでそう言った霊夢の言葉を食蜂は否定する。それはあくまで結果論であり。自分の詰責は単なる八つ当たりに過ぎないのだと理解しているのだから。
けれど、それと同時に気付いた。彼女もまた自分かそれ以上に辛いのだと。
記憶喪失を
分かっていたのだ。最高峰の精神系能力者である食蜂は他者の感情に対して人一倍敏感だった。だからこそ、一見すると周囲への興味が無く、冷たいように見える博麗霊夢という人間が、その本質は穏やかで優しい人物なのであると、とっくの昔に気付いていた、そのはずなのに。
「謝るのは、私の方よ……その場に居ることすら出来なかった人間が、結果だけをみて批判する行為が、どれだけ最低なことかは自覚しているわ」
涙を指で拭い、落ち着いた声でそう言う。一度感情を爆発させたからか、霊夢の謝罪に茫然としたからか、少しだけ冷静さを取り戻すことが出来た。
「……当麻は今、記憶喪失のことをひた隠しにしている。自分の知っている誰かに知らされて、そいつが傷付くのを恐れて」
「…………!」
ぽつりと漏らした霊夢の言葉に、食蜂が目を見開く。
「だから真っ先に気付くであろうあんたには、事前に教えておいた方が良いと思った。二人とも傷付くなら一人だけの方がまだマシ……って言えば聞こえが悪いけど」
「そう……なの……」
「何度か言葉を交わしたけど、何も変わっていなかったわよ。記憶が無くても、当麻は当麻。あいつは以前と変わらない、お人好しな馬鹿のままだった」
それは食蜂にとってほんの僅かな、しかし確かな救いであった。
「だから操祈……あんたが好きだった当麻はもう居ないのかもしれないけど、もし自分の心に折り合いがつけられたのなら、また……あいつに会うと良いわ」
「……ごめんなさい。今日はもう、一人にさせて」
ぼそりと囁くような食蜂の要求を、霊夢は黙って受け入れ、この場を後にする。
「そっ、か……もう……戻って来ない、のね……」
涙がまたぶり返してくる。湿った床を見下ろしながら彼との積み重ねてきた宝石のような思い出を、一つ一つ思い出していた。
痴話喧嘩だったり、自分を守ってくれたあの背中も、そして何気ない日常の一コマでさえも、全てがかけがえのないモノだった。
──だけど、もう居ない。あの時、あの瞬間の、彼女のことを知る彼と会うことはもう二度と無いのだ。
「あ、ああっ……うああああ……」
啜り泣く声が、ずっと響く。
彼女の初恋は今以て終わりを告げた。
覚悟はしていた。罵声を浴びせられることも、拳の一つだって受け入れてやるつもりだった。
しかし、泣き崩れる食蜂を見て、かつて見たことがない彼女の有り様を目の当たりにして霊夢は言葉が出なかった。
「ハァ……罪作りな男ね」
いずれは彼と親しい者たち全員に伝えなければならないのかもしれない。そう考えるだけで溜め息が零れる。
男女問わず誰もが彼の死を知れば食蜂のように、或いはそれ以上に悲しむだろう。それくらいには彼が好かれていることを、霊夢は知っていた。
これは戒めだ。己が過ちを二度と忘れぬ為の。救えた、救えなかったの話ではない。救わなければならなかったのだ。
何があろうと人間の味方で在り続け、必ず守ると、そう誓ったのだから。
それこそが──。
「で? 盗み見とは感心しないわね」
「…………!」
そう呟けば、校舎の物陰から御坂美琴が姿を現す。いつもの制服ではなく、ドレスのような衣装を着用しているが、恐らく成夏祭で何らかの行事に参加していたのだろう。
「……ごめん。あんたがあいつと居るのをたまたま見掛けて、その、気になったからつい」
「そ。聴いてたの?」
「ううん。何を話していたかまでは分かんなかったわ」
ばつが悪そうに俯く御坂。この返答に平然としつつも内心ホッとする。仲が悪かろうと知り合いが記憶喪失なんて知れば少なからずショックを受けるだろうと思ったからだ。
「けど……あいつが、泣くのは初めて見た。それもあんな風になんて、想像もしたことがない」
「………………」
犬猿の仲だった、あの常盤台最大の派閥を率いていた女王が突然泣き崩れた時は、幻覚でも視ているのかと思った。あの光景は、御坂が今まで抱いていた食蜂操祈の印象を大きく変え、彼女の能力によるものだと思った方がまだ信じられた。
しかし、彼女の能力は自分には通用せず、それが紛れも無い現実なのだと理解させられる。
一体何があったというのか。
「分かってる。何を話してたかなんて訊くほど無神経じゃないわ。ただ、私が協力出来ることなら──」
「無い」
「ッ…………」
「今の所は、ね。もし必要になったら教えるから、その時に頼むわよ」
「え、ええ! 任せておきなさい」
無下に扱われず、素直に頼ってくれた。この事に御坂は嬉しく思う。
実際のところは御坂に出来ることなど精々食蜂のメンタルケアくらいであるが、霊夢がきっぱりと断らなかったのは詰責せず、こちらに配慮してくれたことへのせめてもの礼だった。
それに、人手は多い方がいい。
「ねぇ……あいつ、大丈夫なの?」
「……さあね。立ち直れるかどうかは、あいつ次第。私達は見守るくらいしか出来ないわ」
「そう……」
御坂の問いに霊夢は何とも言えない返答をする。そんな柔な人間ではない、なんて安易なことは決して言えやしない。愛する者がすべてを忘れた……その辛さは経験の無い霊夢では想像も付かないのだから。
故に、ただ信じるしかなかった。己が何か声をかけるなど烏滸がましいにも程がある。
「じゃあ、あいつ……食蜂とはいつから知り合いだったの?」
すると御坂は別の質問をする。まさかあの彼女と面識があるとは思っておらず、先程からずっと気になっていた。
「ん? えっと、去年の夏くらいかしら? 暴走族に襲われてるとこを助けてからの付き合いになるわ」
「暴走族? あいつが?」
ただの暴走族なら簡単に撃退出来ると思うのだが……尤も、あくまで霊夢の基準なのでその暴走族とやらもろくな連中ではないのだろう。
しかし……。
「あんたって……基本的に人助けしてるわよね。あの黒妻って人も助けてたみたいだし」
「別に。成り行きよ」
こうして聞くと、本当に佐天の言うように“ヒーロー”みたいだった。
無愛想にそう言う様は一瞬照れているかに見えたが、どうやら本気でそう思っているようだ。だが、成り行きといえど誰かを助けているという事実は凄い事だと御坂は思う。
気に食わない相手だが、あの木山春生との戦いから、御坂は霊夢に一目置いていた。
「人助け……ね」
そう言われたのは御坂が最初ではなかった。いまいち実感が湧かないが、周りがそう言うのならやはりそうなのだろうか。
霊夢に正義感は無い。今も昔も、きっとこれからも。ただ目が届く範囲で悪事だの悲劇だのが行われるのが気に食わず、見過ごせぬというだけ。故に、この学園都市の裏で平然と行われている胸糞悪い事象に関わるつもりなどないし、心底どうでもいい。
「それに、いくら助けようと、肝心な所で取り零したら意味無いでしょうに」
「え?」
「何でも無いわよ。それじゃ、私はそろそろ涙子の所に戻るから」
思い出したように霊夢は言って背を向ける。もはや成夏祭を楽しめるような気分では到底無くなったが、帰るにしても待たせている彼女を放置する訳には行かなかった。
「あ、待って! 私も行くわよ!」
それを慌てて御坂が追いかける。霊夢は去り際に食蜂の居る方角を一瞥し、この場を後にした。
(大丈夫。絶対に見つけ出してやるわ)
食蜂には言わなかったが、霊夢は上条の記憶を取り戻すことを諦めてなどいない。たとえ可能性が限りなくゼロに等しかろうと、そのゼロに彼女はすべてを賭けるつもりだ。
彼女は正義の味方でもヒーローでもなく、人間の守護者にして幻想の調停者。
“博麗の巫女”なのだから──。
悲しいなぁ
デッドロック
レベル5をぶっ壊す!党。第五位のデータ解析の為にある男に意図的に超能力者を憎むよう仕立てられたのだが、本人達は気付いていない。
鬼巫女一人に蹂躙されて敢えなく全員少年院送りとなった。
才人工房
天才や偉人級の人間を人工的に生み出す事を目的とした学園都市暗部の研究機関。その中のとあるチームが博麗霊夢に早期に目を付け、データ採取を行っていたが、ある日を境に研究チームはおろか上層部を含めて関係者が一人残らず行方不明になっている。
これにより霊夢関連の研究は全て凍結されている。