とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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吸血殺し

 

 

 記憶を失ってから一週間。右も左も分からないまま退院し、実は記憶喪失ではなかったように振る舞いながら過ごすのは本当に苦労したと、上条当麻は思い返す。

 

 何しろ生活用品の場所や果ては口座の暗証番号すら思い出すことが出来ない状態なのだ。自分がどこの学校に通っているのか、というかそもそも何歳なのか、どういうサイクルで日々を過ごしていたのか、およそ生活史と言えるものを、全て失ってしまっている。

 

 上条がまず最初にやったのは目を皿のようにして辺りを見渡して近隣の地理を頭に叩き込むこと。決して出来の良い頭ではなかったが、何度も街中を見て回ることでどうにかして自分が暮らす学区のおおまかな地理は覚えた。

 

 幸いにも同居人である禁書目録と上条が知り合ったのは最近らしく、誤魔化すのは簡単であったが、それでも記憶喪失であることを勘付かせないよう、違和感を覚えさせてはいけない。

 

 そんな並々ならぬ努力を惜しまず、生活にもだいぶ慣れてきた頃。参考書を買う為に出掛け、猛暑と空腹でご機嫌斜めな禁書目録を宥める為に赴いた某人気ファストフード店にて。

 

 彼は未知なる存在と対峙する。

 

「……巫女?」

 

 生憎と満席であったため相席を希望し、店員に案内されたテーブルには、一人の少女が突っ伏していた。

 

 その格好は紅白の巫女装束。頭髪も黒と奇しくも上条を診察したカエル顔の医者を除けば唯一上条が記憶喪失であることを知っているクラスメイト、博麗霊夢と同じ格好であったが、霊夢の巫女装束と違い、腋は露出しておらず、スカートではなくきちんとした袴である。

 

 つまり、少なくとも上条の知識においては一般的によく知られるごく普通の、神社の巫女の姿だった。

 

(えっ? もしかして学園都市で巫女さんってわりと普通に居る感じ?)

 

 そう誤解するのも無理は無い。現に案内した店員も目の前で突っ伏す巫女をまるで居ないものであるかのように扱いながら立ち去っていく。

 

 ……いや、あれは完全に見ないことにしているだけである。

 

 同時に、上条の記憶を失う前からと、失ってからも続く不幸によって敏感になったアンテナが、警告を告げる。

 

(よし、帰ろう。アレに関わるぐらいならインデックスに噛み付かれた方が──げっ!?)

 

 上条の心情など知らず、禁書目録は既に席に座っており、クーポン券が無ければ危うく金欠になるところだったくらい大量のハンバーガーを機嫌良く満喫している。

 

 仕方なく上条が近づくと、巫女の浜に打ち上げられたクラゲみたいに広がっていた長い絹のような黒髪が揺れ、肩がピクンッと動く。

 

「く……」

 

(く?)

 

「……食い倒れた」

 

「は?」

 

 言葉の通りである。巫女は食い倒れていた。

 

 どう反応すればいいかわからず、禁書目録の方を見るが我関せずと食事を続けている。味方があてにできないため、再び一人で巫女と向かい合う。

 

「えっと、何で食い倒れてるんでせうか?」

 

 とりあえず質問してみる。すると巫女は起き上がり、ぼんやりとした顔で上条を見つめた。

 

 面持ちも霊夢と同じく大和撫子のような美人であった。そんな美人に見つめられ、上条の頬が緊張で強ばる。

 

「お得なクーポンがたくさんあったから。とりあえず100円のハンバーガー30個ほど頼んでみた」

 

「そいつは、インデックスでもないのに頼み過ぎたな」

 

 名前を呼ばれて反応したのか暴食シスターは多少は腹を満たせたこともあって一旦食事を中断し、漸く巫女の存在を認知し、問い掛ける。

 

「ねぇ、あなたは何でそんなに食事を頼んだの? 必要以上の暴食は大罪なのに」

 

 上条は棚に上げるなとこの破戒僧のような修道女にツッコミたくなるのを堪えながら巫女の返答を待つ。

 

「帰りの電車賃。400円必要だった。でも全財産が300円。だからやけ食い」

 

(馬鹿だ……)

 

 要するに、帰るに帰れないのでこのような暴挙に出たらしい。上条は呆れるしかなかった。

 

「歩いて帰ろうとは思わなかったの?」

 

「……暑いから。無理。溶けてなくなる」

 

 巫女の格好をしているくせに、精神修行が足りてないようだ。もしかすると霊夢の巫女装束は実は夏用なのかもしれない。あの露出した腋部分やスカートは通気性を考慮した合理的なものであると考えると合点が行く……のだろうか。

 

 となると、この巫女はうっかり衣替えを忘れてしまったということになるが、先程のハンバーガーのくだりを見るに充分に有り得るなと思う。

 

「だったら、とうまにお金でも借りたら?」

 

 禁書目録はここで上条に言葉のキラーパスをする。巫女がこちらをジッと見つめた。

 

「いや、無理だって。上条さん、財布の中には千円札しかないし。むしろ恵んでほしい立場だから」

 

 上条が断ると、巫女は小さく舌打ちした。

 

「……甲斐性無しが」

 

「初対面の人間に、自分のことを棚に上げといて罵倒された! お前だって帰りの電車賃が100円足りねーだろ!? つーか、何だよその格好は! 学園都市には巫女さんが居ることが普通なのかっ!?」

 

「私。巫女さんではない」

 

 小さなプライドを傷付けられた上条が憤りながら興奮気味に問えば、巫女は自身の存在を全否定する。

 

「私。魔法使い」

 

「なっ……」

 

 そして、続いた一言に上条と禁書目録は驚き、表情を変える。魔法使い……即ち、魔術師。普通なら戯言と断ずるのが常だが、二人の身近には巫女で魔術師である存在が居るのだった。

 

 一方、そのような事情を知らない巫女は彼らのそんな反応に頭上に疑問符を浮かべる。

 

「魔法使いって、本当なの?」

 

 実は学園都市って神道の勢力の根城なのかも、と思いながら禁書目録が問う。

 

「本当」

 

「じゃあ、学派と魔法名は?」

 

「…………?」

 

 こてんと首を傾げる。その反応で上条は気付かなかったが、禁書目録は悟った。

 

 バンッとテーブルを叩く。

 

「カバラ!? エノク!? ヘルメス学とかメルクリウスのヴィジョンとか近代占星術とか! “魔法使い”なんて曖昧な事言ってないで専門と学派と魔法名と結社(オーダー)名を名乗るんだよお馬鹿ぁ!」

 

「ここでそんな事を叫ぶ時点でお前も大馬鹿だよこの暴食シスター!?」

 

 目の前の巫女が霊夢とは違い、魔術師なんでもないただのコスプレイヤーであると確信した禁書目録は説教するように捲し立てる。

 

 これに上条は戸惑う。とてもではないが、大々的に話していい内容ではなかった。

 

「????」

 

「この程度の言葉も分からず魔術師を名乗っちゃダメ! 大体あなたのその格好はれいむと同じ卜部の巫女なんだからせめて陰陽道の東洋占星術師ぐらいの法螺吹かなきゃダメなんだよ!」

 

 因みに霊夢も学派だの魔法名だのは知らなかったりするのだが、それを禁書目録が知るのはまだ先である。

 

「うん。じゃあそれ」 

 

「じゃあ!? あなた今じゃあって言った!?」

 

「お、落ち着けインデックス! そんなこと公の場で話すな──って!?」

 

 どんどん暴露していく暴食シスターの口を上条が慌てて塞ごうとしたその時だった。

 

 妙な視線を感じ、後ろを振り向くと、10人近いスーツの男達が、こちらを取り囲んでいた。

 

(いつの間に!? それに何だこいつら? 異様に感情を感じさせない……)

 

 上条は驚く。そんな異様な集団が居るにも拘わらず他の客は誰一人何も異常に気付いていないように見えた。

 

 明らかにおかしい。いつでも動けるように上条が警戒していると、巫女が彼らを認識するなり立ち上がって手を差し出す。

 

「あと100円」

 

 すると男達は道を譲るように一歩下がり、100円を手渡す。そのまま巫女は男達を引き連れて店から立ち去っていく。

 

 その後ろ姿を上条は呆然と見送った。

 

「な、何だったんだ一体……」

 

「──さて、何なんでしょうねぇ?」

 

「ッ!?」

 

 バッと振り向く。つい先程まで巫女が座っていた場所に、誰かが居た。

 

「あむっ……うん、旨いな、これ」

 

 全身紫色の服を着た長い金髪の少女。年齢は禁書目録と同じか少し上のように見える。

 

 あの男達のようにいつの間にかそこに居た彼女は山積みになったハンバーガーの一つを手に取るとかじりつき、舌鼓を打っていた。

 

「だ、誰だ……?」

 

 思わず席から立ち上がり、上条は問う。その横で禁書目録も同様に驚いている。何の音も、一切の気配も無くそこに居る目の前の少女は明らかな異常だった。

 

 そんな問い掛けに、少女はくすりと笑った。

 

「私、魔法使い

 

「なっ……」

 

 先程の巫女と同様の返答。しかし、目の前の存在が語るのは法螺でもジョークでも何でもないのだろう。

 

「うふふ、そう身構えなくていいわよ。私はごく普通の……そう、普通の魔術師なんだから」

 

 頬杖を突き、愉しげに上条と禁書目録の二人を見据えながら少女はそう言った。

 

「普通の……魔術師……?」

 

「な、なら、学派と魔法名は?」

 

 巫女にしたものと同じ質問。これに少女は落ち着いた様子で答えていく。

 

「うん? そうねぇ……学派とかは特に無くて東洋全般に西洋をほんの少々と色々な分野に手を出してるわ。魔法名はMagicae516(魔法と紅夢からなる存在)よ。かっこいいでしょう?」

 

 特定の学派に属していない魔術師は然程珍しいものではない。ステイル=マグヌスだって基本はルーンの使い手だが、使えると判断すれば日本の神道だって何だって取り入れる。

 

「……フリーの魔術師ってこと?」

 

「そうなるわね。勿論、どこの結社(キャバル)にも属してない、あなた達の味方よ。イギリス清教を敵に回すような真似もしたくないしね」

 

 ならば安心……とは行かない。彼女が嘘を吐いている可能性だってある。そもそもフリーの魔術師が正規の手順で学園都市へ入り込んだとは思えない。

 

 しかし、確かに目の前の少女に敵意は存在せず、その掴み所が無い雰囲気に禁書目録は相手の心情を窺い知ることが出来なかった。

 

(何なんだよ……嘘を吐いてるようには見えねぇが、本当の事を言っているのかも分からねぇ……)

 

 一方で会話の内容について行けていなかった上条だったが、イギリス清教という単語には聞き覚えがあった。あの手紙の送り主であるステイルという人物が所属している組織だ。

 

 ということは味方か? 否、ステイルらはともかくとしてイギリス清教自体は禁書目録の記憶を消すことを容認、或いは推奨してきたような連中である。決して信用してはいけないと上条は依然として警戒を解かない。

 

「うふ、うふふふ」

 

 対する少女は笑うだけ。こちらの警戒心など気にも留めず、言葉を紡ぐ。

 

「あなた……お金に困っているようね?」

 

「え? あ、ああ。確かに万年金欠だが……」

 

「そんなあなたに、良いアルバイトがあるんだけど少し話を聞いてみないかしら?」

 

 スッと少女はどこからともなく何やら書類の入った封筒を取り出して見せる。

 

「ア、アルバイト?」

 

「ええ。それもあなたがそれはもう、大好きな()()()よん」

 

「人助け……?」

 

 何もかもを見透かすような視線。幼くも妖艶にそう告げられ、上条は戸惑う。まさか、目の前の少女とも自分は知り合いだったのだろうか。

 

 しかし、自分は彼女を見て最初に誰だと問い掛けた。それに対して何も反応がなかったことからてっきり初対面だと思っていたのだが……。

 

「誰かの命を助けられて、お金も稼げる。こんなにも一石二鳥なことってなかなか無いと思うの。興味があったら引き受けてみるといいわ」

 

 半ば押し付けるように、少女は封筒を手渡すと立ち上がり、席から離れる。

 

 そして、恐らく隣の椅子に置いていたと思われる紫色の先の尖った鍔の広い帽子……所謂漫画や映画などで魔法使いが被っているような三角帽子を被る。

 

 ──その姿は正しく、“魔女”だった。

 

「それじゃあ、また会いましょう?」

 

 そうして少女はファストフード店から消えた。まるで最初からそこに存在せず、先程までのことがすべて泡沫の夢だったかのように──。

 

(本当に何だったんだ……あいつ)

 

 昼過ぎ。昼食を終えた上条は未だに開けていない封筒を見ながらファストフード店での出来事を思い返していた。

 

 そのすぐ近くで禁書目録が一匹の三毛猫を抱いてわしゃわしゃと撫でている。つい先程見つけた捨て猫であり、飼うか飼わないか論争していた。

 

「スフィンクスは教会で保護するんだよ!」

 

 もう変な名前をつけているようだ。ただでさえ家計が火の車で猫を飼育する余裕がある訳が無い。そもそも上条の学生寮がペットOKなのかすら不明なのだが……。

 

 あまりにもごねるので根負けした上条はしばらくの食事のグレートダウンを条件に仕方無く許可した。

 

(金、か……)

 

 再び視線を封筒の方へ向ける。

 

「むぅ……駄目なんだよとうま! あの魔術師、あからさまに怪しいんだよ!」

 

「わ、分かってますとも。流石の上条さんもそこまで切羽詰まってねぇよ」

 

 禁書目録はあの魔女っ娘のことをよく思っていない様子。信用出来る要素など微塵も無いのだから当然だろう。

 

「にゃー」

 

「あ、待つんだよスフィンクス!」

 

 すると三毛猫が腕の中から飛び出し、走り出す。慌てて禁書目録はその後を追い掛ける。

 

「おーい! あんまり遠くに行くんじゃないぞー!」

 

 猫と追い駆けっこする禁書目録を見送りながら上条は溜め息を吐く。願わくは三毛猫がそのまま行方を晦ませてほしいものだ。

 

「……しかし、人助け、か」

 

 少女の言葉を思い返す。記憶を失う前の上条当麻という人物はどうやらかなり頻繁に人助けを行っていたらしい。現にこうなったのも禁書目録を助けた結果だと言う。

 

 ──凄い奴だと、自分の事であるにも拘わらず、そう思わずにはいられない。いざその場面に直面した自分にそんなことが出来るかと問われると勿論だとは言えなかった。

 

 故に、想像してみる。

 

(もしも……もしもだ、このアルバイトってのをやらないと、インデックスみたいな女の子が理不尽な目に遭うってんなら……)

 

 少なくとも許せないことであった。ならば己は一体どうするべきか。

 

 記憶は無くとも、魂は叫ぶ。

 

(……別にやるって決めた訳じゃない。けど内容くらい見ても大丈夫だろ)

 

 そう思い、意を決して上条は封筒を開け、中に入った数ページの書類を取り出す。

 

「……三沢塾?」

 

 聞き覚えは無いが、その名の通り進学塾の名前らしい。そこは科学崇拝の新興宗教と化しており、ある特異な能力者を拉致しているのだという。

 

 いきなり物騒だなと思いながら次のページを捲り、記載された写真に目を見開いた。

 

「なっ……!?」

 

 能力名、“吸血殺し(ディープブラッド)”。氏名、“姫神秋沙”。

 

 写真に写っているのは、ファストフード店にて食い倒れていた、あの巫女さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「──吸血殺し?」

 

 ステイルの口にしたその名に、霊夢が片眉を上げる。

 

「ああ。連中……“カインの末裔”共を問答無用で灰に返す能力らしい。俄には信じ難いけどね」

 

「……実例はあるの?」

 

「さあ、ね……詳しいことは知らない。ただ、情報は少ないながらも英国図書館にも記載されていたし、学園都市にその能力名で正式に登録されているってことは、そういうことなんだろうさ」

 

 歯切れの悪い返答。ステイルとしてもあの無限の魔力を持つ不老不死の化け物が実在しているということすら信じられないのに、それを殺す力があると言われ、酷く困惑しているのだろう。

 

 霊夢にとっても、カインの末裔などと呼ばれた存在──“吸血鬼”を殺す力が事実であるかは重要であった。

 

「そ。なら、本人に直接聞いてみるわ」

 

 吸血殺し本人は知っているはずだ。実際に殺したはずだ。でなければ自らに斯様な能力が宿っているなど分かるはずがないのだから。

 

 脳裏に過るのは、紅い霧。

 

「……で、つまりそのアウレなんとかってのは吸血鬼を誘き寄せようとしているってこと?」

 

「恐らく、ね。錬金術師は呪文の詠唱に時間がかかるからね、“永遠の命”はさぞ魅力的なんだろうさ。それに、無限の魔力を有すればそれこそ神の領域にだって到達するのも不可能ではない」

 

「ふうん……魔神、だったっけ? 日陰者も極めれば行き着く所まで行き着くのね」

 

「ほう? 流石にその程度の知識はあるんだね」

 

「一応ね。ったく……そういうのは他所でやってほしいわね。ルーマニア辺りとか吸血鬼が王様だったらしいから、そこでやればいいのに」

 

「吸血殺しを海外へ連れ出すのはリスキーだろう。それと、かの串刺し公は後世での汚名であったことが既に証明されているよ」

 

「へー」

 

 そんな会話をしながら二人は廊下を進んで行く。彼らは既に三沢塾内部へと侵入していた。

 

「……ん?」

 

 足を止める。辺り一帯に漂うのは血の臭い。怪訝な表情で霊夢が廊下の先を確認すればそこには西洋風の鎧を纏った騎士達が無惨な姿で床に散らばっていた。

 

「何こいつら?」

 

「施術鎧により、加護と天矢のレプリカ……おそらくローマ正教の十三騎士団だろう。裏切り者の首を取りに僕達よりも先に突入していたみたいだね」

 

「……この様子じゃ全滅ね。それにしても、こいつら見るからに武闘派っぽいけど、狙いの錬金術師ってのはかなりの腕前なの?」

 

「そうだね。かの名高きパラケルススの末裔だし、天才と持て囃されていたよ。まったく……騎士団はイギリス清教の十八番だというのに、下手に盗作するからそういう事になるんだ」

 

 グロテスクな光景を目の当たりにしながらも、多少顔をしかめるだけで平然とした様子で問う霊夢に肩を竦めてステイルは言う。

 

 そして、周囲を見渡す。廊下を行き違う大勢の生徒達は血塗れの現場に目も暮れず、当たり前の日常を送っている。

 

「ふん……やはり、この結界はコインの裏表のようなものだね。コインの表の住人にはコインの裏にいる魔術師の姿に気付くことができず、そして一切の干渉を受けない。だから僕達には人を退かすことも、そこにあるエレベータのボタンすら押すこともできない」

 

 つまり侵入者からの干渉をはね除ける結界。歩く際の床からの衝撃は倍化し、動くものに迂闊に触ると一方的に引きずられ、人が押し掛けるだけで押し潰されることになるだろう。

 

 どうしたものかと、ステイルは思考する。ここは12階建てのビルだ。歩き回るだけで普段の倍以上の体力を消耗してしまうためアウレオルス=イザードを見つけ出した頃にはヘトヘトで戦えない……などという可能性もあった。

 

 一方、霊夢は歩く衝撃が倍になることに気付いた時点で僅かに宙に浮くというズルをしていた。

 

「そうね……私達のことも気付かれているでしょうし、このままじゃ思う壺。そろそろ埒を明けないとね」

 

 すると霊夢は大幣を取り出す。

 

「どうするつもりだい?」

 

「ちょっとした反則技をね。火織から聞いてない? 人払いを破った時のこと」

 

「神裂から? ……まさか」

 

 ステイルは思い出す。目の前の少女は起点を破壊する訳でもなく、何らかの方法で人払いの術式を消し去ったことを。

 

「──私はどんな“結界”だって問答無用で解いてしまえるのよ」

 

 その言葉と共に、大幣を振り下ろす。同時にパキィン! と何かが砕ける音が響き、次に幾つもの悲鳴が響き渡った。

 

 生徒達が、騎士の死体に気付いたのだ。

 

「……やれやれ。本当に出鱈目だな、君は」

 

「騒ぎになるから避けたかったんだけど……致し方無いわ」

 

 その時だった。

 

 周囲の生徒の一部が急に動きを停止させ、こちらをジッと見つめる。その額には光る球体のようなものが浮かんでいた。

 

「……あん?」

 

 生徒達は無表情のまま、一斉に口を開け、

 

『熾天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白、純白は浄化の証、証は行動の結果、結果は未来、未来は時間、時間は一律』

 

 呪文を唱える。

 

「何っ!?」

 

「ちっ……成程。わざわざ一般人を残してたのは、単なるカモフラージュじゃなかったのね」

 

 侵入者の迎撃の為の駒、或いは何らかの術式の生贄か、恐らくは両方だろう。錬金術師はこのビルに居る二千人もの生徒を操り、利用していた。

 

「多人数による詠唱……“グレゴリオの聖歌隊”のレプリカか……やってくれる……!」

 

 能力開発を受けた人間は魔術を使えない。実際に詠唱する生徒達はあちこちから血を流し、傷付いているが、それでもお構い無しに詠唱を紡ぐ。

 

 これに霊夢は顔をしかめ、無数の札を投げ付ける。

 

『一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因、原因は──』

 

「させないわよ」

 

 札はふわりと生徒達の顔に張り付く。すると次の瞬間には彼らは意識を失い、バタバタと倒れていった。

 

 僅か1秒の間隔さえあれば相手を煮るなり焼くなり好きに出来る霊夢からすれば生徒達の詠唱はあまりにも隙だらけだった。

 

「ハッ、容赦無いね」

 

「別にただ気絶してるだけで身体的なダメージは無いわよ」

 

 見事な手際だとステイルは内心称賛する。ついこの前まで自分達がこのような相手を敵に回していたのかと思うとゾッとする程だ。

 

 やはり幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年ではなく、彼女を助っ人として呼び込んだのは正解だった。

 

「撫然。まさかこの場所から“核”ごと我が結界を消し去るとは」

 

 すると廊下の奥から声がする。

 

「ほう? ご自慢の結界を壊されて、本人直々に僕達を消しに来たようだ」

 

「あら、手間が省けて何よりだわ」

 

 姿を現したのは、薄い緑髪の男。その口振りからして目の前の彼こそが、錬金術師アウレオルス=イザードなのだろう。

 

 しかし、霊夢は何か違和感を覚える。

 

「当然。このままでは計画に支障をきたす。貴様らはここで排除させてもらおう」

 

 そう言い、男──アウレオルスはその右袖から鎖の付いた黄金の鏃を取り出し、こちらへ向けた。




魔女
 ハンバーガー食い逃げ犯。ステイルが霊夢の方を協力者にしたので代わりに上条を三沢塾へ引き込んだ。
 言ってることの半分くらい嘘。

コイン表裏結界
 アウレオルスにとっても渾身の出来だったが、反則技で一瞬で破壊された。

串刺し公
 ワラキア公。この世界では史実の通り人間だったか某旦那のように吸血鬼だったかは定かではない。
 某カリスマは自分のことをこの王様の末裔だと言っているが、王様は大体560年前くらいの人物なので年齢差があんまり無くて疑わしかったりする。娘とか親戚とかだったらまだセーフだったのに……。
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