とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
アウレオルス=イザードは驚愕していた。
理由は侵入者である目の前の少女。何らかの方法で遠距離から自らが張り巡らせた結界を核ごと破壊し、そして生徒達を操って発動した“
見た目に騙されず、最大限に警戒し、最初から一切の油断無く排除するつもりだった。
しかし、今目の前で起きている光景を見るに、それすらも見積もりが甘かったと言わざるを得ない。
(唖然。まさか聖人か? 否、この女。純粋な魔力量だけで聖人に並び立っているというのか──)
秒間10発にも及ぶ鏃の射出。僅かでも傷付けたものを純金へと変化させ、それに触れた者を高熱で火達磨にする凶悪な攻撃の猛襲を楽々と避けて迫ってくる紅白の巫女は、天才たるアウレオルスにとっても不可解な存在だった。
「撫然。実に興味深い!
後退しつつ、錬金術師としての知識欲を刺激されたアウレオルスは笑みを浮かべ、右袖に仕込んだ全ての鏃を四方八方へと一斉掃射する。
今度は逃げる隙間さえ無い。仮に回避したとしても、直ぐ様追撃を放って八つ裂きにしてくれよう。
「遅い」
「何ッ!?」
しかし、自在に空を飛び、重力に縛られない動きが可能な者からすればそれは、ただただつまらない攻撃である。
縦横無尽に襲い来る鏃の嵐をあっさりと潜り抜け、そのまま空気の壁を蹴るようにして即座に眼前にまで迫った。
「しまっ──」
急な接近に錬金術師で格闘に秀でていないアウレオルスに対応出来るはずもなく、顔面に掌底が叩き込まれ、彼は大きく吹っ飛んだ。
「ぅ、がぁ……ッ!?」
そのまま宙を舞い、仰向けに倒れた。
「ッ……ふ、ふははは! 依然。面白い、面白いぞ、小娘……!」
危うく飛びそうになった意識を何とか保ち、起き上がる。幸いにも腕力は聖人クラスではなかったようだ。もしも聖人の打撃ならば今頃気絶どころか頭が柘榴のように弾け飛んでいることだろう。
ならばやりようはある。鼻から溢れるように血が流れながらもアウレオルスは興奮気味に笑う。
「……何だ、
対する霊夢の思考は冷え切っていた。
「何……?」
「妙な気配だし最初はもう人間辞めちゃってるのかと思ったけど……そもそも生きてすらない
先程感じた違和感の正体を理解し、興醒めした様子で霊夢は溜め息を吐く。
この態度にアウレオルスは片眉を上げ、しかし言い知れぬ恐怖を感じる。
「悄然。何だ、一体何のことを言っている?」
「自覚してないの? そりゃまた、残酷なことをするわね……」
状況が理解出来ず、苛立ちを覚えながら問えば、霊夢は面倒臭そうに顔をしかめる。
そして、告げた。
「──あんたは最初から偽物の人形ってこと」
「! 何を馬鹿なことを──」
次の瞬間。霊夢は目を見開くアウレオルスの間合いに飛び込んでおり、無造作に大幣を振り下ろす。
「言って、いる──!?」
言葉を続けるよりも早く、アウレオルスの肉体にピシッと一筋の切れ目が現れる。
そして、鮮血と臓物が噴き出す。彼の胴体は縦に裂けていき、そのまま真っ二つに割れた。
「おっと」
即座に後退し、飛び散る返り血を一滴残らず避ける霊夢。鼻血を流していたことから分かっていたことだが、人形といえども形成物質は人体と同じ。否、これは同じように見せているに過ぎない。
この血も本物ではなく、よくできた魔力の塊だった。
「……いやはや見事だね。割り込む余地すら無かったよ」
その後ろで戦闘を傍観していたステイルが称賛しながら拍手を送る。偽物だと分かった瞬間の切り替えの早さ、偽物とはいえ人の形をしたモノを殺めることへの抵抗の無さ……どれもが末恐ろしかった。
これに霊夢は顔をしかめ、半目で睨んだ。
「あんたは気付いてたの? これが偽物って」
「まあね。基礎物質にケルト十字を用いた
「ふうん……悪趣味な奴みたいね」
差し詰めアウレオルス=ダミーと言ったところか。自らが偽物だと知り、絶望する前に一瞬にして葬られたのは彼にとっては幸運なことであろう。
となると、本物は未だに陣地の奥に引き籠っているのだろうか。
「は、博麗……?」
そう思案している時だった。
「──あん?」
目を見開く。後ろを振り向くと、この場に居ないはずの人物が立っていた。
「な、に……やってんだ……?」
上条当麻が、茫然とした様子でこちらを見ていた。
「ここが三沢塾……か」
霊夢達がアウレオルス=ダミーと対峙する少し前。上条当麻は書類に示された通りの住所へと向かい、三沢塾へと辿り着いていた。
禁書目録は適当な理由を付けて自宅に留守番させている。今頃あの三毛猫、スフィンクスと戯れていることだろう。
「しかし、どうやって侵入したものか」
書類曰く、ここはもはや単なる進学塾ではなく行き過ぎた科学宗教。そして、今は魔術師に乗っ取られて要塞と化している。
魔術師の目的は
その吸血殺しが姫神秋沙……あのファストフード店で出会った巫女装束の少女だという。となるとあの黒服の男達は魔術師の手先と化した三沢塾の人間か。拉致されているような雰囲気ではなかったが、もしかすると魔術師の手により洗脳されているのかもしれない。
或いは、逃げている最中だったのか。
(あいつはあと100円さえあれば“三沢塾”から逃げ切ることができた。その100円を貸さなかった馬鹿はどこのどいつでもねぇ、俺自身だ)
無意識に拳を握り締める。上条は先程彼女のことを見逃した自分に怒りを覚えていた。
「裏口も意味無いだろうし、正面突破……しかねぇな」
所詮は右手だけ。それ以外は生身で殺傷力のある攻撃を受ければたちまち死んでしまうだろう。そもそも記憶を失ってから荒事に巻き込まれることはなかったため能力自体が本当なのか、自分がどの程度の腕っ節なのかさえも分からなかった。
しかし、だからと言って、見て見ぬフリをする理由にはならず、ここで引き返す理由にもならない。
「……行くか」
故に、上条は錬金術師の巣へと足を踏み入れた。出迎えたのはやたらと豪華な玄関。これは恐らくこの塾へ入ろうと思っている者に良い印象を抱かせる為だろう。
しかし、すぐに受付か関係者が来ると思っていたが、誰も来ず、警戒しながらも恐る恐る先へ進めば多数の生徒がエントランスを往来していた。
(…………? 何だ、意外と普通じゃねぇか)
まさか騙されたのか? そんなことを思いながらもとりあえず話を聞いてみようと上条は近くに来た生徒の一人へと声をかける。
「なぁ、あんた……」
「…………」
「あ、ちょっと、おい……!」
しかし、生徒はこちらを視界にすら入れず、そのまま通り過ぎていく。その後も何人かの生徒に話し掛けたが、その全員に無視された。
(おいおい……まさか、俺が見えてないのか……?)
前言撤回。明らかな異常である。
恐らく上条……つまり許可無く足を踏み入れた侵入者を認識させないようにしているのだろう。科学ならともかく魔術ならば、その可能性は大いにあった。
(それに今気付いたが、妙に足が重い。まともじゃねぇな、ここ……)
少なくとも何かある。生徒に触れてみようかとも思ったが、不用意なことをして余計なことが起きるのは避けたいため、行き交う生徒達にぶつからないように慎重になりながら先へと進む。
(にしても……科学宗教って言うからどんなもんかと思ってたが、全然普通だな。てっきり教祖様の顔写真でも貼られているのかと思ってたんだが……)
とりあえず危険性は無さそうだと判断しつつ、丁度食堂らしき部屋へ通り掛かったその時。
生徒達が一斉に上条へと視線を向ける。
「へっ?」
上条は困惑する。今までこちらを認識していなかったはずの生徒達は確かにこちらを見ており、その目は先程まで日常を送っていたものとは違い、酷く無機質で虚ろだった。
「熾天の翼は輝く光」
一人の生徒が呟いた。
「輝く光は罪を暴く純白」
それに続くように生徒達が次々と言葉を繋いでいく。
「純白は浄化の証」
「証は行動の結果」
「え? ちょ、何だ何だ?」
まるで呪文。否、本当に呪文なのだろう。何やらまずそうな雰囲気を感じた上条は思わず後退りする。
そうこうしている内に、彼らはどんどん言葉を詠唱していた。
「結果は未来」
「未来は時間」
「時間は一律」
「一律は全て」
「全てを創るのは過去」
「過去は原因」
「原因は一つ」
すると彼らの額辺りが青白く発光し、輝く球体のようなものが浮かび上がる。
「やべっ──!?」
同時に、上条は駆け出す。本能的に右手を使うべきではないと判断した。
「一つは罪」
「罪は人」
「人は罰を恐れ」
「恐れるは罪悪」
「罪悪とは己の中に」
「己の中に忌み嫌うべきものがあるならば」
「熾天の翼により己の罪を暴き内から弾け飛ぶべし──」
そして、光る球体が一斉に放たれ、逃げる上条の背を追尾するように追いかける。
(ふざけんなよ! あいつらは能力開発を受けてるから魔術は使えねぇはずだろ!)
能力者は魔術を使えない。少なくとも禁書目録はそう言っていた。過去に自分が同じ質問をしていたことも聞いた。しかし、実際に彼らは魔術を使用してみせ、無数の球体が上条を襲っている。
幻想殺しで打ち消そうにも数が多過ぎる。二つや三つならともかくあんな大量の攻撃は防ぎ切れない。
「くそっ……どこまで追い掛けてくるんだよ……!」
恐らく侵入者を撃滅しない限り永遠に追ってくるだろう。しかし、どうすることも出来ない上条はただ逃げるしかなかった。
そして──。
「なっ!?」
曲がり角を過ぎた先にあったのは、壁。行き止まりだった。
後ろを向けば、既に無数の球体が迫っている。
(まずいまずいまずいッ!? どうすりゃ──)
何か対抗策はないかと思考するよりも早く球体が襲い来る。悪足掻きとばかりに上条は右手を前へと突き出し、咄嗟に目を閉じた。
「……あれ?」
しかし、一向に痛みも、幻想殺しで打ち消した感覚も来ない。疑問に思い、恐る恐る目を開けてみると……。
「ふぅ……危ないところだったわね」
先程まで無数にあった光る球体はどこにも存在せず、代わりに一人の少女が立っていた。
「ふっふっふっふっ! こんなところで会うとは奇遇ですねトウマっち!」
「と、トウマっち?」
その少女は掛けている眼鏡をクイッと指で動かし、上条のことを妙な渾名で呼ぶ。やけにテンションが高いが、どうやら彼女と自分は顔見知りらしい。
「相も変わらず不幸に見舞われているようですが、この私が駆け付けたからにはもう安心っ! 何せ今日の星座占いは二位だったのだからっ!」
そこは一位じゃないのか……と思いながらも上条はキリッと決め顔をする少女を見る。彼女はそれはもう奇抜な格好をしていた。
リボンの付いたボーラーハットを被り、黒色のマントに白手袋という、マジシャンを思わせる服装。マントの裏地は赤色であり、何やら奇怪な文字が浮かび上がっていて、どういう原理かは不明だが、常時上方向に移動している。
マントの下は薄く鮮やかな紫色のチェック柄のベストと、同じくチェック柄の長めのプリーツスカート、インナーには白色のスクールシャツを着ていた。
彼女を表現するならばそう、“怪人・赤黒マント”といったところか。
「あの、えっと……」
「……そんな微妙な反応しないでいつものようにキレッキレッなツッコミお願いしますよ上条さん」
困惑する上条に、反応が薄いと思った少女はどこかしょんぼりとした様子でそう言う。急にテンションが下がったが、恐らくこれが素なのだろう。
因みに上条さん呼びになっているが、先程のトウマっち呼びは完全にノリだったりする。
「というか最近全然連絡無くて心配していたんですよ? 会長の連絡にはワンコールで出ること。部員としての自覚をちゃんと持ってください」
「ぶ、部員……?」
「んまっ!? ま、まさか無かったことにしようと? それは許さないわよっあなたは我が秘封倶楽部の部員No.2なんですから!」
覚えがなくただただ困惑するしかない上条に対してまたもや勘違いしてプンスカと怒る少女。彼女の言い分が真実だとすると学校の部活動のことだろうか。
しかし、ヒフウクラブとは一体……?
「……あの、本当に覚えてません? 結構親しい仲かなー、って思ってたりしてたんですが」
あまりにも無反応なその様子に本気で心配し、オロオロとする少女。
「! い、いや! 覚えてる覚えてる! えっと、ほら! ついこの前まで俺病院で寝込んでたからさ! ちょっとまだ混乱してるんだ!」
慌てて誤魔化す上条。その顔を見て彼女もまた自身が記憶喪失だと知れば大きなショックを受けると思ったからだ。
「な、なんだー! そうだったんですね! ま、まあ、この秘封倶楽部会長・“宇佐見菫子”を忘れるなんてそんなこと有り得ませんよね!」
すると少女は安心した様子でそう言う。幸運にも彼女は自身の名前を口にしてくれた。これでどうにか話を合わせることが出来る。
「お、おう! ところで宇佐見……はこんなところで何をやっているんだ?」
改めて尋ねる。彼女も三沢塾の生徒……なら、こちらを認識していることや先程の生徒のように攻撃して来ない理由が分からない。
ならば自身と同じ侵入者ということになるが、となると魔術師、或いはその関係者なのだろうか。
「ふっふっふっ! よくぞ訊いてくれました!」
(あ、テンションが戻った)
「上条さんもここに居るということは三沢塾の悪どい噂を掴んでいたみたいですね。流石は我が部員といったところです」
「あ、ああ……」
悪どい噂、というのは科学宗教のことだろう。どうやら魔術師のことは知らないようである。
「私としては別に怪しげな新興宗教をぶっ潰す! なんて宗教の自由を侵害するつもりはありませんでしたけど、学友が巻き込まれているとなれば話は別です」
「学友?」
「はい。姫神秋沙さんって言うんですけど」
「!」
その名前に目を見開く。何と彼女──宇佐見は姫神と同じ学校に通っているらしい。
「先日、その姫神さんが怪しい男達に囲まれながらこのビルへ入っていくのを目撃しまして。流石に見て見ぬフリするのもアレなのでこうして調査していたんですよ」
「そう……なのか……」
話から察するに、彼女は魔術師のことを知らない科学側の住人。ここが魔術師の拠点だと知らずにただ学友を助ける為に足を踏み入れたということが分かった。
上条は考える。宇佐見は関係の無い一般人だ。関わらせるべきではないだろう。
しかし、もはやここまで踏み込んでいるのなら今更無事に帰せる保証も無いし、先程生徒達が魔術を詠唱して攻撃してくるところも恐らく目撃している。説明したところではいそうですかと引き下がるとも思えない。
それに、あの無数の光る球体を消し去ったのが彼女ならば能力者であることは間違いなく、少なくとも最低限の戦闘力はあるはずだ。
「にしても、なかなかにヤバい所ですね、ここ。まさかエントランスのど真ん中に死体が転がってるとは思いませんでしたよ」
「……は?」
思わぬ発言に上条は耳を疑う。
「死体って、何の事だよ?」
「え? ああ、私が能力で
「なっ……」
「いやぁ、ほんとグロテスクで吐きそうになったわ。何故か周りの人には見えていないみたいだし、そういう能力とか技術なんですかね?
思い出したくもない、といった様子で嫌悪感たっぷりに顔をしかめる宇佐見。対する上条は改めてこの建物の異常性を理解した。
そして、宇佐見が突然死体を目撃しても冷静でいられるような人物であることも。
「なぁ、宇佐見。実はだな──」
少なくともそこまで踏み込んでいる宇佐見をこの建物に潜伏する魔術師は見逃さないだろう。
故に、上条は出来る限り魔術師のことは隠しながら彼が三沢塾へ来た理由を教える。
「な、何ですって!? 姫神さんは三沢塾に拉致されていてその三沢塾はなんかやべー能力者に占拠されている!? そんでもってその能力者は姫神さんの能力で吸血鬼を呼び寄せて怪しげな儀式を行おうとしている!?」
「そ、そうなんだ。だから──」
「な~~る。まさかオカルト絡みの案件だったとは。確かに以前から吸血殺しって何ぞやって思ってたけどそういう能力があるのなら吸血鬼も実在するってことなのねっ! いや~流石は上条さん、秘封倶楽部員としての自覚はちゃんと備わっているみたいで安心安心っ」
「え? お、おう……」
説明を聞くと更にテンションが上がる宇佐見。もしかして秘封倶楽部というのはオカルトサークルか何かだろうか。そんな上条の予想は当たっているのを知るのはまた後の話になる。
「なら、余計に姫神さんを助けないと! ついでにそのやべー能力者ってのも成敗してやるわ!」
「あ、いや宇佐見、ちょ──」
「大丈夫よ上条さん! この私が居るからには大船に乗ったつもりでいなさい! という訳でレッツらゴー!」
その自信は一体何処から来るのだろうか。バシバシと上条の肩を叩くと宇佐見はそう言って先へと向かう。上条も慌ててその後を追った。
こうして、上条は心強い? 仲間を手に入れるのだった。
ダミー瞬殺。人外には容赦の無い人間巫女。そして続々と登場する東方キャラ。
因みに菫子は姫神と同じ学校ということで霧ヶ丘女学院に在籍していますが、本人は東深見高校の制服を着ています。