とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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ずっとポケモンしたりモンハンしたりポケモンしてて遅くなっちゃいました。赦してくれ… 赦してくれ…

エルレイドくん、めっちゃ強くなってて笑った。


齟齬

 

 ──広い。

 

 しばらく建物の中を散策して、三沢塾に対して上条が抱いた感想はそれだった。

 

 十字路を中心に建てられた12階建てのビル4棟で、各棟は渡り廊下で繋がっている。外から見ても建物を眺めていた時から感じていたことだが、その規模は単なる進学塾の規模を遥かに越えているように思えた。

 

「ネットで調べたら生徒は二千人くらい居るらしいですよ? それだけの人数が入るなら妥当な広さ……なのかも」

 

 その疑問に前方を歩く宇佐見が代弁する。二千人という数はもはや学校に等しく、上条は驚くと共に恐れを感じた。

 

 何故ならそれだけの数が魔術師に操られ、敵に回るのかもしれないのだから。想像するだけで身の毛がよだつ。

 

「ハァ……ハァ……疲れた……」

 

 しばらくし、上条は額から滲み出る汗を拭い、息を切らしながら足を止めた。こちらを見つけ次第、あの魔術で攻撃を行ってくる生徒達から隠れながら上へ上へと進んでいたが、歩いた際の衝撃がそのまま返ってくるこの空間では実質二倍以上の距離を歩いており、その分の疲労も凄まじかった。

 

「おやおや。だらしないですねぇ、上条さんったら」

 

 一方で宇佐見は全く疲れた様子も無く、余裕綽々といった様子でそう言う。

 

「……何でそんな平気そうなんだよ」

 

 これに上条は驚く。自分よりもか細く、華奢な身体のどこにそのような体力があるのだろうか。

 

「そりゃ浮いてますし」

 

「え?」

 

「だから浮いてるんですって、ほら」

 

 宇佐見が自らの足元を指差す。それに従って視線を向けると、彼女は確かに床から数cmほど離れて宙に浮いていた。

 

「うおっ!?」

 

「……何驚いてるんです? この私が空も飛べないなんてことがある訳ないじゃないですか」

 

「え、あっ、そ、そうだな!」

 

「?」

 

 思わず驚きの声をあげると訝しまれ、上条は慌てて誤魔化す。どうやら宇佐見が空中浮遊できることは前の上条当麻にとっては別に不思議でもなんでもないことだったらしい。

 

 念動力(テレキネシス)だろうか。科学宗教の本拠地に侵入して怖じ気づく素振りを見せず、こうも堂々としていられる時点で、彼女が何らかの能力者であることは予想出来た話であるが、記憶喪失である上条からしてみれば超能力という科学によって生み出された異能すらもいまいち現実味が無かった。

 

(あっぶねぇ……気を付けねぇとな)

 

 今のような会話の齟齬がいちいち発生していてはいずれ記憶喪失がバレてしまうと上条は今一度話す内容に気を配ろうと細心の注意を払う。

 

「ところで……どこへ向かってるんだ? 闇雲に歩いてるって訳じゃないんだろ?」

 

「そりゃ勿論。とりあえず辺りを散策しつつ最上階を目指してます。大抵悪の親玉とか黒幕ってのはそこに陣取ってますからね」

 

「ゲームかよ」

 

 思っていたよりも根拠が無かった。自信満々にそう言ってのける宇佐見に上条は呆れてしまう。

 

 このまま建物の中を延々と彷徨っていては余計な消耗をするだけだった。

 

「ま、さっきから()()()()確認していますけどそれらしき人物は見つからないんですよ」

 

「え?」

 

「それに、あちこちに扉と繋がってない謎の空間があります。隠し部屋……でしょうか? まるで秘密基地ですね」

 

 どういう用途があるのだろうかと宇佐見は首を傾げる。彼女は知らないが、三沢塾は学園都市特有の学習方法を盗んでくるための巨大な企業スパイの色が強く、建設時の見取り図には記載されていない隠し部屋が多数存在していた。

 

「透視……?」

 

 対する上条はそれよりも前に彼女が何となしに発言した単語に引っ掛かりを覚える。

 

「はい。得意ではないんですけどね。透視能力(クレアボイアンス)とか精神感応(テレパス)とかはこの街に来てから体得したんで……」

 

「……は?」

 

 聞き間違いだろうか。記憶喪失ながらも上条がどうにか培ってきたこの学園都市の常識を覆すような爆弾発言だったような気がしたが……。

 

「しっかし、こうも何も無いと退屈ですね。これだけ派手に動き回ってるんですから刺客が送り込まれてもおかしくないのに……」

 

 宇佐見は特に気にした様子も無く、話題を変えてそうぼやく。

 

(ッ……まるで遊び気分だな)

 

 好奇心の方が勝っている、とその発言について上条は思った。魔術師の存在をぼかしながら現状を説明した時もそうだ。吸血鬼という所謂オカルトの存在の関連性を知った彼女は目を輝かせ、歓喜した。彼女と自分は姫神秋沙の救出という共通の目的を持っているが、それに対する心持ちは大きく違うようである。

 

 彼女は人の死体を見たと言った。にも拘わらず、この異様な建物内を歩くその姿はまるで学校探索のように楽しんでいるように見える。

 

 上条当麻の倫理観はそれを許せない。それが記憶を失う前からあったのかそうでないかはともかく、少なくとも彼にとって今の宇佐見の立ち振舞いは酷く受け入れ難かった。

 

「なぁ、宇佐見……その……」

 

「──おや?」

 

 だからこそ、一旦迷いながらもその言動を竦めようとした上条だったが、宇佐見は何かに気付いたのか足を止める。

 

「人の動きが急に激しくなった……? 下の階で何かあったのかしら……?」

 

「え?」

 

「ふふっ、よく分かんないけどやっと埒が明きそうで──」

 

 どうやって分かったのか。下の階の人の流れを感じ取った宇佐見は漸く面白くなったとばかりに笑みを浮かべる。

 

 が、その次の瞬間だった。がしゃん! と天井から大きな音と共に何かが勢いよく落下する。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に後退する上条。しかし、目の前に宇佐見の姿はなく、代わりに鋼鉄製のシャッターがあった。

 

「ッ、宇佐見……ッ!!」

 

 防火シャッター。本来であれば付近の火災を感知して作動するそれはまるでタイミングを見計らったように宇佐見が通り過ぎた直後に降り、廊下を遮断した。

 

「マジ……かよ……」

 

 分断された、そう理解した瞬間に上条は唖然とするしかなかった。

 

 ただでさえ学園都市製で頑丈に作られた防火シャッターはこの結界の内においてはより堅牢なものとなり、コインの裏側に居る上条や宇佐見に破壊する手段は無い。

 

 単なる動作不良、なんてことはないだろう。恐らくは敵の魔術師の策略。互いに孤立するという最悪な事態に陥ってしまった。

 

「──何してるの?」

 

 その時である。不意に声をかけられた。

 

 まさか生徒の一人に見つかってしまったのかと上条は慌てて右手を構えながら振り返り──。

 

「なっ……」

 

 目を見開く。そこには件の巫女、姫神秋沙が無表情で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「おーい、上条さんー? 大丈夫ですかー?」

 

 突然降りた防火シャッターにひやりとしつつ、宇佐見は大きめの声で呼び掛ける。

 

 しかし、返事は一向にない。

 

「聴こえますかー? 今から空間移動(テレポート)でそっちに向かいますからねー」

 

 宇佐見は落ち着いていた。彼女にとって防火シャッターは勿論のこと如何に分厚い壁であろうと、何の障害にもならないのだから。

 

「厳然。これ以上、好き勝手動かれては困る」

 

「──うん?」

 

 背後から呼び止められる。振り返れば、そこには一人の青年が立っていた。

 

 緑色に染めたオールバック。純白のスーツ。そして外国人。明らかに堅気の人間には見えない、ある意味では分かりやすいその風貌に宇佐見は目を細める。

 

「ふふん、やっぱり。そろそろ出てくる頃合いだと思ってたわ」

 

 科学宗教の教祖、にしては若い。ならば上条の言っていた三沢塾を乗っ取ったという能力者だろうか。

 

 何者であれ、他の生徒達と違ってこちらをはっきりと認識し、話し掛けてくる時点で関係者であることは間違いない。

 

「一応尋ねるけどおたくが黒幕って認識でオーケイ?」

 

「このビルの主、という意味ならばその通りだ。侵入者よ」

 

 もしかすると早合点かもしれないと確認する宇佐見に、淡々とそう答え、青年はスボンのポケットに手を突っ込み、悠然と彼女を見据える。

 

 見たところ武器らしきものは所持していない。拳銃くらいは懐中に仕込んでいそうだが、能力者を前にこうも余裕であることから察するに、彼も能力者、或いは充分な対抗手段を有しているのだろう。

 

 対して宇佐見も動じない。己が力に、絶対的な自信があるが故に。

 

「間然。こちらに争う意志は無い。大人しく退散してくれると助かるのだが」

 

「はっ、冗談! この期に及んでそんなこと無理に決まってるでしょう。こちとらご学友が巻き込まれてるってのを知りながら見て見ぬフリするほど冷たい人間じゃないのよ。それに」

 

 見逃してやると提案する青年の言葉を笑い飛ばす。それではいそうですかと引き下がるのであれば、そもそもこんな場所にまで来ていない。

 

 何よりも──。

 

「こんな面白いイベント事、見逃す手は無いでしょ」

 

 それこそが原動力。先程の上条の推測は的中していた。彼女にとって姫神秋沙の救出というのは本心であるものの建前でもあり、動く切っ掛けとなったのは、より純粋な()()()だった。

 

 加えて、それが吸血鬼が関連したオカルト絡みの案件だと知ってしまえば、初代秘封倶楽部会長としては如何なる手段を用いてでも干渉したいものである。

 

「……そうか。ならば仕方あるまい。元より貴様は、踏み込んではならぬ域まで踏み込んでいる。消えてもらわなければな」

 

 そんな態度にも青年は表情を変えず、淡々と伸べる。脅迫でも警告でもなく、ただ作業のように目の前の少女を排除するつもりであった。

 

「へぇ? じゃあ、どうするのかしら?」

 

 しかし、次の瞬間。突然身体が重くなった。

 

「!!」

 

 全身の関節一つ一つをまるで縛り付けられたかのようにピクリとも動かない。膝を突き、僅かに瞠目する青年。何らかの魔術かと思ったが、張り巡らせた結界は魔力を感知しておらず、困惑するもすぐにある結論へと行き着く。

 

「瞭然。能力者か、娘よ」

 

「ええ。念動使い(サイコキネシスト)……別に何の変哲もないありふれた能力でしょう? 尤も、枕詞に“最高峰”ってのが付くけどね」

 

 スッと宇佐見は何を取り出す。能力が通用したとしても相手がどんな手札を持っているか分からぬ以上、決して油断はしない。

 

「少しでも動いたら、頭を吹っ飛ばすわよ」

 

 ──それは大口径の拳銃だった。

 

 3Dプリンターで製作された、樹脂を材料とした薄い水色のそれは一見すると子供向けの玩具か模造品のようにも見えるもののまごうことなき殺傷性を秘めた本物であり、とてもではないが、一介の女子高生が持つものとしては相応しくなかった。

 

「………………」

 

 完全に命を握られた状況。しかし、青年に動揺した素振りはなく、少し驚いただけだった。

 

 当然だ。ここから巻き返す手段など、いくらでも持ち合わせている。この驚きも、ただ一般人だと認識していた存在が想定外の力を有していたからに過ぎない。

 

「フッ……」

 

「? 言っておくけど、本当に抵抗しない方が良いわよ。その気になればこのまま押し潰してミンチにすることだって出来るんだから」

 

 脅し文句。それは紛れも無い事実であり、然れど本当に実行するつもりはなかった。やるにしても精々手足を撃ち抜くなり軽傷を負わせるなりと少し痛め付ける程度のつもりであった。

 

 慈悲でも躊躇でもなく、単純にメリットが無い。少なくとも現段階では宇佐見はそう判断する。

 

(──甘いな)

 

 拳銃を用いているのは分かりやすい殺傷武器で相手へ恐怖心を植え付けることが容易であることもあるが、AIMジャマー等で能力の使用を妨害された時のことを考えてのこと。

 

 そこに一片の油断も無く、ただ、殺意だけが存在しなかった。

 

 だが、青年──錬金術師、アウレオルス=イザードは内心ほくそ笑む。大方自分を尋問して何かしらの情報を聞き出すつもりなのだろうが、それこそが致命的な失態だった。

 

 言の葉を発する“口”こそが、彼の最大の武器である。

 

(依然。()を用いずとも()()は可能。しかし、咄嗟に反撃されてしまえば、流石に無傷とは行かぬな……)

 

 拳銃を無力化すれば能力で、能力を無力化すれば銃で。加えて、目の前の少女の力は未知数。今この瞬間から殺す手段は両手では数えられぬ程に思い浮かんでいたが、無傷で封殺出来る可能性は低く、リスクは大きい。

 

 故に、アウレオルスは様子を伺う。決定的な隙を見出す為に。

 

「このままボコボコにして警備員(アンチスキル)に突き出しても良いんだけど……幾つか質問に答えてくれたら、見逃してあげてもいいわよ?」

 

 命を握っているつもりで、逆に握られている状況に気付かない宇佐見はアウレオルスに問う。

 

「……ふむ」

 

 チャンスは、今しかない。

 

 一考する素振りを見せつつも、アウレオルスの返答は決まっている。今は一刻を争う事態なのだ。何も知らぬ科学の住人に構ってやれるほどの余裕は存在しなかった。

 

「良いだろう」

 

 お、と宇佐見は言葉の続きを促す。対してアウレオルスは笑みを浮かべ──。

 

「──能力を解け──」

 

 口を開き、命じる。それは宇佐見にではなく、この世界そのものに対して。

 

 そうして現実は歪められ、彼を縛っていた不可視の力場は消失した。

 

「──はぁッ!?」

 

 アウレオルスの肩が僅かに震える。それを見て聡明な宇佐見は驚愕しながらも彼の言葉通りに念力が解除された、否、自らが無意識に解除してしまったのだと理解した瞬間には指を掛けていた引き金を引く。

 

「ぐぅっ……」

 

 乾いた音が響いた。銃口から射出された弾丸はアウレオルスがギリギリで身体を横に反らしたことで初めに狙っていた頭部ではなく、肩口に命中する。

 

(嘘でしょっ!? 発声を介する能力か何かっ!? よく分かんないけどこのままじゃまずいっ──!)

 

 舌打ちし、今度は喋らせないように口も含めて縛り上げようと宇佐見は念動能力を発動させ──。

 

「ッ──眠、れっ」

 

 が、それよりも早くアウレオルスは苦痛に顔を歪めながら言葉を紡ぐ。

 

(なっ、やば……い、意識、が──)

 

 ばたりと、宇佐見は力無く倒れる。

 

「ぐ……悄然。恐るべき判断力だった」

 

 呻き声を堪え、呟いた。銃撃を避けられたのは運が良かったからに過ぎない。一歩間違えれば己は頭か胸を撃ち抜かれて生死の淵を彷徨っていたことだろう。

 

 そもそも今現在もすぐに手当てを行わないと出血多量で死に至るであろう重傷だった。

 

「──治れ」

 

 しかし、ただそう発するだけで、ごっそりと抉り取られていた肩の皮膚は、まるで時間が巻き戻されるかのように元通りになり、破けた服も修復される。

 

 完全に無傷の状態へと戻ったアウレオルスは貧血で額に手をやりながら立ち上がり、すやすやと眠りにつく宇佐見を見下ろす。

 

「──目覚めよ」

 

 そして、裾の内から取り出した細い針を首へと突き刺してそう囁く。

 

「んぁ……?」

 

「今日の記憶を全て忘れ、この場から去れ」

 

「────」

 

 すると宇佐見は即座に目を覚まして起き上がったかと思えば、ロボットのような無表情でスタスタと廊下を歩いていく。

 

 向かう先は出口。そこに辿り着いた後、彼女は覚えのない景色に困惑し、不思議に思いながら帰宅することだろう。

 

「間然。侵入者はまだ残っている。誰にも我が計画の邪魔はさせん……魔術師にも能力者にも、たとえ()()()()()()()()であったとしても、だ」

 

 立ち去る宇佐見の背中を見送り、アウレオルスは上を向く。その瞳は、決意と覚悟に満ちており、同時に狂気にも似た妄執に取り憑かれている。

 

 救おうとしていた者は、既に救われていた。ただ一人を救う為にありとあらゆるものを犠牲にしてきた彼はそれを知った瞬間から、真の意味で何もかもを失い、絶望に沈んだ。

 

「──Honos628(我が名誉は世界のために)──」

 

 残ったのは、その使命のみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 一方その頃。上条は困惑していた。

 

「私は自分の意思でこの場所に居る」

 

 囚われのお姫様であるはずの姫神秋沙ははっきりとそう言い放った。拉致されているのではなく、自ら進んでこの三沢塾に身を置いているのだから助けられる謂れは無いのだと。

 

 どういうことなのかと問えば、当初こそ三沢塾により監禁されていたが、乗っ取った魔術師とは協力関係を結んでおり、自身の能力である吸血殺し(ディープブラッド)を消し去ることを条件に協力しているのだという。

 

(おいおい、どうなってやがる? 魔術師の野郎に騙されているのか? いや、それともあの女の情報が嘘っぱちだったのか……?)

 

 後者の可能性も充分にある。あのファストフード店で出会った得体の知れぬ魔女っ娘に信用出来る要素などどこにも無いのだから。

 

「とにかく早く帰った方がいい。ここへ来るまでに死体を見たでしょう? 私の協力者。アウレオルス=イザードは()()()()をしようとしているけど敵には容赦しない。彼が警備させている“ダミー”の方は特に……」

 

「あ、ああ……」

 

 道中の死体は宇佐見が何らかの方法で隠蔽していたので見てないが、頷いておく。

 

「じゃあ出口まで案内するからついて来て」

 

「え? いやその、まだ知り合いが残ってるんだ。宇佐見菫子って奴であんたと同じ高校って言ってたけど……」

 

「……宇佐見菫子? あの?」

 

「ああ、多分その宇佐見で合ってる」

 

「あの人が……?」

 

 宇佐見の名を口にすれば、姫神はその無表情を僅かに崩し、意外そうな反応をする。あまり親しい関係ではないのだろうか。

 

「……そう。なら。彼女にも見つけたら伝えておく。だから来て」

 

 そう言い、姫神は歩き出す。上条は釈然としないまま一先ずその後ろ姿を追う。

 

(本当に良いのか? これで……)

 

 上条は頭を悩ませる。助けようとしていた人物が実は自分の意思で協力していた。彼の行動は全くの無駄骨と言えよう。

 

 けれども、少なくとも死人が出ているのは間違いなく、見過ごして良いものかと問われれば否だ。

 

「なぁ……そのアウレオルスって奴はあんたと協力して一体何をしようとしているんだ?」

 

 故に、問う。姫神曰く()()()()をしようとしているのだというアウレオルス=イザードとやらが、人の命を奪ってまで何を成そうとしているのか。

 

「………………」

 

「頼む。教えてくれ」

 

 その内容が果たして納得出来るものなのか。上条は見定めようと、姫神の返答を待つ。

 

「……それは──」

 

 しばらく考え、姫神が口を開いた次の瞬間。パリィン! と硝子か何かが砕けるような音が辺り一帯に響き渡る。

 

「…………?」

 

「ん……? な、何だ……?」

 

 同時に、先程までこちらを認識せず、日常を送っていた生徒たちが一斉に視線を向けてざわつき始める。

 

 また攻撃されるのかと上条は一瞬身構えるもすぐに様子がおかしいことに気付く。生徒たちの会話から突然現れた自分や巫女装束の姫神に普通に戸惑っているようであり、また奥の方では何やら騒然としていた。

 

「こりゃ一体……?」

 

「………………!」

 

「あっ、おい……!」

 

 この空間を支配していた魔術が解除されたのは一目瞭然だった。

 

 何が起きたのかと上条が首を傾げていると、姫神が目を見開いて生徒たちの間と掻き分けて走り出す。慌てて上条もその後を追う。

 

「待てよ姫神っ! 一体どうし……たんだ、よ……?」

 

 絶句する。意外と足の早い彼女を追い掛けて曲がり角を過ぎ、視界にまず飛び込んできたのは、目が痛くなる程の赤。

 

 それが飛び散った血液だと理解した時には、臓物が飛び散り、血の海を作っていた。

 

「は?」

 

 ──男が、死んでいた。胴体を頭から縦に真っ二つに切り裂かれて。

 

「!!」

 

 強烈な吐き気。胃から喉奥へ伝わる酸味に思わず口を押さえる。

 

 初めて見た死体。しかも、人体が真っ二つにされているというあまりにもグロテスクな光景は一介の学生に過ぎない彼にはあまりにもショッキングなものであった。

 

「………………」

 

 その隣で姫神も言葉を失っていた。目の前で息絶えるのは自身の協力者と瓜二つなのだから。

 

「嘘……だろ……」

 

 上条は茫然と立ち尽くす。人が死ぬという強烈な光景もそうだが、何よりも信じられなかったのは男を殺したと思われる人物である。

 

 それは、知っている顔だった。

 

「は、博麗……?」

 

「──あん?」

 

 病室や常盤台で見た時と同じ。姫神のものとはやはり違う、腋部分が露出した奇抜なコスプレのような巫女装束を纏った彼女はこちらに気付くと気だるげに振り返り、僅かに瞠目する。

 

 博麗霊夢。自分が記憶喪失だと知っている数少ない人物──。

 

「な、に……やってんだ……?」

 

「……当麻? 何でここに居んのよ」

 

「あ、いやそれは……」

 

 ごくり、と息を呑んで問えば、逆に問われる。互いに互いがこの場に居るはずのない人物という認識だった。

 

 先程まで死体を冷たく見下ろしていた瞳で見据えられ、上条は思わず身震いする。

 

 こんな、こんな人間だったのか。足元に転がる死体をまるでそれが最初から存在しないかのように、或いはそこらのゴミのように気に留めずに平然としていられるその姿が、酷く恐ろしかった。

 

「……ねぇ、こいつが来てるなんて聞いてないんだけど?」

 

「いや、僕は関知していない。想定外の事態だよ」

 

 そんな上条の心情など知る由も無く、霊夢は隣の赤髪で神父服の少年と会話している。如何にもな風貌だが、彼も魔術師だろうか。

 

「……したのか」

 

「あん?」

 

「そいつを、殺したのか?」

 

 意を決して尋ねる。もしかすると勘違いかもしれないという、一縷の望みに賭けて。

 

「──ええ。そうよ」

 

 しかし、期待していた否定の言葉ではなく、霊夢はあっさりと肯定してみせた。

 

「ッ…………!」

 

 頭の中が、真っ白になる。

 

「まあ、殺したっていうのは意味合いが違うかもしれないわね。何故なら()()は人間じゃ──」

 

「何で! ……何で殺したッ!?」

 

「……あー、そう」

 

 何かを察したのか、霊夢は面倒臭そうにポリポリと後頭部を掻く。

 

「一から説明するべきなんでしょうけど、生憎とそんな暇も無いから要約すると、それは()()()()()()()、敵でこっちを殺そうとしてきたから返り討ちにした、とりあえずはそれで納得してちょうだい」

 

「ッ……何だよそれ……」

 

 つらつらと、捲し立てるような説明。これに上条は納得出来るはずもなく、顔をしかめる。

 

 対する霊夢もこの反応は分かりきっていた様子で、しかしだからどうしたとばかりに淡々と言葉を並べていく。

 

「こっちにも色々と事情があんのよ。ここは危険だから早く帰りなさい……って、そう言ってはいそうですかと引き下がるあんたでは無いわね。しょうがない、とりあえずついて来て──」

 

「おい。博麗霊夢」

 

 すると赤髪の少年が呼び掛ける。

 

「あぁ? 何よ?」

 

「そこの女」

 

「あー?」

 

 指差された先へ視線を送り、霊夢はここで初めて姫神の存在に気付いた。

 

「あら、同業者?」

 

「そういえばまだ顔写真を見せていなかったね。そいつが“吸血殺し”……姫神秋沙だ」

 

 赤髪の少年が告げれば、目の色を変える。

 

「……こいつが?」

 

 怪訝そうな視線。じろりと見据えられ、姫神は思わず後退りしてしまう。

 

「……ねぇ、あなたが吸血鬼をぶっ殺せる力を持ってるってのは本当なの?」

 

 何の力も感じない、どう見ても普通の人間であるが故に、霊夢は半信半疑といった様子で尋ねる。

 

「……ええ」

 

 姫神は、こくりと頷いた。

 

「──そう」

 

 本人がそう言うのなら、そうなのだろう。霊夢は一先ず納得し、彼女へと近付く。

 

「! ……あなた達は。何者?」

 

「私は博麗霊夢。()()イギリス清教に所属している人間よ。端的に言うと、あなたを保護しに来たわ」

 

 躊躇無く霊夢は自らの素性と目的を明かす。

 

「保護?」

 

「そ。学園都市のトップに言われてね。アウレなんとかって奴に監禁されてるんでしょう? 悪いようにはしないから安心しなさい」

 

 霊夢の説明に傍らで聞いていた上条は内心驚く。彼女がイギリス清教に所属しているのもそうだが、姫神の救出が学園都市のトップが動く程の大事になっているとは思っていなかった。

 

「……必要無い」

 

「……何ですって?」

 

 発せられた拒絶の言葉。予想してなかった返答に思わず霊夢は眉をひそめる。

 

「私は監禁されてなんていない。むしろ逆。私は自分の意志でアウレオルスに協力している」

 

「はぁ……?」

 

「私は自分の意志でここに居る。私がここに居るのは、この忌々しい“吸血殺し”を抑え、消し去るため。そして、アウレオルスを助けるため。彼は言った。多くの人を助ける為に、世界をより善くする為に、私の力が必要だって」

 

 姫神の声に、力がこもる。

 

「──そう。私は生まれて初めて。殺す為ではなく助ける為にこの力を使う事が出来る」

 

 だから保護は必要無いと、先程上条にしたように姫神は毅然とした態度で告げる。アウレオルス=イザードに協力すると決めた以上、彼女はこの場から離れるつもりなど微塵も無かった。

 

「……あ、そう」

 

 ちらりと、霊夢は赤髪の少年を一瞥すれば、彼は肩を竦めながら首を横に振った。

 

「生憎とこっちも仕事なんでね。君の意志は関係ないんだ」

 

 その言葉に、姫神と上条は固まる。

 

「……らしいわ。悪いけどあなたに如何なる事情があろうと、無理矢理にでも一緒に来てもらうわよ」

 

「!!」

 

 淡々とそう言い捨て、霊夢は姫神へ手を伸ばし──。

 

「お、おい! 待てよっ博麗っ!」

 

 しかし、それよりも早く上条が慌てて 二人の間に割り込んだ。

 

「あぁん? 何よ?」

 

「さっきの話聞いてなかったのかよ! こいつにも事情があるみたいなんだ! だから、無理矢理連れて行くなんて……」

 

「……で?」

 

「は?」

 

「私の目的は、そいつの保護と、元凶の魔術師をぶっ飛ばすことよ。そいつが自分の能力を無くしたいとかそういうのは知ったことじゃないわ」

 

 冷淡にそう言い返され、上条は言葉を失う。霊夢からすれば姫神の言い分などあまりにもどうでもいい事象だった。

 

「ッ……! ふざけんなよっ! そんなの保護じゃなくて誘拐じゃねぇか!」

 

「あー、そう言われたらそうだけど……こっちも仕事なのよ。雇われた以上は最低限の働きはしないといけないし、魔術師が蔓延ってる中でそいつを野放しにしておくのは個人的にも危険だと思うの」

 

 困ったように、霊夢は言う。ここに来て彼女は上条が記憶喪失であり、自分との面識は病室と常盤台くらいでほぼほぼ初対面であることを考慮していないことに気付いた。

 

 失念していた。説明不足なのもあるが、過去の信頼関係が成り立っていればこうも話が拗れることは無かっただろう。

 

「とにかく退きなさい。どこまで事情を知ってるか知らないけど、少なくともそいつが手を組んでるっていう魔術師はろくでもない奴よ」

 

「ッ、そうかもしれねぇが……今さっき人を殺してた奴の言う事なんか信用出来るかよ……!」

 

 そして、誤解を解くには、もはや遅過ぎる。上条は完全に霊夢を不審に思っており、敵対的な態度を取っていた。

 

 如何に相手が敵であろうと、容易く人の命を奪って全く意に介していないような人間に姫神を預けろというのは無理な話である。

 

 それだけ上条の目線から見た今の霊夢は得体が知れず、恐ろしく、無慈悲に見えた。

 

(あー、少しやらかしたかも)

 

 こうなると上条は頑固なのを知っていた霊夢は、どうしたものかと頭を悩ませる。

 

「何だい……仲間割れかい?」

 

 上条が記憶喪失など露程も知らない赤髪の少年──ステイル=マグヌスは、この現状に軽く舌打ちし、呆れる。

 

 博麗霊夢も上条当麻も、己が真っ向から戦い、敗北を喫した相手であり、最大の脅威であると彼は認識していた。

 

 故にこそ、そんな二人がこうもくだらなく醜い口論をしているのが、無性に腹立たしかった。

 

「上条当麻。事態は一刻を争うんだ。まだアウレオルス=イザードの奴が野放しになっている以上、君に構っていられるほど僕達は暇じゃない」

 

 若干の苛立ちが混じった言動。この少年とも自分は知り合いだったのだろうか。上条がそう思っていると、彼は懐中から一枚のカードを取り出し──。

 

「! 馬鹿。待ちなさ──」

 

 次の瞬間。炎が吹き荒れる。

 

「ッ!?」

 

 上条は驚愕し、しかし反射的に右手を突き出してその炎を消し去る。その行動を予め読んでいたステイルは隙を突くように燃え盛るバーナーのような炎の剣を作り出して振り翳す。

 

「なっ、しまっ──」

 

 不意を突かれた一撃。だが、迫り来る摂氏4000℃を超える炎剣は突如として風に煽られた蝋燭の灯のように消失する。

 

「……へ?」

 

 幻想殺しによる無効化ではない。自身が触れるよりも炎が先に消失したことに上条は困惑の色を隠せない。

 

「──どういうつもりよ」

 

 そして、いつの間にかステイルとの間に立っていた霊夢に気付き、彼女がやったことなのだと理解するが……。

 

 自分を、助けた。つまりそういうことになり、上条は余計に困惑してしまう。

 

「この方が手っ取り早いだろう」

 

「あ? ふざけんじゃないわよ。ぶっ殺されたいの?」

 

 先程人体を切断した恐るべき大幣を肩に担ぎ、ぎろりと霊夢は睨む。

 

 その鋭い眼光に気圧されながらも表向きは平静を装い、ステイルは煙草をふかす。

 

「……ふん、()()()()随分と甘いようだね」

 

「ええ。だから、次から手を出さないことね。今すぐ魔術師を引退したいってんなら、話は別だけど」

 

 二人の物騒なやり取りを他所に、上条はどういうことなのかと困惑が勝って逆に落ち着いた脳で思考する。

 

(何なんだよ一体……あの赤髪の野郎は明らかに敵対的だが、博麗は違う……少なくとも最初から敵意なんて存在しなかった……糞が。さっきの光景が嘘であってほしいぜ)

 

 確かに恐ろしかった。しかし、禁書目録とも仲が良いらしい彼女のことを、記憶喪失でありながら己が悲しんでほしくないと望んだ少女が、敵だとは思いたくなかった。

 

 加えて、未だに自分に敵意を見せない霊夢。何か思い違いをしてしまっているではと疑念を抱くのは当然の帰結だったものの、先程の男を真っ二つに切り裂いた光景が脳裏にちらついて離れず、立ち往生してしまう。

 

「ッ!!」

 

 するとここで、姫神が突然走り出す。

 

「あっ! おい姫神ッ!」

 

「ッ!? まずい、逃げたか……!」

 

 どうやら仲間割れを起こしたのをチャンスと見て逃走を図ったようだ。

 

「……無駄よ」

 

 しかし、所詮はただの女子高生であり、歩きづらい巫女装束を纏った少女に並々ならぬ身体能力を有する霊夢が追い付くことなど造作もなく、即座に回り込んでみせた。

 

「…………!?」

 

「悪いけど、大人しくしてもらうわよ」

 

 驚愕する姫神に、霊夢は手を伸ばし──。

 

「──動くな──」

 

 次の瞬間。

 

 まるで時が止まったかのように、この場にある全ての物質が、ぴたりと静止した。





話せばわかる(神の視点)

吸血殺し編、あと三話くらいで終わらせる予定だったけどぜってー終わらねぇなこれ?

そして、投稿した瞬間に思い出したわ。今日クリスマスじゃねーか(仕事中)
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