とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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実は菫子を出すにあたって一番困ったのがスマホの扱いだけど最近のスピンオフ作品だと普通にスマホ使ってるらしいので普通に出すことに。

ま、この作品の世界ではスマホは普及しているということで。因みに霊夢はガラケー。上条さんもガラケー。


黄金錬成

 

 

 ──その気付きは、ある日突然訪れた。

 

 完全記憶能力による脳の圧迫。あらゆる手段を尽くしても解決する手段を見出だせなかった青年は、不老不死の存在に頼ろうとした。

 

 カインの末裔。不死であるが故に、無限の魔力を有すると云われる深淵の怪物。永遠に生きるかの者たちならば、無限に記憶を保有する手段があるはずだと。

 

 しかし、その前に魔術ではない、科学という畑違いの学問も調べてみようと、至極当然の、しかし魔術師としては余程切羽詰まった発想に至ったのは、彼がたまたま出会った異国の科学者と親交を持ったからだろう。

 

「……何だと?」

 

 ヨーロッパ南部のとある国の郊外。潜伏先のとある喫茶店の中で、青年は耳を疑う。

 

「もう一度、言ってくれないか?」

 

「記憶による脳の圧迫など有り得ない、というのが科学側の見解よ」

 

 正直期待などしていなかった。科学を軽んじる魔術師の悪癖がまだ残っていた。

 

 故に、もたらされた真実に、衝撃を受ける。

 

「そもそも意味記憶とエピソード記憶は全く種類の違う記憶なのだから、どちらかを消したところで容量が増減するなんてことはあるはずがない。魔道書を記憶する過程に非科学(オカルト)的な特殊な手段を用いているのなら、話は変わってくるけど……」

 

「いや……そのようなことはなかった、はずだ。あくまで魔道書を読むのは魔術でも科学でもない当たり前な行動の範疇。宗教防壁で防御したりするかもしれないが、その程度で脳の容量が異常に食い潰される訳では、ない」

 

 そんな馬鹿な、と思いたかった。目の前で紅茶を啜る彼女の弁を否定出来る論理を頭の中で並べ、しかし明確に否定可能な要素は存在せず、逆にそれを裏付けるものは数多にあった。

 

 教会が示した彼女の記憶容量を単純に計算して、六年も生きられないという矛盾に気付いてからは、それが教会が流布したデマであり、己が騙されていたことを悟った。

 

 ──何と、滑稽な話であろうか。

 

「唖然。では、彼女が苦しむのは……」

 

「何かしらの細工が施されてるのでしょう。記憶を消し、管理下に置く為に。──酷い話ね、まったく」

 

 カタカタと握るティーカップを粉砕しそうになる。一体どこまで彼女の人生を弄べば気が済むのだ。

 

 沸々と怒りが沸く。彼女にそのような立場を強いた挙げ句、おぞましき首輪を付けた者共に。そんなことにすら気が付かなかった己自身の愚かさに。

 

「……感謝する。君のお蔭で危うく徒労と愚行を重ねるところだった」

 

 憤慨しながらも、青年は礼を述べる。願わくはこの出会いがもっと早くもたらされていれば……。

 

 彼の絶望は深い。今までの献身も努力も、少なくはない犠牲すらも、何もかもが無駄。水泡となって消えていったということなのだから。

 

 だが、同時に光明が差した。漸く具体的な対策や手段が思い浮かんだ。

 

「当面の敵は、イギリス清教ということになるか」

 

 否、10万3000冊の魔道図書館を求めぬ魔術師など居ない。ローマもロシアも、全勢力が敵といっても過言ではないだろう。

 

 故に、青年はまず最初に“力”を求めた。如何なる敵に対しても彼女を守り切ることが出来るだけの絶対的な“力”を。

 

 そして、次に望んだのは安息の場所。彼女が普通の少女として、平穏に暮らせる場所は無いのかと考え、駄目元で女性に尋ねてみた。

 

「そう。成程……」

 

 女性はしばらく思考し、そして薄い笑みを浮かべたかと思うと、()()()を口にした。

 

「ねぇ、あなた……◼️◼️◼️って知ってるかしら?」

 

 ノイズ交じりの、言葉すらかも怪しい音声。けれど、確かに聴き、知ったのだ。

 

 ()()()の存在を──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ──何が起きた。

 

 指先一つも動かない、辛うじて呼吸のみが行える状況下で全員がその疑問を抱く。

 

「……アウレオルス」

 

 この場において唯一、自由に動ける、姫神秋沙を除いて。

 

「間然。一ヶ所に集まってくれるとは、手間が省ける」

 

 廊下の奥から現れた、一人の青年。何とかその姿を視界に入れた上条は目を見開く。

 

 手には細い針。白いスーツを身に纏い、緑色に染めた頭髪を掻き上げたその容姿は、すぐそこの血の海に沈む死体と瓜二つであったのだから。

 

「…………ッ!」

 

 次の瞬間。

 

 ガキィン!! と突如として鈍い音と共に火花が飛び散った。

 

「「!?」」

 

 動いたのは霊夢だった。静止していたはずの彼女は一瞬でアウレオルスへと肉薄し、しかし振り下ろした大幣を空間から涌き出るように出現した黄金の壁によって防がれていた。

 

「ほう……無理矢理解いた、か。やはり貴様は私の想定を上回る動きを見せてくれるな。──“幻想を生きる巫女”よ」

 

「……あん?」

 

 アウレオルスは僅かに瞠目しながらもこうなることも予期していたのか悠然とそう言い放ち、霊夢は眉をひそめる。

 

「──吹っ飛べ」

 

「!」

 

 そして、針を自身の首筋に突き刺すと共にそう呟くと同時に凄まじい衝撃が霊夢を襲い、彼女は言葉通りに、勢いよく突き飛ばされた。

 

「ふむ、効かぬ……という訳ではなさそうだな」

 

 自身の力が確かに機能していることを確認しつつ、アウレオルスは冷静に観察し、分析する。

 

 対する霊夢は壁に叩き付けられるよりも早く空中で受け身を取り、衝撃を殺すことで何とか停止させた。

 

「チィッ……」

 

 予備動作が一切見えなかった。ただ言葉を発しただけで霊夢は不可視の攻撃を受け、反応すら出来ずに被弾した。

 

(言霊の類い? 厄介な力ね……)

 

 ステイルはともかく上条すらも現在、動きを止めている。幻想殺しを無効化している……とは考えづらい。如何に対処法があろうと、こと異能を打ち消すという力においてはあの右手は絶対的だった。

 

 となれば──。

 

「当麻。()()()動かせるでしょう? どこでも良いから自分の身体に触れなさい」

 

 そう呼び掛ける。すると上条は一瞬困惑するも確かに右腕が自由に動かせることに気付き、手の届く範囲の自分の部位へと触れた。

 

 同時に、びくりと跳ねるように上条の身体が動き出す。

 

「うおっ……動けるようになった……?」

 

「やっぱりね。あいつの方も触れてやってくれない? 流石にもう、どっちが敵かってのは判断出来たでしょう?」

 

「……ああ、分かった」

 

 ステイルの方を指差す霊夢。上条としては先程攻撃してきた相手を自由にするのは気が引けたが、そうも言ってられない状況であることも確かなので一先ず言われた通りにステイルの背中に触れた。

 

「ッ……ふん、感謝するよ上条当麻」

 

「感謝されている気が全くしないお礼どうも」

 

 素直に礼を言うステイル。しかし、その表情は屈辱的だと言わんばかりに険しくさせていた。それは上条に助けられたのもそうだが、こうも易々と敵の魔術を受けてしまった自分への苛立ちもあった。

 

「……瞭然。それが当代の幻想殺し(イマジンブレイカー)か。些か不完全のようにも見えるが」

 

 またもや力を無効化された。にも拘わらず想定内だと言わんばかりにアウレオルスは落ち着き払っていた。

 

 一方、ステイルは彼の発言に驚愕する。

 

「待て、()()()……と言ったか? コイツの能力はイギリス清教(うち)でさえ、つい最近存在を認めた能力だぞ。学園都市に侵入して日も浅い君が何故知った風な口を利く?」

 

「当然。今の私は十字教が知らぬことも、秘めることも知っている。必要悪の教会(ネサセリウス)の男よ」

 

 幻想殺しという明らかなイレギュラーに対して、何かしら把握しているような口振り。

 

 怪訝そうに問いかけるステイルへ、アウレオルスは傲岸不遜に言い捨てる。

 

「──にしても、奇妙な巡り合わせと言えよう。よもや私の前に立ち塞がるのが貴様達とは……運命というのはどこまでも皮肉なものらしい」

 

 突然の呟きに全員が眉をひそめる。そんな反応を気にも留めず、アウレオルスはステイルから上条、そして霊夢へとそれぞれ視線をずらしていく。

 

「必然。上条当麻、博麗霊夢。出来得ることならば貴様達とは争いたくはない。禁書目録(インデックス)の恩人たる貴様達とは、な」

 

 それから、衝撃的な発言をする。

 

「……何だって?」

 

「はぁ?」

 

 二人とも驚きの表情を浮かべる。何故そこで、彼女の名前が出るというのか。

 

「……成程。そういうことか」

 

 一方、ステイルは合点が行った様子だった。

 

「あー? どういうことよ?」

 

「彼は以前、あの子の教師役をしていた。つまり僕達より前の、彼女のパートナーだったという訳さ」

 

 それはアウレオルス=イザードの抹殺を依頼された際にもたらされた情報。彼がローマ正教に所属していた頃に就いていた“隠秘記録官”とは、教会の為に魔術の主な傾向とその対策を魔道書として記す役職。

 

 要は魔術の教科書作成者であり、イギリス清教側が敢えて“異端の知識”を使うことで対応しているのに比べ、こちらはあくまでローマ正教側の知識内での対応になるとはいえ、限定的ながら異端に触れることを許されている謂わば特例中の特例とでも呼ぶものであり、アウレオルスはその中でも天才と称される程の逸材であったらしい。

 

 しかし、彼は方針の違いからローマ正教に不満を抱くようになり、極秘にイギリス清教への接触を図り、これに成功した。

 

 そうして禁書目録のパートナーに任命され、それからしばらく後に失踪。ローマ正教からも離反し、堕ちるところにまで堕ちたのだと思われていたが……。

 

「まさか、君の目的は……だが、それは……」

 

 ステイルは察した。目の前の男が何を思い、何を成そうとしてローマ正教を離反し、裏切り者のレッテルを貼られることになったのかを。

 

 そして、何もかもが遅過ぎたということも……。

 

「間然。分かっているとも同輩よ。私は、()()()()()()()()。彼女の救い手は私では無かった、ただそれだけのこと」

 

 しかし、予想に反してアウレオルスは薄く笑みを浮かべ、そう言い切った。どうしようもなき事実を前に、彼は自暴自棄になる訳でもなく、受け入れていたのだ。

 

「……そういうこと。あんたは助けようとしたのね、インデックスを」

 

「!? それって……」

 

 会話を聞いていた霊夢も納得する。ここまで聞いて察しない方が難しい。上条も理解したのか気まずそうな表情を浮かべた。

 

 全てを擲ってでも救おうとしていた人物が、既に救われていた。その衝撃と絶望は一体如何ほどのものなのか。

 

「悄然。気を病む必要など無い。私は感謝しているのだ、彼女を呪縛から解き放ってくれたことに。だからこそ、彼女の味方である貴様達と敵対するのは望ましくない」

 

「………………」

 

 穏やかな声。そこに嘘は無いように思える。しかし、霊夢は依然として警戒した様子でアウレオルスを見据えていた。

 

「なら、さっさとこの街から出て行ってくれる?」

 

「……悪いが、それは出来ん。私にはまだ、やらなければならないことがある」

 

 投降、は恐らく処刑されるであろうから不可能。故に、霊夢は暗に逃走するのを見逃してやると提案するが、やはりと言うべきかアウレオルスは断る。

 

 禁書目録を救う為に学園都市へ赴いたとして、彼女が既に救われているのを知りながらも留まり、三沢塾を乗っ取っている時点で彼の目的が別にあるのは分かりきっていたことだ。

 

「そ。じゃあ、見過ごせないわね。吸血鬼を殺す力を使って何企んでるか知らないけど……どうせろくでもないことでしょうし」

 

「ふん……僕も同意見だ」

 

「………………」

 

 いつもの第六感を以てそう断ずる霊夢。これにステイルも必要悪の教会所属の魔術師として同意を示し、上条は迷った様子で黙る。

 

「ろくでもない、か。フッ……塊然。よりにもよって、貴様がそう言うとはな」

 

 対するアウレオルスは目を伏せ、一瞬だけ苦笑した。

 

「──姫神秋沙。ここから離れていろ。出来る限り遠くに、な」

 

「……うん」

 

 そう告げられた姫神はこくりと頷き、早足でアウレオルスの横を通り過ぎていく。

 

 後を追う者は居ない。上条とステイルはアウレオルスに対する警戒心から。霊夢はアウレオルス本人が現れた以上、姫神の存在は後回しにして良いと判断したが故である。

 

「さて……こうなってしまっては、私は貴様達を排除しなければならない。如何なる存在であろうと、我が大願の邪魔はさせぬ」

 

 気は進まんが、とアウレオルスは渋い顔をする。

 

「この戦力差だってのに、随分と余裕そうだね? 骨董屋」

 

 訝しげにステイルが問う。その実力はあの紛い物(ダミー)とは比べるのも烏滸がましいことは理解していたが、それでも錬金術師であり、研究を主とするアウレオルスに戦闘適正は無いと思われ、その証拠に身体中を霊装や武装で固めている。

 

 先程こちらの動きを拘束した、未知なる魔術は脅威であるもの、霊夢には通じなかった上に、こちらは三人。にも拘わらずこうも平然としていられるということは、まだ何か隠し球があるとでもいうのだろうか。

 

「当然。結局のところ戦力差など、覆ってなどおらぬのだからな」

 

 そして、アウレオルスは素早い動きで首元に針を刺した。

 

「──ここで起きた事を全て忘れ、立ち去れ」

 

「!」

 

 言葉を発する。三人は目を見開くも、その言葉の意味を理解する頃にはもはや手遅れだった。

 

 虚ろな表情で立ち尽くす上条とステイル。唯一霊夢だけは一瞬硬直するのみで即座に動き出し、腕を振るって数本の針を投擲する。

 

「──跳ね返せ」

 

 しかし、針はアウレオルスに届く寸前で弧を描いて軌道を変え、持ち主である霊夢の方へと向かっていく。

 

 即座に霊夢はこれを避けつつ、小さく舌打ちした。

 

(……してやられたわね)

 

 こうも具体的な言葉すらも実現可能とは。仮に動くなと先程のように動きを止めさせれば上条がすぐに対応していただろうが、記憶そのものを忘れてしまえば無意味だった。

 

 右手を頭に触れさせれば、恐らく解除出来ると思われるが、そのようなことをしていられる暇をアウレオルスは与えてはくれないだろう。

 

(さっきからあの言霊のようなのが私に効かない理由は不明。単純に耐性があったのか、霊力の量や実力によって効力に差異があるのか……どっちにしろ──)

 

 ──喋る前に仕留める。

 

 実にシンプルかつ最適解な戦法で霊夢は目の前の推定言霊使いを無力化せんと動く。

 

(ッ、速い……! だが──)

 

 霊夢の聖人かと見間違う程の動きはダミーの視界を介して確認していたが、実物を見ると改めて瞠目させられる。

 

 しかし、一瞬で距離を詰め、振り下ろした大幣は、アウレオルスの頭部に触れようとした所でボールがバウンドするように逆方向へ跳ねた。

 

 先程の針を跳ね返したのがまだ作用していたのだ。霊夢が再び振り下ろさんとする、その隙にアウレオルスは言葉を紡ぐ。

 

「──吹っ飛べ。音よりも速く」

 

 そして、パァン! と空気を切り裂くような音と共に空間は荒れ狂う衝撃波に見舞われ、霊夢は大砲から射出されたように吹き飛んだ。

 

「────!?」

 

 今度はその速度が故に途中で勢いを殺し切ることが出来ず、そのまま壁をぶち抜いた。

 

「っ…………」

 

 瓦礫の中で顔をしかめる霊夢。ここにきて初めてのダメージらしいダメージ。いくら事前に魔力で覆って防御していようと、自身が音を上回る速度で飛ばされた衝撃はかなり堪えたらしい。

 

「銃をこの手に。弾丸は魔弾。用途は射出。数は一つで十二分」

 

 距離は充分に取れた。アウレオルスがすかさずそう唱えれば、旧式の片手銃が出現する。

 

 彼女自身に効果が作用しないのなら、直接的な手段で抹殺するまで。

 

「──人間の動体視力を超える速度にて、射出を開始せよ」

 

 火薬が破裂する音が響く。それは引き金を引く動作無しに、視認すら叶わぬ速度で銃口から放たれた。

 

「!」

 

 直ぐ様起き上がった霊夢は首を僅かに動かすことでこれを避け、弾丸がコンクリートの壁を貫く。同時に、アウレオルスは既に突き立てていた針を首から引き抜いて投げ捨てる。

 

「先の手順を量産せよ。十……否、三十の暗器銃にて連続射出の用意──」

 

 唇に言葉を乗せた瞬間、アウレオルスの両手には、それぞれ十五丁ずつ剣の仕込み銃が、まるで鋼の扇のように広げて握られていた。

 

 物理的に有り得ぬ構造。しかし、それは如何なる理屈も通用せず、言葉一つで十全に機能可能な代物であった。

 

「──射出せよ」

 

 一斉に銃口が火を噴く。機関銃が如き連射。放射状に放たれた、視界を埋め尽くす程の弾丸の嵐が霊夢に襲い来る。

 

「チィッ──」

 

「──ほう。これを避けるとはな。だが、一体いつまで踊っていられる?」

 

 飛び退くように、人間離れした動きで軌道を変えながら銃撃を回避する霊夢に対し、感心した様子で、興味深そうにアウレオルスは問う。そもそも掠りもせず、避けられていること自体が可笑しかった。

 

 人間の動体視力を上回る速度。それは正しく言葉通りであり、現代の最新式の銃をも凌駕するスピード。実際、霊夢を以てしても視認どころか目で追うことすら難しい。

 

 それでも尚、ギリギリ回避出来ているのは、ひとえに霊夢の恐るべき回避能力において、動体視力は然して重要ではないからだろう。

 

 つくづく出鱈目な存在だと、自分のことを棚に上げながらアウレオルスは次なる一手を考える。

 

「──不粋な弾幕ね」

 

 既に上条とステイルの姿は無い。恐らく先程の言葉通りに、支配され、三沢塾から出ていったのだろう。

 

 生徒が他に残っているかもしれないが、少なくとも結界が破壊された以上、この階に留まっているとは考えづらい。

 

 故に、霊夢は派手に動くことにした。

 

──八方龍殺陣──

 

「ッ!?」

 

 無数の札が弾丸を弾き飛ばしながら巨大な円陣を形成する。その規模は軽く法王級に到達しており、いつの間に発動の準備をしていたのかと訝しみ、その実それが何の準備も儀式も必要としないものだということに気付く。

 

 そして、驚くアウレオルスを狙って、四方八方から多量の札が飛来する。すかさず銃撃で札を撃ち落としていくも、三十もの銃口を以てしても物量ではあちらが優っていた。

 

「ッ……跳ね返──」

 

「させないわよ……!」

 

 ならばと札の弾幕を跳ね返そうとした次の瞬間。迫っていた札が光を放ち、爆ぜた。

 

「ぬぅ……!?」

 

 思わぬ攻撃に言葉が止まる。暗器銃の一部も破損してしまい、生まれた致命的な隙を突いてアウレオルスへ札が容赦無く炸裂していく。

 

 鳴り止まぬ爆音。絶え間無く続いた札の雨は、霊夢が術式を解いたことで漸く終わる。

 

「さて、と……これでやられてくれると助かるんだけど」

 

 霊夢は油断無く着弾地点を見据える。

 

「厳然……()()()()攻撃とは、随分とお優しいことだな。巫女よ」

 

 そして、やはりというべきか、アウレオルスはボロボロになりながらも立っていた。

 

「……それでも意識を奪うくらいの威力は込めたわよ」

 

 霊夢はアウレオルスの言葉を否定しない。彼女には彼を殺す気など更々無かったのだから。

 

 しかし、微塵の容赦もしていなかった。彼女が繰り出す()()()()攻撃とは実際、ただ殺す気が無いだけで下手をすれば意識不明の植物人間にだってなりかねない無慈悲なものである。

 

「依然。事前に我が身を金剛にも等しき堅牢な材質に変換していなければ、敗北は必至であったに違いあるまい」

 

 事前、というのはアウレオルスが霊夢たちの前に姿を現す以前という意味だろう。ダミーを介してその実力を目の当たりにしていた彼は一片の油断も無く、相応の準備をしており、己の肉体を別のモノに置き換えることすら躊躇しなかった。

 

 それが功を奏し、あれだけの弾幕を受けながら意識を保つことが出来たのだ。

 

「──治れ」

 

 そして、針を突き立てる。すると身体中の痣や腫れは消え、破けたスーツは時間が巻き戻るかのように元通りになった。

 

「更にこの身を上位の“聖人”へ。その後、五感と反射神経を倍増させよ」

 

 するとアウレオルスの内蔵する魔力が一気に上昇し、身体もスーツ越しからでも目に見えて分かる程に筋肉質になっていく。

 

 言葉から察するに、聖人……あの神裂火織と同じような妖怪染みた人間へと変わった、ということなのだろう。

 

「……流石に出鱈目過ぎない?」

 

 思わず霊夢は口にする。言霊というのは、こうも万能なものであっただろうか。ただ言葉を発するだけでその内容を実現させ、無から物質を生み出し、受けた傷を無かったことにする。

 

 それも何の反動も無しに。もはや神の権能に等しく、霊夢から見てもあまりにも理外を超越しており、とてもではないが、一介の魔術師が振るうような力ではない。

 

「当然。我が“黄金錬成(アルス=マグナ)”は完璧にして無敵。敗ける道理など在りはせぬ」

 

「……あるすまぐな?」

 

「大いなる術。世界の全てを呪文と化し、それを詠唱完了することで神や悪魔を含む“世界の全て”を己の手足として使役する錬金術の秘奥にして到達点……端的に言うならば、私が発言したことは全て現実になる、寸分狂わずな」

 

「……そりゃまた、大層なことで」

 

 わざわざ自分の能力を解説してくれてご苦労、とはならない。その内容が耳を疑う程に馬鹿げていたが故に。

 

 発言が現実になる。しかも単なる言霊ではなく、世界そのものを改変するのだという。

 

「まあでも……それなら、やることは変わらないわね」

 

 しかし、はっきりとしたことがある。それは黄金錬成とやらがあくまでも言葉を起点に発動するということ。

 

 ならば聖人の肉体を得て、難易度が上がったとはいえ何かしら喋られる前に無力化する、という当初の方針は何ら変わらない。

 

 それに加え──。

 

「気付いたんだけどさ」

 

「む?」

 

「あんた、その針刺さないと、具体的な内容を変えるとかは出来ないんでしょ」

 

「…………!」

 

 表情が固まるアウレオルス。それを図星を突かれたのだと判断した霊夢は笑みを浮かべる。

 

 予想するに、あれは一種の精神安定を図る為の暗示のようなもの。世の理をねじ曲げ、世界を改変するというのは単なる言葉だけでなく、彼自身の()()に左右され、それこそ僅かでも疑念があれば破綻してしまうのかもしれない。

 

 自らの肉体を吸血鬼に作り変えず、吸血殺しの力を求めているのは、そういうことなのだろう。

 

「ッ──銃をっ」

 

「させるかっての」

 

──夢想封印──

 

 極彩色の輝きが視界を埋め尽くす。即座に針を突き刺さんとするアウレオルスだったが、霊夢の方はとっくの前に準備を終えていた。

 

 迫り来る無数の色とりどりの光弾。聖人の肉体を獲得したアウレオルスならばある程度は対応可能だが、仮に発動が間に合ったとしても先程のように銃撃だけでは防ぎ切れない。

 

「我が身に迫る、ありとあらゆる攻撃を跳ね返せ!」

 

 故に、土壇場で詠唱内容を変える。すると光弾は彼に命中する寸前で弾かれるように逸れて霊夢の方へと帰っていく。

 

「ま、そうするでしょうね」

 

 どこぞの学園都市第一位のお株を奪うような光景であったが、霊夢はとうに予測済みであった。

 

「──む?」

 

 眉をひそめる。跳ね返したはずの光弾が霊夢へ向かうことなく、まるで自我を持っているかのように弧を描いて再びアウレオルスの方へと飛来してきた。

 

 全ての光弾が何度跳ね返されようとも、無限にホーミングし続ける。

 

「小癪な……」

 

「埒が明かない。なら、埒が明けるまで我慢比べと行きましょうか」

 

「依然。如何なる手段を用いようとも、黄金錬成を有した私には勝てぬ。たとえ誰であろうとな」

 

 降り注ぐ光弾の嵐の中で睨み合う。どちらが不利かと言われれば間違いなく霊夢だ。いくら対処しようと、アウレオルスの能力が本当に世界を改変するのなら、文字通り無限に手段があるのだから。

 

 しかし、勝機が無い、ということはあるはずがない。現にどういう訳か霊夢に黄金錬成は作用していない。

 

 必ず何かしらの綻びがある。そう確信しながら霊夢は活路を見出さんとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「なんかヤバいことになってるわねー」

 

 少女が呟く。彼女は少し離れた、しかしいつ巻き込まれてもおかしくはない程度には近い距離で霊夢とアウレオルスの戦いをスマホで撮影しながら眺めていた。

 

「レイムっちがあそこまでガチでやってるのなんてね……黄金錬成だっけ? あの緑髪、思ってた以上にヤバかったわ」

 

 記憶を消され、ぽけーっとした様子で帰宅していく()()()()()()()()()()()彼女はこの三沢塾に残った。また記憶を消されてはたまらないと姿を透明化させ、身体から生じる音を可能な限り消し去り、機を伺っていた。

 

 そうしていれば顔見知りがかつてない程の力を見せ、殺し合いをおっ始めてしまい、予想だにしない事態の連続に彼女は愉快そうに笑う。

 

「もしかしてあれが噂に聞く魔術師ってヤツ? 上条さんの口振りからして、姫神さんを狙って来たのかしら」

 

 そういう連中が居ることは知っていた。しかし、この学園都市で暮らす以上、無縁の存在だとばかり思っていた。オカルトサークルの者としては興味が無いと言えば嘘になるが、以前に調べた限りでは彼らもある意味では自分と()()()()()者達に過ぎず、長年追い求める“神秘”には程遠かった。

 

 彼女が視たいのは、欲しいのは、単なる非科学(オカルト)などではない。

 

 もっと、根本的な──。

 

「危なくなったら助けてあげよっと。ま、レイムっちが敗けるとも思えないけども」

 

 今の彼女は単なるギャラリー。ただ面白そうだと見物している野次馬であり、そこに何の危機感も無かった。

 

 むしろ危機に陥るのであれば嬉々としてはしゃぐ程には、刺激に飢えていた。

 

「それに──」

 

 そして、彼女──宇佐見菫子がここに留まる理由はもう一つあった。

 

「来ないかなぁ、“吸血鬼”」

 

 それは実に純粋な、願望だった。

 

 何処かにあるのかも、ないのかもしれない。けれど追い求めて止まない“幻想”の到来を──。




本編でのアウレオルスだった場合、普通に霊夢や幻想殺しに驚いてる隙に倒されます。
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