とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
──“
上条当麻の右手に宿る、ありとあらゆる異能を打ち消す摩訶不思議な力のこと。
しかし、それが単に異能を打ち消すだけの能力ではないことを霊夢は知っていた。
今までで二度だけ、彼女はその力の片鱗を見た。それもどちらとも毛色が違う能力であり、表向きの無効化能力含めて最低でも三種類の力があるということである。
そして、今。そんな幻想殺しの隠された力のうち一つが、解き放たれた。
(──“竜”。けど一頭だけね)
先程とは明らかに違う雰囲気。気でも狂ったかのように哄笑しながら、上条当麻はアウレオルスへと歩み寄る。
その切断されたはずの断面から見えるのは、無色透明の硝子のような鱗に覆われた“
(どうにせよ、迂闊には動けない。巻き添えくらったらたまったものじゃないわ)
上条本人の意識はあるにはあるようだが、ハイになっている上に“あの力”は、制御下から離れてしまっている。ただ暴れ狂うだけの力は近付くモノ全てを敵と判断し、善悪関係なくあらゆるモノを貪り殺すだろう。
故に、霊夢はただ様子を伺っていた。
「……何なのだ、貴様は?」
アウレオルスは問う。その声は僅かに震えており、動揺が見て取れた。ステイルや宇佐見も突然の変化に茫然と立ち尽くしている。
「まさか右手をぶち切った程度で俺の幻想殺しを潰せると思ったんじゃねぇだろうァ?」
「悄然。何なのだと問うている」
冷や汗が止まらない。肩口から大樹の如く生える竜の首がこちらをギロリと睨む。あれが己が恐怖心から生み出してしまった単なる幻覚や妄想であることを祈りつつ、しかしいくら精神的に追い詰められたからといって、ここまで具体的なイメージを抱くはずがないということは分かっていた。
つまりあの竜は本物。危機から脱したかと思えば、より恐ろしい何かを呼び起こしてしまったとでも言うのか。
「依然……! 我が黄金錬成は機能している……!」
自身を奮い立たせるかのように叫ぶ。理解が及ばぬ存在に、確かに恐怖しながらもアウレオルスの闘志は消えず、迎え撃つ。
──だが、すぐにその勇敢さが如何に愚かで無謀であるかを思い知らされる。
「どういうことだ、何故効かぬ……ッ!
信じられぬ光景に目を見開く。アウレオルスは確かに黄金錬成を発動した。寸分の狂いもなく。
しかし、そうして放たれた魔弾も、頭上から落とされたギロチンも、感電死、窒息死、圧死といった思い付く限りのあらゆる殺害方法も、その全てを真っ向から受けているにも拘わらず、平然と佇むその姿には傷一つ存在しない。
黄金錬成が、錬金術の最高峰が、世界を思うがままにする大いなる術が、目の前の存在には通用していなかった。
(まさか
触れもせず打ち消す。無敵かと思われた黄金錬成の天敵に等しい存在。そして、今の上条当麻を見て“馬鹿げている”、と思ってしまった己の想像力ではもはや彼を殺すことをイメージ出来ないだろう。
憔悴しながらもそう分析し、アウレオルスは針を首に突き刺し、次なる一手を打つ。
「ならば……浮けッ!」
すると周囲の瓦礫が浮き上がる。
「一斉に射出せよ!」
着実に距離を詰めている上条に焦りを感じ、必死な形相でアウレオルスは叫ぶ。今しがた宇佐見菫子と戦っていなければ思い付きもしなかっただろう。
そして、多量の瓦礫が上条へと降り注ぐ。
「へぇ……考えたわね」
これに霊夢は感心する。浮かせて飛ばす、までは魔術であるが、元からある物質は消し去ることは出来ず、そして発生したエネルギーもそのままである。
しかし、今の上条の能力は、無効化が全てではなく、上述した通り全く毛色が違うものだ。
轟!!
叩き落とすかのように竜の首が振るわれ、押し潰さんと迫っていた瓦礫群は一つ残らず、消し飛ばされる。
「ッ……フ、フハハハハハハハ! 今、防いだなッ! そうだ、そうだともッ! 貴様も無敵などではないということだッ!」
そんな光景を目撃してもアウレオルスは絶望することなく、むしろ高笑いする。効果が無かったとはいえ今までのように問答無用で無効化される訳ではなかった。
抜け道がある。そう理解したからには、やり様はいくらでもある。
「……意外ね。もっと動揺するかと思ってたんだけど」
そんな光景を見て、霊夢はアウレオルスの評価を上方修正する。彼は明らかに上条当麻という存在に対して恐怖心を抱いているにも拘わらず決して退かず、ありとあらゆる可能性に賭けて抗い続けていた。
その心折れぬ精神力は凄まじく、何が彼を駆り立てるのかと思わずにはいられない。
「それとも、とっくに折れてるのかしら」
何となくだが、そう思う。だとすれば彼は死ぬまで止まることはないだろう。
壊れた人間に、タガなど存在するはずがないのだから──。
「──銃をこちらへ転送せよ」
アウレオルスの周囲に出現する無数の銃口。それは今までのような魔術的な武装ではなく、警備員やどこかの軍隊の武器庫から転送したもの。黄金錬成で生み出したものではないが故に、異能でも何でもない、ただの兵器だ。
この時、アウレオルスは己の魔術師としてのプライドの一切合切をかなぐり捨てた。
「弾倉を常に転送・装填し続け、一斉射撃を開始せよ」
無数の鉛弾が、現代兵器の暴力が上条を襲う。普段の上条ならば一瞬で蜂の巣にされるが、今の上条は幻想の頂点たる“竜”であり、純粋な暴力の化身。当然とばかりに有効打にはならず、しかし確実に彼の進行を妨害していた。
「更にダイナマイトを転送。点火し、連鎖的に爆破を繰り返せ」
すると上条の頭上に幾つものダイナマイトが出現し、爆発する。
それだけでは終わらず、更にもう一度。爆発する度にダイナマイトがどんどん追加されていき、幾重の連続爆破でビル全体が揺れた。
「無茶苦茶な……!」
爆風に顔を手で覆いながら、ステイルが思わず呟く。霊夢もまた、驚いていた。術者本人の精神が安定さえしていれば、“竜”の力を解き放った幻想殺しを相手にこうも戦えるとは。
黄金錬成。改めて出鱈目な力である。
「──先の動作を永続せよ」
尚も爆発は続く。個人に向けられるには明らかなオーバーキルであるが、アウレオルスは確実に殺す為にダイナマイトの転送と起爆を止めず、ビルはまるで大地震でも起こっているかのように揺れ続ける。
いくらあの竜が無敵に等しい強さであろうと、本体である上条ごと消し飛ばしてしまえば……。
「ッ!?」
そう思っていた次の瞬間。爆炎の中から竜の
「──離れよっ!」
咄嗟に叫ぶ。対象は上条ではなく、自分自身。吹っ飛ばされるようにアウレオルスは後退する。
「がぁっ……!?」
しかし、僅かに遅れ、片腕を噛みちぎられてしまう。
「ク、ククク……ハハハハハハ……!」
爆煙の中から現れた上条は相も変わらず狂ったように笑っていた。その身体は多少ボロボロではあるものの、未だに健在だった。
──化け物。
身震いする程に恐ろしい。アウレオルスには、もはや目の前の少年が同じ人間には見えていなかった。
「ぐぅ……おのれ貴様……ッ!」
腹立たしげに睨む。ちぎれた腕は黄金錬成で即座に治療し、元通りになるものの痛みは継続していた。
上条への恐怖からか、幻想殺しの効力が働いているのか、黄金錬成が上手く機能しておらず、半端な結果になるようだ。
(だが、奴は着実にダメージを負っている。このまま消耗させるか、それとも早期に決着を……む?)
そこでアウレオルスはあることに気付く。
「貴様、もしや暴走しているのか?」
思わず呟いた問いに、上条は答えない。相も変わらず不気味に笑うのみ。その有り様はおおよそ理性があるようには感じられず、力に振り回されているように見えた。
それを見てアウレオルスは上条当麻が実のところ竜の力を制御出来ておらず、暴走状態にあると推測する。
(──まずいわね)
気付かれた、霊夢は内心舌打ちする。如何に強力な力といえど、制御下に置いていない、単に暴れ回るだけの力など付け入る隙はいくらでもあった。特にアウレオルスのような強者ならば。
だからこそ、さっさと倒してほしかったのだが、こればっかりはアウレオルスが冷静さを取り戻すのが早過ぎた。
それでもアウレオルスの勝率は低いが、このままずっと竜の力を解放していれば、上条の身が危うい。ただの人間が長時間使用し続けられるような力ではないのだ。
「……厳然。どうやら単に魔術を殺す力ではない、相当危険な力を秘めているようだ。尚更ここで始末する必要がある。“ソレ”が
最悪この場から逃亡して一からやり直すという身も蓋も無い作戦も考えていたが、上条の暴走がいつまで続くか分からず、もしも一生暴走し続けるなんてことがあれば、この街に居る禁書目録にまで危害が及ぶ可能性がある。
故に、放逐する訳には行かない。ある意味では、アウレオルスは逃げ場を失った。勝利か敗北の二択しか選べなくなった訳であり、前者以外を選ぶ理由などあるはずがなかった。
「禁書目録の守り手は博麗霊夢一人でも充分。そして、我が大願が果たされればそれすらも不要」
僅かに顔をしかめ、しかし悠然と言い放つ。理不尽に記憶を奪われていた教え子が、やっと一生覚えていられるパートナーを殺すことに何の後ろめさも心苦しさも無いと言えば嘘になる。
けれど、それでも、彼は自らの目的を邪魔する者には容赦しない。それこそ、たとえ禁書目録が相手だったとしても──。
そう、決めたのだ。
「悪いけど、別に守り手になったつもりはないわよ」
次の瞬間。光弾の豪雨が、横合いから降り注ぐ。
「ッ!? まだ邪魔立てするか──跳ね返せッ!」
見上げれば上空には霊夢が居た。不意打ちにも拘わらずアウレオルスは即座に対応する。元より霊夢らが介入してくることを考慮していないはずながなかった。
「──動くな」
そして、跳ね返ってくる光弾を避けようとする霊夢の動きを封じる。
「ぐっ……」
完全に硬直した霊夢。今までのように黄金錬成を無理矢理解除しようもするも指一本すらも動かせず、そのまま光弾が炸裂し、撃墜された。
「ッ……自分の攻撃をくらったのは初めてよ」
頭から床に叩き付けられながらも霊夢は即座に立ち上がってアウレオルスへと駆ける。
「──地に伏せよ」
しかし、眼前まで迫り、大幣を振り下ろさんとしたところでアウレオルスの黄金錬成が間に合い、不可視の力によって地面に這いつくばる。
「ちっ──」
「愚かな……今更貴様風情が出てきてどうなる。貴様に黄金錬成が通じなかったのは、単に私が貴様を計りかねていたからに過ぎぬ。未だに不完全な貴様など恐るるに足らない」
「……さっきから、随分と知った風な口を利くじゃない」
「当然。充分に調べた。貴様が記憶喪失などでなければ、私は吸血殺しを頼る必要など無かったのだがな」
「あぁん……?」
何かしら知っているのだろうとは思っていた。“幻想に生きる巫女”と、己の事を知った風に呼んだ時点で。幻想猛獣、あの辻斬りに加えてこれと、こうも具体的な手掛かりが連続すれば期待するなと言う方が無理があるだろう。
だからこそ、結び付かない。その言い分だと霊夢の代わりに吸血殺しを利用しようとしているということ。しかし、両者に関係性など全く無く、どういう意図があるというのか。
吸血殺しを利用するであれば、呼び餌に“吸血鬼”を誘き寄せようとしているのだと思ったが……。
「あまねく秘匿を破り、世の歪みを正す。そうして真実は暴かれ、“幻想”は舞い戻る。楽園への道と共に」
「──は?」
唐突に囁いた言葉。それに疑問に苛まれた霊夢の思考は停止し、目を見開く。
それは彼女にとって、あまりにも核心に触れ過ぎていた。
「依然。やはり何も知らぬか。言ったであろう、よりにもよって貴様かと」
つまらなそうに言い捨て、アウレオルスは己の首筋に針を突き立てる。
「終わりだ、幻想に生きる巫女よ。いずれ来たりし“楽園”の為の、犠牲となるがいい」
死刑宣告にも等しい言葉。そこで思考を引き戻された霊夢は顔をしかめ、しかし次の瞬間にはにやりと笑みを浮かべる。
それは諦めか? 否。
「はっ どういうことか知らないけど、良いの? 私にばっかり構ってて」
「何? ――ッ!!」
ハッとして視線を向ければ、上条が、竜が、すぐそこまで迫っていた。
慌てて後退しようとするアウレオルス。しかし、それよりも早く何かがその足首に絡み付き、躓いてしまう。
「何ッ!?」
それは床に張り巡らされた札と札が繋がって作られた紐。続いて別の紐が針を突き立てようとする腕を縛り、拘束する。
誰によるものかは明白だった。アウレオルスは腹立たしげに霊夢を睨み付ける。
「きさ、まァ……!」
いつ仕掛けられたのか。タイミングを考えれば先程こちらへ近付いた時。初めからこのつもりだったのだ。
そうこうしている内に、上条は目と鼻の先まで辿り着き、こちらを見据える。
「────」
アウレオルスは顔を青ざめさせ、そしてすぐに怒りを露にし、口を歪める。
「何故だッ!? 何故よりにも! よりにもよって貴様達なのだッ!? 貴様達こそ、本当に待ち侘びているはず──」
慟哭にも似た叫び。それは心の底から出たものであるが、説明を放棄した己が自業により、その意味を理解出来る者はこの場に居らず、ただ殺意に満ちた凍てついた眼光が貫く。
「ひぃぃ……ッ!?」
心臓を掴まれる感覚。狂気よりも恐怖が勝った瞬間。散々の果てに、漸くアウレオルスの心は折れ、観念する。
そして、竜の顎が大きく開けアウレオルスを頭から呑み込み──。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
ゴッ、と鈍い音が響く。
顎から脳へと伝わる衝撃を最後に、アウレオルスの意識は暗転する。
「ふぅ……間一髪ね」
竜の顎が虚空を喰らう。地面に転がり、口から泡を噴いて気絶するアウレオルスを見下ろしながら霊夢はホッと胸を撫で下ろす。
寸前で黄金錬成は解除された。上条への恐怖心がピークに達し、精神が不安定になったからだろう。動けるようになった霊夢は即座にアウレオルスを殴り飛ばした。
あのまま竜に噛み付かれていれば、どうなっていたか分かったものではない。仮に生存していたとしても致命的な後遺症が残っていたかもしれない。
それは困る。霊夢にとってアウレオルスは貴重な情報源であるし、何よりも上条の手を汚すのは忍びなかった。
「ちょっ──レイムっち!?」
宇佐見の悲鳴に近い叫びが響く。上条の肩口から生える竜の首は尚も暴れ狂っており、標的を霊夢に変えて彼女へ襲い掛かっていた。
「──お座り」
しかし、次の瞬間。頭上から降下してきた巨大な“陰陽玉”が竜の頭を床へと叩き伏せ、押し潰す。
ぎゃあぎゃあと雄叫びをあげて竜は踠くが、陰陽玉はその度に力を増し、ひび割れて砕かれそうになっても即座に修復されて元通りになっていく。
この陰陽鬼神玉の肝は遠隔から供給される霊夢自身の魔力。故に、幻想殺しの作用でいくら破壊されようとも霊夢が魔力を供給している限りは半永久的に修復することが可能。
つまり竜がこれを打ち破るには、霊夢の魔力切れを待つしかなかった。
「さてと……当麻。まだ意識があるのなら、さっさと返事をしなさい」
そんな竜を横目に霊夢は上条へと近付き、何ということはないかのように呼び掛ける。
「博、麗……?」
「もう大丈夫よ。そいつは気絶してる」
あれだけ笑っていた上条はこちらへ顔を覗かせる霊夢を見るなり正気を取り戻した様子だった。そして、促された方角を一瞥すればアウレオルスが間抜け面を晒して倒れ伏している。
「……そう、か。よかっ──」
ホッと胸を撫で下ろし、そのまま上条はフラりと倒れ込み、霊夢はそれを身体で受け止める。
竜の姿も霧散するように消え、視線を落とせば確かに切断されていたはずの右手が、まるで蜥蜴の尻尾のように新しく生えていた。
終わった、ということだろう。
「──菫子」
「え? あっ、はい。な、何でしょう?」
唐突に呼び掛けられ、呆然としていた宇佐見は思わず敬語で反応してしまう。
「こいつの看病よろしく。あんた、治癒系統の能力も使えたでしょ確か」
「ま、まあ一応一通りは……と、というかレイムっち。その、上条さんって人間ですよね? 実は宇宙人か何かだったり……」
「……少なくともこいつは人間よ。正真正銘ね」
普通の人間はドラゴン召喚したり切断された腕が生えてきたりしないと思うのだけど……と、疑問に思いながらも宇佐見は床に寝かされた上条へと駆け寄り体調を見る。
幸いにも命の別状は無かった。意識を失ったのは疲労と失血による貧血だろう。
「……終わった、のか?」
一方、ステイルは未だにあれだけの激戦が漸く終わったのだという実感が薄かった。
しかし、倒れている哀れな男が先程までの戦いが終結し、我々の勝利であることを証明していた。
アウレオルス=イザードは敗北した。死んでおらず、気絶しているだけですぐにでも息の根を止めるべきであるが、どうにもそんな気分にはなれなかった。
同情だろうか。自分と同じように大切な人を救えなかった側の存在で、それでも何かを成そうとしていた男に対して何も思うところがないと言えば嘘になる。
(しかし、あの竜……差し詰め“
得体の知れない奴だと、ステイルは上条当麻への警戒度を引き上げる。
味方であれば心強い……とも言えない。博麗霊夢と違い、制御不能な力というのは敵味方どちらに居ても厄介極まりなかった。
(神裂には伝えておこう。最大主教や他の連中に教えてやる義理は無い)
アウレオルスが漏らした幻想殺しの情報。恐らくあの女狐もイギリス清教上層部も、まだまだ隠していることがあるようだ。
つくづく己が無知であると思い知らされる。
「博麗霊夢。無事かい?」
上条と並んで最大の功労者に問う。見た目は満身創痍。あの
「ええ。何とかね」
「流石の君も、黄金錬成はきつかったみたいだね」
「……そうね。認めたくはないけど、死にかけた。もう二度と戦いたくないわ」
素直に霊夢はそう言う。今回勝てた要因は黄金錬成の術者がアウレオルスだったから。その一言に尽きる。
もしも彼が冷静沈着で、より残忍な発想が出来るような人間だった場合、今頃霊夢らは物言わぬ肉塊と化していただろう。
「さて、と……あんたはどうすんの? 一緒に来てくれると助かるんだけど」
すると霊夢は遠くで黙ってこちらを見ていた姫神へと問い掛ける。
「……アウレオルス」
姫神は見据えるのは倒れる錬金術師。多くの人々を助ける、世界を善くする為に吸血鬼に会う必要があると、自分を必要としてくれた存在。
ただ姫神が救いたかったのは、彼が救おうとしている多くの人々ではなく、まるで何かに追われるように、誰よりも手を汚すことを嫌いながら手を汚してまで望みを果たそうとしているアウレオルス自身だった。
そんな彼が敗北したことで理解した。己は結局、“魔法使い”にはなれなかったのだと。
「一応死んではないわよ。そんなに気になる? まあ、話を聞くにあんたにとってはそいつは悪い奴じゃなかったみたいだけど……」
「……彼は怖い人間だった。目的の為なら手段を選ばない。でも優しい人間だった。あの人達と。私が殺してしまった吸血鬼の人達と同じ」
「へぇ……やっぱり会ったことあるのね、吸血鬼に」
アウレオルスの人間性などはどうでも良く、霊夢の興味はそこにあった。吸血殺しと呼ばれている以上、
予想通り、姫神は出会っていたのだ。吸血鬼と、魔術師すら実在に懐疑的な、“幻想”の側の存在と──。
「どんな奴だった? 吸血鬼は」
「……変わらない」
「え?」
「吸血鬼は。普通の人間と変わらない」
「────」
姫神はそう言った。しかし、それは霊夢にとって耳を疑う一言だった。
「笑ったり泣いたり出来る。私達となんら変わりのない人達……それが吸血鬼と呼ばれている人達。映画や漫画のような怪物ではない」
「……違う」
思わず口にする。視線を向ければ霊夢は俯いており、その表情や心情は姫神には窺えなかったが、ただ自分の返答が彼女にとって望むものではなかったことだけは察せられた。
「私の知る吸血鬼は、怪物よ。血を吸い、身体を自在に変化させ、そこらの妖怪よりもずっと強い。傲慢で、我が儘で気分屋で子供っぽくて、見栄っ張りで憎たらしい奴──」
消え入りそうな、泣きそうな声。姫神は何とか聞き取るも、彼女の言い分は否定よりも願望のような気がした。
ただ、本当に彼女は知っているのだろう。姫神が会った普通の人間と何ら変わらない吸血鬼とは違う、お伽噺に登場するような吸血鬼を。それも特定の個人だ。
「……それは。知り合い?」
「さあ、ね……今や名前すら思い出せない。あんたの言う通り本質は人間と変わらないのかもしれないわね、あいつも」
寂しそう、だと思った。この時の彼女は先程までの圧倒的な強者だとは思えない程に、弱く見えた。
彼女は一体、“吸血鬼”という存在に対してどんな希望を見出だしていたのだろうか。
「……とりあえず私の用は済んだ。後の処遇はそいつに任せるわ。ま、あんまりにも悪い扱いするってんなら止めさせるから安心なさい」
「……うん。分かった」
ステイルを指差しながらそう言い、霊夢は倒れ伏すアウレオルスの方へと向かう。
「さて……あんたは何をしようとしていたのでしょうね」
このままイギリス清教へ連行すれば処刑は確定。それよりも早くステイルがこの場で始末するかもしれない。ならばその前に彼の知っている情報を聞き出さなければ。
黄金錬成の仕組み上、尋問は難しい。だが、針を刺さないように両腕を拘束し、精神的に追い詰めれば充分に可能だ。
そうまでする価値が、この男にはある。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
──その時だった。
天から“極光の柱”が降り注いだ。
「なっ──」
轟音と突風。それは遥か上空から斜めに発射され、ビルの天井を幾つも突き破り、狙い済ましたようにアウレオルスを包み込み、そのまま地下の岩盤まで貫く。
霊夢や他の面々は反応すら出来ず、襲い来る凄まじい風圧に耐えることしか出来なかった。
「……今のは」
光が消え、視界に広がるのは、隕石でも落ちたような大穴のみで、アウレオルスの姿はどこにも無かった。
思ってたより抵抗する錬金術師。ドラゴン上条さんってこんなに強いんか?って思いながら書いてた。
次回で一先ず吸血殺し編は終了。