とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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疑念

 

「もしかして彼の身体ってファンタジー?」

 

「知らないわよ」

 

 興味深そうに問い詰めてくるカエル顔の医者をばっさりと切り捨てつつ、霊夢はベッドの上で眠る上条を見下ろす。

 

 これまでの例から特に後遺症は無いことは分かっていたが、念のため病院まで運んだ。容態としては擦り傷等の軽傷のみで今は貧血と疲労により意識を失っているが、明日にでも目を覚まして退院出来るだろう。

 

(とりあえずあの“竜”に関しては口裏合わせて幻覚ってことにしておいたけど……)

 

 上条当麻のもう一つの力……竜王の顎(ドラゴンストライク)についてステイルと宇佐見に説明を求められた霊夢だったが、彼女も以前に見たことがあるというだけであり、とうの上条本人もよく分かっていなかった様子なのでお手上げである。

 

 ただ分かっているのは、あれが右手が切断・破壊された場合に発生すること。竜とはまた違う姿で現れる場合もあり、それが別々の能力なのかはたまた同一のものなのかは不明。

 

 そして、上条当麻はこれを制御出来ていないということ。そのため記憶喪失の彼に下手に教えるのはどうかと思い、ステイルらには上条が竜王の顎の事を自覚していないという体で説明し、あれがアウレオルスの誇大妄想により黄金錬成が暴走し、生み出された幻覚ということにしようと提案した。

 

 あれ程の力がまだほんの片鱗に過ぎないことにステイルは驚愕すると共に恐れを抱き、もしこの事が知られて禁書目録目当てだけでなく、上条も狙ってやって来る魔術師が出てくるかもしれない可能性を考え、この提案に頷く。

 

 霊夢としては望ましい結果だ。ただでさえ上条当麻という男は巻き込まれ体質で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()トラブルに巻き込まれやすいのだ。これ以上面倒事を起こされては堪ったものではない。

 

「ところで君の方は大丈夫なのかい? 僕としては短期間でも良いから入院してほしいんだがね?」

 

「別に平気よ。ちょっと感電しただけだから」

 

「生きてるのも不思議だし動けているのも不思議だよ? 君もファンタジーな身体をしてるみたいだね?」

 

「ええ。そうよ」

 

「あっさり肯定するね?」

 

 強がりでも何でもなく、本当のことだ。先の戦闘で決して少なくはないダメージを負ったが、入院するまでもなく、一週間……否、三日もあれば全快出来る程度である。

 

(それにしても……アウレオルスの奴、一体何を企んでいたのかしら)

 

 結論として、あの後アウレオルスを捜索したが、見つからなかった。

 

 殺されたのかもしれないし、連れ去られたのかもしれない。あの有り様を見れば、前者の方が可能性は高く、現にステイルも錬金術師アウレオルス=イザードは死亡したと判断し、上司にそう報告した。

 

 だとすれば下手人の目的として有力なのは口封じ。アウレオルスが何らかの情報を漏らすことを嫌った、ということだろうか。

 

 どちらにせよ、霊夢は貴重な情報源を目の前でみすみす失う羽目になった。

 

 姫神の証言によれば、アウレオルスには他に協力者が居たらしい。実際に見た訳でないが、時折彼が連絡を取っているのを見たことがあるそうだ。

 

 あの高出力の“レーザー光線”のような攻撃を放った下手人はその人物の可能性が高く、遥か上空からアウレオルスを狙い撃ちし、ビルを貫通して地下の岩盤まで届く程の魔術を使ったことから複数人、或いは余程高位の実力を有する魔術師だと見てイギリス清教は捜査している。

 

 尚、アウレオルスの計画について尋ねたが、詳細までは教えてもらっておらず、ただ吸血鬼を“呼び水”に何か別のモノを呼び寄せようとしていたのだという。それが姫神や自分がかつて救えなかった人物……恐らく禁書目録の事だろう。そんな救われるべき人間でありながら救われない悲劇に見舞われた者達やその他大勢の人々を救うことに繋がると、アウレオルスは本気で語っていたとのこと。

 

 因みに姫神の処遇についてだが、今まで通り学園都市に留まることになった。吸血殺しに関しては特殊な霊装で抑えることが出来るらしく、イギリス清教も脅威だとは思わなかったようで特に拘束することはせず、姫神自身もその霊装を譲り受けることで納得したそうだ。

 

 ──どうだろうか。

 

 霊夢は考える。アウレオルスの嘯いた“楽園”というのが、やろうとしていた事が、霊夢の想像するものだったとして、それが人々の救済に繋がるかと言えば疑問に思わざるを得ない。

 

 更に先の計画があったのか。それとも“楽園”というのは、己が知るそれとは全く関係無かったのか。

 

 いくら考察しようとも、アウレオルスが生きていなければ、答えを知る術はもはや無いだろう。

 

(……探そうにも、手掛かりは無し。ネセサリウスにも期待できそうにないし、どん詰まりね)

 

 協力者、そうでないにしても何らかの情報を持っているかと思われる人物。あの“レーザー”は恐らく幻想猛獣が放ったものと同じ。()()()と曖昧な表現を用いているのはあの時感じた既視感や懐かしさが無く、かといってアレのような紛い物とも言い切れない、どこか不透明な違和感があったから。それが何かは霊夢にも分からず、喉元に小骨がつっかえるような妙な感覚が気持ち悪かった。

 

 具体的な解決案としては、そいつを見つけ出して捕まえるのが一番手っ取り早いが、霊夢が上空を確認した時には既にそこには誰もおらず、姿を捉えることさえ叶わなかった。

 

 故に、行き詰まる。霊夢として出来ることは何もなく、歯噛みすることしか出来ない。

 

「……機嫌が良さそうだね?」

 

「あん? どこがよ?」

 

 するとカエル顔の医者が突然そんなことを言い出す。明らかに苛立っている霊夢にかけるには相応しくない言葉であり、露骨に顔をしかめる。

 

「少なくとも前に見た時の君は何もかもを諦めていたように見えたからね? ここ最近はそうでもないようだが、何か心境の変化があったね?」

 

「………………」

 

 そうだろうか、そうかもしれない。カエル顔の医者とは短くはない付き合いだが、特に親しい訳でもない。しかし、どうやら彼は霊夢のことを思っていたよりも見てくれており、その心情を読み取っていたようである。

 

 確かに今の霊夢は半ば自暴自棄だった以前と比べれば希望を見出だしている。それもこれも、今まで否定され続けたのが嘘のように、彼女の魂に刻まれた朧気な“記憶”を補強するような、確信させるような事象ばかりが起きるからだ。

 

 そうして幾度も裏切られてきた。期待外れな情報に踊らされ、糠喜びさせられた。けれど、きっと、今度こそ……そう思わずにはいられない。

 

 霊夢が目指す先は、その先にしかなく、だからこそ渇望し続けるのだ。

 

「おーい、レイムっち~」

 

 上条のことをカエル顔の医者に任せ、病室を後にした霊夢。帰路に就く為に廊下を歩いていると背後から宇佐見が話し掛けてくる。

 

「……あいつとの話は終わったの?」

 

「うん、今さっきねー。とりあえず色々と口止めされちゃったわー」

 

 草臥れた様子でぼやく宇佐見。あいつというのはステイルのこと。科学サイドでありながら魔術師絡みの事件に巻き込まれ、共闘までしたことは問題視されるものの彼女の存在無しではアウレオルス相手に勝利出来たかと言えば怪しく、ステイルとしても一時的とはいえ共闘した間柄の者を処断するのは気が引けた。

 

 しかし、ただ放免する訳には行かず、同僚と相談した結果、魔術については他言無用とし、科学側の協力者として活用するという事で落ち着いた。

 

 加えて、霊夢と違い、彼女は純然たる能力者であり、また相応の立場があった。それこそ一端の魔術師程度ならば倒してしまってもおかしくはない程の。

 

「そう。ま、これに懲りたら厄介事に関わるのは止めることね。でないと、いつか本当に痛い目を見るわよ?」

 

「はーい善処しまーす。でも怪我の功名って奴ね。あのイギリス清教ともコンタクトを取ることが出来るなんて、むしろラッキーかも」

 

「ハァ……相変わらずね、あんたは」

 

 忠告するも全く懲りていない様子の目の前のお惚け少女に霊夢は辟易する。

 

 宇佐見菫子。自分と同じ“原石”である彼女は超能力者のくせにオカルトマニアな上に好奇心旺盛・怖いもの知らずという迷惑極まりない質であり、おまけに半端に強いため上条程ではないが、騒ぎを起こしたりどこからか厄介事を持ち込んでくることが多かった。

 

 ここ最近は鳴りを潜めていたが、まさか今回の事件に参戦してくるとは。つくづく霊夢はトラブルメーカー共と縁がある。

 

「それにしても、いつの間にイギリス清教の魔術師と仲良しこよしになっちゃってたのよレイムっち? 流石はこの私が見込んで秘封倶楽部のメンバーに任命しただけはあるわね」

 

「別に仲良くしてるつもりはないし、そのなんたら倶楽部ってのに加入した覚えもないんだけど?」

 

 知らない内に怪しいオカルトサークルのメンバーに加えられていることに霊夢は顔をしかめる。科学サイドの宇佐見が何故か魔術師について知っている理由はどうでも良かった。恐らく“教授”辺りに聞いたのだろう。

 

「カミジョーっちの方も随分と面白い事に巻き込まれてるみたいね? 私の知らないところでよろしくやっちゃって羨ましいことこの上ないわ」

 

「……何が言いたいの?」

 

「いやぁ、ちょっと私も交ぜてくれないかなーって……駄目?」

 

「嫌よ。あんたなんかが関わったら、余計に面倒になる。デメリットしかないじゃない」

 

「わーお辛辣」

 

 ケラケラと笑い、肩を竦める宇佐見。そう言われることは分かっていたようだ。

 

 対する霊夢もこれで宇佐見が止まる訳が無いことは分かり切っているので目を鋭くさせ、釘を刺すように言葉を紡ぐ。

 

「どうせ好きなようにやるんでしょ? なら、私の知らないところで勝手してちょうだい。また面倒事を起こすってんなら……分かるわよね?」

 

「はいはい分かってますって。もうー、おっかないんだから」

 

 じろりと睨まれ、顔を反らしながらも宇佐見はそう言い、そそくさと立ち去って行く。

 

 そんな後ろ姿を霊夢は見据え、鼻を鳴らすと彼女もまた反対の方角へ向かい、この場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 予想外の収穫だった。

 

 病院の廊下を進みながら宇佐見は鼻歌交じりにほくそ笑む。

 

(ほんの好奇心で三沢塾に乗り込んだ訳だけど……この街で魔術師と出会えるなんてね。死にかけたけど、イギリス清教なんて一大勢力とパイプ……とまでは行かないけど関わりを持つことが出来た。これでもういちいち()()()()()()をする必要も無くなったってことね)

 

 科学と魔術の摩擦。そんなものは彼女にとって至極どうでもいい事柄であるが、かといって下手に動いて不可侵条約とやらを破ってしまった際のリスクについては深く理解している。

 

 かつて、己が迂闊さにより痛い目を見た彼女はその時と違ってある程度は慎重になっており、故に今回の件でイギリス清教必要悪の教会の協力者という立ち位置になれたのは僥倖だった。

 

(お蔭様で私の()()も一段階進められる。上条さんの右手についてはネックだけど、逆に利用することも出来そうだしまあ良いか)

 

 宇佐見にとって上条当麻は最大の障害と言える。理由は右手に宿る幻想殺しにあるが、単なる無効化能力の他にあんなものまで秘められているとは思いもよらず、警戒度を引き上げた。

 

 しかし、同時に惹かれるものがあった。事もあろうにそれが“ドラゴン”であったことも拍車を掛け、利用しない手は無いかと思考を巡らせる。

 

 霊夢が想像に反し、彼女はただ好奇心のままに好き勝手動き、自らの欲求を満たしている訳ではなく、確固たる目的があった。

 

(けどあのステイルって奴、意外と鋭かったわね)

 

 宇佐見は思い返す。己の処遇が決まり、今後の方針についての話し合いも終わった後、あの見た目に反して自分よりも年下らしい少年神父は唐突に問い掛けてきた。

 

『君があの時使用した能力……自己幻像(ドッペルゲンガー)だったかい? あれはどちらかと言えば僕達の使う魔術に似ているような気がしたんだが……』

 

 肝が冷えた。尤も、似てる部分はごく一部で正確なプロセスは微妙に違うため知らぬフリをして誤魔化すことであの場は取り繕うことが出来た。

 

 しかし、今後は彼らの前で“自己幻像”を使用することは控えた方が良いだろう。ステイルの推測の通りあれは超能力よりも魔術に近い。

 

 霊夢は“教授”に釘を刺されて尚、その辺に無頓着であったが、宇佐見はそれが如何にまずいことであるかは理解していた。

 

(自重するつもりは無いけどねー)

 

 この学園都市に来てからある程度は緩和されたとはいえ元より宇佐見は超能力者が故の全能感により他者を見下し、己を特別視する傲慢な性格。そんな人間が何かに縛られたり抑圧されたりするのを蛇蝎の如く嫌うのは当然だった。

 

 だからこそ、彼女は止まらない。

 

(科学サイドと魔術サイド……そんなくだらない線引きで争ってる連中にいずれ、そう遠くない内に見せてあげるわ。一片の混じり気も無い、本物の非常識(オカルト)って奴をね)

 

 思い描く企て。それを知る者が知れば、口を揃えてこう言うだろう。

 

 ──結局、宇佐見菫子はどこまでも宇佐見菫子なのだと。

 

 たとえ覚えていなかろうと、生き方が変わろうと、きっかけや動機が別物であろうと、彼女がやることは変わりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 時は少し遡り、昨晩のこと。霊夢らが上条を病院へと運んでいるのと同時刻。学園都市某所にて一棟のビルが倒壊した。

 

「……斬り損ねた」

 

 暗く、外灯のみが照らす路地。まるで爆破解体でも行われたように崩れ落ちるビルの中から出てきた少女はフラフラと覚束ない足取りで歩みを進める。

 

 その身はボロボロで片腹は赤黒く滲んでおり、ポタポタと滴る血が道路に血痕を作っていく。本来なら絹のように白い頭髪も、土埃等でくすんでしまっていた。

 

「傷が深い……どこかで治療しなく、ちゃ……」

 

 長い死合だった。こうも長引くとは互いに予想外であり、挙げ句に両者決着が付かずに撤退するという不本意な終わり方であった。

 

 納得は行かないが、あのまま増援を呼ばれた状態で戦闘を続けようものならまず間違いなく負けていた。もっと早く本気を出していれば戦況は変わったかもしれないが、今更どう言ったところで仕方あるまい。

 

 戦闘中に尻尾を巻いて逃げるのはこれで二度目。屈辱を味わいながらも、少女は次こそはあの()()()()()を斬ると誓う。

 

 しかし、その前にどこか潜伏場所を探さなくては。傷の治療もそうだが、このままではすぐに追手が来る。

 

「ッ…………」

 

 そんな少女の意思とは裏腹に次第に視界はぼやけていき、意識が薄れて行く。

 

 元より()()()()()戦ってきたのだ。先日の紅白巫女に続いて今回の戦闘で存分に力を振るってしまった今、彼女は既に限界に近かった。

 

(不覚……こんな、ところで……)

 

 ばたり、と倒れる。

 

 そのまま少女の意識は途絶えた。

 

「えっ人が……!? だ、大丈夫ですかっ!?」

 

 暫くして。それを見つけたのが追手ではなく、全く無関係な女子中学生だったのは、実に奇妙な偶然だった。

 

 

 





霊夢と冥土帰しの関係
 実は幼少期の頃から関わりがある。霊夢の記憶喪失にお手上げ状態だった当時の担当医が冥土帰しを頼り、何度か診断したことがあった。そのため学園都市で再会した際には驚かれた(霊夢は完全に忘れていたが)。
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