とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
圧倒的な光景だった。
まるでアクション映画の一場面を観ているかのように、佐天涙子は見入ってしまう。
突如として発生した銀行強盗。何気ない日常は一瞬で崩壊し、悲鳴が飛び交う。即座に対処へと向かう風紀委員の友人たちとは違い、一般人である彼女はただ茫然とし、困惑するしかなかった。
そんな中、彼女は颯爽と
三人の強盗を、それも一人は
そして、人質を取られるというハプニングに見舞われながらも瞬く間に強盗全員を無力化した。無論、人質になった子供も無傷だった。
出遅れた風紀委員の知人とは顔見知りだったようだが、少し会話したかと思えばその制止を振り切り、目にも止まらぬ速さで飛翔して飛び去って行く。
──カッコいい。
空の彼方へと消えていく彼女の姿をただ茫然とした様子で眺めることしか出来なかった佐天だったが、その目は輝いており、いつになく興奮している様子だった。
当然だろう。幼き頃に夢描いた、絵空事だと思っていたモノが現実に存在していたのだから。
ピンチの時に颯爽と駆け付け、悪を打ち倒し、見返りも求めず去っていく。
それはまるで物語の中に登場する正義の味方、“ヒーロー”のようではないか。
この日、彼女は初めて“ヒーロー”を目撃したのだ。
「お願いです! メアドの交換だけでも!」
「えー」
それから数日後。ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった正義の味方と再会したのは、もはや運命としか言い様がないだろう。
少なくとも佐天はそう確信している。
たまたま鉢合わせた女子高生の拉致現場。連れ込まれそうになって路地裏へと逃げ、追い掛けられる彼女を反射的に追った先で見たのは、予想に反して件の女子高生が鬼神が如き強さでスキルアウトの集団を蹂躙する様だった。
そこで漸く彼女があの時の巫女なのだと気付く。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。
元々はとあるボクシング選手のスタイルに対する言葉であるが、少女の動きは正しくそれを体現しており、その美しく魅せるような有り様に佐天はあの時のように再び見入ってしまう。__否、見惚れてすらいた。
スキルアウトたちは逃げ場無く取り囲み、金属バット等を振り回していたが、一撃も掠りもせず逆に少女の
何よりも驚くべきなのは、あれだけ動いていながら少女は特に疲労した様子も無く涼しい顔をしていたことだ。
それに見たところ能力を使っている素振りは見せていない。肉体強化系かと思ったが、空を飛んでいたことから違うだろう。にしてもあの華奢な身体からどうやってあんな力を出しているのか不可解であるが……。
気が付いた時には、全てが終わっていた。立っていたのは少女だけ。あの時と同じように一瞬の出来事だった。
強く、恐ろしく、そして美しい。
佐天の心はすっかり少女__博麗霊夢に奪われてしまった。
「何でもお礼してくれるって言ったじゃないですか!」
もっと知りたい。もっと関わりたい。
そんな思いが渦巻き、だからこそ、自らの存在に気付いた彼女が通報しない代わりに何か頼みを聞くと提案した時、真っ先に飛び付いた。
「いや、言ってないわよ。出来る範囲で、とは言ったけど」
一方、霊夢は怪訝な表情を浮かべる。あまりにも予想外な頼みだったため咄嗟に断ってしまった。
戸惑うのも無理は無い。初対面でいきなり友達になろうなどと宣う人間など彼女の記憶の限りでは存在していなかったのだから。
その心の内を知らない身からすれば、佐天はただの変人にしか見えなかった。
「そ、そんなぁ……」
目に見えて落ち込む佐天。どうにかお近づきになりたくてアタックしてみたが、いきなり友達になってくださいというのは失敗だったか。
確かに新手のナンパみたいだったと佐天は己の短絡的な行動を反省する。
「まあ、別に良いけど」
かと思えば、一転して霊夢は了承した。
「えっ!? 良いんですかっ!?」
「ええ。減るもんじゃないし。むしろ飯を奢るよりはお得だわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
即答で拒否されてしまったかと思えば、あっさりと了承されたことに困惑しながらも満面の笑みを浮かべて歓喜する。
その様子を見て霊夢は大袈裟だなと思いつつも照れ臭さを隠すように頬を掻く。
そんなに自分と友人になりたかったのか。どうもむず痒い気分である。
「けどじゃあ何でさっき断ったんですか?」
「なんかつい。貴方ってどうも面倒臭そうな雰囲気あるし」
「酷いっ!?」
実際佐天は生粋のトラブルメーカーなため霊夢の勘は流石と言えよう。
「で、メアドって何?」
「え? 携帯のメアドですよ、アドレス」
「アドレス? あー、メール送るのに必要な奴ね。ほい」
すると納得した様子で霊夢は裾の中から(どうやって所持していたのだろうか?)折り畳み式の携帯電話を取り出し、乱雑に投げ渡す。
「わっ……ってかなり古い機種ですねこれ……」
慌ててそれをキャッチした佐天は学園都市どころか外部においても何世代か前であろう機種に驚く。所々傷があったり開いてみれば画面が少し割れていたことからかなり使い込まれているようだ。
「そう? お爺ちゃんと同じ機種だけど」
「お爺ちゃんとおそろ!?」
「そのメアド交換って奴、やっといてよ。通話とメールの仕方しか分かんないから私」
「えぇ……いつの時代の人ですか……」
「明治初期くらい」
「……えっ!?」
「冗談よ」
「な、ちょ、驚かさないでくださいよ」
意外とユーモアのある人なのだろうか。冗談なんて言うタイプに見えなかったため佐天は驚く。
先程までの超然とした雰囲気はすっかり消えていた。まるでスイッチが切り替わったようだ。
「……あ、今更ですけどお名前の方お伺いしてもよろしいでしょうか?」
二つの携帯を操作しながら登録する際の名前を打つところでまだ霊夢の名前を訊いていないことに気付いた佐天が尋ねる。
「博麗霊夢よ」
「はくれいれいむさん……漢字はどう書くんです?」
「博識の博に端麗の麗と書いて博麗。幽霊の霊に
「成る程……あ、私は佐賀の佐に天高くの天に佐天で涙の子と書いて
「あんがと」
メールアドレス、ついでに電話番号の交換を終え佐天が携帯を手渡すと霊夢は再び裾の中にしまう。そんな所に入れながらあれだけ動いて落としたり壊したりしないのか不思議であった。
「それじゃあ……えっと、博麗さん」
「霊夢でいいわよ。苗字で呼ばれるのってなんか嫌だし、そっちも涙子って呼ぶわ」
「では、霊夢さん! 改めてこれからよろしくお願いします!」
「……まあ、よろしく」
こうして佐天は念願の“ヒーロー”とお近づきになれるというビッグイベントを成し遂げ、霊夢は初対面の少女と友達になるという珍事を経験することとなる。
尤も、彼女の覚えている存在の中で彼女が“友”だと認めた存在など誰一人としていないし、目の前で溌剌に笑う佐天に関しても形ばかりで本当の友情が育まれるかは今後次第であった。
ただ少なくとも、多少は騒がしくなるだろう。
──よう、◼️◼️。
何故か、魔女の尖り帽子がやたらと似合う金髪の少女の姿が脳裏に過った。
まだ霊夢は彼女のことを、思い出せない。
「……ってな感じなことがあったんだけどどうすればいい?」
「いや、何で上条さんに相談するのでせうか?」
昼下がりの学校にて。霊夢はまたしても遅刻してしまい、机に突っ伏しているツンツン頭の少年、上条当麻にあの夜の出来事について会話していた。
「だって他の二人よりはまともだし常識あるでしょ。知能レベル的な意味だと断トツの最下位だけど」
「誉められたかと思ったら辛辣に貶されたっ!? いや、比較対象があいつらな時点で誉められてすらないよなっ!?」
霊夢と上条は席が隣同士で住んでいる学生寮も近く常連のスーパーも同じなためかそれなりの付き合いがあり、高校ではこうやって暇な時は結構話す仲であった。
「ってか上条さんがビリビリ中学生に追い掛けられている間にそんなことしてたのかよ……」
「ビリビリ中学生?」
聞き慣れぬ単語だ。ツンデレ女子の類義語だろうかと霊夢が首を傾げていると上条が経緯を説明する。
何でも不良に絡まれていた常盤台中学の制服を着た女子生徒を助けようとしたら急に怒り出して電撃を浴びせられた挙げ句に追い掛けられたらしい。
「ふーん……そりゃ随分と乱暴な奴ね」
誰かを不良から守って追い掛けられたり痛め付けたりといった話は今までも飽きるほど聞いてきたが、よりにもよって助けた相手に襲われるというのはなかなかに珍しく、初めて聞くパターンだった。
もし霊夢ならば両者とも成敗していたことだろう。
「だよな? 本当に酷い目に遭った……不幸だ」
「どうせあんたのことだから何か粗相をしたんでしょ? トキワダイって有名なところみたいだし」
「うっ……身に覚えは無いんだが……」
「ま、どちらにしろ理由が何であれ他人に平気で電撃浴びせる時点で論外なのはそいつだけど」
常盤台中学なる場所は由緒正しきお嬢様学校で学舎の園という話を青髪ピアスから聞いたことがあったが、どこでもそういう馬鹿は居るということだろうか。
聞く限りでは上条に非があるようには思えないし、例え何かやらかしていたとしても少なくとも彼は問答無用で電撃を浴びせられるようなことをするような人間ではなく、そのビリビリ中学生とやらは他人に平気で能力を使用してしまうような短絡的な人物なのだろう。
「毎度の事ながら大変ねぇ……けれど、あまり卑屈にならないようにね。不幸とは心が作り出す邪神。心持ち次第でどうとでもなるんだから」
「え? お、おう……」
そう励ましながらも上条の場合は少し度が過ぎているように思えなくもない。
厄除けは効果が無く、他に思い当たる不幸への対処と言えば富と夢。しかし、上条のような貧乏学生が富など持ち合わせているはずもなく、況してやこの科学ばかりが溢れる街で夢や希望など──。
だが、そんな街であるが故に、上条は疫病神扱いされず普通の生活をしていられるのであり、それが逆に忌々しかった。
「あの博麗がこんなことを言うなんて……急にどうしたんだ? 何か悪いモンでも食ったのか? それともまさか偽者──」
「あ?」
「いえっ! 何でもございません! 有り難きお言葉に感謝感激ですとも!」
一睨みすれば即座に頭を下げる上条。その情けない反応に折角の励ましの言葉を無下にされた怒りはすぐに冷める。
これが幾度の不幸に見舞われ続けた上条当麻が培った処世術である。特に感情の起伏が激しく、一時的な怒りならばすぐに忘れてしまい、突発的に思い出すことはあれど後には引き摺らない霊夢には効果的だった。
怒っていたかと思えば次の瞬間には笑っていることなど日常茶飯事なのだ。
「ったく……次なんかあったら言いなさい。ボコボコにしてあげるから」
あっさりと、何てことのないようにそう言う。他人に無関心な霊夢だが、少なくとも上条は知らない仲ではなく、何かあれば手助けしてやるくらいの義理はあった。
「ははは……博麗なら本当にやりそうで恐いな……」
「? 当たり前でしょ」
「いや何言ってんだコイツみたいな顔しないで。こっちの台詞だから。思考が世紀末過ぎるだろ」
流石に冗談だろうと思い、苦笑いを浮かべていた上条だが、どうやら本気だったようだ。
どうにも彼女は何でも暴力で解決したがる。無論、そんな方法は好んではいないのだろうが、然れど一番手っ取り早く、それ以外の手段を興じる面倒臭さが勝ってしまうのだ。
実際彼女ならやりかねないとその気性の荒さをよく知っている上条は危惧する。かの
「……で、話を戻すけれど」
「ん? ああ、年下の女の子に友達になろうって言われて実際になっちゃった話だっけか」
「そ。どうすればいい?」
「どうすればって……聞く限りじゃあ悪い子じゃなさそうだし普通に仲良くすればいいじゃないか」
サテンルイコなる女子中学生。聞く限りでは霊夢の熱烈なファンのようにも思えた。
霊夢は本人にその気はないとはいえ日常的に人助けを行っているため人気が出るのも無理はないと上条は納得していた。尚、自分もまた助けた者たちから好意を抱かれているなどとは微塵も考えちゃいない。
「仲良く、ねぇ……そんなこと言われても友人なんて生まれてこの方一人も居なかったからそこら辺が分からないのよ」
「そうなのか? まあ、確かに博麗みたいな奴と友達になれる奴なんて限られてくるよなぁ……そう考えるとなかなかの勇者だなそのサテンって子」
うーんと唸りながら考え込む上条。何気に滅茶苦茶失礼な発言をされたが、霊夢は喧嘩売ってんの? と内心思いながらもそこら辺は一応自覚しているのでとりあえず聞き流す。
上条だからすんなり信じたが、これが土御門や青髪ピアスだったらあの博麗霊夢に友人が出来たなどまず耳を疑い、今日がエイプリルフールかと確認していたことだろう。
そして、事実だと知れば爆笑しながらからかい、キレた霊夢に折檻されたに違いない。
「そうだな……上条さんは男ですからよく分かりませぬが女子同士で遊ぶなら……ショッピングとか?」
「ショッピング。買い物のことね」
「後はカラオケとかゲーセンとか……思い当たるのはそのくらいだな」
「ふうん……」
霊夢は訝しげな反応をする。はっきり言って全く楽しそうには思えなかった。
しかし、そもそも一般論というものを知らず、価値観が他人とずれている彼女の思考と食い違うのは当然の帰結であり、そういうものなのかとすぐに納得した。
「というか、俺なんかよりも吹寄とかに相談した方が良くないか? 同性だしそういうの詳しいだろ多分」
吹寄制理。厳格な性格であり、不真面目な霊夢を目の敵にしているが、それはそれとして同性の中では一番会話しているクラスメイトだ。
「……それもそうね。けどまあ期待してなかった割にはマシな意見が出て良かったわ」
「期待してなかったのかよ……ん?」
待てよ、と上条は何かに気付く。
(これはもしや博麗を真人間にするチャンスなのでは?)
恐ろしい怪物が友情によって人間性を獲得するのは物語においてはよく聞く話だ。
ならば佐天なる少女と親交を深めることによって霊夢の問題だらけの性格が多少なりとも改善されれば自分や小萌を筆頭とした教員一同の胃を守ることに繋がるかもしれない。
(よし! この上条さんがいっちょやってやりますよ! 待っててください小萌先生!)
そう決意し、奮起する彼を他所に、霊夢は唐突に携帯電話を取り出し、ポチポチと弄り始める。
「……よし」
「ん? どうした?」
「早速誘ってみたわ。ショッピングって奴に」
「行動力の化身かよっ!?」
どうやらメールしていたようだ。思い立ったが吉日とばかりに彼女は例の友人とショッピングへ行く約束に漕ぎ着ける。
驚く上条だが、向こうが積極的なのはむしろ好都合と言えよう。
普段の霊夢ならば考えられないことだ。何気に彼女も初めての友人というものに興味を抱いているということだろうか。
ふと、上条は思う。目の前の少女は友人は初めてだと言った。ならば自分たちのことはどう思っているのだろうかと。
「……なぁ、博麗」
「あん?」
「お前がどう思ってるかは知らないが……少なくとも俺はお前のことをその、
「…………そう」
淡泊な反応。それに呆気に取られながらも彼女がそういう奴だと知っている上条は気にすることもなく、気恥ずかしげに笑った。
それ故に、彼は気が付かない。霊夢の眼が確かに揺らいだことに。
「………………」
博麗霊夢は“友”というものを知らない。
そのため何を持って友と判断するかの基準が分からなかったし、その必要性もまた感じられなかった。
しかし、霊夢は上条の言葉を受け、思い返す。もはや日常となった馬鹿共とクラスメイトたちとの騒がしく、くだらない日々を。
友とは、ああいうものなのだろうか? 本当に?
「……ねぇ、当麻」
「はい? 何でせうか?」
先の言葉への返答かと上条はドキリとしながら身構える。しかし、霊夢が切り出したのは全く関係のないことであった。
「ショッピングって具体的に何すんの?」
「……そこからかよ。分かりました、この上条さんがご教授してやりますよ」
こうして上条は先程まで頭を悩ませていたビリビリ中学生のことなどすっかり忘れて常識を知らない目の前の少女にショッピングが何たるかを説明する。因みに内心では博麗霊夢真人間化計画も企てていた。
その後、話を聞き付けた土御門と青髪ピアスまでもが乱入し、ついでに吹寄も交えて授業が再開するまで混沌とした談義が続くのであった。