とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
『“最強”のその先に興味はないかね?』
いつものように、身の程知らずの馬鹿共を蹂躙した帰りに何処ぞの研究機関の使いだと思われる黒服の男はそう問い掛けてきた。
無視して立ち去るつもりだった。学園都市のイカれた科学者共の犬の話など、早急に切り捨てるのが得策だと。関わりたくもなかった。
しかし、足を止めてしまった。
『君は現在“学園都市最強”などと呼ばれているそうだが、その最強は無能なスキルアウト達が気軽に挑める程度のものでしかない。先程も絡まれていたようだが……この先もそんなことを延々と繰り返すのかね?』
黙して語らない。それに対し、男は自分の感情を見透かしたように笑みを浮かべ、言葉を続ける。
『“最強”から“絶対”へと昇華すれば、その退屈な日々も変わると思うが……』
くだらない、と切り捨てることは出来なかった。男の言っていることは正しく真実であり、現に馬鹿共は何千、何億回繰り返そうと結果は変わらないというのに、飽きずに挑んでくる。
それはこの“最強”の称号が単なる飾りに過ぎないからではなかろうか。
彼は理解していた。己が最強であっても、無敵ではないことを。否、今となっては本当に最強であるかでさえ不明瞭だった。
己を傷付けたあの紅白の巫女は、まだ全く本気など出していなかったのだから。その事実を知られてしまえば、挑みに来る馬鹿共は更に膨れ上がるだろう。
あの女以外に己に対抗し得る存在が居ないとも限らない。そう考えると、恐らくこのままではこの闘争に明け暮れる日々はいつまで経っても、それこそ死ぬまで永遠に終わらないのではと思わずにはいられず、辟易する。
ならば更なる
男の言葉は、天恵のようであった。
『改めて提案しよう。我々の計画に乗る気はないか?
思い出される古い記憶。己にまだちゃんとした日本人の名前があった頃。力を手にすれば、誰も傷付けることはないと思っていた、そう信じていた純粋無垢で愚かだった時代。
しかし、現実は違った。逆に多くを傷付けた。最強程度では駄目だった。
であれば、なるしかあるまい。
無敵の存在に。“絶対”とやらに。
そうすれば、きっと──。
「チッ……くだらねェ事を思い出した」
脳裏に過ったあの日の光景。
最近九千回を越えた“実験”の帰り。もうすぐ折り返し地点といったところで一方通行は微塵の疲労も溜まっていないが、それでも内心溜め息を溢す。
(この調子で、本当に
あの話に乗った結果、一方通行は二万体ものクローンと戦闘し、殺害するという気が遠くなる実験を続ける羽目になっている。
最初の頃は立ってるだけで勝手に死んでいったが、今ではそれなりに戦いが成立していた。しかし、結局のところ彼の反射を破るには至っていないので一方的な蹂躙には変わらず、いまいち変化を感じていなかった。
残り一万弱で絶対能力に進化する程に己を追い詰めることが出来るのかと不安になるのは当然だろう。
もしも、二万の命を奪っておいて、それがすべて無駄だったとしたら──。
(……馬鹿か。アイツらは人形だ。生きてるフリをした、血と糞尿の詰まったただの肉袋だろォが)
最初の個体を殺したのは、ほぼ事故みたいなものだった。その際、研究員から詳細は聞いた。
つまり、ただ殺される為だけに生み出された存在だということ。つくづく哀れだなと思いながらも一方通行としては躊躇無く殺せるので助かる。そもそも人間扱いをしていないので殺すという感覚にさえならない程に麻痺してしまっていた。
現に彼女らは一切の感情を見せず、一方通行に殺される事が自分達の生きる目的だと微塵も疑っていないのだ。その姿は心底気味が悪く、とてもではないが、同じ人間だとは思えない。
だからアレは人の形をした作り物だと。そう思うことにした。
「面倒くせェなァ……」
最初の方は一日で百人以上も相手にしていたが、最近はこれまでの戦闘パターンを学習し、性能も上がって一日数人ペースとかなり遅い。少なくとも実験完遂には残り一年以上は掛かりそうである。
気長にやるしかあるまい。一先ずコンビニへ寄って缶コーヒーでも買ってから夜間からの実験まで自宅で寝るとしよう。
「多分ここに……あ、あったあった」
「──あン?」
角を曲がった時だった。聞き覚えのある声がして視線を向けると、これまた見覚えのある、というか忘れるはずの無い紅白が体を屈め、自販機の下回りを覗き込んでいた。
「……何やってンだテメェ?」
「あん? ──って、アクセラじゃん」
理解の及ばぬ行為に困惑しながらも思わず問い掛ければ、紅白は何ということのないように体を起こしてこちらへ視線を送る。
「しばらくぶりね」
「オイ腋巫女……遂に小銭を拾い集めるまで落ちぶれたンじゃねェだろォなァ?」
「失礼ね。ま、お金を拾ってるのは正解だけど」
「ハァ?」
「なんでもマネーカードって奴が、最近あちこちにばら撒かれてるらしいの。結構稼げるのよ? もう10万ちょいも集まったし」
そう言って紅白が──博麗霊夢は先程拾った一枚のカードを見せる。これに結局金じゃねェかと一方通行は呆れた様子で頭を掻く。
唯一己に傷を付けた女が、こうも情けない行動をしている姿など見たくはなかった。
「……くだらねェ」
「あー? そりゃ金持ちの第一位様にとっちゃどうでもいいんでしょうけどこっちは死活問題なのよ」
「前のファミレスの時もそォだが、金に困ってンならとっとと真面目に
シンプルに能力の強度が上がれば豊潤な支援金が貰える。理由は知らないが、霊夢が能力のレベルを偽っているのは一方通行はおろか誰の目から見ても明らか。それで金銭に困っているのだと言うのならば自業自得と言えよう。
「嫌よ、面倒臭い」
しかし、そんなまごうことなき正論で指摘すれば彼女は面倒の一言で切り捨てる。彼女にとってはその程度のことなのだろう。
「……相変わらず理解出来ねェ思考回路してやがる」
何を考えているのやら。その不可解な行動原理に一方通行は考えるだけ無駄だと判断した。
「ふん、そう言うあんたは何やってんの?」
それに対して霊夢は鼻を鳴らし、不意に問い掛ける。
「……テメェに教える義理はねェよ」
気が付けば、自然とそう口にしていた。実験の帰りだと、正直に言って余計な詮索をされたり、介入されたりしたら堪ったものではないから……だと、思う。
或いは単純に彼女に実験のことを知られたくなかったからかもしれない。だとすれば虫酸が走る話だと一方通行はまるで他人事のような反応を見せ、顔をしかめる。
今更外聞など気にしてどうするのだ。己にそんな権利など、あるはずもないというのに。
「あっそ。何やってんのか知らないけどマネーカード、いらないんだったら拾わずに置いといてよ?」
「誰が拾うかよ馬鹿が」
対する霊夢は然して興味が無いようで問い詰めてくるような真似はせず、あっさりと会話を終わらせ、踵を返す。
当然の反応だった。質問したこと自体が単なる気紛れ。彼女からすれば一方通行が何処で何をしているかなど、至極どうでもいい事象なのだから。
「ったく……何がマネーカードだ。良いよなァ、アイツはいつも気楽そうで……心底ムカつきやがる」
去って行く後ろ姿を見据えながら、一方通行は溜め息と共にぽつりと溢す。
嫉妬。羨望。そう形容すべき負の感情が殺意と共にドス黒いモノとなって渦巻く。
博麗霊夢は明らかな強者だ。それこそ学園都市最強の一方通行に比肩し得るかもしれない程の実力を秘めており、これを隠そうともしていない。
だが、何もかもが対極だった。あれはいつだったか、一方通行は自分に傷を負わせた少女が送る日常の一幕を偶然目撃した。
あの奇怪な巫女装束ではなく、学生服を着た彼女は多くの人間に囲まれながら登校していた。学友だと思われる彼らの目にはかつて一方通行を前にした人々のような恐怖や畏怖の感情は無かった。
その何気ない登校風景は、一方通行にとって酷く眩しく、輝いて見えた。彼女の居る場所こそが、世界の中心であると錯覚してしまう程に。
分かっていたことだ。しかし、改めて思い知らされた。彼女は光の世界を歩き、一方通行が二万の命を奪ってまで欲し、焦がれている“平穏”を、“普通”というものを享受しているのだと。
故に、彼はありとあらゆる全てに憎悪を向ける。何故あのような少女ですら持ち得る“普通”を、自分は得ることが出来なかったのかと。
『──お互い不自由ね』
けれど、いつしかのファミレスでの会話が脳裏に過り、煮え滾っていた激情はすぐに冷める。
確かに彼女の周りには大勢の人間が居た。多くを惹き付け、多くに囲まれていた。一方通行が何よりも欲し、追い求めている場所に立つ彼女はいつもつまらなそうな顔をして──常に“独り”だった。
憧れた。誰よりも自由だと思った。こんなにも恵まれているのに、そんなにも得ているのに、現状に何の不満があるのだと吐き捨てたかったが、それもまた
満ちてないからこそ、不満。だからこそ、博麗霊夢という少女はいつも何かに憂い、悲観している。
きっと、彼女にとって“普通”というのモノは望むものではないのだろう。ならば彼女は何を欲し、彼女と自分では一体何が違うというのか。
一方通行には、つくづく理解出来なかった。
(案外……なっちまえば、分かるのかもなァ)
本当に、本当に何となくだが、そう思ってしまった。
(いつか思い知らせてやるよ……オマエも太刀打ち出来ねェような……“絶対的な力”って奴を──)
心の中で改めて決意する。
どうであれ、自分の望む世界の中心に彼女は存在していた。
その世界が、その居場所がどうしようもなく欲しい。叶える為には、やはり力が、無敵に等しい神のような絶対的な力が必要なのだ。
故に、手に入れる。どんな手を使ってでも。
そして、この日の夜。一方通行はいつものように開始された実験で彼が今まで殺してきたクローン達の“オリジナル”と対峙することになるのだが、それはまた別の話。
邂逅の時は、近い。
より血の臭いが濃くなっていた。
彼は、今も現状を打破しようと足掻いているようだ。一方通行の有り様に一体何をしているのやらと霊夢は溜め息を吐いて路地裏を進む。
無敵の力。あの日ファミレスで語っていたそれこそが目的なのだろう。どうやら一方通行にとってそれは己の手を汚してまで欲するものらしい。
それが何なのか霊夢は知らない。真っ先に思い付くのはテレスティーナが目指していた、学園都市の理念でもある
果たしてたかだかワンランク上がるだけが、そこまで崇高なものなのか。かつて教授は“天上の意思”などと言っていたが、霊夢には今一ピンと来ていなかった。
要するに、人の身で“神”の領域に至ろうとしているに過ぎない。そういう意味では科学も魔術もやっていることは何ら変わらなかった。
「難儀なものねぇ……」
それが一方通行にとって望む結果になるかと言われれば、そうはならない可能性が高い。結局、彼を動かしているのは彼を利用する科学者、延いてはこの街そのものの思惑なのだから。
しかし、だからといって霊夢はこれに対して何をするつもりもない。忠告は既にした。これ以上何か言ったところで無駄。わざわざ自ら進んで関わる気など更々無かった。
「そっちはどう? 涙子」
故に、一応心に留めておきながらも然して気にする訳でもなく佐天へ電話を掛ける。
より効率良く拾い集める為に二人はそれぞれ別の場所を捜索していた。
『はい! 大漁ですよ! 私ってもしかしてこういうの探す才能があるのかもしれません!』
「そりゃ良かった。私の方も結構拾えたわ」
電話越しから聴こえるはしゃぐ声。その反応に霊夢も笑みを浮かべる。
現時点で十数万近くの利益。この調子で拾い集めていけば、たとえ御札と針を補充したとしてもそれなりに余裕が出来るどころかお釣りが来るかもしれない。
『あっ、そういえばさっき御坂さんに会いましたよ。一緒にマネーカードを探してたんですけど気付いたら居なくなっちゃいました』
「……美琴が?」
その言葉に、霊夢は引っ掛かりを覚える。
「あいつって、あんなナリだけどトキワダイのお嬢様って奴でしょ? マネーカード集めとか興味無いと思うんだけど」
『あ、あんなナリって……言い方悪いですよ。けど確かにレベル5ですもんね。うーん……何か買いたい物でもあったんですかね?』
些細なことであるが、少しばかり気になった。霊夢の問いに言われてみればそうだと佐天も首を傾げる。記憶が正しければブランド品にも興味が無いと発言していたはずだし、元よりそのようなイメージも無い。
では、何故──。
(……ま、どうでもいいか)
対して最初に疑問を投げ掛けた霊夢はそんな投げやりな反応を見せる。ただ気になっただけで御坂がどういう意図でマネーカード探しに参加したかなど特に興味があるはずがなかった。
自分のように単なる気紛れかもしれないし、そもそも後で本人に直接問い質せば良い話である。
「──は?」
しかし、次の瞬間。霊夢は足を止める。
「……涙子」
『はい? 何です?』
「美琴と会ったのはいつ? 結構前だったりする?」
『え? いえ。本当についさっきですよ』
「……ってことは、まだその近くに居るってことよね」
『? 多分そうだと思いますけど……』
では、己が視たのは何だったのか。
視線の先にあるのは路地裏の外。大勢の通行人が行き交う人混みの中で、霊夢は確かに目撃した。
御坂美琴と、瓜二つの姿を──。
佐天と自分の位置はあまり離れていないが、近くもない。こんな短時間で移動するにはそれなりの速度で走るくらいであるが、にしても不自然だった。
ならば他人の空似……と、断言するにはあまりにも似過ぎている。かといって本人かと言えば、それはそれで違和感を拭えない。
原因は目撃した人物の“眼”。チラリと僅かにしか見えなかったが、それでも霊夢にはどこか光の無い虚ろなあれが普段の御坂のモノとはかけ離れているように感じた。
つまり、そこから導き出される答えは。先程聞いた都市伝説の名が、霊夢の脳裏に過る。
「……ドッペルゲンガー?」
因果か、はたまた運命か。この街に潜む“闇”に、幻想を生きる少女は巻き込まれて行く。
望もうが、望むまいが。
☆「やっべ」