とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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鍛冶屋

 

 

 御坂美琴と瓜二つの人物と出会うという世にも奇妙な体験をした翌日、霊夢はマネーカード探しを中断してある場所へと向かっていた。

 

「……ここへ来るのも久しぶりね」

 

 第九学区。工芸や美術関連の学校が集まる学区であり、伝統芸能からホログラム技術まで、全ての分野の芸能が収まるその場所の中でもかなりの僻地に、それは建っていた。

 

 “多々良刃物店”。

 

 達筆な字でそう書かれた看板を掲げた、こじんまりとした古い和風の建物。初めて来た頃から全く変わっていない景観を一瞥すると霊夢はガラガラと引き戸の扉を開けて店内へと入る。

 

「いらっしゃいませー。何かご入り用で……って、霊夢じゃん! 驚いた!」

 

「……久しぶり」

 

 鮮やかな水色の髪に髪色と同じく青い右眼と違い、充血したように赤い左眼。霊夢と同年代か少し上だと思われる容姿をした女性がカウンターに立ち、笑顔で出迎えた。

 

 こう見えて、この多々良刃物店の店主である。

 

「久しぶりー! 背少し伸びた?」

 

「……あんたの方は変わりないみたいね」

 

 ケラケラと無邪気に笑う店主。彼女と霊夢は学園都市に来る前からの付き合いであった。

 

「早速で悪いんだけど……封魔針の修繕と製作を頼みたいわ」

 

「あー、だろうと思ってた。霊夢がうちに来る理由ってそれくらいだもんね……えっと、その、代金の方は?」

 

 すると店主は口角を僅かにひくつかせながら恐る恐る問い掛ける。

 

「全部は払えないからツケで」

 

「や、やっぱりー!」

 

 霊夢の扱う針は、彼女が特注で製作したものであり、そこらの名刀並みの価値がある。故に、マネーカードを集めてもまともに支払えるような価格ではなく、元より霊夢はツケること前提であった。

 

 さも当然のように言ってのける霊夢に対し、店主は大変ご立腹な様子でぷくぅと頬を膨らませる。

 

「あのね? この前のツケだって返してもらえてないんですけど? しかも五十本近く作ったはずなんですが? ですがー?」

 

「全部使い果たしたわ。それに、少しは払うわよ。ほら、これ」

 

 そう言って霊夢はマネーカードを換金して入手した札束を差し出す。

 

「うーん……これでも二割行くかどうか……」

 

「何よ? あんたは私に恩があるんでしょ?」

 

「うっ、それはそうだけど……私にも生活があるんです。このままじゃひもじい思いしちゃうの」

 

「んなこと知らないわよ」

 

「お、鬼だ……鬼が居る……」

 

「失礼ね、れっきとした人間よ。で、やるの? やらないの?」

 

「もうー、分かり申した。やりますよ、やりゃ良いんでしょう」

 

 渡された金額は正直はした金であるが、かつて魔術結社に拉致されかけた所を助けられた霊夢に対して恩義があるのもまた事実なので涙目になりがらも店主はその札束を受け取り、了承する。

 

「因みに今回はどれくらい? 前と同じ五十本?」

 

「そうね……多めに百、いや二百くらいお願い出来る?」

 

「に、二百ぅ!?」

 

 思わぬ数に店主は目を剥く。

 

「そ、そんなに必要なのっ!? な、何でっ!?」

 

「……魔術師絡み、って言えば納得出来る?」

 

「! 魔術師って……え? 連中この街にも居るの? だったら私も危なくない?」

 

「西洋の魔術師。あの連中とはまた別の一派よ。それにあんたのことも気取られてないから安心なさい」

 

「そ、そうなの? 良かったー」

 

 ホッと胸を撫で下ろす店主。わざわざこの学園都市へ移転したのは魔術師への隠れ蓑にする目的もあったからだ。

 

「じゃ、よろしく」

 

「あっ、いや、ちょっと待ってよ! 二百本もなんて無理よ! 私だってこう見えて忙しいんだから! 移転しても外部のお得意様は注文してくるし!」

 

「何だ、繁盛してるじゃない。ひもじいってのは嘘だったの?」

 

「いやいや! 包丁とか鋸とかと封魔針じゃあ値段が違い過ぎるわよ! 普通に赤字だから!」

 

「とにかく頼んだわよ。期限は別に決めないけど出来る限り早くね。どうせ何本かは作り置きしてるんでしょ? 今はそれを貰うわ」

 

「やだ、この巫女さん全く人の話を聞かない」

 

 とほほほ……と肩を落とす店主。ただでさえタダ働きどころか大損こくレベルなのに二百本もの、それも簡単には作れない特注の針をワンオペで製造というブラック企業も真っ青な仕事量である。

 

 霊夢の無茶振りは今に始まったことではないが、流石に今回ばかりはあまりにも酷過ぎた。

 

「ううっ 分かったわよ、持ってけドロボー! ついでに驚けー!」

 

 かといって断り切れるはずもなく、観念した店主はカウンターの奥の方へと行くと大きめの重箱くらいのサイズの木箱を持ってくる。

 

「とりあえず“百本”あるわ。またいつかは頼んでくると思ったから沢山作っておいたんだけど……」

 

「あら、良かったじゃない。仕事量が半分まで減って」

 

「それでも前回の倍だよぉ……」

 

 特に驚いた様子も無い霊夢を見て、彼女が最初から自分がこのくらいは作っているのだろうと予想していたことを察する。

 

 やり口がまるでインテリヤクザだ。そんなことを口にすれば恐ろしい報復が待っているに違いない。

 

「……今、失礼なこと考えてるでしょ?」

 

「ふぇっ!? い、いやっ? な、何の事かなー?」

 

「……分かりやすいわね、ほんと」

 

 ぴゅーぴゅーと下手な口笛を吹いて誤魔化す店主に霊夢は呆れた様子で頭を掻く。

 

「ま、本当に赤字で首が回らないってなったら教授を頼れば良いじゃない。あいつ何故かめっちゃ金持ってるし」

 

「うーん……私、あの人のことはあんまり信用してないから。マッドサイエンティストって奴? 多分ナチュラルにわちき達のことモルモットかなんかだと思っているよあれ!」

 

「……そうね」

 

 純真無垢で誰の言葉であろうと信じてホイホイついて行くようにしか見えない店主であるが、こういうところは妙に察しが良い。

 

 確かに教授は店主のことも研究対象として(そういう目で)見ている。理由は彼女が誇る天才的な鍛冶の技量。魔術や非科学的な要素を特に用いずに、封魔針レベルの代物を製作することの出来る()()()など彼女の興味をそそらない訳が無かった。

 

 そう、一般人。彼女は“人間”である。少しサプライズが好きで古風な雨傘を愛用し、日本人のくせに地毛が水色で、鍛冶がやたらと上手いだけの、ただの人間なのだ。

 

 れっきとした、一切の混じり気の無い。散々、何度も何度も調べたからこそ、霊夢は確信を持って言える。

 

 たとえ、それが受け入れ難い事実であろうと──。

 

「……悪いわね、迷惑かけて」

 

「へ?」

 

 唐突な謝罪に店主はぽかんとする。

 

「急にどったの? 悪いものでも食べた? 明日はゲリラ豪雨?」

 

「……あんたねぇ」

 

「あっ、ごめんごめん。ちょっと吃驚しただけだから」

 

 困惑しつつも店主は霊夢へ笑いかけた。

 

「そりゃ無茶振り過ぎて困ることはあるけどね。結局、私がやりたいからやってるんだ。じゃなきゃとっくに縁を切っているよ」

 

「──────」

 

「霊夢に色々と事情があるのは分かってるし、針だって誰かを守る為に使うんでしょ? 私を助けてくれたように。道具だってきっと、そうやって使ってもらった方が嬉しいだろうし、それを作る私としても職人冥利に尽きるってモンよ」

 

 えっへんと胸を張り、満面の笑顔でそう言う店主に霊夢は目を見開く。

 

 自分はそんな上等な人間ではない。この幻想無き世界の有り様を悲観し、半ば自暴自棄気味で、己が思うがままに好き勝手やっているだけだと、そう言おうとして、しかし何も言えなかった。

 

 ああ。何故こんなにも──。

 

「……ありがと」

 

 どうにか絞り出した言葉は、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 時刻は夜21時過ぎ。

 

 学園都市某所にある操車場。そこではつい先程まで“第九九八二次実験”が行われており、凄惨な光景か広がっていた。

 

「本日の実験、しゅーりょー」

 

 地面に突き刺さるひしゃげた機関車。そこから溢れていく血をつまらなそうに見下ろしながらこの現場を作り出した張本人、一方通行(アクセラレータ)はおどけた様子で呟く。

 

 前よりはよく動いていた。地雷を踏ませるなど奮闘した方だろう。尤も、9981回分の戦闘経験を学習(ラーニング)しておきながら、その程度だとも言えるが。

 

(しかし、今回の奴は妙だったなァ……ダセェ缶バッジなンかを大事そうにしやがって……)

 

『……これは、ミサカの物です、とミサカは所有権を主張します』

 

 実験開始前。気になった一方通行の問いに、彼女は常盤台の制服のサマーセーターに付けた子供っぽいそれをまるで宝物なように包み込むように握り締めながら、いつものように可笑しな喋り方でそう言った。

 

 何故だろうか。それを見た瞬間に無性に腹が立った。あんな物を彼女達が自分で買ったとは到底思えない。そのような機会があるはずがないし、そもそも発想にすら至らぬだろう。

 

 ならば……()()()貰ったのか。実験関係者か、それとも。どちらにせよ、あのような存在にそんな物をくれてやるような人物が居るのか。

 

 そして、それを大事そうにする彼女の顔は──。

 

(チッ……人形風情が生意気にも人間様ごっこかァ? これが俺に対して情を誘う作戦だってンならなかなかに大したモンだ)

 

 実際には怒りを増幅させただけであるが。その推測に思い至った時点で、一方通行は目の前のクローンを徹底的に嬲り殺すことにした。

 

 左足を千切り、内臓をシェイクし、最後は適当に飛ばした機関車の下敷きにする。ぺしゃんこに潰された様を見ることが出来なかったのは残念だが、少しはスッキリしたので良しとしよう。

 

「ハァ……帰りにコンビニでも寄って……」

 

 と言った次の瞬間。青白い閃光が、アクセラレータの背後にあるコンテナを焼き尽くした。

 

「あァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「あン?」

 

 バチバチともはや聴き飽きた、しかし何度も聴いてきたそれらよりもずっと力強い音だった。突然の奇襲に一方通行は驚くも、直撃したはずの彼には傷一つ無い。

 

「今日の実験はもう終わりなンじゃねェのか?」

 

 振り返ってみれば、そこに居るのは先程潰した少女と瓜二つの顔。しかし、生気すら感じさせない辛気臭い無表情とは違い、その形相は怒りに染まっていた。

 

 予定とは違うし、何かが可笑しいなと思いながら一方通行が問いかけてみると返ってきたのは返答ではなく、極大の電撃、そして巻き上げられた砂鉄の旋風だった。

 

「ほォ……磁力で砂鉄を操ってンのか」

 

 自身を円柱状に覆う砂鉄。チェーンソーのように高速振動しているため掠りでもすれば大惨事だろう。

 

 一方通行に対しては、全くの無意味であるが。

 

「!?」

 

 平然とした様子で砂鉄の中から出てきた一方通行に驚愕する目の前の少女。今まで潰し、これからも潰すであろうクローン共とは一線を画す能力の規模に、一方通行は漸く彼女の正体に気付く。

 

「そうかそうか……何かと思ったらオマエ、“オリジナル”かァ」

 

 クローンの大元。学園都市第三位“超電磁砲”御坂美琴……表情こそ似ていないが、あまりにもそっくりな顔立ち。同じ人間でも環境によって顔や身体の作りは変わるものだと思っていたが、殆ど誤差が無かった。

 

 一方通行は獰猛な笑みを浮かべる。思わぬハプニングであるが、殆ど惰性になっていたこの退屈な実験に対し、良い刺激になる。

 

 何せ、同じ超能力者(レベル5)と会うのは初めてだ。

 

「何で……何でこんな計画に加担したの?」

 

「あ──?」

 

「それだけの力があって……無理矢理やらされてる訳じゃないんでしょッ!?」

 

 彼女──御坂は顔面蒼白になりながらも尋ねる。これに対して一方通行は眉をひそめ、しかし納得した。

 

 確かにクローンとはいえ自分と瓜二つの姿をした人間を殺されて良い気分はしない。そもそも人間のクローンの製造は違法であのイカれた研究者共が許可を取っているとも思えないし、この実験は彼女の望むところではないのだろう。

 

「こんなイカレた計画に協力する理由は何っ!? あの子に恨みでもあったワケっ!?」

 

「………………」

 

 ふむ、と一方通行は考える。このまま正直に言ってしまっても良かったが、折角の超能力者。もしかするとあの紅白巫女のように自身に危機感を思い出させてくれるかもしれない。

 

 闘わないのは、勿体無いと思ってしまう。ならばここは敢えて怒らせてみるのも一興か。

 

「──愉しいから」

 

「……は?」

 

 そうして口にした返答に、御坂は茫然とする。

 

「意外とストレス解消になるンだぜ? ンで、こンな愉しい事を悠々自適に繰り返してたら絶対能力者(レベル6)になれるってンだから、これ以上お得な事はねェよなァ? ま、そっくりサンをぶっ殺されまくるオマエには同情するがよォ……」

 

 自分でもなかなかの名演だと思う。実際には飽き飽きしているし、雑魚のスライムを何千匹潰したところで何も感じないのだが。

 

 そんな一方通行の弁に、御坂は激情に駆られてゲームセンターのコインを取り出して彼へと向ける。

 

 一瞬何をするつもりなのかと一方通行は疑問に思うも、それは次の瞬間に迸った橙色の閃光によって解決した。

 

「──それが噂に聞くレールガンって奴かァ」

 

 轟音が鳴り響く。御坂の背後から。

 

 渾身の超電磁砲は、あっさりと跳ね返され、彼女の真横を通り過ぎていった。

 

「なンだ? もう終わりかァ?」

 

 目を見開き、放心状態となる御坂に大したものだと感心していた一方通行はあれが彼女の切り札であったことを察し、失望する。

 

 同じ超能力者ならもしかすればと思ったが、所詮はこの程度かと。

 

(やっぱりあのイカれ腋巫女はイカれてンだなァ……あンなのが他に居てたまるかっての)

 

 改めて、一方通行はそう認識する。オリジナルがこれでは二万回目の実験での個体もあまり期待は出来ない。

 

 分かったところで引き返せるはずもないのだが。一方通行は内心溜め息を吐いた。

 

「──────」

 

 第一位と第三位。二人の超能力者が対峙している最中だった。

 

 ひしゃげた機関車の底から、何かが這い出てくる。音も無く呼吸すらも感じさせないそれに、一方通行も御坂も気が付かない。

 

 気付ける訳がなかった。つい先程確かに死んだはずの人間が再び動き出すなんてことは有り得ないのだから。

 

「………………」

 

 左足が無いにも拘わらずむくりと立ち上がった“ソレ”は一方通行と御坂が繰り広げる激しい戦闘を一瞥すると彼らから背を向ける。

 

 ふと、自分の手に何かが握られているのに気付く。視線を送ればそれはデフォルメされたカエルのキャラクターがプリントされた缶バッジ。殺される為に作り出された人間未満の少女が初めて手に入れた、大切な宝物だった。

 

「………………」

 

 しかし、ソレは僅かに首を傾げるもすぐに興味を失った様子で放り捨てる。

 

 そして次の瞬間には、()()()()()()()()()()

 

 ──それから程無くして、“ミサカ9982号”の遺体が現場から紛失したと、関係者らに通達されるのであった。

 




多々良刃物店の店主
 健気な良い子。一般人とは思えない程の天才的な腕前を持つ鍛冶職人で霊装クラスの代物すらも製作出来たため日本に存在した神道系の魔術結社に目を付けられ、拉致されかけたところをたまたま通りかかった霊夢に助けられた。
 奇抜な見た目をしているが、ごくごく普通の一般ピーポー。しかし、実は魔術の才能はある。もし鍛練すれば雨乞い等の天候系の魔術を好んで使うようになるだろう。
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