とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
その噂を聞いたことがない、と言えば嘘になる。
いつ頃からだっただろうか。そんな変な話を自分が耳にするようになったのは。
ある日、いつもの通りに常盤台に登校したら、同級生から〝常盤台と真逆の方に歩いてるのを見た〟とか。
ある日、歩いてたら、たまたま別の学校の誰かが
ある日、ゲームセンターで遊んでいたら、またクローンの噂を聞いた。加えて、軍用兵器として量産されるとか。
それに私は、くだらないと見切りをつけて興味の無い振りをしてきた。根も葉もない噂、所詮作り話、構うだけ時間の無駄であると、そう思うことによって蓋をしてきた。
そうして頭の片隅へ追いやり、すっかり忘れていた頃に、またその噂を聞いた。ドッペルゲンガーなどと呼ばれているらしい。
『御坂さんはどうします? 自分のドッペルゲンガーが現れたら』
友人に問い掛けられ、言葉に詰まった。そんなこと、考えたくもない。
『──あなた、オリジナルね』
あのギョロ目の女にそう言われた瞬間、心臓を鷲掴みにされた気分だった。
目を逸らして見て見ぬフリを続けてきたものが、すぐそこまで忍び寄っているのを確かに感じ取った。
『ミャー、と鳴く四足歩行動物がピンチです』
そして、自分と瓜二つの少女と出会い、その噂が紛れも無き真実であると知った。
『これは……お姉さまから頂いた、初めてのプレゼントですから』
無表情で、変な喋り方で生意気な奴だったけど、少なくとも悪い奴ではないと思った。猫とじゃれて、一緒にアイスを食べて、お気に入りの缶バッジをあげて、端から見たらまるで本当の家族のようで……。
短い関わりの中で、確かに理解した。たとえ試験管の中から生まれたクローンだろうと、この子はきちんと生きているのだと。
『さようなら、お姉さま』
また会える、そう思って、しかしそれが、最期の言葉だった。
『改めましてェ、
あの夜、己が如何に無力かを思い知らされた。
自分のことを姉と呼んだあの子を虫けらのように殺すことを、愉しいなどと宣ったあの男に何も出来なかった。全力を尽くして、敵討ちどころか傷一つ付けられず、ただただ嘲笑されて──。
『ミサカは単価十八万円の模造品です。作られた身体に、作られた心。スイッチ一つで生産できる、実験動物ですから』
あの子達はそう言った。自分達は殺される為に生まれてきたのだと。迷い無く、表情一つ変えず、何の感情も無いかのように。
──違う。間違っている。
止めなくては。これは私の責任だ。幼い頃の私が浅はかな行動でDNAマップを提供したからあの子は生まれ、殺されている。
つまり自分が殺したも、同然ではないか。
「これは……!?」
襲撃した実験に関係した研究施設。少しでも何か情報を得る為にそこのPCをハッキングした際に、私は驚くべきデータを発見した。
◼️そもそも本実験を開始するに至った理由は、『
◼️これに対し、一部の研究メンバーからは『原石』等も含めれば検証の余地はあると提唱され、議論の末、再度演算の許可が下りた。
◼️その結果、新たな候補者が浮かび上がった。
一方通行以外に、
私は夢中になって読み進め──。
◼️候補者の名は、『博麗霊夢』。
「は──?」
言葉を失う。
そこに記されていた名を見た瞬間、がつんとハンマーで思い切り殴られたような衝撃が頭に走る。
◼️候補者の能力である
◼️候補者を
◼️候補者を暫定的に九人目の
◼️その特異性、異常性を考慮し、メインは
報告者:◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️
「なに、これ……博麗さんが……この実験に……?」
有り得ない。そう思いながらも、私は確かにこの胸に疑心を抱いていた。
だからこそ、
暗部組織。
それは学園都市の闇の一端。非常に高い科学技術と生活水準を有する一方で、その裏では生命倫理や人権倫理を無視した非人道的な研究及び戦闘兵器の開発が進められているこの街では、更に非合法な闇取引を行う業者や犯罪組織なども密かに暗躍している。
故に、風紀委員や警備員とは違い、暗殺または破壊工作といった表沙汰に出来ないような任務を請け負う暗部組織が多数存在していた。
(……超暇ですね)
気だるげに壁に凭れる、フード付きのパーカー姿の少女。まだ良くて中学生くらいにしか見えない彼女もまた、暗部に身を置いていた。
名を、絹旗最愛という。
(フレンダは既に例の
彼女の所属する暗部組織、“アイテム”は統括理事会直属の実行部隊。その主な業務内容は、統括理事会を含めた学園都市上層部や暗部組織の監視や暴走の阻止。
そして、学園都市にとっての不穏分子の削除・抹消も担っている。
今回の仕事は、ある製薬会社を襲撃するであろう正体不明の
はっきり言って下っ端がやるような内容であるが、わざわざアイテムに依頼されている以上、どうせろくでもない思惑があるのだろう。手出しは標的が施設内に侵入してきた時のみ、素性は詮索しないというオーダーをわざわざ出しているのも不可解だった。
この事にリーダーは腹を立てていたが、絹旗は特に文句は無い。報酬は羽振りが良いし、何よりもゴミ掃除など実に“らしい”仕事だと思った。
(しかし、私ら以外の暗部も使っているみたいですし、たかだか電撃使い一人相手に超過剰ではないですか?)
元々絹旗は他の構成員とは別行動する予定だった。襲撃者がどちらの施設を襲うかは不明であるし、協力者が居る可能性もあるからだ。
そうしようとしたところで、他の施設には別の暗部組織を配置しており、自分達アイテムの持ち場はこの製薬会社のみであることを告げられた。
故に、現在この場には絹旗らアイテムの正規メンバー全員に加え、下部組織の人員まで集結しており、絹旗は地下の管制室で警戒及び補充人員として待機している状況である。
大能力者とはいえ一個人に向ける戦力とは思えない。まるで別の何かを警戒しているような──。
(……考えても仕方ありません。どちらにせよ、麦野が負けることなど超有り得ないのですから)
そんな疑念を抱きながら絹旗は任務失敗の可能性など微塵も考えていない。
当然であろう、自分達のリーダーに勝てる相手などかなり限られる。何せこの学園都市で序列第四位に君臨する強者なのだから──。
ジリィィィィィィ!
「! 何です……?」
その時だった。ドゴン、と上の方から大きな音がしたかと思えばけたたましい警報が鳴り響く。
「だ、誰かが入口を突破したみたいです!」
施設内では戦闘になっても警報が鳴らぬようにその手のシステムは切っているはずだが。何事かと首を傾げていると一緒に居た下部組織の男が報告する。
これに絹旗はきょとんとする。確かに入口のセキュリティはいつも通り機能しているが、まさか真正面から堂々と侵入してくるとは。
「超正面突破とか、一体どこの馬鹿が……は?」
監視カメラの映像を確認し、絹旗は目を見開く。
一瞬のこと。そこに映っていたのは紅白の巫女が破れたシャッターの裂け目を通り抜けて内部へと入っていく姿。巫女がカメラの方を一瞥した次の瞬間には映像はブラックアウトし、砂嵐状態となる。
それから他の監視カメラの映像も次々と暗転していく。突然の事態に戸惑う下部組織の男達。絹旗もまた訳が分からないといった様子で頭を掻いた。
それは男達とは違い、この現象に対してではなく侵入者に対するもの。
「ッ……超超、超意味不明です。何故
見間違いでなければ……否、彼女の姿を自分が見間違うはずがない。
だとしたら一刻を争う事態だ。絹旗は考え得る限りで最悪な展開に陥ったのだと理解し、上で本来の標的と戦闘しているであろう仲間達へ連絡を試みる。
鬼
巫
女、襲来──。
彼が裏で血生臭いことをやっていることは、何となく察してはいた。
かつては漂わせていなかった濃厚な血の臭い。それはそこらのスキルアウトを痛め付けて再起不能にしたでは済まないような行為を彼が何度もやっていることを意味しており、あの澱んだ眼は、既に一線を越えてしまっている者のモノだった。
しかし、霊夢はこれを看過した。彼が自分の知らぬ所で何をしていようが、どうでもよかったが故に。
(けどまさか……殺してる相手が美琴のクローンだったとはね)
それも二万人。宇佐見が言うには現段階で既に一万近くは殺害済みらしい。霊夢からしてもまともではないと言わざるを得ない内容である。
あまりにも馬鹿げた実験。果たして彼は、一方通行は本気でこれを成せば絶対能力者とやらになれると信じているのだろうか。
霊夢はそうは思えなかった。決して親しい訳ではなく、たった数度しか会ったことはないが、これまでの関わりの中で抱いた一方通行という少年に対する人物像から考えると、些か違和感があった。
或いは、ああ見えて、そんなものに縋るくらいに、彼は追い詰められていたのかもしれない。
(そんなに不良共が鬱陶しかったのかしら? どうであれ、良い迷惑だわ)
かといって責める気は特に起きなかった。今まで知らぬ存ぜぬを通してきた己が今更とやかく言う権利は無いだろう。
だが、結果的には美琴を介して霊夢を面倒事に巻き込んだ形になる。クローンを目撃し、白井から御坂の事を頼まれた以上、もはや関わらぬという選択肢は存在せず、一方通行と敵対する可能性は大いにあった。
(……めんどくさ)
これに尽きる。何でこうなったかと言えば、元を辿ればクローンを作り、一方通行に実験を持ち掛けた科学者連中共が原因に違いあるまい。
科学の発展だの天上の意思だのと宣い、人を実験動物扱いし、平気で玩ぶ、まるで自分達が神にでもなったかのように振る舞う様は、神などではなく野蛮な獣の如き有り様である。
好き勝手やるのは結構だが、頼むから巻き込まないでくれと。いくら霊夢がそう思おうと、そのような愚者共が蔓延るこの街に居る以上、否が応でも関わることになってしまう。
だからこの街は嫌いなのだ。
「……で、ここに美琴が居るの? 菫子」
『うん、間違いないよー。誰かと交戦しているみたいだけど……施設の護衛か何かかな?』
時刻は夜。表向きには製薬会社として扱われている研究施設のシャッターで封鎖された入口の前で、霊夢は宇佐見と通話していた。
一足先に御坂は侵入しているようで宇佐見曰く誰かと戦っているようだ。単なる警衛ならば彼女が苦戦するとは思えないが、業を煮やした上層部が刺客を送り込んできた可能性もある。
その手のプロが複数人で、或いはテレスティーナのように対抗策を用意すればいくら超能力者と言えど、敗北する可能性はゼロではない。加えて、御坂は命のやり取りなど経験は無いはずなのだから。
『私も別口で潜入しようと思ってるけどレイムっちはどうする?』
「決まってんでしょ、コソコソするのは性に合わない。──正面突破よ」
そう言うと共に、シャッターが吹っ飛んだ。
鳴り響く警報を気にも留めず、霊夢は針を投擲して監視カメラを破壊しながら悠々と建物の中へと入っていく。
『うわぁ……後のこと何も考えてないでしょ。いや、考えた上でどうでもいいってこと? 夢美さんに怒られても知らないからねー?』
「何で私があいつに気を遣わないといけないのよ。それじゃあ、そっちはよろしく」
苦笑いを浮かべる宇佐見にそう言って霊夢は通話を切る。御坂の詳しい居場所は分からないが、目的はこの施設そのものの破壊なのだ。適当に道なりに進んでいけばそのうち会えるだろう。
「………………」
その姿を、遠くから
アイテム総動員で難易度ハードモード(アイテム側が)