とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
宇佐見菫子は失望していた。
こんなものかと。
しかし、言ってしまえばそれだけ。無数の瓦礫が嵐のように舞う中で怒り狂いながらレーザービームを乱射する麦野を宇佐見は内心つまらなく思いながら見据える。
傍目から見れば互いに有効打が無く、拮抗しているように見えるが、その実宇佐見が
そうしない理由は、単に同じ超能力者との対決という貴重な体験を早々に終わらせたくなかったからに過ぎず、試しに煽ってみたりもしたのだが……。
(これなら念力を無理矢理突破してくるあの根性馬鹿の方がまだマシね……ミコトっちも消耗しているようだし、そろそろ終わらせちゃおっかな)
御坂は平常を装っていたが、よく見れば肩で息をしており、連日の施設襲撃とフレンダとの戦闘でだいぶ消耗している様子だった。
出来れば全快の状態の彼女の実力も見ておきたかったが、致し方あるまい。
「ッ……糞がッ……余裕ぶっこいてんじゃねェぞゴラ゛ァ゛ッ!?」
「アハハ。そっちは随分と余裕無さそうじゃん。焦ってんのが丸分かりだっての」
「~~~~~~!! ぶち殺してやる阿婆擦れがァ!」
「おお吠える吠える。お里が知れるわー」
レーザーの勢いが強まる。こちらを汚らしく罵る麦野に宇佐見は肩を竦めつつも、愉快だと言わんばかりに更に火に油を注ぐ。
「──うん?」
が、その時。建物が僅かに揺れる。
「おや? 地震かしr──ッ!?」
咄嗟に後退する。それとほぼ同時に目に見えぬ鎌鼬のような何かが宇佐見の居た場所を横切り、床と壁に深い切り込みを作った。
「あっぶなっ……何なの──」
そして次の瞬間。
壁が、
床が、
天井が、
一瞬のことだった。それまで視ていた景色全てがひっくり返り、まるで
「「「ッ!?」」」
全員が驚愕し、圧倒的な破壊に巻き込まれる。もはや戦闘をしている場合ではなかった。
「──人智剣」
至る場所から無数の楔のような斬撃が発生し、波状に襲い来る。
その中心には、白き影。
「────ッ!!」
風が過ぎ去る。ほんの数瞬遅れて霊夢は真横を通り抜けたそれに気付き、振り返った。
全く目で追えない。その瞬間的な速度は神裂火織の唯閃を遥かに凌駕する程であり、霊夢は先程から彼女──魂魄妖夢の姿を捕捉出来ていなかった。
にも拘わらずこうして掠りもせず、無傷な状態を保っていられるのは、ひとえにその恐るべき第六感があってこそ。己が直感のみにただ従って彼女は目に見えぬ殺人鬼の猛攻を掻い潜る。
「!」
二つの結界が妖夢を閉じ込める。同時に四方八方から光弾がその位置を細かく変えながら降り注ぐ。
そして、それら全てが切り払われる。
向かってくる光弾を目にも留まらぬ速さで空間ごと切り刻み、妖夢は地面を蹴り上げ、恐れることなく突っ込んでいく。
「へぇ──」
初見で対応された。驚くよりも先に霊夢は感心する。
純粋に強い。その並々ならぬ剣技、脅威的な身体能力、
──然りとて、本気を出していなかったのは霊夢も同じこと。
結界を叩き斬られると同時に、霊夢は更なる一手を打つ。彩鮮やかな光弾がホーミングし、不規則ながらもその全てが妖夢ただ一人を狙って向かう。
「断迷剣──」
対する妖夢はその手に持つ刀の刃を緑色に発光させ、肥大化させる。
無造作に刀を振るう。それだけで光弾は一つ残らず真っ二つになり、妖夢はその間に割って入る。それと共に、刃は緑色から青色の光へと変化し、更に大きく、更に長くなっていた。
霊夢の素っ首に届く程に。
「ッ!」
ブオン!! と、殺意に塗れた長大な刃によって範囲内にある全てが薙ぎ払われ、切り裂かれる。ガクンと上体を仰け反らせ、ギリギリのところで回避した霊夢は直ぐ様迫り来る刃から逃れんと宙を舞う。
「……ちょこまかと」
一向に攻撃が当たらない。そんな状況に若干の苛立ちを覚えつつ、妖夢はこちらから距離を取る霊夢の後を追う。
その足は地面から離れ、確かに
「当たり前のように飛ぶのね」
やはり彼女は、
故にこそ、必ずや目の前の剣士を引っ捕らえ、聞き出さなければならない。
今度は光弾ではなく、無数の赤い御札が霊夢を起点にただただ散らばる。
「! そんなもの──」
構わず妖夢はこれを切り払い、突き進む。
「でしょうね。じゃあ、これは?」
しかし、視界を埋め尽くす御札の嵐を抜けた先に霊夢の姿はなく、真後ろから声がする。
「ッ!?」
いつの間に。妖夢が瞠目しながら振り返れば、すぐ目と鼻の先に霊夢は居た。
「ッ────」
振り向き様に刀を振るうも、近過ぎる。刃が霊夢に届く前に手首を掴まれ、グッと捻られてしまう。
合気道の要領。腕力の差など意味を無さず、とはいえ一時的なものなので霊夢は即座にもう一方の手に握っていた大幣を振り下ろす──。
「くっ──」
すかさず腰の小太刀を抜いて大幣を受け止める妖夢。しかし、その時点でがら空きとなった胴体を霊夢は見逃さない。
「!」
くるんっと身体を捻った勢いと共に繰り出された踵落とし。妖夢は小太刀を握った方の腕を無理矢理動かしてその一撃を受ける。
「吹っ飛び……なさい!」
破れかぶれの防御で防げるようなものではなく、そのまま妖夢は勢いよく吹っ飛ばされ、ドゴォン! と壁へと叩き付けられた。
「ッ……おのれ──」
思い切り背中を打ち付けるも、ダメージ自体は殆ど無い様子で僅かに顔をしかめ、妖夢は即座に起き上がるが──。
その時には既に霊夢が眼前に降り立つ。
「────」
手を翳されると共に、出現したのは己の身の丈程もある球状のエネルギー体。これまで使ってみせていた“陰陽鬼神玉”よりもサイズこそ小さいが、その分発生までが早く、妖夢が回避動作を取るよりも先にそれはギュルギュルと高速回転し。
──大砲の如く射出された。
「ぐぅ──ッ!?」
打ち出された輝く球体は妖夢に激突し、地面を抉り、壁を粉砕していく。
「これで倒した……訳はないか」
何枚もの壁をぶち抜き、球体と共に妖夢の姿は見えなくなった。然りとて、霊夢は土煙に包まれた大穴を油断無く見据える。
「ん?」
すると手元から着信音が鳴り響く。
「……何?」
『ちょっとレイムっち! 一体何と闘ってんのよっ!?』
電話に出るなり聴こえてくるのは宇佐見の悲鳴に近い声。これだけ派手にやれば当たり前であるが、どうやらこの戦闘に気付いているようだ。
「あー、悪いけど取り込み中よ。そっちはどう? 美琴とは会えた?」
『え? え、ええ。さっき合流したけど──』
「そ。なら、そっちは任せた。また連絡するからそれまでよろしく」
『あ、ちょ──』
戸惑う宇佐見に対し、有無を言わさず電話を切った霊夢。彼女らの安否も気になるが、それよりもまずは目の前の敵だった。
ふわりと宙に浮き、自らが空けた大穴の中へと向かう。
「ち、畜生が……」
怒りと困惑で、麦野沈利は頭がおかしくなりそうだった。
突然の崩落に無傷とは行かず、降り注ぐ瓦礫は能力で防いだものの、足場も崩れたのでそのまま落下してしまった。
服は先程以上にボロボロであり、もはや辛うじて布が残っているだけの状態だった。加えて、頭を打ったのか額からポタポタと血が滴り落ちている。
明らかな満身創痍。それでも尚、健在でその闘志を絶やさないのは彼女の能力に依るものではない純粋な身体スペックの高さと、暗部として幾度も修羅場を潜り抜けたが故なのだろう。
(あの糞第八位も超電磁砲の野郎も居ねェ……巻き込まれてくたばったか? 馬鹿言うな、必ず見つけ出して血祭りに上げてやる……!)
一体何が起きたのかは知らないが、ここまで虚仮にされたのだ。逃げるなどという思考は一欠片も無く、ただ彼女は己をこんな目に遭わせた連中への報復しか考えていなかった。
──ドゴォン!!
「!?」
その時だった。何かが鉄筋コンクリートの壁をぶち抜き、麦野の真横を通り過ぎた。
驚きながら視線を向ければ、そこには緑の服を纏った白髪の少女が壁に叩き付けられている。
(──やはり強い)
小さなクレーターが形成される程の衝撃を受けながら少女──妖夢に目立った外傷は無く、片膝を突きながらも彼女は改めて狙った獲物の強大さを認識する。
あの時、一瞬にして背後に回り込まれた。単純に彼女のスピードが己よりも上……という訳ではないだろう。
(……速さという次元の話ではない。あれは正しく
当初からおかしな部分はあった。明らかに避けられぬはずの攻撃も平然と避けていて疑問に思っていたが、今ので確信へと変わった。
零時間移動。即ち、テレポートであり、この学園都市に蔓延るそれらとは違い、寸分の誤差も無く行われる、正真正銘の空間転移──。
それを、あの紅白の巫女はやってのけている。だとしたら恐ろしい話だ。
音より速かろうと、光より速かろうと、彼女はその意思一つで追い付いてみせるのだから。
「ふ、ふふ……相手にとって、不足無し」
だからといって何も変わりやしない。むしろ逆にそうでなくては切り応えがあるまい。
妖夢は獰猛な笑みを浮かべる。
「──おい」
「む?」
「何だ、お前……?」
声をかけられ、漸く麦野の存在に気付いた妖夢は水を差されたような気分になったのか若干顔をしかめながら視線を向ける。
(!? 本当に何なんだこいつ? よく分からんが、とにかくヤバい……!)
これに麦野はびくりと身体を震わせる。ただ視認されただけだというのに、心臓を握られているような感覚に陥る。本能的に、目の前の少女が異常な存在であるということを感じ取っていた。
「……ああ、あなたは。“アイテム”とやらの頭目ですね」
「は?」
対する妖夢は思い出したように呟く。
「あなた方の雇用主とは協力関係にあります。あなたのことは事前に写真を見せられ、危害を加えるなと言われていました」
淡々とそう語る。あの声の主がたとえ敵対したとしても決して殺すなと伝えてきた
周りのことなど気にせず、範囲攻撃で建物を切り刻んでいたことから、つい先程まで記憶からすっぽりと抜け落ちていたようだが。
「増援……ってこと? 何も聞いてないけど?」
これに麦野は訝しみながらも、一先ず敵ではない、ようなので内心安堵する。ここにきて新手、しかもこんな見るからにヤバそうな奴が相手など流石に御免被る話だ。
多少落ち着いたのか、口調も元に戻っていた。
「さあ? 何らかの意図があるのでは?」
「ちっ……流石に隠し事が多過ぎるわね。最初からこんな得体の知れない仕事、安請け合いするんじゃなかったわ」
内出血するほど下唇を噛む麦野。軽い気持ちで臨んだ仕事だったが、最悪としか言い様が無い。
もはやフレンダと滝壺の生存は期待出来ない。絹旗に関してもこんな状況でも一向に連絡が無い辺り、やはり宇佐見か何者かに倒されたと見て良いだろう。
つまりアイテムは全滅。おまけに自らも満身創痍……見積もりが甘かったと言われればそれまでだが、実に割に合わず、もしも依頼主がこの展開を想定していたと言うのなら、相応の報いを受けさせなければならない。
「ふむ……見たところかなり傷を負っている様子。早急にここから避難した方が……?」
その時だった。一瞬フラッと妖夢の体がよろめく。
「ッ…………!!」
「? どうしたのかしら?」
首を傾げる麦野。そもそもコンクリートの壁をぶち抜いてクレーターまで出来るくらいに吹っ飛ばされているのにミンチにならず平然としていたことが可笑しいのだが……。
(こんな時に……流石に暴れ過ぎた。これ以上はまずいと思うけど……かといって、手加減してられるような相手ではない)
体にガタが来ている。本来の彼女ならば有り得ないことだが、
今の今までそのような心配など必要の無い有象無象ばかり相手にしていたが、あの白い羽の少年や巫女といったある一定のラインを超えた強者相手にはそうは行かない。
「ねぇ、聞いて──」
「死にたくなければ、ここから離れてください」
「……はぁ?」
刀を握り直しながらそう言われ、麦野は片眉を上げる。
「安心してください。侵入者、及び“実験”の邪魔をする者共は、私が一人残らず始末しますので。
「………………あ゛?」
何を言っているんだ、こいつは? この第四位の
「ッ! ふざけ──」
「──む、もう来ましたか」
「は?」
すると妖夢は麦野から視線を外し、彼女が吹っ飛んできた壁に空いた穴の方へ顔を向けた。
同時に、そこから御札と針が雨のように降り注ぐ。
「なっ!?」
「ちっ──」
妖夢は幾つかを切り払いつつ、回避する。麦野も突然の奇襲に驚きながらも能力で防御壁を展開してこれを防いだ。
視線を向けた先には、紅白の巫女が悠然とこちらを見下ろしていた。
(刀持った侍女の次は……巫女服? 次から次へと、一体いつからここはコスプレ会場になったのかしら)
内心そんなことを思いながらも、実際には心底笑えない状況である。口振りから察するに、この巫女は先程まで妖夢と戦闘していた。
つまり、この惨状を作り出した張本人である可能性が高いのだから。
「……あん? 一人増えてるじゃない」
一方、霊夢は麦野の存在に眉をひそめる。新手、なのだろうか。予想出来るのは、絹旗の仲間やここへ侵入する前に宇佐見が言っていた御坂と戦闘していたという相手だが……。
どちらにせよ、二対一となれば面倒極まりない。
「一応訊くけど、あれも
麦野が問い掛ける。
「ええ。その通りですが、あなたでは──」
「おい……さっきから、あまり舐めるんじゃねェぞ? この私をな」
すると麦野の周囲に発光する物体が10個以上も漂う。相変わらず自身を足手纏い扱いするサムライガールは心底ムカつくが、それよりもまずは明確に敵と判明している巫女擬きを抹殺すべきだろう。
これに対し、妖夢はほう……と僅かに感心する。一つ一つにかなりのエネルギーが収束していた。
「──死ね」
「!」
殺意に塗れた号令と共に、レーザーが一斉に射出され、霊夢を消し炭にせんと襲い来る。
「攻撃してきたってことは、敵って認識で良いわよね?」
──が、それら全ては掠りもしなかった。
「あ──?」
避けられた。それも涼しげな、何も感じていないような顔で。
麦野は思わず呆気に取られ、そして気付く。霊夢の周囲にも自分と同じように発光する何かが生じ、フワフワと浮かんでいることに。
その数は、20、30──50を優に超えていた。
「…………ッ!?」
「悪いけど、遊んでる余裕は無いの」
一片の容赦も無く、鮮烈な光が、ゆっくりと降り注ぐ。
「ッ、糞があああああああああああああああああああああァ!!」
地団駄を踏み、狂ったようにレーザーを撃ちまくる麦野。しかし、それは幾つかの光を掻き消すだけで圧倒的な質量を止めることは叶わない。
やがて光は迫り、視界を埋め尽くす。
「ヒッ──」
思わず上擦った声が出る。それは何の絡繰も無い、純粋なる暴力。麦野はただただ愕然とし、顔を青くさせる。
久々に思い出したのだ。圧倒的な力に為す術無く叩き潰される、恐怖というものを──。
「──さて、続きをやりましょうか」
「言葉に及ばず──」
光に飲み込まれていく麦野に一瞥もくれてやることなく、霊夢は既に回避していた妖夢を見据え、彼女もまた刃の切っ先を向ける。
闘いは、まだまだ続く。
たぶん普段なら懐かしいなーって“弾幕ごっこ”に興じてくれた。