とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
──やはり強い。
分かってはいた事だ。幻想猛獣やテレスティーナとの戦いの際にその圧倒的な力を嫌というほど見せ付けられたのだから。
(でも──)
しかし、それでもあの
「流石のアンタも雷速に対応するのはきついみたいね……ッ!」
銃弾はおろかマシンガンの連射すらも視てから避ける、あまりにも人間離れした動体視力と反射神経。御坂は知らないが、音速で動き回る存在とも互角以上に戦える程である。
けれど、雷速と音速では圧倒的な差がある。秒速にして最大200km。光速には遥かに劣るもののそのスピードは本来であればただ放電するだけで必中必殺の一撃となるのだ。
(ッ──
故にこそ、雷撃を当たり前のように掻い潜っているように見える目の前の少女は完全に己の常識から外れた理外の存在なのだが、実のところそう容易なものではない。
御坂はそう予想し、事実それは当たっており、霊夢は顔をしかめる。
瞬間的な速度は妖夢よりは遅い。しかし、先程の電撃使いとの戦闘からも分かる通り霊夢から見ても雷速というのは純粋に
幸いなのは雷撃を放っている御坂自体の反応速度は常人レベルなのに加え、あの電撃使いと比べてリミッターが外れておらず、身体強化も電気ショックによる気休め程度なこと。
尤も、あれのような爆発力こそ無いが、その分力押しだけでなく、工夫が見受けられる技巧派のように感じられ、こちらはこちらで面倒な相手である。
(さっさと終わらせたいんだけど──)
バチバチと電流が迸る。同時に霊夢は僅かに横へずれ、ほぼ同時のタイミングで雷撃が通り過ぎていく。
その瞬間にすかさず針を投擲した。
「!」
狙い済ました針は雷撃と雷撃の間を潜り抜けて真っ直ぐ飛んで行く。
「ふん……そんなもの──」
しかし、御坂には届かない。周囲に常時展開している電磁バリアによって弾かれる。
「──ま、でしょうね」
「ッ!?」
白井が扱う物よりも長く太い針。一体どこにしまっているのかと片眉を上げる御坂であるが、ほんの少し目を離した隙に霊夢の姿は消えており、背後から声がする。
反射的に振り返れば、彼女は目と鼻の先まで接近していた。
「なっ──」
ドンッ、と銃弾の軌道をも逸らせる程に強固な電磁バリアが力ずくで突破される。いつの間に、という疑問を抱く暇すら与えずに突き出された掌底に御坂は目を剥き、咄嗟に両腕でガードするが──。
「ぐぅっ……!?」
自動車にはねられたような衝撃に骨が軋む。衝撃を殺せずに大きく吹っ飛ばされた御坂はコンクリートの床を転げ回り、苦痛に顔を歪めた。
「ッ…………!」
高速移動か、或いは空間移動に準ずる何かか。どちらにせよ、常時展開している周囲の生体電気を感知するレーダーが反応すら出来ぬ程に瞬時にこちらへ接近する手段を持っているようだ。
加えて、駆動鎧を装備した精鋭部隊を真正面から制圧してしまう馬鹿げた身体能力。接近戦は避けた方が良いだろうが、かといって遠距離では幻想猛獣を消し飛ばした原理不明のエネルギー弾がある。
むしろ霊夢にとっては、遠距離戦こそが本領なのかもしれない。
「だとしても……ッ!」
追撃を行おうとした霊夢だが、辺りが薄暗くなったことに気付いて動きを止める。見上げてみれば、大量の砂鉄の塊が頭上に黒い雲のように集結していた。
そして、それらが一斉に槍衾のように鋭い形状に変化し、雨のように降り注ぐ。
「!」
こちらを串刺しにせんと猛スピードで迫り来る砂鉄の塊。その最中にも雷撃が放たれており、砂鉄を伝導して拡散して霊夢を襲う。
「チッ──」
器用な真似をする。体を捻らせて回避しながら距離を取れば、それを見越すように砂鉄は舞い上がり、霊夢を中心にドーム状となった。
「──捕まえた!」
砂鉄のドームは霊夢を取り囲むとすぐに収縮して彼女を圧し潰さんとする。
一粒一粒が高速振動し、触れた瞬間にミキサーのようにグチャグチャに切り裂かれるだろう。加えて、内部で放電させることで発生した高熱でこちらを蒸し焼きにしようともしていた。
その殺意に満ちた二段構えの攻撃を即座に察した霊夢はこの場から逃れんと上方へと飛翔する──。
が、次の瞬間。橙色の閃光が轟音と共に砂鉄の壁を突き破った。
「ッ──!?」
コインが射線上の全てを撃ち抜き、燃え尽きる。最大出力で放たれた
直ぐ様、空中で体勢を整えれば、無防備な所に四方八方から雷撃の槍が飛来してくる。
「──いい加減にしなさいよ」
しかし、触れる寸前で乱れ舞う無数の光弾が雷撃を掻き消した。
「…………!」
「さっきから、本気で殺すつもりなの? 何をどう勘違いしてるのか知らないけど、そこまで思い切りの良い奴だとは思わなかったわ」
不機嫌そうに首をコキコキと回し、霊夢は言い放つ。あれだけの猛攻の中で未だに無傷で健在な様子の彼女に対し、御坂は悔しそうに身体を震わせる。
こちらの手札を大半見せてやっと、幻想猛獣戦で見せたエネルギー弾を引き出せただけ。先程飛んできた針も、急所を狙っておらず、全ての攻撃に殺意を感じられなかった。
それはつまり霊夢にはこちらを殺す気が一切無く、全く本気になっていないということ。結局のところ目の前の少女もまた、怪物だった。
勝敗は目に見えている。ただでさえ御坂は連戦に続く連戦で疲労困憊だというのに。
「ええ。本気よ。本気でなきゃ、あんたには勝てないでしょうが……!」
しかし、それは退く理由にはならない。バチバチと威嚇するように放電しながら御坂は霊夢を睨み付ける。
「……そう」
対する霊夢の眼は、冷めている。盲目でなければ、その気高さは尊ぶべきなのだろうが──。
「なら、訂正してあげる。本気だろうがなかろうが、あんたは私に勝てない」
光弾が、御坂へと向かっていく。
「ッ!!」
これに御坂は雷撃を身に纏うように放つ。雷撃は光弾を消し飛ばして相殺し、押し留める。
「ふん……そんな攻撃じゃ私は──ぐっ!?」
どうやら光弾は雷撃で充分に防御可能な模様。御坂はほくそ笑むも相殺した次の瞬間には光弾が炸裂して爆ぜ、驚きの表情を浮かべる。
防がれたにも拘わらず霊夢は構わず光弾を撃ち続けていた。
(ッ……!? まさか物量でごり押すつもりッ!?)
シンプル且つ最適解。御坂の能力の厄介さと諦めぬ意思を理解した霊夢は形振り構うことなく、最速で無力化する方法を選んだ。
焦った御坂は砂鉄も操作して壁を作るも勢いは止まるどころかどんどん増していき、気休めにしかならない。霊夢はこれを無表情で見据え、作業のように光弾を撃つ。
(まずい、このままじゃ対応し切れな──ッ)
光弾が覆い尽くし、視界が真っ白になる。
………………
……………………
…………………………
およそ一分弱。それだけで充分だった。バチバチと高音を鳴らし、周囲を照らしていた雷撃は次第に弱々しいものとなり、やがて光弾が炸裂する音のみが響くようになる。
「……少しは頭が冷えたかしら?」
ガトリング銃の如く絶え間無く降り注いでいた光弾が止み、土煙が晴れると、御坂は地に伏していた。
応答は無い。無論、死なぬようにはした。かといって下手に手加減も出来なかったので無事とは言い難いが。
後遺症が残っていなければ儲け物だろう。勘違いとはいえ敵対した以上、そこまで配慮してやる義理はなかった。
(さて、こいつを手当てする前にあの辻斬りを簀巻きにしないとね──)
そんな思考をしつつ、霊夢は心底げんなりした、といった様子の表情を浮かべ、自嘲する。
白井に頼まれた、御坂美琴の支援という最初の目的は何処へやら。本人と敵対し、挙げ句の果てに戦闘不能に追い込むというもはや本末転倒な展開。こんなことになるなど予想だにしていなかった。
然りとて、一先ず優先すべきは先程吹っ飛ばした妖夢の方だ。それは私的な理由であるが、凶悪な連続殺人鬼を取り逃がしてしまうという危険性もあり、端から見ても真っ当な行動と言えよう。
故に、霊夢は這いつくばる御坂から背を向け、この場を後にしようとする。
「………………」
しかし、すぐに足を止めた。
「待ち、なさ……い……ッ」
「…………ハァ」
荒れた吐息の音が聴こえる。溜め息と共に振り返れば、御坂はガクガクと膝を揺らしながらもそこに立っていた。
「往生際が悪いわね。もう立ってるだけで精一杯でしょうに」
「ハァ……ハァ……うる、さいっ……! 負けて、なるもん、か……ッ!」
意識を保つことすら困難なはず。もはや彼女は執念だけで霊夢と対峙しており、震える手で握るコインを翳し、満身創痍の肉体とは対照的にぎらついた、闘志に満ちた鋭い目付きで睨み、視界から離そうとしない。
その姿を見て霊夢は呆れ、しかし嫌いにはなれなかった。彼女がそうまでする理由を理解しているが故に。
「意地張ってどうすんのよ。これ以上やっても無駄なのは、流石のあんたも分かっているでしょ?」
「ッ…………!」
「単なる勝ち負けの話だけじゃない。あんたがレベル6ナンタラとかいうのを止めたいってのは知ってる。なら、私を相手にしてたってしょうがないでしょうが」
一連の行動に思う所があったのか。ここにきて諭すような物言いをする霊夢。これに御坂は顔をしかめるも、激情に駆られるようなことはなかった。
まともに抵抗する力が残されていないこともあってか、頭に完全に血が昇っていた先程とは異なり、ある程度ではあるが、落ち着きを取り戻していたのだ。
だからこそ、彼女は口を開く。
「……ここでハッキングしたデータに書いてあった。あんたが……一方通行と同じ、絶対能力者に至る可能性がある候補者だって」
「はぁ? ……私が?」
言うまでもでなく初耳である。そもそも身体検査は真面目に受けていないはずだが。
どうやら御坂が自分を敵と判断した要素の一つに、それがあったようだ。いくら知り合いと言えど、そんなことを知り、矢先に妹達の死体を拘束する姿を見てしまえば、早とちりしてしまうのも無理は無いだろう。
「知らないわよ、そんなこと。私がここへ来たのは黒子に頼まれたからよ。あんたを助けてほしいって」
「黒子が……? ッ……悪いけど、まだ信じ切れない。じゃあ、何であの子を──」
妹達を殺した、それが勘違いだったとして何故死体を拘束していたのはどう説明するのかと、御坂は問い質そうとし──途中で黙り込んだ。
「──は?」
「あん?」
ぴたり、と硬直する御坂。その視線は霊夢ではなく、別の方向に釘付けになっていた。
「………………」
その視線を追った先には、先程まで冷たい死体だったはずの、少女が立っている。
光無き、虚ろな眼で、ジッとこちらを見据えながら。
「──ー! また戻って来たっていうの?」
霊夢は驚きながらも即座に大幣を構える。既に逃走していたと思われていた、あれに取り憑いていた存在が戻ってきたのかと思い。
しかし、すぐに先程までとは雰囲気が全く違うことに気付く。まさかまた別のナニカが取り憑いたとでも言うのか。
「…………にぃ」
すると死体は嗤った。ぐにゃりと不気味に顔を歪めて。
御坂は寒気を感じた。少なくとも自分が知る妹達は、そのような顔は決してしない。
一方、霊夢は今度こそ逃がすまいと周囲に札を投げて展開し、結界を張り巡らせ、不審な動きをしたら即座に対応できるよう、目の前の死体の姿を注視する。
「!」
しかし、次の瞬間にはその姿を見失う。辺りが白く濃い煙に包まれたのだ。
煙幕。別方向への対応が疎かになっていた。直ぐ様、霊夢は死体の居た場所へと札を投擲するが──。
「……消えた?」
煙幕が晴れた先に、妹達の姿は影も形も無く、消えていた。
結界で閉じ込めていたはず。仮に出られたとして、この短時間で索敵範囲から逃れることなど相当なスピードが必要であるし、そのような素振りも見られなかった。
特に結界が突破された様子すら無い。本当に、ふとその場から消えてしまったかのよう──。
「何なのよ、一体……あの子は、確かに死んで──ッ」
訳が分からない。目の前で起きた己の理解から外れた出来事に御坂は茫然とする。
ただでさえ満身創痍で疲労が溜まりに溜まった肉体を気持ち一つで無理矢理立っていた彼女は情報が処理出来ず頭の中がパンクしそうになっていた。
「本当に、何が……」
故に、遂に限界を迎え、ふらりと御坂は倒れ込んだ。
「! 美琴──」
霊夢はこれを抱き止める。顔を見れば、彼女は既に意識を失っていた。
「……どこのどいつか知らないけれど、やってくれるじゃない」
吐き捨てるように霊夢は呟く。先程の電撃使いはその正体に気付いていなかったが故の失敗。しかし、今回はそれを加味して万全な対処をしたつもりであった。
にも関わらずまんまと逃げられた。己の詰めの甘さに霊夢は腹を立て、険しい表情を浮かべる。
朧気な記憶。それが次第に鮮明になっていく。
春霞の中、花弁と共に袖を垂らし、蝶のように舞う紅白の影。優雅で美しく、幻想的な少女は、同時にまた奇妙な存在でもあった。
その瞳に宿る光からは刺すような闘気が感ぜられるが、しかしその一方で何も見ていないかのような無関心さが同居している。
この無関心さに虚無感や頽廃感は毫も無い。限りなく奔放な、それでいてあらゆる干渉を拒絶する気高さ。周りの空気から浮き上がるような、侵し難い神聖さ。喜びも悲しみもまだ知らない、嬰児のような純粋さ。それらが一片の混じり気も無く入り乱れ、共存している。
二律背反。一見すると矛盾に塗れた在り方。その実陰陽と善悪のどちらにも属さぬ完全なる中立を往く存在。そのようなあまりにも超然とした、不可思議な人間を視たのは、初めてだった。
ああ、そうだ。忘れられるはずがなかろう。あの日、あの時、あの瞬間、確かに思い知らされたのだから。
──己は、
「ッ……おの、れ……」
少女は歩く。刀を杖代わりにしながら、今にも意識が飛びそうな死に体で。
「こんなところで……私は……ッ」
何と不甲斐無きことか。挙げ句の果てに、尻尾を巻いて敵前逃亡しているという無様極まりない有り様だった。
けれど、終わる訳には行かなかった。まだ始まってすらいないというのに。己が何者であるか、何を成す為に生きているのか、それすらも知らず、ただ彷徨うだけの幽鬼。
だからこそ、知ろうと、知りたくて、知る為にこれまで斬ってきたのだ。
「──◼️◼️◼️さま」
からんと刀を落とす。既に限界を迎えていた肉体は、遂に彼女の制御下から離れてしまう。
ぽつりと漏れた、誰かも知らぬ名前。果たして誰のものであったかと思いながら少女は意識を手放し──。
「………………?」
どれくらい時間が経っただろうか。柔らかな肌と布の感触と共に目覚める。
「ここは……?」
「──あ、起きた? 妖夢ちゃん」
前から聞き覚えのある声が聴こえ、視線を向ければすぐ目の前に艶やかな黒髪の後頭部があった。
そこで漸く妖夢は自分が背負われて運ばれていることに気付く。
「……佐天さん?」
「いやぁ、吃驚したよ。突然居なくなっちゃったと思ったら道路に倒れているんだもの」
そう言って笑いかけてくる佐天に、妖夢は戸惑いを隠せない。
彼女に拾われるまでに封鎖していた連中や追手が来なかったというのもそうだが、一度ならず二度までも助けられるという偶然に心底驚いた。
「……すみません。私は──」
「別に良いよ。言いたくないなら言わなくて。ただあんまり危ないことはしないでね? 心配しちゃうから」
「……本当にすみません」
こちらの血生臭い事情を察し、知りたくて仕方無いであろうに何を問わないという気遣いを見せる佐天に申し訳無さで一杯になる。
やはり己は、どこまで行っても半端者なのだろう。不甲斐無いと思いながら、しかし佐天の背中に心地好さを感じてしまっていた。
ああ、この感覚は──。
「……少し思い出したかもしれません」
「え?」
思い出した。それはつまり、自分の記憶ということだろうか。
不思議に思いながらも佐天は耳を傾ける。
「私に親の記憶はありません。そもそも居たかすらも分からない。ただ、私には……仕えている、“主”が居て、もしかすると、こうしてくれていたのかも、しれません」
曖昧だが、それでも確信に近い思いがあった。
脳裏に過るのは、大きな桜の樹──その下で微笑む、着物を着た誰か。
どこの誰なのか、名前すらも思い出せない。けれども、彼女はきっと、自分にとって大切な存在に違いない。
胸が透くような思いが、それを証明していた。
「……そっか」
佐天は笑顔を浮かべる。妖夢の安堵の声を聴いて、記憶喪失で何も分からぬまま彷徨っていた少女に、光明が差したのだと思うと、まるで自分の事のように嬉しくなった。
この時に吹いた風は、真夏の夜にも拘わらず、まるで春風のように、穏やかだった。
ぐう聖佐天さん
今回の霊夢は無双しまくりだったけど本来の目的は全く達成出来ていないという……