とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
病室で目覚めた御坂美琴を待っていたのは、般若と化した寮監による説教だった。
運び込まれた病院側が彼女の寮へと連絡しない道理は無く、流石にそうなれば白井も誤魔化すことは不可能であの超電磁砲が深夜徘徊した挙げ句に怪我して入院というのは常盤台側でちょっとした騒ぎになった。
幸いにも厳しい罰則こそ無かったが、数時間に及ぶ説教の末、しばらくの奉仕活動を言い渡されてしまう。白井にも何があったのかといつも以上に心配され、かといって事情を説明出来るはずもなく、罪悪感で御坂は大変居心地が悪かった。
(でも……これで終わったんだ。本当に)
残り一つの研究所は完全に無人だった。それはつまりあの実験に関わる全ての研究機関が撤退したことを意味しており、もうクローンを製造することは出来ないということ。
──実験は中止されるはず。御坂は途方もない安堵感で有頂天になっていた。
無論、気掛かりは残っている。意識を失う寸前に視た、死体であったはずの妹達が突如として動き出す怪現象。まだ疲労により視ていた幻覚と言われた方が納得が出来る。
(それに……宇佐見さんの話が本当なら……私は何てとんでもないことをしてしまったのよ……)
脳裏に過るのは霊夢の姿。見舞いに来た宇佐見菫子曰く、彼女は白井に頼まれ、どういう経緯か実験のことを知って自分を助ける為にあの製薬会社に乗り込んだのだという。
もしそれが真実ならば、御坂は完全なる勘違いで彼女を実験に関わる悪人だと決め付け、あまつさえ命を奪おうとしていたことになる。
否、そもそも彼女が実験の関係者で、妹達の一人を殺したのだとして、それで本気で殺そうとすること自体がおかしい。そんな人として至極当たり前なことさえ思い至らぬ程、頭に血が上って冷静さを欠いてしまっていた。
相手が自分よりも格上だから良かったものの、もしもあのまま殺害、もしくは一生残る怪我を負わせていたら……そう考えるだけで背筋が凍る。如何に己が恐ろしいことをやろうとしていたのかと今になって理解したのだ。
(合わせる顔が無い。確かに冷たい人かもしれないけど、そんなことする人じゃないって分かってたはずなのに……)
つくづく自分が嫌いになる。すぐにでも謝罪したいという思いとは裏腹に、その足取りは重かった。
「おい動けこのポンコツ! 動けってんだよコラ!」
「?」
その時である。寮監に言い渡された奉仕活動の帰り。燦々と降り注ぐ日光に晒されながら歩いていた御坂が聴こえていた大声に反応してその方向へと視線を向けた。
すると見覚えのあるツンツン頭が自動販売機の前で嘆いていた。
上条当麻は思い悩んでいた。
三沢塾でのアウレオルス=イザードとの死闘から数日。世間では原因不明の地震やら警備員のある部隊がテロを起こしたやらで騒がれている中でいつもならすっからかんのアパートの郵便ポストにそれは入っていた。
“バイト代”と雑にネームペンで大きく書かれた分厚い封筒。その中身は上条が月々貰っている学園都市からの支援金の何倍もの金額であり、驚きのあまり顎が外れそうになる。
思い当たることは一つ。あのハンバーガーショップで会った
まさか本当に貰えるとは思っていなかった上条はその金額もあってか慌てて封筒をタンスの奥へと隠すようにしまう。部屋に居た禁書目録はその挙動不審っぷりに疑問を抱くも、然して気にすることなくスフィンクスと戯れていた。
(やっぱり博麗に相談した方が良いよなこれ……)
普段の自分の不幸っぷりからは考えられない、まず無縁であろう幸運。普通ならば跳び上がる程に嬉しいはずだが、上条の表情はひきつっていた。
実は魔女についてステイルは勿論、霊夢にも教えていないのだ。というのも、その存在を思い出したのがそもそもポストの中の封筒を見た瞬間であった。
人が縦に真っ二つになったりビルが消し飛んだり切断された右手からドラゴンが生えてきたりと衝撃的な出来事の連続で自分が三沢塾へ行く事になった原因であるあの少女のことなど頭の中から抜け落ちてしまっていた。
(しかし、本当に何者なんだあいつ? あのステイルって奴は俺が来るのが想定外だった、みてぇな反応してたし……)
少なくともステイルの仲間という訳ではないだろう。フリーの魔術師……自らをそう称していたが、それも実際はどうなのか怪しい話である。
改めて上条はうーむと思考するも、手掛かりがあまりにも少なく彼の頭脳では結局正体不明であることしか分からなかった。
「──は?」
そして現在。大金を手にした幸運の反動か、早速とばかりに上条は不幸に見舞われた。
猛暑の中、喉が渇いたなと彼は近くにあった自販機で飲み物を買おうと紙幣を挿入したのだが……。
「っかしいなー。故障かー?」
ボタンを押しても全く反応しない。一瞬フリーズするもすぐに釣り銭レバーをガチャガチャと引いてみたが、挿入口に吸い込まれた紙幣が戻ってくる気配は無かった。
「嘘だろおい。あれが上条さんの財布の財産だったんですけど」
例のバイト代はタンスの奥深く。万札一枚だけ財布に入れておいても良かったと思うが、もし落としてしまったらと思うと持ち歩く度胸が無くていつも財布の中身は最小限の金額だった。
「おい動けこのポンコツ! 動けってんだよコラ!」
ドンドンと叩くもうんともすんとも言わない自販機。思い切り殴ろうとしたが、そんなことをしてしまえば警備ロボットがやって来る。かといってこのまま泣き寝入りするなど出来るはずもない。
「──何やってんのよ、あんた?」
どうしたものかと頭を抱えていると、横から声がする。
「うん?」
振り向けば、短い茶髪の少女が呆れた様子でこちらを見ていた。
(誰だ? えっと……この制服は確か常盤台中学の……え、お嬢サマ!?)
少女が着る制服には見覚えがあった。世界でも有数のお嬢様学校。この間、盛夏祭という大規模な学祭にも禁書目録と共に行ったことがあったため記憶喪失の上条が知る数少ない学校の一つであった。
「? 何よ、じろじろ見て。ほら、買わないならどいたどいたー」
「え? お、おう、すまん」
訝しげな視線を送る少女。思わずジッと見つめてしまった上条はそそくさと横へ退く。
「……あー。その自販機な、金を呑むっぽいぞ」
「え? ああ、知ってるわよ」
第二の被害者を生まぬ為に忠告すれば少女は既に知っていたようであり、上条は首を傾げる。まさか金を飲み込ませるのが目的という奇特な人物ではあるまい。
「ちぇいさーっ!!」
「!?」
するとどうしたことか。いきなり自販機の側面に掛け声と共に強烈な回し蹴りを繰り出す。勢いでスカートが捲れ上がって中身が露になるが、短パンを穿いていた。お嬢様らしさは皆無である。
突然の暴挙に上条が絶句しているとゴトゴトと缶ジュースが幾つか出てきた。少女はそれを当たり前のように手に取っていく。
「ははーん。ひょっとして、あんたも呑まれた口?」
「え? な、何のことでしょおか?」
分かりやす過ぎる反応に少女はぷぷっと笑う。
「やっぱりね。けど、そりゃ運が良いかもね」
「……はぁ? どこかだよ」
「このポンコツに呑まれた分だけ吐かせてやるってことよ。どうせ前みたいに不幸だーって喚いてたんでしょ」
「え?」
はて、その口癖を知っているということはどうやら彼女と自分は以前から知り合いだったらしい。当然覚えは無く、そもそも常盤台のお嬢様に知り合いが居るなど思いもしなかった。
そこで思い出す。そういえば盛夏祭の時にも霊夢が言っていた。常盤台には知り合いが居るから気を付けろと。彼女がそうなのだろうか。
「それで、いくら呑まれたの?」
「あ、えっと……それは……」
吐かせてやる。つまり自販機に飲まれた金を取り返してくれると豪語する少女に内心マジで? と思っていると金額を尋ねられた。
普通ならば別に答えるのを憚れるような質問でないにも拘わらず上条は何やら躊躇している様子である。
「に、にせんえん……」
「は? 二千円?」
頭に疑問符を浮かべるが、僅かに思考した後、閃いたように口に出す。
「ま、まさか、二千円札?」
少女の言葉に、バツが悪そうに表情を曇らせながらゆっくりと首を下に動かす上条。それは学園都市で、というか外部でも殆ど見ないであろう幻の紙幣だった。
「──ぷ、あっはははははっ! 今時二千円札って! まだ絶滅してなかったんだ! 中途半端な金額だったから、一瞬考えちゃった! そりゃそんなレアなお札来たら自販機だってバグるわよ!」
腹を抱えて笑い始めた少女を尻目に上条はぎゃーと言いたげに頭を抱えて掻く。その通り、だからあんまり言いたくなかったのだ。
「いやー笑った笑った! それじゃ、その二千円札をこの御坂美琴さんが取り返してあげるから!」
「因みにどーやって? さっきみたいに蹴るのか?」
あの勢いでずっと蹴りまくったら普通に警備ロボットがすっ飛んでくると思うのだが……。
それと、少女の名は御坂美琴というらしい。少なくともアドレス帳には無かった名前である。
「いいえ。流石にやったことはないんだけど……ま、何とかなるでしょ」
そう言って御坂は自販機に掌を添える。刹那、バリバリッ! と雷が流れる音が響く。
ガラガラと滝のように溢れ出てくる缶ジュース。自販機本体は小刻みに震え、プスプスと煙を出していた。
上条の顔が真っ青になる。
「おっかしいわね、手加減したつもりなのに。けどこれ二千円以上じゃないの? これでオッケー?」
首を捻りながら缶ジュースを手に取って上条へ視線を向けると、既に彼は全力ダッシュで逃げ出していた。
「っておーい! 待ちなさいって!」
「ボ、ボクには関わりの無い事です!」
両手で缶ジュースを持てるだけ持って御坂はその後を追う。
とんでもねぇ奴と出会した。改めて上条は己の不幸を呪うのであった。
「不幸だ……」
草臥れた様子で上条は嘆く。追い駆けっこの末、流石にここまで来れば安全だろうと二人は公園のベンチで休憩していた。
「ほら、元々あんたの取り分でしょ」
隣に座る御坂が缶を一本投げ渡してくる。端から見たら完全に共犯者である。
(きなこ練乳……? 嫌がらせか?)
何とも甘ったるそうな製品名である。他にもヤシの実サイダーだのカツサンドドリンクだの、学園都市の飲料は何故こうも冒険したがるのだろうか。
「ったく……いちいち逃げ腰過ぎんのよね、あんたって!」
「あん?」
唐突に、ジュースを飲んでいた御坂が呆れた様子で語り始める。
「学園都市でも八人しか居ない
(そんなこと言われても……この右手じゃあ自販機とか不良の集団とかどうにもならねぇし。それにレベル5って……こいつが?)
能力者のトップ。上条の知っている能力者と言えば霊夢と宇佐見くらいである。霊夢はほぼ魔術師みたいなものであるから除外するとして、少なくとも目の前のビリビリ中学生は宇佐見と同等かそれ以上の能力を有しているということになる。
そして、そんな相手を自分は負かしたと。
「あんたは私に勝った事を、もっと誇示するべきなのよ。でないと負けた私に申し訳が立たないでしょうが」
それとも私なんて眼中にないってこと? と不機嫌そうにそっぽを向く御坂。対する上条は困惑するばかりだ。
(ガチでやり合ったのか? 俺が? 中学生の女の子相手に……?)
そのようなことを自慢できるはずがなかろう。普通に人として最低である。
それに仮に事実だとして、アウレオルス戦で見せた宇佐見の能力の規模を見るといくら幻想殺しがあろうと勝てるビジョンが見えない。不意打ちでもない限り普通に念力で操られた瓦礫の山に押し潰されて終わりだろう。
と言ってもそんな彼女が逆立ちしても勝てないアウレオルスを殆ど記憶に無いとはいえ倒せたのだから、相性というのは馬鹿に出来ないし、御坂を負かしたというのもそうやって上手く噛み合った結果なのかもしれない。
単なるラッキーパンチ。であれば、ますます誇る気にはなれなかった。
(しかし、レベル5とも知り合いとか……本当にどういう生活を送っていたんだ?
「? 良いからジュースでもお飲み。美琴センセーの手渡しなんて、ウチの後輩なら感激で卒倒してるわよ?」
「はぁ? んな食品衛生法ギリギリのを貰って喜ぶ奴が居るのかよ」
「……居るのよ、色々。女子校はねー」
上条のツッコミに微妙な表情を浮かべ、苦笑いしつつ御坂は言う。脳裏に過るのはその後輩だけでなく、その他多くの常盤台生たち。
「私が学校で何て呼ばれてるか教えてあげよっか? 引いちゃう「お姉様~!!」──げっ」
噂をすれば何とやら。甲高い声に御坂が振り向くとやはりと言うべきかツインテールの少女が手を振りながらこちらへと走り出していた。
「おねえ~~さま~~!!」
そして、そのまま御坂の懐へと勢いよくダイブする。突然のことに上条は目が点になった。
「ちょっ……黒子! やめっ く、くっつくな!」
「あああ! やっとお会いできましたわ~!」
「毎日寮で会ってるでしょうが!」
「ぐへへ……良い香りですの──ん?」
おっさんのような笑みを浮かべながら御坂の抱き心地を堪能していた少女──白井黒子だったが、そこで上条の存在に気付いて視線を向ける。
「お、お姉様……そうですの? そういうことですの?」
「はぁ?」
「私に内緒で頻繁にお出かけしていると思ったら……よもや殿方と密会をッ!?」
「違うわっ!」
ショックを受けた様子で固まる白井。しかし、すぐに再起動してサッと上条へと素早く接近する。
「初めまして殿方さん。私、美琴お姉様の“露払い”をしています白井黒子と申しますの。──お姉様にちょっかいを出す気なら私を通してからにしてくれません?」
上品に自己紹介されたかと思えば、次の瞬間には高圧的に睨まれながらそう言われ、うわあと引いてしまう上条。これが常盤台中学。皆の憧れの的であるお嬢様の実態だと言うのか。青髪ピアス辺りが知ったらさぞやガッカリ──するどころかあの変態ならそれはそれでと喜びそうである。
「だ・か・ら! 違うって──」
勘違いして好き勝手言ってくれる白井に怒って電撃をお見舞いしようとした御坂だったが、視界に入った人物に動きを止めてしまう。
「何してんの? 白黒」
「ああん? 決まってますの。お姉様に近付くこの不届き千万な類人猿に断罪を──えっ?」
聞き覚えしかない声。白井もまた御坂のように動きを硬直させ、ギギギと壊れたブリキ人形のようにゆっくりと後ろを振り返る。
そこには予想通り、紅白の巫女がこちらを訝しげに見据えていた。
「は、はははははは博麗霊夢……!?」
「ごきげんよう。で、どういう状況なのこれ?」
露骨に動揺する白井に対し、霊夢は特に気にする訳でもなく問い掛ける。
たまたまこの公園に寄れば、たまたま知っている顔が知っている顔と共に騒いでいたから何事だと思い、声をかけたのだ。
「………………」
「? 何よ、固まって」
「………………ど」
「ど?」
「ど、どこから見てましたの……?」
しばらくフリーズしていた白井だが、漸く再起動したかと思えば、震えた声で恐る恐る問いかける。
そこには頼むからついさっき来たところであってくれという祈りと希望が込められていた。
「……お姉様~って抱き付く所から」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
そして、その希望は一瞬にして崩れ落ちる。白井は絶叫し、顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。
見られた。見られてしまった。普段から公共の場においても御坂への変態行為の数々を隠しもしない白井であるが、ただ霊夢にだけは見られたくも知られたくもなかった。
それには彼女の前では清廉潔白で品行方正な風紀委員で在りたいという子供っぽい見栄、そしてそれとはまた別の感情が秘められていた。
「喧しいわね。どうしたのよ一体?」
一方、霊夢は今までの説教以上の音波攻撃を受け、訳が分からないといった様子で耳を塞ぐ。別に白井が御坂のことを慕っているのはお姉様という呼び方やその雰囲気からして何となく察していたので気にはしていない。
あのように過剰なスキンシップを取るのは意外な一面ではあったが。
「ち、ちがっ……違いますの……」
「え? 何が?」
「違うんですのぉぉおおおおお!!」
こちらの顔を見ることなく、涙目になりながら白井は走り去るように背を向け、ヒュン! と空間移動でこの場から消える。
「……だから何が?」
意味不明。そんなに嫌だったのか。ただ御坂に抱き付く姿を見られたくなかったにしても些か過剰過ぎる反応に霊夢は呆気に取られる。
(黒子があんなになるなんて……これは今後使えるかも……)
一方、御坂はあの白井が霊夢に対してはまだ
次からは白井の痴態があまりにも目に余るものであった場合、霊夢の名前を出してみようと思うのであった。
「……急にどうしたんだ? あの子」
「さあ? 知らないわよ。少なくとも身に覚えは無いわね」
先程までこちらを睨んでいた少女が霊夢を見た途端に奇声をあげて涙目で逃げ去っていくという事態に頭上に疑問符を浮かべる上条。とりあえず面倒なことにならずには済んだが……。
「あ、当麻。何かあいつにガン付けられてたように見えたけど、またお得意の不幸でトラブってんの?」
「お得意って……まあ、そんな感じだ。自販機に金を呑まれた挙げ句、レベル5に絡まれて、そしたらそいつをお姉様だなんて呼ぶ奴にいちゃもん付けられちゃってさ」
「何それ。相変わらずねぇ」
相変わらず。そう言われ、上条は苦笑いするしかない。この数週間で理解していたことであるが、やはり上条の不幸っぷりは日常茶飯事で周知の事実であったようだ。だからこそ、記憶喪失という最大級の不幸に見舞われるのも納得と言えよう。
「というか、また当麻に絡んでたの? 美琴」
すると霊夢は御坂へと視線を向ける。思い出すのはあの鉄橋での事。特に今の上条は記憶喪失であるから、余計にトラブルになりそうではあったが……。
「! あっ、博麗さん……その……」
対する御坂はしどろもどろになりながら目を泳がせる。どうやらあの時の一件が完全に勘違いであることを理解しており、負い目があるようだ。
霊夢としては助かる。まだこちらを敵視されていては面倒極まりないのだから。
「別に良いわよ。お互い、間が悪かったのだから。気にしないでちょうだい」
「……ごめんなさい」
(……えっ!? 何この雰囲気!?)
急に気まずそうな空気になったかと思えば俯いて謝罪する御坂。事情を知らない上条はオロオロと戸惑う。
「それより……随分と沢山買ったじゃないの。それ」
指差すのはベンチ周りにある大量の缶ジュース。確かに今日は暑いが、にしても買い過ぎであり、先程から気になっていた。
「あ、うん……良かったら飲む?」
「え? 別にいらな……いや、やっぱり貰うわ。お詫びとして、ね」
「! ありがと……」
これで許すからこの話はもう終わりだと、暗にそう告げる霊夢に御坂はその寛大さに感謝する。
「……いや、これ元は上条さんのお金」
「あーん? 何よ。私が居なきゃ呑まれて終わりだったでしょ」
「……出所は訊かないでおくわ」
そう言って霊夢が手に取ったのはヤシの実サイダー。
「……旨いか? それ」
「他のと比べたらマシな味よ。前に飲んだカツサンドドリンクとかいう泥水は、二度と買うかって思ったけど」
「お、おう」
確かにヤシの実のジュースというのは南国とかで売られているしそれをサイダーにしただけならばココナッツ風味のサイダーということで普通に飲める……のかもしれない。少なくとも他の色物どころかゲテモノレベルなのに比べるとマシだろう。
「そういえばインデックスは元気にしてる? 飢え死にさせてないでしょうね」
すると霊夢は何気なしに問う。
「失礼な。元気リンリンだよ……お蔭様で上条さんの家計は火の車でこの一週間ずっともやし生活でございます」
「ハァ……そりゃ大変ねぇ。ま、あいつも加減してると思うわよ。あの食いっぷりを見た感じ本気だったらあんた三日で破産してるだろうし」
「……マジで?」
「マジ」
「こわ~」
確かに盛夏祭の時やハンバーガーを山のように喰らう怪物がそれよりも圧倒的にカロリーの低いもやし炒め数皿程度で満足するはずも無し。
あれで遠慮しているというのか。恐るべし暴食シスターである。
「というか、
「え? ……た、確かに」
「……今度言っておくわよ」
まさかただの学生に人一人を養ってもらうのに何の資金も提供していないとは。一応自身が属している組織の非道……というよりもケチさに霊夢は呆れる。
ステイルと神裂の二人は禁書目録と友人だったのだからその健啖家っぷりも知っていると思うが、単純に食費について考慮するのを忘れていただけなのだろう。彼らがわりと考え無しなのは禁書目録の記憶消去に何の疑念も抱かなかった時点で分かっていたことだ。
(インデックス……? ペットでも預かっているのかしら)
どう考えても人名ではないその単語を聞いて、御坂は上条がペットを預かり、飼い主が餌代を払っていないのではと推察する。
「じゃあ、もう行くから」
そう言うと共に霊夢が宙に浮く。
「何だ、急いでるのか?」
「急ぎって訳じゃないけど少し野暮用がね。また何かあったら連絡してちょうだい……二人とも、ね」
「おう、じゃあな!」
「え、ええ……分かったわ」
そのまま空を飛んでこの場を後にする霊夢。それを見送りながら上条はまるで嵐のようだったな……と、思うのであった。
「……あ、しまった。博麗に魔女っ娘のこと相談するの忘れてた」
完全に失念していた。どのみち魔術絡みの話なので御坂が居るこの場では話せないとは思うが……。
「ねぇ……」
「はい?」
「前から気になってたんだけど、あんたと博麗さんってどういう関係なの?」
ふと唐突に御坂が尋ねる。そういえばあの鉄橋では問い詰めたものの結局教えてもらっていなかった。
「どういう関係って……そりゃ……」
「そりゃ?」
「……ただのクラスメイトだよ。多分」
「はぁ? 多分って、何それ」
何とも言えない微妙な返答に眉をひそめる御坂。ただのクラスメイト……にしては随分と親しげに見えた。同性ならともかく異性であそこまで親しいと色々と勘繰ってしまう。
だから何だという話ではない。このツンツン頭が誰とどういった関係であろうと御坂には無関係な話だ。無関係、なのだが……どうにも胸がざわつく。
「そうだ、御坂……だったか? お前は博麗と知り合いみたいだが、お前から見たあいつはどうなんだ?」
「え? どうって……何でまた急に?」
「いや、少し気になってな……」
一方、上条は訊き返す。彼は博麗霊夢という人物についてあまりにも知らないことが多い。クラスメイトと言っても、彼女と学友として過ごした日々の記憶はもう失われているのだから。
アウレオルス戦後、入院していた際に見舞いに来た彼女はアウレオルス=ダミーの件について自分の記憶喪失を考慮せずに誤解させる物言いをしてしまった、と謝った。
少なくとも前の上条当麻は、あの現場に居合わせても霊夢を敵視しない程度には信頼関係を築けていたらしい。けれど、あの時の彼女の姿はあまりにも冷徹で──恐ろしく感じた。
だからこそ、上条は知りたかった。霊夢が一体どのような人間なのかを──。
「そうねぇ……一言で言い表すならば掴み所の無い人よ。いつも淡々としてて、他人に冷たいのに実はそうじゃなくて、けどやっぱり冷たい……こうして言葉に出すとよく分からない人ね、あの人」
思い返すと御坂自身も霊夢の事をよく知らない。木山やテレスティーナの一件、佐天や初春、白井もなんだかんだで信頼していることから決して悪い人間ではないのだろう。
しかし、あの鉄橋での無関心な眼。そして敵対する者に向ける無慈悲さと冷酷さ。──彼女の事を好敵手と認識しておきながら実のところ何にも知らず、だからこそ誤解して敵対してしまった。
「それに自由気ままで着飾らず、自分の考えを絶対に曲げずに押し通る……そして、そんな在り方を貫けるだけの“力”を持ってる」
「ちから、か……」
「ええ。圧倒的な力。私が手も足も出ない程の……絶対的な──」
もしも自分にその力があれば、
脳裏に過るのは、あの幻想的な美しさ。
「──ってあんたが訊きたいのはそういうことじゃないわよね。えっと、そうだ、私があの人と初めて会ったのは……」
まず出会いから説明しようと、御坂が口を開いたその時であった。
「──お姉様?」
声がする。常盤台では聞き慣れ過ぎた呼び方。またかと二人は視線を向け、眼を見開く。
「あ、あんた……」
「えっ!? み、御坂二号ッ!?」
「二号ではなく妹です。と、ミサカは間髪入れずに答えました」
ゴーグルを着けた、御坂と同じ顔をした少女がそこに立っていた。
そして、御坂は思い知る。
実験は終わってなどいない。自分のやってきたことが、すべて無駄であったということを──。
やっとまともに登場したクローン