とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

57 / 77

新キャラよりも……魔理ちゃんの泣いてた過去と早苗さんの羽が気になってしょうがなかった。


多角スパイ

 

 

 上条らと別れた後、霊夢は何処へ向かう訳でもなくブラブラと歩きながら考えていた。

 

 絶対能力進化計画──あのイカれた実験を如何にして潰すべきなのかを。

 

 宇佐見の言っていた通り、御坂は先日の関連施設襲撃で本当に全てが終わったと思い込んでいる。少し考えれば学園都市上層部が関わっている実験がその程度で止まるはずがないと解るはずだが、恐らく重度の疲労や睡眠不足で神経を磨り減らし、正常な思考が出来ていないのだと思われた。

 

 それについては霊夢は都合が良かった。あのまま突っ走ればいずれ破滅していたであろうし、足手纏いとまでは言えないが、彼女の存在は枷になると思っていたから。

 

 確かに御坂は強い。第三位の超能力者という肩書きは伊達ではなく、学園都市において指折りの強者だ。

 

 しかし、それでも第一位には遠く及ばず、彼女もそれが分かっているからこそ、真っ向から挑まず施設襲撃という妨害を選んだ。

 

 つまり居たところで何が出来る訳でも無し。ならば霊夢は単独で今回の一件に臨みたかった。宇佐見に関してはあくまで情報提供者に過ぎない。

 

「けれど……どうしたものかしら。アクセラをボコったところで、実験が止まる訳ではないでしょうし」

 

 一方通行と戦う。それは考え得る限り最悪の事態であるが、同時に最も手っ取り早い手段でもあった。

 

 勝つ自信も勿論ある。が、たとえ一方通行を倒したところで上層部は構わず実験を強行するかもしれない。何せ絶対能力者を生み出すというのは、学園都市にとっては何よりも優先すべき悲願そのものなのだから。

 

 四肢を折ったところで、クローンなど彼は指一本も使わずに葬るだろう。ならば再起不能にまで追い込むか、それとも抹殺──は、流石にそこまでするのは憚られた。

 

 白井への義理として今回動いた霊夢であるが、かといって一方通行とも知らぬ仲ではなく、少なくとも嫌いな人間ではなかった。

 

「──本当に、面倒臭い」

 

 何故よりにもよって一方通行なのか。何故よりにもよって御坂美琴のクローンなのか。知らぬところで勝手にやってくれていれば良いのに、それが運命の巡り合わせで何も知らず、ただ御坂を心配した白井に頼まれたことで霊夢が関わる羽目になった。

 

 見て見ぬフリは出来ぬ。クローンとはいえ人の命が使い潰されている。ならばどちらにせよ、動くしかあるまい。そのような己の性分にうんざりしながら霊夢は溜め息を吐く。

 

「ねぇ……あんたはどう思う?」

 

 薄暗い路地裏。その更に奥の闇の中へと霊夢は唐突に問い掛ける。

 

「──元春」

 

「……いつから気付いていた?」

 

「それはどっち? コソコソと付け回していたことか、それともあんたが魔術師だってこと?」

 

「………………」

 

 姿を現したのは、髪を金髪に染め、地肌に直接アロハシャツを着用したサングラスの男。

 

 ──土御門元春。

 

 霊夢と上条のクラスメイトであるが、その顔に普段のおちゃらけた軽薄そうな雰囲気は微塵も感じられない。

 

「……両方だ」

 

「前者については最初から。後者についてはちょくちょく探るような眼をしてたから何となく。それに土御門って安倍晴明の血統でしょ? もしかしたらな~とは思ってたわ」 

 

 あっけらかんと言う霊夢に土御門は渋い顔をする。彼としては気取らせるような素振りは一切見せてないつもりだったのだが、多角スパイと呼ばれる程にまで培ってきた演技力も、目の前の少女の目を誤魔化すには至らなかったようだ。

 

「……参ったにゃー。博麗っち相手だと必死で演じていたのが馬鹿馬鹿しくなるぜい」

 

「あ、口調戻った。そっちのふざけた喋り方の方が好きよ、私は」

 

「そりゃどうも。なら、俺がイギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)所属ってのも知られちまってたり?」

 

「え? それは初耳だけど……ああ、成程。火織が言っていた現地の協力者って、あんたのことだったの」

 

「そういうことですたい」

 

 物々しい雰囲気から一転。いつものふざけた口調で土御門は自らの正体を明かす。

 

 これに霊夢は別段驚くことも気にすることもなく、逆に納得する。魔術絡みだとして今日まで接触して来なかったのは必要悪の教会経由で情報を入手していたからだろう。

 

「ねーち……神裂火織との戦闘、禁書目録の“首輪”の解除、三沢塾での錬金術師事件……どいつもこいつも聞いた時は肝を冷やしたぜい。特に神裂と博麗っちがおっ始めるなんて、想定すらしていなかったからにゃー」

 

「あっそ。で、今頃になってわざわざ接触してきた理由は何?」

 

 また魔術絡みの案件でも持ち込んできたのかと、霊夢は面倒臭そうに顔をしかめながら問う。そんな思考を読み取ったのか土御門は肩を竦め、首を横に振った。

 

「今回は魔術サイドではなく、科学サイドの人間として博麗っちに接触を図ったんだにゃー」

 

「ふうん……そっちにも内通しているんだ。ま、能力開発ってのを受けてるのだから当然か」

 

 そういう人間が居るとは予想していた。というか、居ない方が不自然である。

 

「──今すぐに絶対能力進化計画から手を引け。さもないと統括理事会、いやこの街全てを敵に回すことになるぞ」

 

「……あん?」

 

 再び口調に遊びが無くなる。語気を強めて言い放たれたその内容に霊夢は眉をひそめ、そして脅しとしてはあまりにも無意味なそれを鼻で笑う。

 

「は。何を言い出すかと思えば……」

 

「それに、イギリス清教としてもお前と第一位が衝突するのは避けたい案件だ。何せ奴が相手ならば十中八九魔術を使用するだろう?」

 

「そりゃあね。私はあんたらと違って秘密主義でも何でもないし、必要ならば好きに使うわよ」

 

 これまでは面倒事を避ける為になるべく魔術の類いは使わないようにしていたが、相手が一方通行であれば話は別。ある程度は本気を出さないと勝負にすらならない。

 

「それにより科学と魔術の摩擦が起こってしまい、最悪戦争に発展するかもしれない。ならばこれを回避しようとするのは当然の帰結。お前だって、そんな事態になるのは望んでいないはずだ」

 

「あー、成程。一理あるけど……知ったことじゃあないわね」

 

 ばっさりと霊夢はその主張を切り捨てる。ピクリ、と土御門の片眉が動く。

 

「私が気を遣ってやる道理がどこにあんのよ。そこら辺はあんたらがどうにかしなさい。得意なんでしょ? そういう根回し」

 

「……だからこうして根回ししている訳なんだが」

 

「あら、じゃあ不得意だったのねごめんなさい。本気で私を止めたいのなら力ずくしか無い訳だけど、今から殺り合う?」

 

「………………」

 

 相変わらずの傍若無人っぷり。冗談めかした言い方であるが、彼女がその気になれば土御門はあっという間にボロ雑巾にされるだろう。

 

 それは能力開発を受ける前。陰陽博士として最高位であった頃だとしても変わりはしない。自分達が念入りな下準備を行って漸く実現可能な大魔術をたった一枚の札のみで行使し、あまつさえそれを連発する程の膨大な魔力量を有する怪物。

 

 以前に土御門はそれを目撃したが、己が操る術と同じとは到底思えなかった。実際、パッと見ただけでも陰陽術だけではなく、卜部の業や東洋の巫術(シャーマニズム)が織り混ぜられた闇鍋状態であり、もはや独自の体系と言っても過言ではない。

 

 彼女の前では土御門を含めた現存する全ての陰陽師が等しく塵芥。全盛の平安にすらあのような馬鹿げた陰陽師が居るかと言われれば怪しいだろう。そもそも陰陽師とは遠く離れた見えない所からコソコソ式神を打ち、自身の周りに陣を張って姿を隠す。平安にて陰陽が恐れられたのはその力の強さではなく、卑劣で陰湿な“禁忌(うらぎり)”である。

 

 対する霊夢の扱うそれは圧倒的で純粋なる暴力そのもの。ただただ相手を真っ向から叩き潰すのに特化した術だった。土御門が自負する陰陽道からしてみれば邪道であったが、同時に陰陽博士たる己を唸らせる程の精度と緻密さを兼ね備えた術式の数々……そこには幾重もの改良や創意工夫を垣間見ることが出来た。

 

 そうまでして()()戦うつもりなのか。それについて土御門は()()()()をし、しかし馬鹿馬鹿しいと思い、考えないようにした。

 

 かつて、平安の陰陽師の一部はかの安倍晴明を筆頭に、その陰湿さに似合わぬ強大な力を有していた。それは人間相手ではなく、より恐ろしい伝説上の怪異に対抗する為であったという。

 

 結論から言えば、そんなもの()()()()()()()訳だが、彼女の扱う術は正しく卑怯さも狡猾さも全く通じないような理外のナニカを倒す為に編み出されたかのような──。

 

「あ、因みにあったりする? アクセラと戦わずして実験を止める方法って」

 

 一方、そんな土御門の心境など知るはずもない霊夢は思い付いたように尋ねる。

 

「……俺が教えるとでも?」

 

「あんたの危惧する摩擦とやらを防げる穏便な提案をしたつもりなんだけど? 私としてもあいつとガチンコ勝負するのは普通に嫌なのよ」

 

 実に傲慢な物言いであるが、どうやら彼女は譲歩してやっているつもりらしい。

 

 確かに統括理事長の意向に叛くことになるもののそれで霊夢が満足し、最小限の被害になるのであればそちらの方が良いだろう。

 

 実のところ彼女をこれ以上説得出来る気はしなかった。仮に上条や吹寄などの学友、友人の佐天を人質に脅せばそれこそ博麗霊夢という聖人クラスの化け物が学園都市で暴れ回る事態に陥ってしまう。

 

「……樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)、というのに聞き覚えは?」

 

「いえ、無いわね」

 

「別名超高度並列演算処理器(アブソリュート=シミュレータ)。学園都市が誇る世界最高のスーパーコンピュータで、表向きは完全な天気予報を行うために作られた代物になってるが、主目的は学園都市における様々な研究の予測演算だ。例の実験にも当然使われている」

 

「ふうん……ハイテクねぇ」

 

 で、そのなんか凄いらしいコンピュータがどうかしたのかと霊夢は続きを促す。

 

「つまり実験はそのスパコンに依存している。そいつをハッキングするか破壊すれば……計画自体が破綻するかもしれない」

 

「へぇ……成程ね。で、そいつはどこに?」

 

 そう尋ねれば、土御門は上を指差す。

 

「その性能故、様々な組織に狙われているからな。安全確保のため人工衛星“おりひめ1号”に搭載されている。つまり宇宙にあるということだ」

 

「宇宙ぅ~? そりゃまた面倒なことで……」

 

 然れど、不可能ではない。以前に成層圏到達ギリギリまで飛んだことがあるが、そこからは息が苦しくて断念した。きちんとした対策をした上で臨めばもっと高く飛べるだろうし、場所さえ分かっていれば広範囲に弾幕を張って撃ち落とせるかもしれない。

 

「──それに、この案には重大な問題がある。肝心の“おりひめ1号”がつい先日から行方不明なんだ」

 

「……あ?」

 

 そこで土御門が思わぬことを口にする。

 

「丁度お前達が自動書記(ヨハネのペン)と戦闘をしている時間帯だ。突然おりひめ1号の反応がロストし、樹形図の設計者も行方知れずになったらしい。他国や外部組織に盗まれたんじゃないかって裏では大騒ぎになっている」

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)で破壊されたのではとも考えたが、ならば残骸が残っているはずであるし、そもそもおりひめ1号と自動書記の居た座標が食い違っており、恐らく違うと思われる。

 

「ふざけないでよ。じゃあ意味無いじゃない。そのナントカってのが無くなったって実験は普通に続いてるんだし」

 

「ああ。何が言いたいかって言うと、そんな俺が思い付く限り唯一残された手段も失われたってことだ」

 

「……あっそ。期待して損した」

 

 呆れた様子の霊夢。どうやら一方通行を戦うことはほぼ確定のようだ。

 

「ただ希望が無い訳ではない。言ったろう? あの計画は樹形図の設計者に依存しており、内容も予測された演算結果に基づいている。実験が尚も続いているのは記録が残っているのを参考にしているだけに過ぎない」

 

「……成程ね。つまり人力では修正出来ない程の想定外の事態に陥れば、続けるのが困難になるってこと」

 

 それは良いことを聞いた。一方通行を倒したところで実験が続行する懸念があったが、そうとなればただイレギュラーな行為で引っ掻き回すだけで実験が中止される可能性も出てきたという訳だ。

 

「有益な情報ありがと。元春」

 

「礼には及ばん。俺としては、最悪な展開に至らないという確証が無いからやめてもらいたいんだが……何故そうまでしてあの実験に拘る? 知ったところでクローンの虐殺など、お前には何ら関係の無い事象だというのに」

 

 クラスメイトという身近な立場から博麗霊夢という人間を監視・分析してきたが、一向にその思考や行動を読み取れないでいた。

 

 矛盾しているのだ。面倒事を嫌うくせに、面倒事に関わることを躊躇わない。他人に無関心なくせに、他人を助けようとする。

 

 では上条当麻のようにヒーロー気質なのかと言われれば、それもまた違う。彼女の中には基準となる善悪や賢愚の他に、ある種の()()()があるように感じられた。

 

「確かにそうね……けれど、いつも小うるさい後輩が珍しく頭下げてきたんですもの。請け負ってやるのが人情ってモンじゃない?」

 

 実際、白井が頼み込まなければたとえ一方通行が御坂のクローンを虐殺しているなどと聞いても動こうとは思わなかっただろう。

 

 二万の命を虐殺すると聞けば胸糞悪い話である。だが、そのクローンというのは謂わばただ殺される為に生み出された存在。宇佐見曰くクローンを人間として扱うかはそもそも製造が違法なため議論が必要らしいが、霊夢は人権など興味は無く、ただ生物学上、そして個人の在り方として人間かどうかというのを重要視する。

 

 霊夢はまだ死体以外の妹達と言葉を交わしたことは無く、その辺はまだ判断しかねた。然りとて、数え切れない程の置き去り(チャイルドエラー)や何も知らぬ子供の人生を踏みにじり、消耗品の如く犠牲にしてきた他のおぞましい実験よりはずっとマシに思えた。

 

 故にこそ、一方通行自身が承知の上でやっているのなら自分の知らぬところでどうぞご勝手にと、霊夢は手を引いていたに違いない。

 

 そうはならなかったのは、上述したように白井の頼みを達成するには御坂の実験を止めるという目的に協力する必要があるから。

 

 つまり単に巡り合わせが良かっただけ。

 

「………………」

 

 これに対して土御門は言葉が出ない。動機というにはあまりにも小さく、単純。しかし、そこに嘘は無く、本気でそう言っているのだと理解出来る。

 

 たったそれだけの理由で、学園都市を敵に回せるというのか。彼女にとってそれは面倒であるものの後輩に頼まれたのであれば渋々やってやろうかと思えてしまう程度の、些末事なのだろう。

 

 己が納得出来るだけの確かな理由さえあれば、博麗霊夢という人間は微塵の躊躇も無くやってのける。何よりも厄介なのが、それを成せるだけの力を有していること。だからこそ、まるで天災の如き危険人物なのだ。

 

「あ、そうだ元春」

 

 唐突に霊夢が名を呼ぶ。

 

「……何だ」

 

「インデックスの食費とか生活費諸々、しっかり当麻に送っときなさいよ」

 

「……ああ、分かった」

 

 むしろ送っていなかったのか……と土御門は脳筋思考な同僚二人に呆れながらも頷く。

 

「それじゃ、そういう訳だから。あんたには悪いけど、私は勝手にやらせてもらうわよ。隠蔽と後始末はよろしくー」

 

 軽く手を振りながらそう言い、霊夢は背を向けて歩き出す。“背中刺す刃(Fallere825)”を魔法名に掲げる者に対してあまりにも不用心であるが、彼女においては例外であり、そこに微塵の隙も存在しない。

 

 これに土御門は思わず溜め息を吐いてしまう。何を言おうと、きっとこの女は止まらないのだろうなと。

 

「頼むから、出来る限り穏便に済ましてくれよ? さもないと、俺は刺し違えてでもお前を止めなくちゃならない」

 

 その言葉に対する返答は無く、霊夢は姿を消す。残された土御門は未だに険しい表情を浮かべていた。

 

 リスクも承知の上で接触した訳だが、多少はマシなルートに誘導出来たのだろうか。統括理事長は“博麗霊夢を絶対に関わらせるな”と命令を出したが、イギリス清教としてはそれを強行して霊夢と敵対してしまえば本末転倒。

 

 故にこそ、土御門は安牌を取った。事を荒立てぬよう根回しするのは骨が折れるだろうが……。

 

「しかし……俺が止めなくとも、“アレイスター”の奴がどう動くかな」

 

 その呟きは、闇の中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

(意外と話が分かる奴で良かったわ。これで拗れて、ぶっ飛ばしてはい終わりで済むような相手ではないし……)

 

 力こそこちらが上であるが、全く油断ならぬ相手。そんな印象を抱かせた土御門。しかし、彼は実に有益な情報をもたらした。

 

 ならば話は早い。実験に介入し、何もかも滅茶苦茶にすれば良いだけのこと。思い立ったが吉日とばかりに霊夢は動き始める。

 

(まずはどこで実験が行われるかだけど……菫子の奴に訊けば良いか。さっさと片を付けましょう)

 

 この前装備を補充しておいて良かった。あの辻斬りと亡霊との戦闘でかなり消耗してしまったが、まだまだ余裕があり、一方通行と闘うには充分な量である。

 

 早くて今夜中に終わらせる、と霊夢は息巻く。あまりゆっくりしていればその間にもクローンは殺されるし、御坂が実験が終わっていないことに気付くかもしれないのだから。

 

 一先ずは今日行われる実験のスケジュールを特定させようと、霊夢は宇佐見に連絡する為に携帯を取り出す。

 

「……それは困る」

 

「!!」

 

 その時だった。

 

 背後から、声がする。くぐもった、とてもではないが言語とは認識出来ぬはずの、そもそも生物の鳴き声であるとも理解不能な雑音。

 

 然れど、それは確かに、意味ある言葉として脳に直接訴えかけられるように、無理矢理理解させられた──。

 

(ッ、何なの、こいつ──)

 

 霊夢は振り返る、と共に全力で飛び退く。いつの間にか、一切気取られること無く真後ろに立っていたナニカから、少しでも距離を取る為に。

 

 見ずとも分かる、気付かぬ訳がないはずの、しかしその瞬間まで悟ることの出来なかった圧倒的な存在感。寒気がする程の得体の知れぬ雰囲気。己が誇る研ぎ澄まされた第六感が全力で警告する。

 

 ──こいつはヤバい、と。

 

 そして、この異様なまでの危機感は二度目。脳裏に過るのは、隻眼の少女の姿だった。

 

「────」

 

 即座に結界を展開。完璧なまでの防御姿勢を取り、いつでも迎撃可能なように相手の一挙手一投足を見逃さない。

 

 そうして視界に捉えた()()の姿に、眼を大きく見開いた。

 

「……*γд#イ゛dπ……」

 

()()が動くことはなかった。

 

()()が何かすることはなかった。

 

 ただ()()はたった一言。電池切れ寸前の壊れかけの玩具のように、電波の悪い古いラジオから発せられる音声のように、理解不能な、意味があるのかさえも怪しい途切れ途切れの声をソッと発した。

 

 しかし、それに対する霊夢の反応は無。迎撃することも、声をかけることも、疑問に思うことすらなく。

 

 その一言を最後に、空間は静寂に包まれる。

 

「………………」

 

 かつん、かつん、と靴が鳴る音が響く。それはだんだんと遠ざかっていく。

 

 初めから、何事も無かったかのように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。