とある幻想の夢想天生 作:大嶽丸
餅は餅屋に。
自らの記憶に違和感を覚え、己が身に何か起きたかもしれないと思い、加えて自身の手では解決出来るようなことではないと理解し、ならばその手の専門家に頼るべきだと判断した。
心当たりのある人物は一人しか居ない。そういう訳で彼女は常盤台中学を訪れていた。
「ハァ……アポ無しで凸られても困るんですけどぉ?」
そして、招かれたのはとある一角。常盤台に存在する一大派閥の一つが占領する区画だった。
その派閥のトップ、超能力者第五位の食蜂操祈は連絡も無しにいきなり学びの園へ足を踏み込んだ霊夢を見据え、溜め息を溢す。
教師から紅白の巫女が自分に用があると言っていると報告された際には飲んでいた紅茶を危うく噴き出しかけた。
「悪いわね、急ぎの用だったの」
対する霊夢はそう言いながら全く悪びれておらず、湯呑みに入った緑茶を啜る。因みに当初は紅茶が差し出されたが、普通に拒否して緑茶を要求した。流石にティーカップに緑茶はあれだと思い、配下の縦ロールの少女が慌てて茶道部から湯呑みを取り寄せた。
とてもではないが、急いでいる様子は見受けられない平常運転っぷり。こちらは盛夏祭で上条の記憶喪失について告げられた際の一件が未だに尾を引いてどんな顔をして会えば良いのやらと悩んでいたというのに……。
「うん、流石はオジョウサマ。良い茶葉を使ってるじゃない。あなたもなかなか結構なお点前で」
「あ、ありがとうございます……」
「……それで、何の用かしらぁ? まさかまた上条さんの身に何かあったとかいう笑えない話じゃあないでしょうねぇ?」
茶を淹れた縦ロールを誉める霊夢に自分も暇ではないのだとさっさと本題へ行くよう促す。
嫌味ったらしく言うも、内心ドキリとしていた。何せ最初は近場の喫茶店に移動しようとしていたのだが、その際にあまり聴かれたくない話だと言われ、この場所に移したのだ。
食蜂の能力を使用すれば充分に秘匿出来るが、それでも用心を重ねたのだろう。つまりそれだけの話題であり、況してや相手が博麗霊夢なのだから多少なりとも緊張する。
「私、洗脳されてるかもしれないわ」
「ぶっ!?」
そして、世間話でもするかのような声質で発せられたその一言に、今度こそ紅茶を噴き出してしまう。
「ごほっごほっ……は、はぁっ!?」
噎せながら目を剥く食蜂。聞き間違いかと思うも、その理由ならば彼女が自分の元へ訪れた理由にも合点が行く。
「ここ最近の記憶がどうにも曖昧なの。妙な感覚があるし、頭の中を弄られてるかも」
「い、弄られてるって……あなたが? 確かなの?」
「確証は無い。本当に何となく、よ」
平然とそう言う霊夢だが、食蜂は縦ロールが慌てて取り出したハンカチを受け取って口元を拭いながら、信じられないといった様子で彼女を見る。
まさか自分のことを疑っているのか? 否、それならばもっときつい物言いをするし、疑った時点で問答無用で叩きのめそうとしてくるだろう。
「何となくって……」
「あんたから見て何か分かることはない? こういう系の能力のトップなんでしょ?」
「そう言われても……流石の私でも見ただけで分かるようなものではないわよ? それに、私の洗脳力でも抵抗してみせるあなたを洗脳しちゃう手合いが居るなんて、普通に信じられないんだけどぉ?」
一度、食蜂は霊夢に能力を使用したことがある。その際に起きた惨事は思い出したくもないが、能力自体は確かに効果はあった。
しかし、彼女はすぐに自身が
電磁バリアで干渉を防いでいる御坂やそもそも効かない上条とは違い、なまじ効いているのだから化け物染みているように感じられた。実は人間ではなく、霊長類によく似た別の生命体と言われた方がまだ納得出来る。
以上の事から、そんな規格外な精神耐性を誇る霊夢を洗脳、しかも確証が無いと言わしめるまでの精度で干渉するということはつまり学園都市において最高峰の精神操作系能力者である己を遥かに上回る能力だということである。
疑わしく思うのも当然だった。
「……言っておくけど、私は弱い方よ。そういうの」
すると霊夢はまた信じられぬ事を口にした。
「巫女ってのは本来、自らの身に神霊や精霊を宿す……所謂トランス状態になって神託を下したり祭事を行ったりするの。故にこそ、その身は良くも悪くも
「そんなスピリチュアルなこと言われても困るわぁ……」
完全に科学側の人間である食蜂からすれば霊夢の語る巫女の特性とやらなど何の根拠にもならない妄言だ。
しかし、薄々は理解している。霊夢の扱う力には己にとって常識となっている科学では説明が付かない何かがあることは。
「そうね……見て分からないのなら、直接頭の中に入ってみるのはどう?」
「え?」
霊夢の提案に食蜂は目を丸くする。つまりそれは霊夢に心理掌握を使用してみろということ。
「い、良いの?」
心理掌握で調べるということは己が生まれてから今に至るまでの記憶を、脳内にある全てを隈無く見られ、知られてしまう。
普通の人間ならば忌避することであり、それは博麗霊夢もまた例外ではないはず。
「ええ。背に腹は代えられないわ」
しかし、それを理解した上で霊夢は提案した。自らが感じる違和感の正体が分かるのであれば、それくらいは些事であると言わんばかりに。
「うーん……確かに何も分からない以上、それが唯一の打開案なんだけど……」
正直不安しかない。それで痛い目を見たことはある食蜂はそのトラウマから合意の上とはいえ霊夢に能力を使うことを躊躇していた。
「安心なさい。私も何度か受けて慣れてると思うし、問答無用で襲い掛かったりなんてしないわよ。今回は私自身が受け入れているし」
「慣れるとかそういう次元でどうにかなる私の洗脳力じゃないはずなんだけど……まあ、分かったわ。干渉する内容とか強度とかなるべく影響が少ないようにチャンネルを設定すれば、どうにかなるとは思うし、そこは私の手腕力が試されるわね」
しかし、不服ながらも頷く。本当に洗脳されているのかとか、疑わしい要素は多々あるものの他ならぬ霊夢の頼みなのだ。かつて彼女に命を救われ、未だにその恩を返せていない食蜂に拒否する権限など存在しなかった。
「……帆風、いつでも対処できるよう構えておきなさい」
「か、かしこまりました。女王」
縦ロール……帆風潤子にそう命じる。
「じゃあ、早速お願いするわ」
「え、ええ……行くわよ」
ゆっくりとリモコンを向ける。ボタンを押した次の瞬間に襲い掛かってくるかもしれない。
二人に緊張が走った。
「えいっ☆」
そして、ボタンを押す。
「────」
霊夢が硬直する。命令は自分の干渉に抵抗するなという非常に単純で出来る限り霊夢の意に反しないもの。やはり能力は問題無く作用し、食蜂は急いでその脳内を覗く。
(よし、とりあえず最近の記憶を遡りましょうか……──何ですって?)
ものの数秒。即座に霊夢の数日間の記憶を読み取り、その情報に目を見開いた。
昨日の情報は問題無し。けれど、それ以前から異常が起きた。
怖気が走る。それは過去の霊夢や上条が経験した記憶破壊とも違う、未知なるナニカ。
(博麗さんの言う通り……というか、普通は自己矛盾で廃人になっていてもおかしくない。こんな状態で確証が無いレベルの違和感で済むなんて、それ自体が異常が過ぎる。どういう理屈してるのよ……!)
認める他無い。霊夢は間違いなく何かしらの干渉を受けており、それは食蜂が誇る心理掌握を凌駕する代物。
そして、恐らくは塗り潰されている部分こそが下手人が隠匿したかったことだろう。
(……これ以上は調べても無駄そうね。成果は得たし、能力を解除して──は?)
その時だった。
塗り潰されていた記憶が、存在しなかったはずのそれが徐々に浮かび上がって行く。
突然の事態に戸惑う食蜂。そんな彼女を他所に真っ暗な闇にフラッシュが照射されるように、みるみる内に記憶は甦り、場面は薄暗い路地裏へと変わった。
そこには、一人の女性が佇んでいた。
「……
呟かれたその言葉が誰に向けられているかは言うまでもない。言葉の意味こそ真逆であるが、食蜂は彼女こそが霊夢の記憶を奪った下手人であると理解した。
しかし、何故急に記憶が──。
「ハッ──!?」
そして、現実へと引き戻される。目の前では霊夢が額に手を当て、踞っていた。
「ちょっ……博麗さんっ!?」
「──平気よ」
慌てて駆け寄る食蜂に対し、すぐに霊夢は立ち上がる。顔をしかめているが、落ち着いている様子だった。
「……ありがとう。操祈」
「へ?」
「お蔭で思い出すことが出来たわ」
「あ、いや……私のお蔭、なのかしら……?」
礼を告げられても食蜂は当惑するしかない。自分は単に記憶を読み取っただけに過ぎず、霊夢の記憶が甦ったことに関しては何もしていないのだから。
「ええ。あんたのお蔭よ」
実のところ食蜂の心理掌握では霊夢に施された
原理としてはこうである。心理掌握から干渉を受けた彼女は無意識にその影響下から逃れようと能力を使用した。テレスティーナの一件でのことは決して一時的なものではなく、取り戻した力は容易くその領域まで到達して精神も肉体も
(ああ最悪。まんまとしてやられたわ。あの女、何者なのよ……)
この事実に霊夢は悪態を吐く。干渉をはね除け、記憶を取り戻せたのはあくまでも偶発的なもの。たまたま本能で能力が発動したに過ぎず、場合によっては今も記憶を失ったまま……否、その可能性の方が高かっただろう。
思い出せた実験を潰すという目的。既に二日も時間をロスしており、あの女の狙いが単に足止めならばそれは充分に成功したと言える。
「──もしもし菫子?」
己が失態を恥じ、霊夢は即座に行動する。この間にも一方通行は実験と称してクローンを殺し続けているのだろう。これ以上無駄な犠牲を出させる訳には行かない。
それに、御坂の事も気になった。二日もあれば流石の彼女も実験が終わってなどいないことに気付いていることだろう。研究所襲撃が無意味だと知った彼女が何を仕出かすか分かったものではなく、自らの身を滅ぼす選択を取る可能性も充分にある。
それはあまりにも笑えない展開だ。故に、霊夢は今夜中に終わらせると決めた。
──しかし、彼女は知らない。
あの日、公園で上条と御坂と別れた後のこと、それから今日に至るまで起きた出来事を。
事態は既に、予期せぬものとなっているのだ。
昔、ある事件が起きた。
その事件の主犯は強盗や殺人などの凶悪犯ではない。たった一人の、二桁にも満たぬ子供だった。
しかし、その事件の鎮圧のために兵隊、戦車、戦闘機、ありとあらゆる武力が総動員された。
理由は至ってシンプル。その子供に対抗するために、軍隊が必要最低限だったからに他ならない。
戦後続く平和国家。武力ではなく防衛力と位置付けられているはずの形ばかりの軍隊。国民を守るための武力が一人の子供に向けられる。その光景は果たしてどれだけ異様であっただろうか。にも拘わらずその場に居た人間は一様に自分達の行いを正当化するし、それで世間を納得させるだけの危険性が、恐ろしさがあの子供にはあった。
更に救われぬのは、その子供には何の悪意も無く、起きた事件は事故に過ぎなかったということだ。
あれから何年経ったか。事件のことを覚えている者はもう殆ど居ない。
──けれど、子供は、彼は、はっきりと覚えていた。
あの怒声も、悲鳴も、怯える顔も、キャタピラの駆動音も、鳴り響く銃声も、向けられる殺意も、何もかもつい昨日の事のように思い出せる。
故に、彼は人から遠ざかった。接触するのを、関与するのを酷く恐れた。
何故ならあの時あの瞬間、思い知ってしまったのだから。他ならぬ己自身が証明してしまったのだから。
この力は、万能でも無敵でもなく、況してや絶対でもない。
ただ周りを傷付け、挙げ句に世界を壊してしまう、壊してしまうだけの力なのだと。
「笑える話だよなァ……本っ当に」
そして、今も彼は誰かを傷付け、壊そうとしている。今度は故意に、確かな悪意を持ち、殺意を以て一万もの命を虫けらのように奪っていた。
誰も傷付けぬ為に。その矛盾の極みを行く有り様に自分自身でも笑ってしまう。
実際のところ、笑い話にもならない。
「なァ……オマエら全員繋がってンだろ? 前回ネタばらししてやったンだから、ちったァ楽しませろよなァ」
目の前で転がるクローン少女に、
先日、体内の血液を逆流させて惨殺した際にベクトル操作について長々とご高説を垂れてやったというのに、相も変わらず彼女らは己の反射を破るに至らず、こうして地べたを這いつくばっていた。
今回もまた、初撃で勝負は付いた。いくら能力の理屈が解ったとて、そう容易く破られるようではこの学園都市の頂点には立っていないのだから、この結末は必然である。
しかし、既に実験は折り返し地点。にも拘わらずこの体たらくでは、もたらされる結果にも不安が生じるのは必然と言えよう。
とはいえ、今更引き返すことも投げ出すことも出来るはずもなく、だからこそ一方通行はうんざりした様子で人の形をした肉袋を冷たく見下ろす。
「ッ………………」
対する妹達はこれに何も答えず、苦痛に表情を歪めながらも実験を続行しようとする。
「チッ……」
その様を一方通行は心底軽蔑し、憐れむ。
殺される為だけに生み出された存在。それしか知らず、その狂った科学者共が定めた存在理由を信じて疑わず、自ら死に行く愚者。
ただの人形だと、連中は言った。
全く以てその通りだと思う。こんなモノ、そこらの
『これは、ミサカの物です、とミサカは所有権を主張します』
そう断じた瞬間、いつぞやの実験で磨り潰した人形の言葉を思い出す。オリジナルが突撃してきた時の実験だったからよく覚えている。
あれは演技だったのだろうか。だとして、以降の個体が似た行動を取らぬようなそのような作戦が一方通行には無意味だと判断したからか、それともあの個体が特別で、そして本当に──。
(くだらねェ……)
思い至った思考を即座に切り捨てる。
(あれはただの人形、人間じゃない。だから殺してオーケー……そう勝手に定めて、正当化してンのは他ならぬ俺だろうがよォ)
仮にあの時見た妹達の表情が本物だったとしてどうなる。ただどうしようもない屑が、もっとどうしようもない屑にグレードアップするだけだ。
否、この場合はダウンが適切か。あの最初の実験の時から、動かなくなった肉塊を目の当たりにした時から、堕ちるところまで堕ちる覚悟は決めた。
或いはそれは、己は所詮はそんな人間であるという、諦観だったのかもしれない。
「おい……」
「──あン?」
その声に、足を止める。
自分と目の前の人形以外には誰も居ないはずのこの場で聴こえるはずのない男の声に振り向けば、そこには確かに何者かが立っていた。
「……は。この場合、実験ってのはどうなるンだァ?」
そこに居るのは一人の少年。まさか一般人が紛れ込んだとでも言うのか。己を睨む少年を前に一方通行は目を見開き、そしてすぐに面白可笑しそうに笑って妹達に尋ねる。
「何を、やって……?」
彼女もまた、酷く驚いている様子だった。もしかすると顔見知りなのかもしれない。
「ったく……間抜けにも程がある」
実験中は周囲一帯が封鎖されているはず。それに警備も少なからず居ると思うのだが、オリジナルの時といいあまりにもガバガバ過ぎると一方通行は呆れる。
同時に彼はこの予想外の状況にどうするべきか悩んでいた。ここは立ち入り禁止なので回れ右してくださいと親切に告げるのは柄ではないし、かといって無視して妹達をバラしてスプラッターな光景を作る訳にも行かないだろう。
そう考えるとなかなか面倒な事態であり、困惑してばかりで返事をしない妹達にイラつく。
「……離れろよ」
が、その思考もぼそりと、しかしはっきりと告げられたその言葉に停止する。
「あァ……?」
聞き間違いかと、一方通行は眉をひそめ、すぐにそれは怒声で否定された。
「とっとと御坂妹から離れろって言ってんだ! 聞こえてねぇのか三下……ッ!」
この時、彼は信じられないものを見た。
思ってもみなかったのだ。あんな人形を大真面目に救おうとし、あまつさえ自分に挑んでくる人間が存在しているなど──。
「へェ……何者だ、オマエ」
自然と口角が吊り上がる。目の前に居るのは何も知らない一般人という訳ではなかった。
実験を妨げる為に現れた闖入者。こちらへ敵意を向ける、まごうことなき“敵”であり、超電磁砲の乱入以来の変化の到来に一方通行は愉しげに笑い、喜んで売られた喧嘩を買う。
かくして、ヒーローは駆け付けた。
白黒「見られた見られた見られた」
みこっちゃん「死ぬかもしれないのに頼れる訳ない……」
宇佐見&土御門「ソッとしておこ……」
上条さん「魔術師絡みじゃないし相談し辛い。というかいくら博麗でも巻き込む訳には……」←前条なら普通に相談してた
結果、二日間何も知らずに過ごしてしまい、食蜂に会いに行くという選択が遅れる。