とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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第一位

 

 

 上条当麻は憤っていた。

 

 あの日、偶然目撃した血塗れの死体。姉とは違って無感情で独特な喋り方をする変な妹……まるで全身から血が噴き出したような惨たらしいその姿は、今でもはっきりと思い出せる。

 

御坂美琴(おねえさま)の体細胞から作り出されたクローン……妹達(シスターズ)ですよ、とミサカは答えます』

 

 自分達をそう呼称した、瓜二つの容姿をした軍用ゴーグルを着けた少女達。当たり前のように、何てことのない事かのように自分達が殺される所業について“実験”と言った。

 

 こうして上条は知ったのだ。この学園都市の裏で行われている、おぞましいことを。ただ命がゴミのように奪われているだけでなく、一人の女の子が泣いていることを。

 

 だからこそ、上条はここに来た。自らを犠牲にして実験を止めようとする御坂を制止して、その際にボロボロになりながらも駆け付けた。

 

 悲劇を終わらせる為に──。

 

(やっと、一発……!)

 

 ゼェゼェと息を切らしながら上条は先程振りかぶった自身の右手を見る。

 

 一方通行は強かった。自分が予想していたよりもずっと、化け物のような存在だった。

 

 鉄骨を弾丸のような速度で飛ばし、コンテナをダンボールのように潰す。粉塵爆発まで起こしてきて、何度も死にかけた。

 

 正直言うと、驕りがあった。ありとあらゆる異能を打ち消す右手。相手が能力者ならばいくらでも勝ちようはあると。だが、そのあまりにも現実離れした力を見てしまうと愚かな思い上がりだったと思い知らされる。現に今この瞬間まで触れることさえ叶わなかった。

 

 故に、これは運が良かったというだけ。しかし、それでも確かな有効打だった。

 

 勝負は、ここからだ。

 

(つ……き? 何で月なンか見てンだ……?)

 

 視界に広がる夜空。一方通行は困惑し、自分が地面に手を付いたことに気が付いた。

 

(俺が、仰向けになってるからか……? じゃあ、何で俺は地べたに寝転がってンだ?)

 

 目を動かすと、無謀にも挑んできた最弱の男が平然と立っている。

 

(!? あいつ……目の前に居たはずがいつの間に……いや、そもそも何故奴は五体満足で立っていられンだ?)

 

 存外しぶとく抗った男につい興が乗った一方通行は相手を愉快な死体にする為に血液や生体電気を逆流させてやろうと触れたはずでは──。

 

(痛ェ……痛て……ェ?)

 

 ここで漸く一方通行は異変に気付く。

 

(は? 痛てェ? 痛み……だとッ!?)

 

 頬に走る激痛。困惑しながら自分の顔に手を添えると、血がべっとりと付いた。

 

「なっ……なンだコリャああァッ!?」

 

 理解が及ぶと共に絶叫をあげる。

 

 信じられなかった。目の前の息が切れてゼェゼェ言ってる三下に自身が()()()()という事実が。

 

(ふ、ふざけんな!? ()()この俺が……この一方通行が……しかもあんな三下にッ!?)

 

 脳裏に過るのは、紅白の巫女。しかし、あれに殴られた時とは違い、今の感覚はまるで反射自体が機能していないように感じられた。

 

 それこそ有り得ない話だ。直感による()()()()による打撃でも己の理外の()でもないのならば──。

 

(まさか……両手に反射を集中し過ぎて全身の反射を切っちまったのかァ?)

 

 思い付く仮説。あまりにも間抜け過ぎるが、そうとしか考えられない。大体あの巫女のような化け物がそう何人も居てたまるか。

 

「面白れェ……ハハハ……イイぜ。最っ高にイイねェ。愉快に素敵にキマっちまったぞ、オマエはァ!」

 

 己の間抜けさへの苛立ちと、無能力者風情に殴られたという事実への屈辱が入り交じりながら、狂ったように嗤う。

 

 つまらない闖入者かと思ったが、存外楽しめる。今度こそ殺す為に一方通行は地面を蹴り、高速で近付いて右手を伸ばす──。

 

「あ?」

 

 しかし、血液の流れを逆流させるように設定されたはずの右手は、パシッと軽く跳ね除けられた。

 

 ──そして、握り込んだ拳が叩き込まれる。

 

「ごがァッ!?」

 

 鼻っ柱をへし折られた。めり込んだ拳が、反射が全く機能していないことを証明する。

 

 そこから上条は理解不能の事態に動揺する一方通行に隙を与えずに怒涛の勢いで拳を叩き込んでいく。

 

(ち、違う……!? 反射の“膜”を貫通してやがるッ! まぐれでもねェ……こいつはあのイカれ巫女と同じ、俺の能力を突破する手段を持ってやがったのか……!!)

 

 考えてみれば当然だ。今まで挑んできたのが考え無しの馬鹿共ばかりだったから疑問にすら思わなかった。普通はそうでなければ、一方通行に挑むなどという無謀極まりない行為をするはずがない。

 

 加えて、この男は他の連中とは違って圧倒的な力を見せ付けたにも拘わらず一歩も退かず、立ち向かってきた。その時点で警戒するべきだったのだ。

 

「ッ……い、いい加減、にィ……!」

 

 だが、この程度で──。

 

「──しやがれェ!」

 

 思いっきり踏み込む。それだけで地面はめくり上がり、周囲のものを吹っ飛ばす。

 

「おわっ──!?」

 

 咄嗟に後方へ飛び退く上条。猛攻が止んだことで一方通行はふらつきながらもポタポタと流れる鼻血を拭う。

 

「糞がッ……ボコスカ殴りやがって……!」

 

 脳震盪で意識が飛びそうになったが、何とか持ち堪えて立つ。今にも倒れそうになるのを能力を使ってどうにか補強している状態だった。

 

 耐える。こいつに弱みを見せてはいけない。

 

「……少しは痛みが分かったか?」

 

「あン……?」

 

「妹達だって精一杯生きてきたんだぞ」

 

 上条の口にした言葉に一方通行は目を見開く。

 

「全力を振り絞ってみんな必死に生きてんだ! なんだってテメェみてえなのに食い物にされなきゃなんねえんだ!」

 

 何を言っている。

 

 思わず固まってしまう。その言葉の意味が、一方通行には全く理解出来なかった。

 

(生きてる?)

 

 勝手に視線が動く。上条の背後に居る、倒れて何も出来ない、今回の実験で殺すはずだった相手の姿を。

 

 あんな、あんなものが生きているだと──。

 

「笑えない冗談だなァ……コイツらは人形だろ? 生きてなンかねェ模造品だ」

 

「! ……本気で言ってんのかコラ」

 

「ああ、一万体も殺したンだ。保証するぜ」

 

 上条は理解した。その何を当たり前のことをと言わんばかりの口調で、目の前の狂人が、大真面目にそう言っているのだと。

 

「機械みてェに何の感情も持たず、馬鹿の一つ覚えに実験だからって、それが使命だからって、存在理由だからって進ンで使い潰されにいく……そンな連中、果たして本当に生きてるって言えンのか? 少なくとも俺は思わねェ」

 

 何一つ疑っていなかった。彼は本当に妹達が何の感情も抱かない、殺される為だけに作られた人形であると認識しているということを否が応でも理解させられてしまう。

 

 拳を握り締める。

 

 怒りに染まる。許せなかった。

 

「ちげぇよ……全然ちげぇ……! 何の感情も無いだと? アイツらは人間だ、俺達と同じように生きて、同じように笑って泣く、まごうことなき人間なんだよ……!」

 

 上条は知っている。自分と会った妹達が子猫を可愛がっていたことを。猫と別れる際に名残惜しそうにしていたことを。大量の缶ジュースを運ぶのを理由も無く手伝ってくれたことを。

 

 感情が無いなど嘘だ、人形などと口が裂けても言えない。

 

 彼女達は確かに生きているのだと、確固たる信念を以て言い放つ。

 

「……そォかよ」

 

 一方通行もまた理解する。こいつにとっては妹達は人間であり、命を懸けてでも救うだけの価値があるということを。

 

 オリジナルといい、あんな人形にも居るというのか。守ってくれる奴が、救おうとしてくれる奴が。

 

 己と違って──。

 

 狂った連中に無責任に生み出された、劣化の、欠陥だらけの模造品……そんなものさえ自分がどうしようもなく欲しているモノを持っている。

 

 度し難い、全く以て度し難い。

 

「で? サンドバッグにしかならねェ肉袋を生きてると信じて疑わねェオマエは一体どうするンだ?」

 

 ならば手に入れるしかあるまい。相手が人形だろうが、正真正銘の人間だろうが、一切合切関係無く踏みにじってでも、絶対の存在になってみせる。

 

 そうすれば、きっと──。

 

「決まってんだろ。──テメェをぶっ飛ばして、そのふざけた幻想をぶち殺す!」

 

 上条が踏み込む。再び一方通行の顔面に拳を叩き込む為に。

 

「ッ──」

 

 しかし、振り抜いた一撃は空を切った。

 

「ッ!?」

 

 一方通行の姿が消えた。どういうことかと上条が目を見開くと背後から殺気を感じる。

 

 反射的に飛び退けば、細い足が杭のように突き刺さってアスファルトを砕く。

 

「なっ──」

 

 回り込まれた。全く目で追えなかったが、状況からそう判断して困惑する上条。これに構わず一方通行は更なる攻撃を繰り出す。

 

「オラァ! 死に晒せェ!」

 

 巨大な瓦礫が浮き上がり、砕かれて無数の礫となって襲い来る。

 

「ッ──」

 

 宛ら散弾銃のように広範囲のそれを、完全に回避することは出来ないと察した上条は、しかし構わず突っ込んで一方通行へと接近する。

 

 予想通り何発かが身体を掠めて出血するも、グッと痛みを堪えて殴り掛かった。

 

「アハッ」

 

 しかし、当たらない。一方通行は能力を利用した高速移動で上条の攻撃を的確に回避していく。

 

 まるで攻撃がどこから、どのタイミングで来るのかを察知しているかのように。

 

「………………!!」

 

 ──どういうことだ。

 

 相手は学園都市最強。ありとあらゆる戦いを一撃で終わらせてきた奴が、喧嘩のやり方など知っているはずがない。

 

 そう思い込んでいたが、相手は自分の見立て以上に冷静な様子だった。

 

「なァ……さっきから、なンで右手しか使わねェンだァ?」

 

 唐突に、一方通行が疑問を投げ掛ける。

 

「もしかして、反射を無効にするのはその右手だけだったりするンじゃねェのかなァ~?」

 

 寒気が走った。

 

 本能的に上条は攻撃を止め、折角手に入れた間合いを捨てて後方へと引き下がる──。

 

「ッ!?」

 

 同時に、途方もない風圧が上条を襲う。

 

「ぐあっ──!?」

 

 その風圧は上条の身体を軽々と浮かせ、ひしゃげたコンテナに叩き付ける。

 

「成程なるほどナルホドねェ! なンだ俺が調子に乗って近付かなきゃとっくの昔に勝ってたってコトかァ!」

 

 ケタケタと嗤う一方通行。既に彼は上条の能力が如何なるものか分析し、見抜いていた。

 

 恐らくは右手のみが範囲のあらゆる能力の無効化。だからこそ、副次的に起こした瓦礫や風圧までは無効化することは出来ない。

 

 そして、上条の能力はそれだけ。遠距離攻撃は持ち合わせていないのだろう。

 

「くっ……」

 

「頑丈だなァ。だが……もうテメェを近付かせるつもりはねェ。当たらなきゃ意味ねェンだろ? ソレ」

 

 そんな一方通行の状況把握能力の高さに上条は戦慄する。既に形勢は逆転し、最初の時のような蹂躙が始まろうとしていた。

 

 見通しが甘かったと、言わざるを得ない。

 

「大方反射を突破されたことへの動揺と俺の格闘経験の無さに賭けるつもりだったンだろォが……生憎とこういうのは初めてじゃあねェし、テメェごときの動きに翻弄されてたら“アイツ”には一生勝てねェンだよ、三下ァ」

 

 博麗霊夢との戦闘後、一方通行はこちらの絶対防御を突破してくるあの化け物を如何にして対処するか来る日も来る日も考えた。全てを“反射”だけで片付けてきた一方通行は初めて自分の能力を“工夫”するという思考に至った。

 

 奴の攻撃を再度演算し、反射へ適用させるのがベストだが、それにはあまりにも情報が足りず、リスクも大きい。

 

 ならばどうするか。思考の末に、そもそも当たらなければいいという結論に行き着き、何百、何千回も脳内でシュミレーションし、能力を磨くことで反射とはまた別のシステムを構築した。

 

 ただ避けるのでは駄目だ。博麗霊夢の動きを、一方通行は目で追えず、反応出来ないのだから。

 

 故に、編み出したのが“自動回避”。常時展開されている反射の“膜”を切り替え、事前に予測して設定した一方通行に害を与えるであろう運動が一定の距離まで接近した際に自身の場所をランダムに移動させる。

 

 まだまだ粗削りな部分はあるが、頑丈ではあるものの動きは霊夢と違って常人レベルの目の前の男には充分に有効だった。

 

「ンでもってェ──」

 

 そして、次に考えたのは攻撃手段。こちらの攻撃を全く意に介さずに自由に空を飛び回るあの少女を如何にして捕らえ、仕留めるか。

 

 ──この空そのものを支配すればいい。

 

「ッ!?」

 

 先程の比でない突風が巻き起こり、上条の足が再び地面から離れる。

 

 まるでトルネード。渦巻く暴風は竜巻を形成してコンテナや鉄骨、瓦礫が紙屑のように舞い、凪ぎ払われていく。

 

 風が集まるのは一方通行の頭上。それは単なる嵐ではなく、膨大なエネルギーが発生していた。

 

「ギャハハハハッ! 空気を圧縮、圧縮、圧縮ゥ! ってなァ……実際にやるのは初めての“とっておき”だが……光栄に思え、この一方通行を殴った褒美に、跡形も無く消し飛ばしてやンよォ!」

 

 一方通行は心底楽しそうに宣言する。

 

 この途方もない高揚感。弱過ぎるクローンをプチプチと潰すだけでは得られない感覚であり、やはりレベルアップというのは強敵と戦ってこそなのだと言う他無い。

 

 世界すらも滅ぼしかねない圧倒的な暴力が、たった一人の少年の命を奪うだけの為に振るわれようとしていた。

 

「──やめなさい! 一方通行!」

 

 その時だった。

 

 背後から声がする。振り向けば、クローンのオリジナル──御坂美琴がコインをこちらへ向けていた。

 

「ッ…………」

 

 圧倒的な強者を前に気丈に振る舞い、彼女は一方通行を止めようとし、その眼を見て絶句する。

 

 つまらなそうに、興が削がれたような、こちらに微塵も興味が無いと言わんばかりの表情。すぐに顔の向きを戻し、再び風を操作し始めた。

 

 御坂は理解する。今の一方通行には自分など眼中に無く、空に渦巻いている恐ろしい力を振るうことしか頭に無いのだと。

 

 当然だった。御坂の能力など一方通行に通用するはずがないのだから。

 

(そんな……一体どうすれば……このままじゃ……!)

 

 ちらり、と吹き飛ばされ、身体を鉄柱に打ち付けて倒れ伏している上条を見る。

 

 幸いにもまだ生きているが、重傷のはず。すぐに治療しなければ危険な状態かもしれない。自分を、妹を助ける為に命を懸けてくれた彼を、一刻も早く助けないと──。

 

 その時、爆発音が響く。

 

「あァ──?」

 

 一方通行が僅かに反応する。自分が操る暴風に巻き込まれて何かが誘爆したのかと思えば、少し離れた場所に何かが飛んでいることに気付く。

 

(あれは確か……“六枚羽”、だったかァ?)

 

 HsAFH-11──通称“六枚羽”。

 

 第二三学区・制空権保全管制センターより発進する、学園都市最新鋭の無人攻撃ヘリ。機体の左右に機銃やミサイルなどを搭載するための六枚の“羽”を持ち、回転翼の補助動力として二基のロケットエンジンを搭載、最大速度はマッハ2.5に達する。

 

 そんな学園都市が誇る超兵器が二機、上空を飛行していた。まさかこの区画を巻き込む規模の攻撃を仕掛けようとしている自分を危険視した連中によって差し向けられたのか。否、だとすれば出動があまりにも早過ぎる。

 

 加えて、爆発音の正体は六枚羽がその機銃やミサイルといった武装を惜しみ無く使用し、何かを攻撃している音であり、一方通行に対するものではなかった。

 

 ──そして、疑問に思っていると、次の瞬間。高速回転していたプロペラが一つ残らず爆発する。

 

「何……?」

 

 制御を失い、フラフラと墜落していく六枚羽。一機だけでも外の戦場ならば一方的に蹂躙し、制圧するであろう最新鋭の兵器が、あっという間に二機とも破壊された。

 

「なンだ……? 一体何が起きていやが──」

 

「──ったく、あんたって奴は」

 

 困惑する一方通行は、その声に今度こそ演算を止め、嵐が一時期的に収まる。

 

 思わず向けた視線の先は倒れている上条。その前に、一人の少女が片膝を突いてしゃがみ込んでいる。

 

「───ッ!?」

 

 一方通行は、驚愕する。その姿に見覚えがあったが故に。

 

「はく、れ……い……」

 

「応急処置はしたわ。しばらく寝てなさい……その間に全部終わらせておくから」

 

 そう言って少女──博麗霊夢は上条を優しく寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そして、その瞳が一方通行を見据えた。

 

「! ク、クク……なンだなンだよなンですかァ!? お次はテメェが相手ってコトかァ!?」

 

 対する一方通行は数瞬呆気に取られるも表情を一転。狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 

 このタイミングでの博麗霊夢の登場は思わぬものであったが、ある意味では待ち望んでいたものだった。

 

「……随分とテンションが高いわね、アクセラ」

 

「相変わらずスカした顔しやがってよォ! そうだなァ! 自分でも最高にキマッちまってるって解る! こンなに爽快な気分は初めてだァ! この一方通行が一度ならず二度までも地べたに這いつくばるなンて屈辱を味わわされたってのによォ!」

 

 狂気としか言い様が無い振る舞いを見せる一方通行に対して、霊夢はどこまでも冷め、淡々としていた。

 

「やっぱりこンな糞みてェな実験よりも、テメェやその三下……圧倒的な“未知”こそが! 俺を新たな段階(ステージ)へと引き上げてくれる!」

 

 歓喜。純粋な歓喜。

 

 考えてみれば当然の帰結。一方通行に足りなかったのは、経験なのだ。それは多種多様な方法で欠陥品のクローンを地道に処分することではなく、危機的状況に追い込まれること。

 

 敗北するかもしれない。前回の博麗霊夢との戦闘も、今回の上条当麻との戦闘も、一方通行にその危機感を抱かせた。

 

 その度に彼は強くなる。自分でも実感し、だからこそ喜ばしい。感謝すらしていた。

 

「──美琴、当麻を頼むわ」

 

 そんな一方通行の言葉に言葉を返すことなく、霊夢は先程から茫然としていた御坂を呼び掛ける。

 

「えっ……」

 

「あいつは私が相手する。あんたじゃ無理なのは分かってるでしょ」

 

「ッ……分かったわ」

 

 あんたじゃ無理。そんな容赦の無い言葉に反論したくなるも、自分が居たところでどうしようもないのは、まごうことなき事実なのでグッと呑み込む。

 

 たった一人で一方通行と戦おうとしている霊夢のことが心配ではあるが、今自分に出来ることは倒れている上条を保護して彼女が戦いやすい場を作ることだけだった。

 

「死なないでよ、博麗さん」

 

 そう言い、御坂は生体電気を操作して自身の身体能力を極限にまで引き上げ、上条へと近付くと肩に担ぐ。

 

(あっ……)

 

 そのまま急いでこの場から離れようとした時、近くで妹達──ミサカ10032号も倒れていることに気付いた。御坂は直ぐ様彼女の方へと向かって同じように回収する。二人も運ぶのはきつかったが、そうも言ってられない状況であろう。

 

 離れていくその後ろ姿を確認し、霊夢は改めて一方通行と対峙する。

 

「さて、と──」

 

「話は終わったかァ? なンでかと思えば……オリジナルと知り合いだったとはなァ」

 

 霊夢が現れた理由。それを彼女と御坂の会話から察し、納得する。

 

 一方通行の知る霊夢は赤の他人のクローンが何万、何億体殺されようが、自分には関係無いのだから知ったことではないはず。しかし、その大元が顔見知りでしかも止めようとしているとなれば話は別だろう。

 

 何ともまあ、巡り合わせが悪いことだ。尤も、今の一方通行にとっては好機と言う他無いが。

 

「あら、律儀に待ってくれるなんてね」

 

「雑魚共を気にして負けた、なンて言い訳されても困るからなァ……あ、あの粗大ゴミ相手にしてて疲れてる、ってのはナシだぞ? 何なら休憩タイムやろうかァ?」

 

「お気遣いどうも。準備運動にもならなかったから安心してちょうだい。ついでに言わせてもらうと、多少疲れていたとしてもあんたの相手くらいなら然して問題無いし」

 

「は。言ってくれるじゃねェか」

 

 大言壮語、などとは言わない。目の前の相手は一方通行が、己以外のすべてが脆弱な土塊にも等しい有象無象ばかりだったこの世で、初めて“強敵”と認めた存在なのだから。

 

 侮りはしない。嘲りもしない。ただただ全身全霊で叩き潰すのみ。

 

「一応訊いておくけど、今からでも止める気はない? レベル6ナンタラってのが本当は無意味だってのは薄々分かってるでしょ」

 

「あン? 興が冷めるようなこと言うンじゃねェよ。ま、テメェをぶっ殺した後なら結果次第で考えてやらンでもねェが……というか、今更引き返せるとでも思ってンのかァ?」

 

 駄目元の提案に一方通行はそう切り捨てる。ここで止めたところで彼には何も残らない。

 

 むしろマイナスだ。散々蹂躙し、嬲り、玩び、壊し、殺してきた妹達。そいつらの犠牲が本当に無駄で無意味なものになり、ただ己が手を汚したという事実のみが残ってしまう。

 

 手遅れなのだ、何もかも──。

 

「そ。──じゃあ、やるしかないわね」

 

 次の瞬間、空間が震える。

 

「…………ッ!?」

 

 目を剥く一方通行。霊夢が一気に放出した膨大な魔力が彼を飲み込んだ。

 

 それに物理的干渉は無く、然りとて未知なるベクトルが故に反射が上手く効かぬそれは確かに一方通行の肌身に触れた感覚を与える。

 

 ぶるり、と身震いする。既に霊夢は先程までとは全く違う。その目の色を変え、凍てついた戦意を以てして、こちらを射抜く。

 

「──アハァッ! そうだッ! そう来なくっちゃあなァァッ!!」

 

 愉しげに笑い、一方通行もこれに応える。

 

 再び風力を操作してトルネードの如き暴風を発生させ、その過程で巻き起こされた無数の瓦礫が砲弾となって霊夢を襲い掛かる──。

 

──夢想封印──

 

 霊夢もまた、出し惜しみをしない。色とりどりの光弾が暴風雨の如く渦巻き、暗夜を照らし、幻想的な軌道を描きながら触れるもの全てを打ち砕いていく。

 

 最強とイレギュラー。

 

 これにて座興は終い。この学園都市で他に並ぶ者の居ない二人の対決が、今ここに幕を開けた。





Q:反射を突破される攻撃はどう対処するんですか?

A:全力で避ける。
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