とある幻想の夢想天生   作:大嶽丸

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絶対

 

 

「へぇ……これも反射出来るようになったんだ」

 

 瓦礫も暴風も何の妨げにならず、瞬く間に光弾に飲み込まれた一方通行は、しかし平然とした様子で佇んでいる。

 

 これに霊夢は感心した様子で呟く。予想はしていたが、やはり既に夢想封印のベクトルは解析され、反射に組み込まれているらしい。

 

「は。当然だろうが。この一方通行に同じ攻撃は二度と通じねェ」

 

 あの三下の右手は別だが。そんな言葉を飲み込み、一方通行は得意気に笑いながら風力操作を続行し、大気を圧縮していく。

 

(チッ……ここらの風速は100m以上だってのに、余裕綽々といった様子で飛んでやがる。奴の飛行に風の流れは関係ねェってことかァ?)

 

 内心毒づく。一方通行の見立てではまず霊夢の厄介な飛行能力を妨害するつもりだったが、大型台風以上の風速が支配するこの場でも霊夢はまるで微風の中を泳いでいるかのように上空に浮かんでいた。

 

 それが書庫(バンク)に記述された通りに重力操作、反重力によるものだとして、ここまでの安定性を維持出来るものだろうか。

 

(まあいい……ちまちました攻撃はどうせ当たらねェし、プラズマでこの周囲一帯ごと消し飛ばして仕留める)

 

 空気を一点に集め、圧縮させることで高エネルギーのプラズマを生み出す。その温度は約1万度にもなり、一方通行が有する攻撃手段の中では最高火力である。

 

 その気になればこの街を、否、世界すらも滅ぼせるだけの力。それを霊夢一人に対してぶつけるのはあまりにも過剰に思えるが、先の戦闘で上条を甘く見た結果、危うく戦闘不能に追い込まれたことから一方通行は一切の油断も遊びも無く、目の前の敵を葬り去ることに決めた。

 

「──そ。なら、これはどうかしら?」

 

──夢想封印──

 

 再び極彩色の光が乱れ咲く。

 

「あァ──?」

 

 その行動に一方通行は訝しげに眉をひそめる。当然の如く光弾は先程同様に跳ね返り、霊夢へと向かう。

 

「何のつもりだァ? 舐めた真似するンじゃねェよ。二度と通じねェって言っただろォが──」

 

 聞こえていなかったのか、それとも目眩ましのつもりか。どちらにせよ無意味な行為に一方通行が呆れていたその時だった。

 

 一発の光弾が炸裂し、軟質のボールが勢い良くぶつかったような痛みと衝撃を与える。

 

「……ッ!?」

 

「成程ね──こっちなら通じるってこと」

 

 それから次々と伝わってくる衝撃。一部の光弾に対しては反射が上手く機能していなかった。

 

「ッ──テメェ、まさか……!」

 

 動揺し、しかしすぐに理解する。霊夢は光弾を、一方通行が反射するように設定した物とはまた仕組みの違うモノに組み替えて、攻撃したのだ。

 

(おいおいおい……! 流石にそりゃあ出鱈目が過ぎるだろうがよォ……!)

 

 種明かしすれば簡単な手品だが、実際にはそう単純なものではない。火薬の種類を変えたところで銃弾や爆弾なのには変わりないように、多少仕組みを変えたところで一方通行の反射の壁をすり抜けることは至難の業。

 

 だからこそ、一方通行は再認識する。自分が相手にしているのは、正しく理外の存在なのだと。

 

(にしても……まさかまたここでやり合うことになるなんてね)

 

 今回、実験が行われていたこの操車場は奇しくも禁書目録の解呪を行った場所と同じであり、霊夢は自動書記(ヨハネのペン)との激闘を思い出す。

 

 周りに配慮せずに暴れる場としては正に最適である。

 

(あの時と違って実験とやらに関わってる連中がどこかで見てるかもしれないけど……ま、隠蔽は“教授”に任せて存分にやらせてもらいましょうか)

 

 相手が相手であるため手加減出来るような余裕があるはずも無し。故に、霊夢は今頃大慌てで事態の収拾を図っているであろう赤髪の研究員に心無い謝罪をしつつ光弾の量を倍以上に増やし、夜空を埋め尽くす。

 

 その光景は、宛ら満天の星々のようであった。

 

「チィッ──ー」

 

 鬱陶しげに一方通行は地面を蹴って跳ぶ。光弾の嵐から抜けようと加速し、手動による演算へと変える。

 

 パターン自体は誤差レベル。面倒ではあるもののオートマからアナログに切り替えれば、充分に対処は可能だった。

 

 だが──。

 

(これと併用して風力操作はきつい。もう少しデカくしたかったンだが、しょうがねェ……!)

 

 スローするように腕を振り下ろす。それだけで上空で蠢いていたプラズマが一気に放出され、膨大な熱量となって降り注ぐ。

 

「!」

 

 大地が焼かれ、焦がされ、融かされ、一瞬にして蒸発する。

 

 つい先程まで戦場のような容貌だった操車場は、この世の終わりかと見間違う地獄と化した。

 

「ヒ、ヒヒッ……こりゃスゲェ、本っ当にスゲェなァ! この程度の圧縮でもこンなになっちまうのかァ! 全力でやったら本当にこの区画丸ごと消し飛ンでただろうなァ!」

 

 爆心地で唯一無傷で残った足場に立ち、一方通行は笑いが止まらない。

 

 周囲の酸素まで吹っ飛んで危うく酸欠で意識が飛びそうになるが、そんなことは些細な問題であり、己が手でこの地獄を創り上げたことへの達成感に満たされ、打ち震えていた。

 

 最強も、無敵も、絶対も要らない。

 

 この力さえあれば──。

 

「派手にやったわね」

 

──博麗弾幕結界──

 

 次の瞬間、四方八方から札と光弾が降り注ぐ。

 

「ッ──!?」

 

 一方通行は即座に回避行動を取る。同時にそれが視覚的情報とは全く違う変則的な軌道を描いていることを素早く見抜き、分析と解析を行いながら周辺を見渡す。

 

 まさか、あの攻撃をくらって生き延びて──。

 

「!」

 

「あ、避けられた。気取られてるようには見えなかったけど……」

 

 自動回避が作動する。前方へと飛び退いた一方通行が視線を向ければ、槍のように伸ばした大幣を構える霊夢の姿があった。

 

 生き延びたどころか、傷一つ負っていない。

 

「テメェ、どうやって──」

 

「予め結界を張っといて良かったわね。あの勢いじゃ美琴達を巻き込みかねなかったし」

 

「結界ィ……?」

 

 そこで一方通行は気付く。融けたコンテナの中には中途半端に半分だけ原形を留めているものがあったり、焦土と化したクレーターが不自然に途絶えていることに。

 

 そして、張り巡らされた無色透明な壁。これだけの要素があれば否が応にも気付かされる。

 

「まさか……()()()、ってのか? プラズマを?」

 

「押し留めた、って言った方が適切かしら。まともに防御してたら普通に消し炭になってたわよ」

 

 あっけらかんと、そう言ってのけた霊夢は空気を蹴り、一方通行へと迫る。その間にも弾幕は絶え間無く展開され、降り注いでいく。

 

「火力はなかなかだったわよ、さっきの。でも、あんなので私を落とそうってんなら、地底の鴉みたいに連射して一気に叩くことね」

 

「チィッ! ふざけてンじゃねェぞ糞アマがァ!」

 

 面による制圧射撃。こちらに回避する暇も与えずに消耗させるという意図なのは明白であり、ならばと一方通行は自身の周りに小規模の竜巻を取り囲むように発生させ、風の防壁を形成する。

 

「しゃらくせェ! 結界だかなンだか知らねェが、まとめてぶっ壊すッ!」

 

 竜巻が薙ぎ払うように弾幕を相殺していく。出し惜しみする必要は無い。学園都市全体の風を支配する一方通行は自身の脳が活動する限り実質無限に等しいエネルギーを自由自在に操ることが出来るのだから。

 

 面にはより圧倒的な面。いくら常識が通用しない相手であれど、その能力は彼女自身の有する未知なるエネルギーから発生したものなのは間違いなく、それの大元がカロリーであれ生命力であれ体内から生成されている以上、必ず限りがあるはず。札や針だってそうだ。

 

 つまり消耗戦ならばこちらに分がある。とにかく今はこの攻撃を凌ぎ、隙を見てもう一度プラズマで焼き払う。

 

「ふうん……相変わらず出鱈目な能力ね。けどまあ……」

 

「あン?」

 

「いや、まだマシだなぁって」

 

 その様子を見据えながら霊夢は呟く。

 

 ベクトル操作──恐らくそれもあくまで付属的なものであり、本質はまた違う能力なのだろうが、あの“黄金錬成(アルス=マグナ)”という理不尽とすら思える馬鹿げた力と比べると一方通行の力は強大ではあるが、まだ大人しい方だろう。

 

 故にこそ、霊夢は安堵する。あのような手合いとは二度と戦いたくなかった。

 

 ──そして、一方通行の足下が発光する。

 

「なっ──」

 

「──あんたの欠点、それは飛べないこと」

 

 弾幕の中に紛れ込ませていたのか。いつの間にか地面に散乱していた札が地雷のように炸裂し、一方通行を襲う。

 

「ハッ! 誰が飛べないってェッ!?」

 

 すると一方通行は難なく飛翔する。風を操れる時点で空中飛行など造作も無いこと。背中を噴出点に発生させた四本の竜巻がまるで翼のようにはためいて霊夢へと向かっていく。

 

「ええ。それでいいわ」

 

 これに霊夢は動じることなく、むしろ当然といった様子で応戦する。

 

 戦いというものは、()()()()でなければ酷くつまらないものなのだから。

 

──夢想亜空穴──

 

 竜巻がドリルのように高速で渦巻き、肉を抉らんと迫った次の瞬間、霊夢の姿が消失した。

 

「ッ!?」

 

 一方通行は目を剥き、ほぼ同時に後頭部に衝撃を受ける。

 

「グッ──」

 

 反射は中途半端ではあるものの機能している。この痛みは前回も経験したことがあった。

 

 自動でベクトルを逆向きにしていることを逆手に取り、放った打撃を()()()の要領で反射の直前に引き戻すことで内側に反射させるという荒業。一方通行本人ですら、能力を逆手にとっているらしいのが何となく分かる程度で、それが実感としてどういうものなのかも現実的に本当にそんなことが可能なのかもさっぱり分からない。

 

 一方通行の特徴、計算式、自分だけの現実(パーソナリティー)を全て把握した上で、光さえ弾く反射の僅かな保護膜に触れるか否か、コンマ単位のタイミングで行う微妙な手足の返しの動作によって成立する……のだが、霊夢は何とこれを己が直感のみで行使していた。

 

 後頭部に思いっきり打撃を受けて意識を保っていられるのは、前回くらったことを考慮して設定を調整したからだと思われる。威力は減衰し、今は不完全なものであるが、あの博麗霊夢のことだ、そう長くない内に適応してくるだろう。

 

 それよりも今は──。

 

空間移動(テレポート)……いや、今なら分かる。3次元から11次元への特殊変換とは根本的な原理が違ェ……! 文字通りの“瞬間移動”ってことか。多重能力(デュアルスキル)擬き──毎回さも当然のようにこちらの固定観念を破壊してくれやがる……!)

 

 視界に捉えた途端に消え、全く別の場所に現れ、また消えては現れる。まるでスキップでもするかのように気軽に零時間移動を繰り返しながら霊夢は一方通行を翻弄する。

 

 もう一度プラズマを作成しようとするが、複雑な風力操作やアナログでの演算の片手間で行うには脳への負担が掛かるし、かといってどちらかを止めれば霊夢の猛攻に耐えられない。

 

 そして、恐らく霊夢もそれを理解しているのだろう。

 

「糞がッ……ちょこまかと……!」

 

 風が暴れ狂う。こちらの防壁を空間を飛び越えて突破してくるというのなら、その隙間すら無くしてしまえばいい。

 

「ッ──?」

 

 すると霊夢は顔をしかめる。完全に虚を突いた鳩尾を狙った踵落とし。今までにない精度で引き戻しの攻撃を成功させたが、それは一方通行の意識を奪うには至らず、鋼鉄を蹴ったような衝撃が返ってきた。

 

「この感じ……最愛ちゃんのと同じね」

 

 謂わば圧縮空気の鎧。たかが空気と侮ることなかれ。押し潰された空気が元に戻ろうと発生させる反動エネルギーは自動車すらも軽々と持ち上げ、圧力が音速を突破すれば付近の人間を粉微塵にし、アスファルトの道路が掘り起こされる。

 

 それは奇しくも絹旗最愛の能力である窒素装甲(オフェンスアーマー)と原理がほぼ同じだったが、一方通行の纏うそれの硬度は彼女の能力を凌駕していた。

 

「なかなか考えたじゃない」

 

「舐めンな、これだけだと思ってンのか」

 

「!」

 

 次の瞬間、一方通行の周囲の空気が一気に薄くなる。

 

「ここからは俺も一か八かの賭けだ。──水蒸気爆発って、知ってるかァ?」

 

 空間が、爆ぜる。

 

 火山噴火の如く炎が天に立ち上った。先程上条に対して行った粉塵爆発とは比べ物にならない規模であった。

 

(ッ──危ねェ。即興でやってみたが、空気を纏ってて良かったな。下手すると酸欠になっちまう)

 

 空気を構成する成分である酸素・水素・窒素。その内の酸素と窒素を引き寄せ、周囲の空気の比率の大部分を水素に変えた上で一気に圧縮することで多大な圧力をかけた。

 

 結果、水蒸気爆発が起きたという訳だ。風の操作とは違い、とても複雑な演算が必要な上に半ば自爆に近く、爆風で周りの酸素が吹っ飛んで酸欠になる危険性すらあったため一方通行は無事に成功したことに安堵する。

 

 加えて、酸素を奪ったのだから当然そこに居た霊夢は酸欠状態に陥るはず。そんな状態であの爆発から逃げられるとは到底思えないが──。

 

「ごほっごほっ……危ないことしてくれるわ。窒息したらどうすんのよ」

 

「……ハァ。そこは死んどけよ、人間として」

 

 爆煙の中から咳き込みながら姿を現す霊夢。恐らく瞬間移動で逃げたのだろう。相変わらず無傷であるが、その袖口の片方が焼け焦げていた。

 

 ここまでして、漸く土埃を付けただけ。その人外っぷりに一方通行は呆れるしかなく、思わず溜め息を溢してしまう。

 

 酸欠というのは、ただ息苦しくなるのとはまた訳が違う。普通は低酸素の空気を一息吸っただけで苦しむ間も無く、コロッと意識を失うものなのだ。

 

 だというのに。

 

「敢えて言わせてもらうぜ。化け物が」

 

「──失礼ね、人間よ」

 

 そう、二人は人間。端から見ればどう考えても化け物としか思えない力を有していようと、彼らが人間だということはその身のデオキシリボ核酸が証明してくれる。

 

 尤も、人間足らしめる要素がそれだけしかないとも言えるが。

 

「で? もう打ち止めかしら?」

 

「馬鹿言うンじゃねェ。幾らでもあるンだよ、テメェを殺す手段は──」

 

 爆発がある程度は有効なのは分かった。他の生物同様に呼吸が必要なのも分かった。

 

 ならばそれらを応用してありとあらゆる方法を駆使して殺すまで。今の今まで“反射”のみで事足りて必要としていなかった創意工夫であるが、ベクトル操作の多様性は凄まじく使用者である一方通行の頭脳があれば然程問題ではない。

 

「あっそ」

 

──夢想封印 集──

 

「!!」

 

「残念だけど、その手段ってのを大人しく受けてやる義理は無いから」

 

 降り注ぐ光弾。一方通行は舌打ちし、竜巻で薙ぎ払わんとする。

 

 今までのと違い、一点集中型のそれは総合的な威力こそ上だが、迎撃は容易だった。大方空気の障壁を突破しようとしたのだろう。

 

 今更こんなもので──と、思った次の瞬間、霊夢が目と鼻の先に現れる。

 

「ッ!?」

 

──八方龍殺陣──

 

 霊夢を中心に結界が展開された。それと同時に一方通行に多大な圧力が掛かる。

 

「がァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 ごりごりと空気の防壁が剥がされる。身を焼かれるような激痛に一方通行は悲鳴をあげてのたうち回った。

 

 一つ一つは大したことが無い。精々強めに押された程度の感覚。だが、光弾の時とは違って逃げ場は無く、今の一方通行は反射し切れないダメージを絶え間無く受け続けている状態だった。

 

(糞がッ……!? なンなンだこりゃアッ!? ンなことが出来るならなンで最初から……いや、それよりも早く脱出しねェと──)

 

 軽くパニックに陥りながらもどうにかして風を巻き起こし、自身を結界の外へと吹き飛ばす。

 

 そうして空中に身を投げ出された一方通行は背中から地面に落ちて転がった。

 

「ッ……こ、の──」

 

──陰陽鬼神玉──

 

 激痛から解放された余韻に浸る暇も無く、周囲に影が落ちる。

 

「──は?」

 

 見上げれば、直径百m以上はある巨大な球体が重力に従ってこちらへ落下していた。

 

 その距離は既に、一方通行が手を伸ばせば届く位置まで迫っている。

 

「ざ、ざけンなァァアア!!」

 

 反射は発動する。しかし、逸らすだけでは到底受け止め切れない面積であり、そして受けた衝撃をそのまま跳ね返されても陰陽玉は破壊されること無く、竜巻で抉らんとしても修復が損傷を上回って一方通行を圧し潰さんと落ち続ける。

 

 ──圧死。

 

 そんな末路が脳裏に過る。久しく感じていなかった死の恐怖に半ば狂乱状態になりながら一方通行は生き延びようと全力で抗う。

 

「ごっ、がァ……ッ……」

 

 そして、この瞬間。

 

 地球の自転が五分ほど遅くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 陰陽玉が炸裂するように砕け散る。

 

 廻る廻る景色が変わっていったこの操車場だが、もはやその面影は無く、地獄どころか奈落の底のような巨大なクレーターが出来上がっていた。

 

「ゼェ……ゼェ……」

 

 その底で、一方通行は這いつくばっていた。

 

 一か八か、地球の自転エネルギーを利用してこの地盤そのものを射出し、自分は下へと逃げた。

 

 死に物狂い。周囲への影響など微塵も考えていなかった。ただ生き延びる為に必死だった。今更この街で、国で、世界でどんな被害がもたらされていようと、知ったことではなかった。

 

(ァ……ッ……右腕の骨と……肋も何本かやられたか? はやく、ここから離れねェと……)

 

 生を実感する余裕さえ無い。ヨボヨボと、まるで老人のような足取りで一方通行は歩く。

 

 ただ立つことでさえベクトル操作を用いなければ儘ならない有り様であり、その惨めと言う他無い姿は学園都市が誇る最強の超能力者からはあまりにもかけ離れていた。

 

「なんか少しだけ周りがゆっくりになったような気がしたんだけど、何したの?」

 

 そして、死神が舞い降りる。

 

「ッ…………!」

 

「生きてるみたいで何より。悪いわね、あのプラズマってのをまたやられるのも厄介だし、ちょっと殺すつもりでやったわ」

 

 淡々と、しかしどこかホッとした様子でそう言い放った霊夢に、一方通行は愕然とし、そして理解した。

 

 彼女が先程の攻撃を最初に行わなかったのは、自身を殺してしまう可能性があるから。彼女が一度殺意を見せた途端に己はこうして襤褸雑巾のような有り様と化す程度の存在なのだと。

 

「──殺ス」

 

 それを屈辱に感じるよりも先に、頭が真っ白になった。

 

 大地を蹴り、砕かれた破片が砲弾の如く高速で射出されるが、霊夢には掠りもしない。

 

「……往生際が悪いわね」

 

 そんな悪足掻きに霊夢は呆れた様子でそう呟くと大幣を構え、一歩、また一歩と一方通行へと近付いていく。

 

 その動きは酷くゆっくりに見え、処刑人を彷彿とさせた。

 

「!!」

 

 思わず後退りする。もはや格付けは完了したと、分からされてしまう。

 

(糞、糞、クソがァ! なンで勝てねェッ!? どうすりゃあ殺せるッ!? ここで負ける訳にはいかねェンだよオレはァ!)

 

 思考を巡らせる。しかし、考え付く限りの手段を行使するよりも先に目の前の化け物は動き、ここまで消耗した一方通行はこれを打開する術を持たない。

 

 完全に詰んでいた。一方通行の明晰な頭脳はこれを理解していたが、感情がこれを認められずにいた。

 

(なるンだ! ならなきゃいけねェンだよォ! 最強のこの先、“絶対”に!! そうすれば──)

 

 ──そうすれば、何だ? 

 

 この能力(チカラ)はいつか世界を敵に回し、世界その物を壊してしまうかもしれない。

 

 脳裏に過る。過去の光景。誰も彼もが自分を化け物を見るかのような目で、恐れ、殺そうとしていた。

 

 だから、人との関係を断ち独りで生きてきた。傷付けなくても済むように。何も壊さないでいられるように。

 

 だが、無駄であった。

 

『“最強”のその先に興味はないかね?』

 

 絶対的な力が欲しかった。最強の座を狙う馬鹿共が、挑む気すら起こさなくなるような、無敵の存在になれば、きっと──。

 

『気にする必要はない、彼女達は人工物でしかないのだから』

 

 そうすればいつか、誰も傷付けなくても……。

 

『妹達だって精一杯生きてきたんだぞ』

 

 また、あの輪の中に──。

 

 実験動物(モルモット)複製の人形(クローン)、己が立つのはその屍の山の上であり、その手は真っ赤に染まっていた。

 

(あァ……何やってンだ、俺は)

 

 本末転倒。分かっていたはずだ。その上で後戻りは出来ないと、今更引き返してどうするのだと切り捨てたのだろう。

 

 ただ、怖かったのだ。口車に乗って騙された挙げ句、ここで止めて、ただ己が無意味に手を汚して、大勢の命を無駄に奪ったという事実を受け止める勇気が無く、目を逸らしていただけに過ぎない。

 

 ──本当に、度し難い、救いようがない屑だ。

 

(俺が、本当に欲しかったのは……)

 

 違和感。

 

(なンで……なンで俺はアイツで満足しなかったンだァ……? 居たじゃねェかよ、すぐそこに)

 

 今正に迫っている少女。彼女こそが、一方通行が追い求めて止まなかったモノではないのか。

 

(アイツとなら──)

 

 嫉妬していた。羨望していた。

 

 己が持ち得ないモノを持っている彼女のことが、そんな感情を抱いている己自身にも腹立ち、鬱陶しくて仕方がなかった。

 

 けれど、心のどこかで“安らぎ”というものを感じていたのを今頃になって気付く。

 

 一方通行の反射を突破し、その力を微塵も恐れず、敵意すらも抱いていなかった彼女は、正しく同じ目線で手と手を取り合える“対等な相手”ではなかろうか。

 

 何故気が付けなかったのか。否、とっくの昔に分かっていたはずなのに。

 

 違和感。

 

(──ああ、そうかァ)

 

 疑問は氷解する。こちらへ迫り行く彼女の顔を見て。

 

 その瞳に、一方通行の姿など映っていなかった。

 

(そういうことかよ。そりゃ対等じゃねェよなァ……オマエの方が、圧倒的に強い)

 

 博麗霊夢は無敵ではない。

 

 博麗霊夢は絶対ではない。

 

 けれど、一方通行よりは一段階(ワンランク)上のステージに居る。この己の惨めな有り様が何よりの証拠だろう。

 

 彼女の周りは大勢の人間が居た。

 

 多くに愛され、慕われ、一方通行が持ち得ない何もかもを得ていて、一方通行が欲する何もかもを有している。

 

 誰よりも自由な奴だと思っていた。

 

(なのにアイツは独りだ)

 

 その眼は誰も見ていない。誰も愛さず、誰も慕わず、好悪も賢愚も関係無くただ同じように見据え、そこに立つだけ。

 

『──お互い不自由ね』

 

 そして、いつも何かを諦め、悲観している。

 

 一方通行が少しでも手を伸ばせば、彼女は快くその手を取るだろう。暴力には暴力を返すように、友愛には友愛を返すに違いない。

 

 しかし、それで一方通行の孤独感が埋まろうと、彼女はずっと孤独のまま。

 

(随分と柄にもねェこと考えてたンだなァ……アイツの横に立ちたいなンてよォ……)

 

 美しく、妖しく。

 

 何も尊ばず、誰とも並び立つことのない孤高の存在。もしも同じ所に来たら、超えることが出来たら、彼女は何を思うのだろう──。

 

 彼女にとって孤独とは苦痛ではなく、実際には何も感じていないのかもしれない。余計なお世話だと突き返されるかもしれない。たとえ自分が絶対とやらに至ったところで何も変わらずに悲観しているかもしれない。

 

 けれど、もしも、もしかすると。隣に理解してくれる人間が居たら、少しは気が楽になるかもしれない。

 

 エゴに塗れた願望。根底にあったのは、そんなくだらないモノだった。

 

 その幕切れがこのザマならば、本望だろう。他ならぬ彼女の手によって断罪されるのなら──。

 

(ふざけンな)

 

 それは都合が良過ぎる。

 

 結局、彼女は独りのままではないか。諦観し、悲観し続け、窮屈に思いながらそれでも渇望して、この生き辛い世界で、彼女は一体何処へ向かえば良いというのだ。

 

 孤独で居ることの辛さは分かっているはずだ。そんな己が、この一方通行が、あろうことかたった一人の少女に、唯一の理解者になってくれるかもしれない相手に対して何も出来ずに見放すというのか。

 

 否、そんなことあっていいはずがない。自覚したからこそ、一方通行は奮起する。

 

 力だ。

 

 もっと力を。

 

(絶対なンて大層なことは言わねェ。ただ、アイツと対等に、共にあれるだけの力を──)

 

 彼は、“星”に手を伸ばした。

 

「ッ!?」

 

 霊夢の眼が、驚愕に見開かれる。

 

 バキッと、振り下ろした大幣が折れた。今までにない精度の引き戻し。寸分の狂いも無かったにも拘わらず。

 

 反射ではない。それとは全く質の違う、もっと暴力的なナニカ──。

 

「──ihbf絶tqn──」

 

「なっ──」

 

 先程まで死に体だったはずの相手の変容。それに対して霊夢は反応するよりも先に、見えざる力によって為す術無く吹っ飛ばされる。

 

 第二ラウンドが、始まろうとしていた。





神裂やペンデックス戦以前だったらもっと苦戦してた
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